冬 1
「へえ、由紀ちゃんにこんな特技があったとはね」
K’sの住むマンションのキッチンで料理をする私の背後に立ったカオルは、私の肩口から手元を覗きながら感心したように言った。
サラダ油で一口大の鶏肉を炒め、れんこん、にんじん、干し椎茸、筍の水煮、ごぼうを入れて炒める。それにだし汁を入れて砂糖、お酒、みりん、醤油で味をつけ、灰汁を取りながら煮汁が少なくなるまで煮れば母直伝の筑前煮の出来上がりだ。仕上げに塩ゆでした絹さやを飾ろうとざるに上げていた色鮮やかな絹さやが一枚カオルの指に運ばれて背後に消えた。
ぱりぱりと小気味いい音がする。
「そんなに意外ですか? っていうか、つまみ食いしないでください」
「うん、うまい」
「ちょっと、聞いてるんですか」
白いオパール形の深皿に筑前煮をよそい、ローテーブルの上に他の皿と共に並べた。ソファに座って新曲の歌詞をひねり出そうとしている翔に声をかけた。今日の夕方がリミットなんだって。大変だね。さっきからこちらをチラチラと気にしつつ、うーとかあーとか唸っていたのを知っている。
「翔、お待たせ。できた?」
「由紀ありがとう。運ぶの手伝うね」
翔がキッチンへと歩いていく。質問はうまくスルーされてしまいました。横でカオルが「由紀ちゃん、宿題みてるお母さんじゃないんだから」と大笑い。うるさいですよ。
「カオルさんは曲作りしないんですか?」
「カケルの詞ができたらね」
ヒイヒイと笑いながら笑い涙を拭きつつ、グラスにお水を注いでくれるカオル。この人は笑いの沸点が低すぎると最近それに気付いた。
今日は、浮気疑惑のカケルに真相を追及するために飛び込んだクラブで、怪しい芸能事務所に強引なスカウトをされたときにカオルに助けてもらったお礼という名目で訪れていた。
名目上カオルの好きなメニューばかり作ったんだけど、筑前煮、ブリの照り焼きって、茶色いおかずばっかり……。
「こんなので良かったんですか?」
ごはんを茶碗によそいながら地味な色合いのおかずが並ぶテーブルを見てカオルに確認すると、カオルは嬉しそうに首を縦に頷いた。
「うんうん、ありがとう。本当はごはんより日本酒で一杯いきたいところだけど、未成年ばかりだしねー、一人で飲んでいてもつまらないから我慢しとくよ、あはは」
「お付き合いできなくてすみませんね」
「いやいや、家庭料理いいよね~。カケル、早く由紀ちゃんと結婚したらいいのに」
「結婚?」
「そう、そしたら由紀ちゃんのごはんがいつでも食べられるでしょ」
目をキラキラさせてブリの照り焼きを見るカオルに翔が気色ばんだ。
「……俺たちが結婚したらカオルとは別居だから」
「ええ! なんで!? 由紀ちゃんのごはん毎日食べられると思ったのに」
うんうん。って、結婚することについてはスルーなんですか?
えーー、翔と結婚……ちょっと想像つかない。まだ高校生ですし。
「毎日入り浸るつもりかよ」
「俺とカケルの仲じゃん」
ちょっと嫉妬しそうなくらいベタベタな翔とカオルのやりとり。一部のファンの間では、カオル×カケルの恋愛物の創作のネタになっているとか聞いたことがある。実際見たことはないんだけど、この光景を見せられていたら、そういう妄想働いちゃうのは仕方がないよ。
とくにK’sは細かいプロフィールは伏せられているからね。二人がデキてるから非公開なんだとかまことしやかに囁かれていたり、いなかったり。
そういえば、二人のことは……とくにカオルのことは詳しい事はなにも知らないことに気付いた。
手を合わせていただきますをし、二人は食べ始めた。
ブリにつけて焼いた小麦粉のお陰で、とろんととろみのついたタレをごはんに乗せながら食べるカオルに声をかける。
「カオルはいくつなの? 成人してるっていうのはこの前知ったけど」
カオルは口の中のごはんを飲み込んでから口を開いた。
「今年で22になるよ。キミタチとは4つ違いだね」
それだけ答えると、またれんこんを口に運んで咀嚼する。美味しそうに食べてもらえて安心した。
「翔とは……どうしてK’sを結成したの?」
素朴な疑問だがこれまで語られたことのない結成秘話を聞いてみたくなった。
翔とカオルは顔を見合せ、ごくんと飲み込んだ。
まるで視線でどちらが話すか打合せをしているようにも見える。
「……特に面白い話って訳じゃないんだけど……聞きたいの?」
カオルが話す気になってくれたらしい、いつもの少し含みのある笑みで観察するように私をまっすぐと見つめた。
「うん、すっごく」
「分かった。ごはん食べてからね」
◇◇◇
「俺が15歳で研究生として事務所に入ったとき、カケルはまだ11歳の小学生だったんだけどね。もうすでに事務所の先輩だったんだ」
カオルがニコニコを食後の緑茶を啜りながら過去を懐かしむように言った。
「その頃のカケルはすっごくふてぶてしい小学生で、何て言うか……11歳でもう世を拗ねた雰囲気でさ。正直「なんだコイツ」って思ったんだよ。まだどちらもデビューしてないと思っていたから余計カケルのその態度が可愛くないな、って思ってて。別にいじめたりとかはしてなかったんだけど、他のヤツにちょっかいかけられたりしてるのを黙って遠くから見てたりして……でもカケルはすかしてたな。全然気にかけなくてさ、周りがどんどん大人げなく感じてきて、フェードアウトしたんだけど」
男の世界でも嫉妬とか嫌がらせとかあるんだよ、とカオルが言葉とはちくはぐな綺麗な顔で言う。
「後から知ったんだけど、カケルは子役として赤ん坊の頃から芸能界にいたんだよ。で、移籍して今のところに来たらしいんだけどね。で、ある日突然社長に呼び出されて、「カケルとカオルでユニット組ませて売りだすから」って言われたんだよ。それが結成の発端。事務的でしょー? 期待はずれだよね。でもそんなもんなんだよ」
翔が黙々とアイスを食べているのを見たカオルがクスッと笑って、また口を開く。
「その頃には俺もカケルも先輩アイドルのバックで踊ったりしててね、ファンの由紀ちゃんなら知っているだろうけど、二軍ダンサーのネット人気投票とか直営店のグッズの売れ行きとか? まあ、そういうのを総合的に判断材料にされてたみたい。で、ようやくデビューに漕ぎ着けたってわけ。カケルってさ、誰よりも練習に真面目だし、仕事に対する姿勢も真摯でさ、年下なのにしっかりしてるなぁって感心してたんだけど……」
ピクッと翔がカオルの言葉に反応した。
「言うな」
「い・や」
嫌そうな翔にカオルが楽しそうに返事する。何があったのかなぁ、とワクワクしてしまう。
「ある日カケルの荷物から写真が落ちてね。俺が拾ったんだけど、いつでもどこでも持ち歩いてる手帳に初恋の女の子の写真を挟んで持ち歩いてたんだよね。渡してあげた時の動揺した姿といったら可愛くて。その後の仕事であんなにリテイク喰らってるの初めて見たなぁ。これまで澄ましたガキだと思ってたんだけど、それで一気に可愛く見えちゃったんだ。今じゃ弟みたいなもんかな」
初恋って……。いやいや自惚れるな、と自分に言い聞かせる。
「カケル、由紀ちゃんにあの写真見せてあげたら? まだ持ってるんでしょ?」
「持ってない。いつまでも小学生女子の写真持ち歩いていたらおかしいだろ」
「あはは、そうだよねぇ。でも由紀ちゃん、きっと誰の写真なのか気にしてるよ」
「カオルがそんな話持ち出すからだろ。由紀心配しなくていいから、俺の初恋は……」
「由紀ちゃんなんだよね!」
「お前が言うなー!」
翔とカオルが取っ組みあって転げまわっている姿は、本当に兄弟みたいで……。
私は熱くなった頬を見られたくなくて、慌てて立ち上がった。




