秋 1
『キスをしたくなる息。君にキスしたい』
男子高校生の制服を着たカケルが、ふるゆわパーマの可愛い女子高生と放課後の教室でキスしてる。
首に社員証を提げたスーツ姿のカオルが、エレベーターの中でキャリアウーマンな女子社員とキスしてる。
『君もキスする?』
背中合わせに立ったカオルとカケルが凶悪なほど眩しいキラキラスマイルでガムのパッケージを見せびらかし、それに軽く唇を押し付けた。その瞬間、二人の周りにはフレーバーをイメージした果実が果汁を滴らせたり、ハーブが水滴を弾かせた。
キスした瞬間香るというコンセプトなんだろう。
セリフに、笑顔にズキュンと胸を撃ち抜かれたあと、なんだかチクチクと胸が痛む。
仕事だとは分かってるけど、それでも見ているのが辛い。
なのにそれは日に何度となくテレビで流れる。
初キスはレモンの味……ってか。
前歯打ったキスはファーストキスに入るんだろうか。レモンの味なんかしなかったけど。
私は知らず知らずにカケルの右上でキラキラと果汁を弾けさせているレモンを恨みがましく睨んでいた。
一週間丸々仕事で休んでいたカケルこと鷹尾が登校してきた。
「おはよ、由紀」
何を照れているのか知らないが、鷹尾が控えめな笑顔でニコッとしながら挨拶をしてきた。
「……おはよ」
「……、あ、僕、山田川先生に呼ばれてたんだった、また後で話しかけてもいい?」
「いいけど」
「いってくるね」
前に比べればオドオドとした態度は消えたものの、やはり地味男の演技を続けるつもりの鷹尾はそそくさと教室を出ていった。なんだあれ。
「ちょっと、由紀! 何あれ」
鷹尾が離れていったあと、すかさず麻里が寄ってきた。なにやら興奮している様子。
「何って……」
「何だか鷹尾変わったよね、何だか可愛いじゃん! 小動物系っていうの? まさしく草食小動物男子だよね。全然小さくはないんだけどさ。……ねえねえ、鷹尾と付き合ってるんでしょ」
「う、うん。まあ一応」
麻里の勢いに圧倒されつつ、それを公言するのはなんだか面映ゆいながらも肯定する。
「あれは由紀が守ってやんないと、うかうかツンデレてたら他の肉食系のハンターに拐われちゃうよ」
麻里が自分の言葉に納得したように腕を組んで頷いている。鷹尾はそんな女の子に引っかかるやつじゃないんだけどなーと思いつつ、友人の助言は素直に聞くべきだろう。
「う……ん、気を付ける」
「ところでさぁ、K’sのCM見た?」
「う、うん。あのやらしいやつ」
「やらしいって! 相手役の有村莉沙羨ましすぎる!! 奴のブログ炎上させてやろうっかな、もう!!」
「え、どっちが?」
「ええ、信じられない。女子高生の方もOLの方も有村だったじゃん」
「え、そうだった?」
「相変わらずカケルしか見てないんでしょ、由紀」
麻里に鼻を摘ままれそうになって、きゃあと逃げる。騒いでいるうちに予鈴がなって話題がおざなりになったけど……そうか、あれは男子側に人気のある有村莉沙だったか。
胸の中にモヤモヤが溜まる。今までは手が届かない世界の人たちだったから、羨ましくはあってもどこか冷静でいられた。だけど、今は……今のカケルの彼女は私なんだよ。言えないけど。
カオルだけでなくカケルとまでキスしやがって。私なんてまだぶつかり稽古のようなキスしかしてないのに。
授業開始のベルと同時に戻ってきた鷹尾が席についたタイミングで先生が入ってきた。日直の号令で挨拶をし、退屈だけど忙しい毎日が始まった。
眠気と闘いながら授業を受けていた五時間目、ノートの上にポトンと落とされたのは、小さく小さく折り畳まれた手紙。なんて古風な。回してきた隣の席を見れば、鷹尾と、そして鷹尾から通ってきた席のクラスメイトと視線が合った。にやにや付きで。付き合ってること隠さなくていいんだろうか。
当の鷹尾はと言えば、はにかみながら小さく手を振る始末。嬉しくないわけではないけど、手を振り返さずにつんと前を向いた。
◇◇◇
「由紀、あのね。僕……」
「うん?」
皆に冷やかされながら残った放課後の教室。二人きりで向かい合わせに座る。あのCMと一緒のシチュエーションだと気付き、少しばかり緊張する私に対して、鷹尾は一定距離から近寄らない。相変わらず学校では二人きりになっても猫は被るつもりらしい。
「それよりさ、良かったの? 授業中手紙なんか回して。皆に内緒にしなくていいの? メールでも良かったのに」
「ああ、うん。あれは牽制っていうか。僕の由紀に虫が寄って来ないようにっていうか……」
ごもごもと鷹尾が言い訳をする。
「え? 何か言った?」
「えっ! ううん。なんでもない。あのね、明日から三ヶ月くらいまた学校休みがちになるから、由紀にはそれを伝えなくちゃと思って……」
「え、三ヶ月も?」
鷹尾が机に置いた私の手をとろうと手を伸ばす。それを私は気付かないふりで避けた。
鷹尾の眉尻が悲しそうに下がった。
「うん、ごめんね。僕としても由紀と離れたくないんだけどさ、ドラマの仕事が入っちゃって。それが終わったらカウントダウンライブの準備入るし、なかなか来れないと思うんだ」
「そっか、そうなんだ」
「あっ、でも撮影期間中でも来られる限りは来るから」
「うん、分かった」
「ねえ、どんなドラマ?」
「それは、まだちょっと言えないんだけど……」
スマホのバイブレーションが震えたらしい。鷹尾がポケットからスマホを取りだして操作をする。
「迎えが来ちゃった。この後忙しくて、家まで送って行けなくてごめんね」
「ううん、大丈夫」
じゃあ、また。と別れの挨拶をして校門でそれぞれの方向に別れた。




