夏 8
K’s夏ツアーが始まった。大阪を皮切りに名古屋、札幌、仙台、福岡、等々全国十二ヵ所。それぞれ2DAYS。ってことは24公演。
K’sのスケジュールは公演の合間に移動日も入れてほぼ夏休みの間はツアーで埋め尽くされる。うち、最後の武道館は夕方の音楽番組で生中継の予定だ。
ピンク色の光が桜の花びらのように暗闇を舞う。
それはゆっくりと木漏れ日の輝きに変わり、水紋が広がる。
黄金色の稲穂が揺れ、ちらちらと雪が降る。そんな日本の四季をイメージした光の中に和を意識した衣装のK’sが現れた。
舞扇を持って華麗に舞台の上で踊る彼らの動きは次第に大きく激しくなっていく。
踊りのクライマックス、火薬の音と金色のシャワーが吹き上がり、思わず目を瞑った。そっと目を開けると、狩衣の様な衣装の片袖を抜いたセクシーな姿のK’sが舞台にいた。
相変わらず自信満々な笑顔。汗に濡れる首筋と鎖骨。
女の子のものとはちがう硬そうな太い腕。
K’sが両手を頭の上に挙げて手拍子でリズムを刻めば、ドラムとベースが、会場の手拍子が、大きなうねりとなってリズムを生んだ。
◇◇◇
「なに落ち込んでるんだよ」
出演者の控え室でカオルは鏡に映る相棒の後ろ姿に笑いかけた。
かなり強引にツアーにつれてきた彼女が、昨日打ち合わせの後に部屋へ戻ってみれば、こつぜんと姿を消していた。
彼女のものと思われるピンクのキャリーバッグが残されていたから、すぐに戻って来るだろうと思われたが相棒の顔色は優れない。
聞けば閉じ込めるためにスタッフパスを取り上げてしまったという。
「カケルってツンデレだと思ってたけどヤンデレだったんだ」
からかってもうわのそら。思い詰めたような顔でバッグから眼鏡と封筒を手に取り、キャリーバッグを掴んで部屋を飛び出していった。
そのあと戻ってきたカケルの手にはキャリーバッグはなくなっていた。
「……会えたんじゃないの」
てっきり連れ戻してくるものだと思っていたよ。そう言えば、相棒はどんな顔をしていいのか分からないといった風に顔を歪めてソファに身を預けた。
「会えた。逃げたのかと思えば……外でファンと一緒に出待ちしてた」
「……俺たち、言っても偶像だしさ、現実よりそちらの方が良いってことじゃないの」
「……由紀には本当の俺を好きになってもらいたいのに」
俺は肩をすくめた。ムシがよすぎる。由紀ちゃんに嘘の姿を見せて騙しているのはどっちだよ。しつこくしすぎると嫌われるぞ。
「昨日の封筒……庄司さんに頼んでたアレだろう?」
バックステージツアー付きのプラチナチケット。もともと由紀ちゃんに渡そうとカケルが準備させていたチケット。毎公演用意しておきながらいまだに渡せたことがない、ある意味幻のチケット。
その度に都合させられている庄司マネージャーの般若顔がカケルの向こうに見えた気がした。怒りながらも大抵のことは何とかしてくれる頼りになる彼女。
細い肩をいからせて頑張る彼女を見ていると苦しくなる。
「……あんま庄司マネージャー困らせるなよ」
相棒の後ろ姿にそう言葉を投げた。
コンコンと楽屋をノックする音が聴こえた。スタッフがバックステージツアーの客を連れてきたと言う。
相棒の背中が緊張でピクリと震えた。
「はーい、どうぞー」
明るく声を掛けながら、俺は相棒がこのあとどういう行動に出るのか楽しみで仕方がなかった。
◇◇◇
ライブが大興奮の内に終わり、私は麻里が出てくるのを待っていた。目の前を過ぎていく観客は、皆まだ夢の中にいるような表情で口々に今日のライブのことを話題にしながら出口へと向かっていた。
「おまたせー!」
観客がすべて帰ってしまい、居心地悪さを少し感じながら待っていると、しばらくして麻里が異常な興奮状態で駆けてきた。
「遅い!」
「いやぁ、ごめん。だって知ってた?」
「何を?」
「……知らなかったんだろうな。それでなきゃ譲ってくれなんかしなかっただろうし」
「何が言いたいの」
麻里は溶けたアイスのようにニタニタと相好を崩している。そしてひそひそと打ち明けた。
「あのチケットさ、バックステージツアー付きだったんだよ。あー! それ知っていたら花とかプレゼントとか用意したのにぃ!」
嬉しそうなのに悔しそうに地団駄を踏む麻里をぽかんと見つめていた。バックステージツアー……?
噂には聞いたことあるけど。公演後のK’sの楽屋に連れていってくれて、3分くらいだけど直に話とかできるってアレ?
「でさぁ、カケルとカオルに握手してもらって! 書くものなかったからサインもらいたかったのにぃ!」
依然として麻里はニタニタとムキー!を繰り返している。
これはきっとバスの中でもうるさいことだろう。
「でさ、最初に入ったときに二人とも一瞬だけ「あれ?」って顔したんだよね。あれ、事前に顧客情報知ってたんだね。鷹尾のチケットだったからかな。でもすぐにニコニコってしてくれてさ、「いつも応援ありがとう」って手を握ってくれたんだよ」
「そ、そうなんだ」
「ごめんねー、私だけ!!」
「ううん……」
「あれ? 羨ましくないの?」
「え? もちろん、羨ましいよ。もう、それ聞いちゃう?」
「だよね! ごめん、ごめん」
「ね! 早く戻らないとバスの時間」
麻里もハッと夢から覚めたような顔で時計を見た。
無事、麻里に夜行バスのお金を貸してもらって東京に帰れそうだ。
手を離した私にはもうあそこに戻る術はない。戻りたいのか、戻りたくないのか……それさえ答えは見つけられないけれど……。
まだカケルがいるのかもしれないドームは、電飾で照らされ明るい夜空の下でまだ館内には明かりが灯っていた。




