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「それじゃ、行ってきます」
「えぇと、お邪魔しました?」
「行ってきますでいいんじゃないの? これからここに住むんだし」
「そ、そうだよね。それじゃ、行ってきます」
「あい。いってらっしゃいませ、お二方」
玄関戸の前で手を振る春日部さんに頭を下げてから、先に歩き出していた伶さんの隣に並ぶ。
昨日は色んなことがあり、僕の中の常識は一変したけど、それでも僕は今日も学生服を着て学校に向かっている。なんか、不思議な感じがした。まるで、こっちが非現実であるような。
僕が一人暮らししているということを佐竹家の人達は知っていたらしく(もしかしたら一通りのことは調査されたのかもしれない)、昨日、魔力譲渡の確認が終わった後、泊まっていくように勧められた。
普段なら反射的に断っていただろうけど、魔力が抜けた後の身体は驚くほど重く、家に帰るだけならまだしも一通りの家事までこなす自信はなかったため、甘えることにした。
昨日の夕飯時に聞いた話によると、この屋敷がある場所はご先祖様が禁術なるもので作り出した異空間にあるらしい。屋敷の周りに建ち並んでいた家は全て幻だという。とはいっても、時の流れなどは現実世界と変わらず、夜になれば外は暗いし、午前七時過ぎの今は明るい。現実と異なることといえば、気温くらいだ。ここの気温は、春や秋のような、ちょうどいい涼しさ、暖かさが一年中続くらしい。
門を通る前で伶さんが足を止めた。僕もそれに合わせて止まる。
「鍵は……ちゃんと付けてるわね」
学生服の袖を少しだけ上げて、ミサンガを見せる。
これも昨晩に聞いた話だけど、依千さんが付けてくれたミサンガは、ここと現実を行き来するための鍵になっているらしい。ここへ来るときは池に飛び込む、帰る時は門を通り抜ければいいだけだが、これを付け忘れると別空間への道は開かず、前者の場合は大事になりかねない。まぁミサンガだし、外さずにいれば大丈夫だろうけど。
「それじゃあ行くわよ? またいきなり景色が変わるけど、ふらついたりしないでね。フェンスがあるって言っても、すぐ後ろは池なんだから」
そう言ってから一歩踏み出すと、伶さんの姿は一瞬で消えた。
僕も恐る恐る足を前に出す。
門から出た部分から消えていくのかと思いきや、そうではないらしい。視界が切り替わったのは、全身が門から出た瞬間だった。目の前には車同士がなんとかすれ違えるくらいの細い道路、隣には伶さんが立っていて、すぐ後ろには背の低いフェンスがあった。
戻ってきたらしい。息を吸うと、現実の空気はどこか懐かしい感じがした。
「じゃあ行こっか」
そう言って歩き出した伶さんの隣につく。
一応、登下校中や学校にいる間、護衛の人はついているらしいけど、周りを見てもそれらしき人はいない。
「そういえば高峰君」
「うん?」
「昨日渡した本、見た?」
伶さんの言う本とは、魔力の使い方の基礎が書かれた本の事だ。昨晩、夕飯後に渡されたんだけど……。
「あ、あー、ごめん。布団の中で読んでたらすぐに寝ちゃって……」
しかも、早く寝たにも関わらず、朝は春日部さんに起こされるまで爆睡していたというのだから我ながら情けない。
「……まぁ、昨日は疲れてただろうし、しょうがないか」
伶さんは小さく息を吐きながら言うと、また黙って歩を進める。
自分のせいで不機嫌にさせてしまっただろうか。不安に思い横顔を盗み見るが、表情から内心を推測することは出来なかった。
ならば、別の話題を出そう。と考えたが、伶さんと僕に共通する話題など、魔法のことくらいしかない。しかし、それは話の方向的にイマイチよくない気がする。
しばらく考えて、僕の頭に浮かんだのは依千さんのことだった。
「佐竹さん、妹さんはまだ眠ったまま?」
依千さんは、昨日の夕飯時も今日の朝食時も姿を見せず、解呪、魔力譲渡の反動で眠り続けているとだけ聞いていた。
ふと気になって何気なく口にした質問だったのだが、その途端伶さんの口がムッと不満げに尖った。これは、ますます不機嫌にさせてしまったんじゃないだろうか。
「私達が家を出る少し前に目を覚ましたらしいわ」
だが、伶さんは不機嫌を感じさせない淡々とした口調でそう言った。
「うちの学校に転入してくるのは一週間後くらいかしらね」
「中途半端な時期になるね」
「親の仕事の都合で引っ越すのが遅れたって言えば誰も気にしないわよ。どっちかと言えば、同年代の人に慣れてない方が心配」
「あぁ、確かに……」
依千さんと初めて顔を合わせた時の事を思い出すと、ほとんど無意識に同意してしまった。
佐竹依千さんは、学校に通ったことがないらしい。それは生まれた時から誰かに狙われる身だったことを考えれば仕方のないことなのかもしれない。人生のほとんどを自宅で過ごし、昨日、僕を迎えに外へ出たのも、約一年ぶりのことだったらしい。
だが、護衛対象に僕も含まれた今、護衛につく魔術師の数の少なさと切り札のことを考えると、僕と依千さんは一緒にいた方がいい、ということになり、依千さんの転入が決まった。
高校に通ってないのに転入なんて変な話だが、伶さん曰わく、
『裏で力を持ってる人は表でも融通が利くのよ』
とのことだった。
「ていうか、高峰君」
「はい」
「……なんで丁寧語なのよ」
「え、あ、ごめん」
なんか怖いから、とは言えない。
「私の呼び方なんだけど、依千が転入してきたら二人とも佐竹だし、ここに住むなら私の親だって佐竹なんだから、下の名前で呼ぶ癖つけといた方がいいんじゃないの?」
「あー、うん。やっぱりそうかな。源治さん、和美さん、伶さん、依千さん。……他に兄弟とか、親戚の佐竹さんとかはいないよね?」
「いないことはないけど、一緒に住んでるわけじゃないし、気にしなくていいわよ」
「うん。じゃあ、これから気を付けるよ。でも、いきなり名前で呼んだりしたら、クラスの人に色々聞かれるんじゃない?」
「聞かれたら遠い親戚ってことにしとけばいいんじゃない?」
「またベタな……」
「でも、私と依千は生き別れてた双子って設定よ?」
「……二人が良いなら、僕は何も言わないよ」
そんな転入生が登場したら、僕のこともみんな気にしなくなりそうだし。
伶さんと一緒に佐竹家へ戻ってきたのは午後五時を過ぎた頃だった。学校の帰りにアパートによって荷物をまとめていたら、予想以上に時間がかかってしまった。
「……あれ? 伶さんって、こことは別の場所に住んでるんじゃなかったっけ?」
玄関で靴を脱いだとき、ふと昨日の会話を思い出して質問すると、伶さんは嫌そうに顔を歪めた。
「昨日、お父さんに帰ってこいって言われたのよ。元々、外で一人暮らしには反対してたし、いい機会だと思ったんじゃないの?」
玄関に響くほど大きな声に、思わず慌ててしまう。源治さんに聞こえたらどうするんだろう。あの人、怒ったら凄く怖いと思う。
「えーと、つまり僕のせい?」
「違うわよ。高峰君のことを報告したのは私だし、むしろ巻き込んだのはこっちなんだから。
……ま、とりあえず着替えて居間に来たら? お菓子くらいあると思うし、依千もいるかもしれないし」
伶さんはそう言うと、さっさと階段を登っていってしまった。
その背中を見送ってから、靴を揃えて脇によせ、中学の修学旅行で使ったっきりだった旅行バッグを肩に掛け直し、僕も二階へ上がる。
二階の突き当たり左の部屋。そこが、昨日から僕が使わせてもらっている部屋だ。昨日まで部屋の中には何もなかったけど、今は箪笥と勉強机が置かれていた。
旅行バッグを箪笥の前の床に置き、中から衣類を取り出し、畳んで仕舞っていく。箪笥は五段あり、横幅もかなりある。一人分の衣類なら、学校のものを含めても一段か二段あれば十分だろう。
僕が佐竹家で暮らすことになったのは、依千さんが学校に通うことになったのと同じ理由だ。護衛対象はまとまっていた方が護りやすい。それに、ボロアパートより異空間にあるお屋敷の方が安全なのは言うまでもない。
衣類を仕舞い終えてから、適当なTシャツとジーンズを穿いて部屋を出て、伶さんに言われた通り、居間に向かう。
普段なら、部屋ではもっとラフな格好をするのだが、流石にまだ慣れてもいない家でそんな服装をするのは気が引けた。
伶さんの部屋の前を通り過ぎた時、ちょうど横の部屋の襖が開いた。
「あっ」
「あ」
伶さんの部屋の向かいは、依千さんの部屋だったらしい。
そこには、昨日、初めて会った時のように目を丸くした依千さんの姿があった。ただし、格好は昨日と違い、カエルのような変なキャラクターがプリントされた白いTシャツに、オレンジチェックのパジャマズボンを穿いている。
そういえば、同年代の女の子のパジャマ姿なんて見るのは初めてかもしれない。
珍しいものを見た気がして見とれていると、
「あっ、あの」
と依千さんが口を開いた。
「高峰裕太君ですか?」
おやデジャヴ。
「はい」
「あの、私、佐竹依千って言います」
「はい」
知ってますよ。
「は、初めましてっ!」
「………………」
これは、ツッコミ待ちというやつだろうか。対人スキルが低い僕には判断しかねる。でも、僕と同じくらいスキルが低そうな依千さんが、こんな高度なボケをかましてくるかというと……。
「えっと、あの、昨日……」
結局、僕は無難にそう訊いた。ツッコミなんて出来ないよ。
依千さんは僕の言葉にハッとした表情をすると、「す、スイマセンっ!」と言って、階段の方へ走っていってしまった。
「………………」
もしかして、本当に忘れられていたのだろうか。
「僕ってそんなに影薄いかな……」
思わず呟いてしまった言葉に、答えてくれる人はいなかった。
「まぁ、濃いか薄いかで言えば薄いでしょ」
と言うのは、上下紺色のジャージ(おそらく中学校のものだ)という羨ましいくらいラフな格好をしている伶さんだ。
足の短い大きなテーブルの向かい側で煎餅を食べている姿は、学校にいる時からは想像出来ないほどだらしなく見える。いや、実際だらしない。昨日から思っていたけど、伶さんは自宅と学校では性格が変わるタイプなのかもしれない。
「やっぱり?」
「うん。まぁ。……食べないの?」
簡単に肯定して僕の心に傷を付けてから煎餅で煎餅を指す。
「僕、少食だから。今食べたら、夕飯食べられなくなると思う」
そう言ってから、こんな風に夕飯の時間を気にして過ごすのも久し振りだ、と思う。一人で暮らしている時は、大体の時間は決まっているものの、空腹がやってきたらご飯を食べていたから。
「ふぅん。ところで、どうしたの急に? 今日、学校でなんか言われたとか?」
「そうじゃなくて、さっき……」
依千さんのことを話すと、伶さんの表情は少し変わった。真顔になった……というわけではなく、相変わらず気の抜けただらしない顔をしているけど、どこか表情が固くなったように思った。
「ま、依千は人の顔見るの苦手だからね。案外、高峰君の顔を見てなかったんじゃないの?」
「そうかなぁ……」
そんなことはない、と思う。初めて会った時も、ミサンガを付けてくれた時も、魔力譲渡を使う前も、僕達はしっかり目を合わせていた筈だ。
「ところで、その依千さんは? 一階に降りていったから、伶さんと一緒にいると思ってたんだけど……」
「さぁ? こっちには来てないけど、依千に何か話でもあるの?」
「大した話はないけど、まだよく話してないから、ちゃんと挨拶くらいしておこうかなと……」
「昨日、ここに来るまで時間あったでしょうが」
「人見知りを舐めたら駄目だよ」
「その割には私とは平気で話してるわね」
「まぁね」
それは自分でも思うけど、そこまでいい加減な口調や服装で接せられたら気負いもなくなる。
「まぁ、挨拶くらいならしといた方がいいかもしれないわね。依千も、同年代の人と話す練習になるだろうし」
伶さんはテーブルに両手をついて腰を上げて、
「呼んできてあげるから、ここで待ってて」
と言って部屋を出て行った。
それから数分後、部屋に戻ってきた伶さんの後ろには依千さんの姿があり、二人は並んで僕の向かいに腰を下ろした。
伶さんは何も言わないままテーブル中央の皿に手を伸ばし、煎餅を取って口に運ぶ。後はご自由に、と言わんばかりだ。
依千さんの様子は、昨日と同じだ。僕の方をチラチラ見るが、決して目を合わせようとはせず、僕が目を向けると俯いてしまう。
「え、えーと、依千さん、身体の方は大丈夫?」
依千さんは俯いたまま頷く。
「あの、た、高峰君は……」
「うん?」
「『身体、大丈夫だったか』って」
伶さんが補足してくれる。
「あー、うん。しばらく怠かったけど、寝たら治ったよ」
「そうですか……」
「『よかった。あなたのことが心配で仕方なかった』って」
「い、言ってないです」
即否定する依千さんに、似非通訳者伶さんはそっぽを向いている。見た目はそっくりなのに、中身がこうも違う双子というのも珍しい気がする。
「昨日はあまり話せなかったけど、これからよろしく……というかお世話になります、依千さん、伶さん」
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
「お世話する気はないけどね。ところで依千、うちの学校に入ってくる日、決まったんでしょ?」
「は、はい」
なんか、今日の依千さんは昨日にも増して緊張気味らしい。何か喋ろうとする度、言葉に詰まっている。
「あの、明日から、高峰君とお姉さんと一緒の学校に通うことになりました」
……そりゃあまた。
「随分早いわね」
伶さんも詳しくは聞いていなかったらしく、煎餅を口に運ぶのを止めて、少し呆れた顔をする。
「はい。せ、設定上、早いに越したことはないだろう、って、あの、お、お父さんが」
「まぁ、そう言われるとそうね」
納得したように煎餅をかじる伶さん。そう言えば、そんな設定を今朝聞いた。
「仕事で遅れるって設定だったよね。それで、伶さんと依千さんは生き別れの双子だっけ?」
「え?」
思わず、といった具合に依千さんは首を傾げる。
「あれ? そういう設定にするって聞いてるけど……」
伶さんに視線を送ると、麦茶を飲みながら、小さく頷いた。
「ぷはぁ」
おっさんくさい。
「お、お姉さん、今の話って……」
「本当よ。聞いてない?」
「聞いてない、です。多分」
自信なさげだ。
「そう。まぁ、そういう設定でいくからね」
「で、でも、そんなの、すごい目立っちゃうんじゃ……」
「どっちにしろ転校生なんてのは目立つもんよ。……そういう意味では高峰君は希少な存在だったのね」
これは多分褒められてない。しかし、極力目立たないようにしていたのは自分自身だ。
「わ、私もあんまり目立ちたくない、です」
「無理でしょ」
「難しいだろうねー」
僕と伶さんが同時に答えると、依千さんはますます俯いてしまった。
目立ちたくという気持ちは痛いほど分かるけど、絶対に無理だろう。微妙な時期の転校生、クラスのリーダー的存在の伶さんの双子(しかも生き別れの)、一人目の転校生が男でガッカリした男子達。騒がれる理由は、即興でもこれほど思い付く。
それに、伶さんにそっくりと言うことはつまり、
「依千、可愛いし」
その通りだった。性格や雰囲気から、伶さんは綺麗、依千さんは可愛いと印象は分かれるものの、整った顔立ちであることは間違いない。
可愛いと言われて照れているのか、それとも明日のことを不安に思っているのか、それから依千さんは和美さんが呼びに来るまで、ずっと俯きっぱなしだった。
学校で僕は目立っていない。もちろん、転校生にしては、と前置きをしたうえでの話にはなるが、伶さんに言われるまでもなく、それは自覚していた。
夕飯後、入浴を終えた僕は、暖まった身体で階段を上がり、自分の部屋へ向かっている。
伶さんと依千さんは一階に姿が見えなかった。二人とも部屋にいるのだろうか。二人の部屋の前を通り過ぎる時にそんなことを考えたが、すぐに思考を切り替える。
今考えるべきは、このことではない。
学校で僕は目立っていない。今朝こそ、伶さんと話をしながら登校したせいで、そのことについて質問を受けたりもしたけれど、せいぜいそれがピークだ。
それなのに、何故、と思いながら自室の襖を開き、いつの間にか敷かれていた布団に倒れ込む。
そのまま反転して暗い天井を見上げると、今日の昼休みの出来事が脳裏に蘇ってきた。
同じ家で暮らしていて、一応僕の護衛であるはずの伶さんだが、流石に昼休みまでずっと一緒ではない。
伶さんには伶さんの友達がいるし、僕にも僕の友達が……いない。
僕がその人に声をかけられたのは、一階にある食堂で一人寂しく昼食を食べ終え、教室に戻る最中のことだ。
二階へ上がる途中にある踊り場を曲がった時にその人とぶつかりかけたのだった。
息がかかる距離に知らない人の顔がある。そんな状況に心臓が跳ねたが、ぶつかることなく横に跳んだ。
「ご、ごめん」
驚いた表情を浮かべているその人――スリッパの色から、同学年だと分かった女子に謝ってからさっさとその場を立ち去ろうとした時、
「ちょ、ちょっと待って!」
振り返ると、右手のひらをこちらに向けている女子の姿。
身長は伶さんや依千さんと同じか少し小さいくらいだろうか。髪は短く、内巻きの癖がついている。同学年だというのに、大きな目と少し高めの声はあどけなさを感じさせた。
「君、転校生?」
「え? あ、うん」
「高峰君?」
「そうだけど……」
多分同じクラスの人ではないのに、名前まで覚えてくれているのは驚きだった。
「私、三組の山田花子」
「………………」
全国の山田花子さんに謝らなければならない。僕はこの時、これが嘘だと信じて疑わなかった。
「でね。高峰君、えーとね」
自分の両手の指を絡ませてモジモジしだした山田花子(仮)さんを見ながら、変な人だなぁ、なんて考えていた。
しかし、次の言葉で僕の頭は真っ白になる。
「一目惚れしましたっ!」
「……は?」
「付き合って下さいっ!」
結局、あの人は本当に山田花子という名前だったらしい。
あの場は、山田花子さんが『返事は明日でいいからー』と走り去っていき、その直後にクラスメートと歩いてきた伶さんに『何、その面白い顔』と言われて我に返ったのだった。
「………………」
こうして思い出すと、どうしても顔がにやけてしまう。異性に告白されたのなんて小学生振りだから仕方ない。
でも、やっぱり断るべき……なんだろうなぁ。
まだイマイチ実感が湧かないものの、僕は今や狙われている身だし、伶さん曰わく『敵だって一般人を巻き込もうとはしないでしょ』とのことらしいが、それでも万が一ということがある。
しかし、なんでいきなり……。
自分で言うのも嫌だけど、僕は一目惚れされるような優れた容姿をしていない。ひ弱とか気弱とか軟弱とか言われがちな顔立ちだと、これまでの人生経験から自覚している。女々しいなんて言われたこともあった。
不思議なことこのうえないけど、こんなこと考えたって仕方がない。僕がいくら考えたって山田花子さんの心の中は分からないのだから。
思考を打ち切るように瞼を閉じる。
慣れない学校でやはり身体は疲れていたらしく、こうして暗い部屋で横になっていると、眠気はすぐにやってきた。