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 突然の自己紹介から数分後、僕は女の子に手を引かれて歩いている。

 女の子は、放心状態の僕を前にして困ったように周りを見回した後、『ちょ、ちょっとお話が……』と言って、僕の学生服の袖を掴んで歩き出した。それから一言も会話はない。

 少し前に住宅街を抜けて、車通りの多い大通りに出た。今は信号待ちの最中で辺りを見回してみるが、引っ越してきたばかりということもあって、アパートの近所とはいえ地理はよく分からない。もちろん、これから向かう先など予想出来るわけもない。

 なんとなく、女の子の横顔を見てみる。

 彼女、佐竹依千さんの顔には見覚えがあった。同じクラスの佐竹伶さん。僕の隣の席の女子だ。でも、顔こそ同じように見えるが、髪の長さが違う。教室で見た佐竹さんは髪が肩にかかるくらい長かった。名字と名前からして双子、あるいは姉妹だと予想はつくけど、僕に話があるとはどういうことなのだろう。

 とりあえず、どこに行くかくらいは聞いておくべきかな。

 知らない人に手を引かれてどこかへ連れて行かれている最中。現在の状況を言葉に表すと、結構犯罪染みた感じになるけど、逃げる気も起きず、我ながら呑気にそう考えて口を開いた。

「あの」

 ちょうどいいタイミングで信号が変わったらしく、僕の学生服の裾を指先で摘んで歩き出そうとした佐竹依千さんはビクリと肩を震わせてから足を止め、恐る恐るといった具合に僕を見上げた。

 涙ぐんだ目を見ると、何故か僕が悪いことをしている気分になった。

「えぇと、今からどこに行くんですか?」

「わ、私の家に……」

 ……………………。

「えーと、なんで?」

「お話が……」

 佐竹依千さんは言いながら、前方をチラチラと気にする。信号を見ているのだとすぐに気付いて、僕は歩きながら話すことにした。

「こうして歩きながらだと出来ない話?」

「は、はい、あの、私だと上手に説明出来ないので……」

 そう言われてしまうと、これ以上何も訊けない。せいぜい宗教などの勧誘じゃないことを願おう。

 あぁ、でも、この事は訊いてもいいかもしれない。

「あの、佐竹伶さんって知ってる?」

「あ……、はい。ふ、双子の姉です」

 双子。ということは、やっぱり僕と同い年らしい。

 じゃあ僕に用があるのは佐竹伶さん? とか訊きたかったけど、どうも佐竹依千さんは話をするのが(あるいは僕の事が)苦手らしく、これ以上会話するのも悪い気がしたので先ほどまでのように黙って歩を進める。

 それから二十分ほど歩き、僕達は少し古い家が立ち並ぶ道を歩いていた。一軒家は綺麗とは言い難いものばかりで、遠くに三棟ほど並んでいるアパート――県営住宅というやつだろうか――はここから見ても壁が変色しているのが分かる。

 そんな、静かな――というよりは寂しい雰囲気を感じる場所には人工的に作られた小さな池があり、ガードレールくらいの高さのフェンスで囲まれていた。佐竹依千さんは僕の服の袖を離すと、フェンスに手をかけて「よ……しょ」と小さく言いながら乗り越えた。

 家に行くはずじゃなかったかな。

 当然だけど、フェンスの向こうには人一人が足を畳んで座れる程度の足場と池しかない。もちろん、いくら小さな池と言っても、貯水目的で造っている以上、深さはそれなりのものだろう。

 佐竹依千さんは振り返ると、カーディガンのポケットから何かを取り出して、僕に向かって差し出した。

 小さな掌の上に乗っているのは、白と黄緑をベースに様々な色の刺繍糸を使ったカラフルな編み物だった。

 はて、これはなんだろう。

 そんな疑問を込めて、視線を佐竹依千さんに向けると、彼女は心なしか後ずさって(僕の心臓が飛び出そうになったのは言うまでもない)から、目を逸らすように俯き、小さな声で

「み、ミサンガです。腕につけてください」

 と言った。

 ミサンガ。実物を見たのは初めてだが、確か御守りのようなものだったはず。紐が切れたら願いが叶うって話は確か創作なんだっけ。

 僕が手を伸ばした時、佐竹依千さんが「あ」と小さく声をあげた。

 延ばし掛けた手を止めて顔を上げると、佐竹依千さんと目が合う。

 何か言いたい事があるらしく、佐竹依千さんは「あの……その……」と小さく繰り返していたが、しばらく待っていると、おずおずと僕の左手を掴み、自身の方へ軽く引き寄せた。

「あの、片手だと、難しいので」

 それだけ言って、ミサンガを結んでくれる。

「痛く、ないですか?」

「え? あ、うん。ちょうどいいくらいかな」

 普段、こういうものを身に着けないため、基準は分からないが、キツくもないし、緩すぎでもない具合だった。

 僕の返事を聞いた佐竹依千さんは、そのままグッと固結びをした。取れるのかな、コレ。

 そして、僕に場所を譲るように横にズレる。

「……………………」

「……………………」

 佐竹依千さんの顔を見るが、目すら合わせてくれない。

 こっちに来い、と言っていることは分かっている。しかし、じゃあそれで何をするかと言えば、池に飛び込むくらいしかないだろう。まだ寒さが残る四月に、新品の制服を着て水遊びなんて、小学生でもやらない。

 だけど、僕は気付けばフェンスに手を掛けていた。そしてそのまま足を上げてフェンスを超える。

 別に僕は自殺志願者でも、人生に絶望しているわけでもない。

 こんな行動をした理由は自分でもよく分からないけど、佐竹依千さんみたいな可愛い人と死ねるなら、と思ったのかもしれない。

 両足が地面に着くと、佐竹依千さんは僕の左手を掴んだ。今度は袖ではなく、ちゃんと手と手だった。

「えっと、せーの、で……」

「あぁ、うん」

 そんな軽い感じでいいのかな。

「それじゃあ……せーの」

 フワッと、佐竹依千さんは驚くくらい軽く跳び、そして気付けば僕も跳んでいた。

 妙に長く感じた滞空時間の後、僕達は二メートルほど下の水面へと足から落ちていく。

 隣を見ると佐竹依千さんはめくれそうになっているワンピースを必死で押さえていて、チラチラと細い太ももが見えていた。

 思わず目を逸らした時には水面が目の前で、最後にこんな事を考えながら死ぬのかと思うと、恥ずかしさというよりは情けなさが込み上げた。

 水面しか見えなかった視界が切り替わったのは、その時だった。

 足が水に着く感覚はなかった。それは当然で、僕の両足は地面に着いていた。正確には、右足は膝をついた状態。

「…………え?」

 完全に放心していると、隣で誰かが――佐竹依千さんが、立ち上がった。

 彼女は正面を向いていて、そこには立派な門、その向こうには、純和風な家がある。いや、あの大きさだと、家というよりは屋敷といった方がしっくりくるかもしれない。

 家の周りは高い壁で囲まれていて、門扉の隙間から見える庭には松の木や桜の木、色とりどりの花など、緑に溢れていて、錦鯉でも泳いでいそうな小さな池も見えた。

 佐竹依千さんは小走りで門につけられているドアホンの玄関子機を鳴らした。

『あーい。お嬢さん、おかえりなさいませー』

 すぐに、間の抜けた男性の声が玄関子機から聞こえた。ダルいというよりは、眠そうな声だ。

『すぐに向かいますので、お待ちをー』

 それを聞いた佐竹依千さんは、小さく頷いてから、振り返って僕を見た。すぐに目を逸らされたけど。

「えっと……」

 訊きたいことは、もちろん山ほどある。しかし、佐竹依千さんに詳しい説明を仰いだところで、先程までの様子からして丁寧な説明は期待出来ない。せいぜい、イエスかノーで答えられる程度が限界だと思う。

 そういうわけで、僕は彼女に一つだけ質問をした。

「ここが君の家?」

 佐竹依千さんは頷く。

 どうやら、当初の目的地には着いたらしい。全くわけが分からないけど。

 

 それからすぐに玄関の戸が開き、そこから二十代くらいの男性が出て来た。髪は短めの金髪だが、服装は甚平に下駄と日本的。この季節に半袖半ズボンって寒くないのかな。

「いやぁー、お嬢さん、お疲れ様です」

 お兄さんが門扉を開けると、佐竹依千さんは逃げるように門を抜けて、屋敷の中へ消えていった。

 お兄さんは戸が開けっ放しの玄関を見て「あらら」と苦笑してから僕に顔を向けた。

「あんさんが高峰裕太さん?」

 確認するような質問をしながら手を差し出してくる。そういえば、僕は地面に膝をついたままだった。

 頷いてから、差し出された手を有り難く掴む。まだ現実に頭がついていっていないらしく、立ち上がると軽い目眩がした。

「俺は春日部っていうもんです。よろしくお願いします」

 小さく頭を下げる春日部さん。関西出身の人だろうか。丁寧語だが、言葉の端々に訛りがある。

「あ、はい。よろしく……お願いします?」

「あっはっは。まだ少し混乱気味ですね。まぁ、最初は誰だってそうです」

 佐竹依千さんや僕と違って、春日部さんの声は大きく、よく通りそうな声だった。

「それで、お嬢さんからはどこまで聞かれたんで?」

 どこまで、と言われても……。

 ここへ来るまでに佐竹依千さんから聞いたことを思い出してみる。

「さっきの人は佐竹依千さん」

「そうです」

「佐竹伶さんの双子の妹」

「はいな」

「ここは佐竹さんの家」

「その通り」

「……その三つくらいですかね」

「ズコー」と口に出しながら、春日部さんは前のめりになる。バラエティー番組を見ているみたいだ。

「え、ホンマにそれだけですか?」

 よほど驚いたらしく、地が出ている。頷いて肯定すると、「ひぇー」と感心したような呆れたような声を出した。

「それでよく付いてきましたね。そりゃあお嬢さんが無害なのはぱっと見で分かりますが、それでも知らない人ですよ? というか、そのうえ、一緒に池に飛び込んだっつーことですか? 何の説明も聞かずに?」

 僕が苦笑を返すと、春日部さんはもう一度「ひぇー」と言った。

「それなら俺が説明しますか。ま、とりあえず入ってください」

 春日部さんがそう言って屋敷の方を振り返ると「お?」という声を出した。

 春日部さんの背中から顔を出して屋敷の玄関を見ると、戸の前に赤色の着物を着た女性が立っていた。

「伶お嬢さん。今日はいらしてたんですね」

 春日部さんが彼女に駆け寄りながら口にした言葉で、その女性がクラスメートの佐竹伶さんであることに気付いた。

 その容姿は佐竹依千さんと瓜二つ。違いと言えば、髪の長さくらいだと思う。

 一目で彼女だと分からなかったのは、服装が制服から着物に変わっていたことだけが原因ではないだろう。クラスで見た佐竹伶さんは柔らかく人当たりの良さそうな雰囲気だったが、今の佐竹伶さんは睨むような視線を僕に向けてピリピリとした雰囲気を出していた。

 春日部さんは気にしていない様子だけど、正直、僕はあまり近付きたくない。君子危うきに、ってやつだ。

「今日はやっぱり高峰さんを見に?」

 僕が門のところで足を止めていると、二人の会話が聞こえてきた。

「見に、っていうか……。まぁ一応クラスメートを巻き込むわけだし、挨拶くらいはしとくべきかなって……」

 ぶすっと不満そうに言う佐竹伶さん。

「あぁ、それなら、挨拶ついでに高峰さんへの説明を頼んでいいですか?」

「説明? なんの?」

「最初から最後までです。どうも、依千お嬢さんは何も説明されてないようで」

「迎えに依千を行かせたの?」

「はい。今のうちから仲良くなれば、とのことで」

「……仲良くなってどうすんのよ」

 佐竹伶さんが顔を歪めて口にした言葉に、春日部さんは寂しそうに笑った。

「はぁ。まぁいいわよ。私が説明するから。なんか、遅れてる人たちもいるみたいだし、時間は気にしなくて平気でしょ」

「はい。それじゃ、頼んます」

 春日部さんは小さく会釈をすると、屋敷の中へ入っていった。あの人は、この家の使用人的な人なのかな。

 そんな事を考えていると、佐竹伶さんが僕に向かって、手招きをした。

「聞こえてた? とりあえず色々と説明するから、来て」

 僕が恐る恐る近付くと、佐竹伶さんは薄く笑った。

「さっきぶりだね。高峰君。なんか、色々とゴメンね」

「あぁ、うん。って言っても、もう何が何やらって感じなんだけど……」

「でしょうね。というか、あなたもよく何も聞かずにここまで着いてきたわね。依千と一緒に死ぬつもりだったの?」

 それもいいかなって。とは言えずに、僕は苦笑を浮かべて誤魔化した。

「まぁとりあえず上がって。今、家の中はそこらじゅう人だらけだから、私の部屋で話すね。ほら、人に見つかると面倒だから急ぐよ」

 そういえば、玄関にはたくさんの靴が綺麗に並べられている。二十足くらいだろうか。

 僕は頷き、家に入る佐竹伶さんに付いていった。

 玄関の近くにあった階段を上って、左側三つ目の部屋。どれも同じ襖で分かりにくいが、そこが佐竹伶さんの部屋らしい。

「先に入ってて。座布団持ってくるから」

 一階へ降りていく背中を見送ってから、僕は言われた通り、先に部屋に入った。

 部屋の中にはベッドと机くらいしか置かれておらず、そのベッドだって、布団も敷かれていない。

「春日部が言ってたけど、私、今はここに住んでるわけじゃないの。だから正確には、元私の部屋。ま、結局誰も使ってないみたいだけど」

 振り返ると、紺色の座布団を両手に持った佐竹伶さんが部屋の入り口に立っていた。

「はい、これ。ま、適当に座って」

 そう言われても、まさか部屋の隅に座るわけにもいかないだろう。僕と佐竹伶さんは部屋の中央で向かい合う形で腰を下ろした。

「じゃあ手早く説明させてもらうけど……、多分、簡単には信じられないような話だから、とりあえずの説明が終わるまで質問とか口出しは禁止ね」

 簡単には信じられない話、か。先程、池に飛び込んだ際の体験もなかなか信じられないものだったけど。

 僕が頷いたのを見て、佐竹伶さんは話を始めた。

「まず、さっき、池に飛び込んだらここに来たでしょ?」

 頷く。

「あれ、分かり易く言えば『魔法』なの」

「……………………」

 頷……けない。

「こんなの」

 ボッ、と佐竹伶さんが立てた指先に小さな火が出た。同じような手品をテレビで見たことはあるし種も知っているけど、それを佐竹伶さんがやるかというと……。

「ま、信じられないのは分かるけど、そこらへんは一階にいる大人達にちゃんとした証拠見せてもらいなよ。相手が大人の方が説得力あるでしょ。とりあえずは、魔法と魔術師っていう存在があるって前提で話を聞いてくれればいいから。……で、ここからは昔の話になるんだけど」


 ある時、魔術師を二分しての争いが起きた。

 長く続いた争いは、長い時を経て終わりを迎え、その際、勝者側で活躍していたのが佐竹家の先祖だ。しかし、目立ちすぎた故に目を付けられた。

 終戦から二年後、彼に呪いが掛けられた。敗者側の残党約百人の魔術師達が自身の命を代償に掛けた呪いは誰にも解くことは出来ず、そのうえ、呪いは消えず、子から子へ引き継がれていった。


「っていうのが五百年くらい前の話」

 佐竹伶さんの話を頭の中で簡単にまとめてみたが、やはりどこかのファンタジーのようだ。

「えっと、その呪いっていうのは、じゃあ今も……?」

 佐竹伶さんは頷く。

「ええ。依千に引き継がれてる」

 あれ。てっきり、呪いを引き継いだのは姉の佐竹伶さんかと思ったが、よくよく考えれば双子だし、そういうこともあるのかもしれない。

「それで、その呪いっていうのはどんな……?」

「魔力を封じ込める呪い」

「……魔力を?」

 呪いと聞いて『何歳になったら死ぬ』みたいなのを想像していたため、正直、少しだけ拍子抜けした。

「ま、これだけ聞くとピンとこないのは分かるけど、予想以上にヤバいのよ、これ」

 佐竹伶さんは小さく息を吐いてから、こう言った。

「依千の中には、先祖代々封印された魔力がそのまま残ってるんだから」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

「えぇと……、どういうこと?」

「つまり、引き継がれるのは呪いだけじゃなくて『封じられた魔力』も、ってわけ。でも、呪い自体はとっくの昔に効果を失ったらしいわ。おそらく、封じる魔力の許容いっぱいになったんだろうってことらしいけど……」

「じゃあ、佐竹さんの妹さん自身の、魔力は封印されてないんだ」

「まぁ、そういうことよ。引き継がれるのはハンパない魔力だけ」

「でも、それって、呪いは解けたも同然なんじゃ?」

「そうはいかないのよ。ていうか、更に厄介なことになってるわ。強大な魔力を持ってるってだけで昔から他の魔術師に狙われてたのに、今はそれに加えてその魔力を自由に使える状態なんだから」

「自由に? 使えるの? 封印されてるんだよね?」

「佐竹家の魔力の活用法は世界中の魔術師が研究していたからね。その封印を解く術は百年くらい前に開発されてるわ。ただし、これには欠点があって……。魔術師……というか人には魔力容量の限界があるの。ただ単に封印を解くと、肉体がご先祖様の魔力に耐えきれず……」

 パーンと、両手を小さく広げる。何気ない動作だが、結果が容易に想像出来て背筋が凍った。

「この家は元々魔術師の、結構有名な家系だからね。昔と比べたら魔力量は減ってるけど、それでも魔術師の中でもトップクラスで、正直ご先祖様の魔力なんて入れる隙間はないのよ。

 それで、次に魔術師達は『魔力を誰かに渡す術』を作り出したんだけど、肝心の、ご先祖様の魔力を受け入れられるほどの人がいなかったってわけ。今も高峰君以外にはそんな人いるか分からないけどね」

「え?」

 佐竹伶さんが僕に目を向ける。僕は確認するために自分を指差した。

「そういうこと。一応、ダメ元で適応者の捜索は続けていたんだけど、まさか向こうから来てくれるとは思ってなかったわ。さてと、高峰君を呼んだ理由、なんとなくもう分かった?」

 そう訊かれて、今までの話の要所らしきところを思い出してみる。

「……僕と佐竹依千さんが組んだら強い?」

「強いっていうか、魔力量だけならまず勝てる相手はいないわね。魔力量イコール強さってわけじゃないけど、多い方が圧倒的に有利なのは間違いないし。まぁ、だからこそ狙われるわ」

「狙われるって……」

「他の魔術師たちに。言ったでしょ? 昔から魔術師たちは封印された魔力を活用しようとしてたって」

「魔術師同士仲良く、ってわけには……」

「無理よ。魔術師だって人間だもの。それに、そんなことが出来てたら高峰君に事情を話したりしないわ。私達は、ご先祖様の魔力を使わない、完全な解呪を目指している側の人間だけど、そうじゃない魔術師が大多数」

「完全な解呪? 呪いを解く術は見つかったんじゃ?」

「今の術じゃあ、呪いを解くって言っても、それは魔法の効果が続いている間だけ。術者……つまり依千の魔力が切れれば、ご先祖様の魔力は再び依千の中に封印されるの」

「……なるほど」

 と、一応言ってみたけど、僕の頭はそろそろ限界だ。

 そんな雰囲気を察してくれたのか、佐竹伶さんは苦笑を浮かべた。

「まぁ、とりあえず、私達は味方ってことだけ分かってもらえればいいよ」

 僕が頷いて返事をした時、襖が軽く叩かれた。

「伶お嬢さん、そろそろよろしいですか」

 襖の向こうから聞こえたのは春日部さんの声。

「あー、まぁいいかしら。詳しいこととかこれからのことは下で待ってる大人達に聞いてね」



 春日部さんに案内されるがまま一階の広間らしき場所に通された僕は、一分も経たないうちにたくさんの大人達に囲まれた。

 ほとんどの人が四十代、五十代くらいの男性。若い人とか女性もチラホラ見えたけど、そういう人達は後ろの方にいた。

 部屋の中央で座布団の上に正座している僕を取り囲んでいる人達は何も話さない。

 当然だが、怖い。なんだこの状況。本当に味方なのか、この人達。

 視線すらまともに動かせず、畳をじっと見ながら数分過ごした頃、小さな音をたてて襖が開いた。

 思わずそちらを見ると、そこには佐竹依千さんが立っていた。周りの大人達は和装の人が多いけど、佐竹依千さんの服装はさっきまでと変わらず、ワンピースにカーディガン姿だった。

 佐竹依千さんは僕の方をチラリと見てから、ささっと部屋の隅の方へ腰を下ろした。そんな彼女に続いて、もう一人、広間に入ってきた。

 年齢は五十代前半くらいだろうか。毛髪は白と黒が混ざって薄い灰色のようになっていて、落ち着いた雰囲気の茶色の和装が堂に入っている。細く切れ長の目から僕に向けられている鋭い視線に、思わず目を逸らしてしまう。

 その人が広間に足を踏み入れると、入り口付近にいた大人達は左右に避けて、僕への道を作った。どうやら、この人がボスらしい。

 その人は僕の前に敷いてあった座布団に正座すると、膝に手を置いて会釈をした。

「佐竹家当主の佐竹源治と申します。この度は、御足労いただきありがとうございます」

「あ、いえ……。えぇと、高峰裕太です」

 なんて返せばいいか分からず、とりあえず、会釈を返した。

 顔をあげると、真っ直ぐにこちらを見る佐竹源治さんと目が合った。僕は、人の目を見て話すのが苦手だ。

「高峰君、こちらの都合で悪いがあまり時間がなくてね。早速だが本題に入るが、いいかね?」

 頷く。

「うむ。と言っても、大体の説明は娘の伶から聞いていると思う。娘に聞きそびれたことや質問があれば答えよう」

「あ、じゃあ、魔法っていうのを見せてもらいたいです」

 手を小さく上げながら言うと、佐竹源治さんは不思議そうに片眉を上げた。

「ここに来るまでに見ていると思うが?」

「すいません。それはそうなんですけど……、やっぱり簡単には信じられないです」

 正直な気持ちを言うと、周りの雰囲気が険悪なものになった気がした。

 だが、佐竹源治さんは気にする様子もなく、口元に笑みを浮かべながら頷いた。

「まぁ、そうだろう。だが、それならちょうどいい。その疑念も、君自身が魔法を使えれば流石に解けるだろう? どちらにせよ、君が本当に封印された魔力を受容出来るか確認する必要がある」

 佐竹源治さんはそう言うと、僕と佐竹依千さんを順番に見てから立ち上がった。

「もう少し広い場所……庭に移動しよう。そこで、魔力譲渡を行う」

 その言葉に従い、周りの大人達はぞろぞろと部屋を出て行き、最後まで部屋に残っていたのは僕と佐竹依千さんだった。

「えっと、じゃあ行こうか?」

 黙って行くのもどうかと思って声を掛けると、佐竹依千さんは小さく頷いて立ち上がった。

 廊下に出ると、僕の後ろにいた佐竹依千さんが「あ」と小さな声をあげた。

「お姉ちゃん」

 佐竹依千さんの視線の先には、階段に腰掛けている佐竹伶さんがいた。

 二人は視線を合わせたまま口を開かず、結局、何も話さないまま佐竹依千さんが顔を逸らして廊下を歩いていってしまった。

 佐竹依千さんを見失うと、どこに行けばいいか分からなくなるかもしれない。

 僕は佐竹伶さんをチラリと見てから、佐竹依千さんの後を追った。


 裏の庭には白い砂利が敷かれていて、入り口の方と違って緑はなかった。下が砂利でなければサッカー……とは行かずとも、バスケットボールくらいなら出来そうな広さだ。

「依千、伶を見なかったか?」

 庭に着くと、佐竹源治さんがそう訊いた。

「階段のところに、いました」

「そうか。同席するようにと言っておいたのだが……」

 渋い顔をしていた佐竹源治さんだったが、「まぁいい」と言って僕を見た。

「魔力譲渡のことは伶から聞いているね?」

「はい。佐竹……依千さんの中に封印されてある魔力を僕に渡す、と」

「うむ。そうすれば君は、おそらくどのような術でも使えるようになる。……それじゃあ、そこに立っていてもらえるかい?」

 佐竹源治さんに指定された場所に立つと、大人達が僕を囲むように並んだ。先程までと違って距離はあるが、なんとなく動物園の動物になった気分だ。

 佐竹依千さんも緊張した様子だった。ここからでも分かるくらい体は震えている。何やら、佐竹源治さんに指輪を付けてもらっているが、震えは指先にまで見えた。

 佐竹依千さんは指輪を付け終えると、佐竹源治さんに背中を支えられながら、僕の方へ歩き、前方三メートル付近で足を止めた。

 震えはまだ止まっていない。当然か。ここの方が、どう考えても人の目が多い。

 佐竹依千さんは不安そうな瞳をこちらに向けて、僕の前まで歩いてきた。もう、手を伸ばせば届く距離だ。

「あ、あの、それじゃあ、ははは始めます……」

 緊張しすぎだろう。

「はい……ってちょっと待った!」

 思わず止めてしまった。佐竹依千さん、佐竹源治さん、周囲の大人達全員の視線を全身に感じた。

 物凄く気まずいが、これを訊かないわけにはいかない。

「あの、もしも僕が魔力を受け止めきれなかったらどうなるんですか?」

 パーン、と。

 佐竹伶さんとの会話を思い出す。ここに来てから自殺志願者だと思われがちな僕だけど、流石に破裂して死ぬのは嫌だ。

 だけど、佐竹源治さんは「あぁ」と表情を柔らかくした。

「それなら心配ない。万が一、そういう事態が起こった場合は、コレを壊す」

 佐竹依千さんの右手を掴んで肩の高さまで上げ、先程付けていた指輪を指差す。薄い赤色の小さな宝石がキラリと光った。

「解呪の術を使用すると、依千が気を失うことは伶から聞いているかい?」

「いえ、初耳です」

「そうか。これは、術者が気を失っても、魔力の供給を自動で行ってくれるものなんだ。つまり、これを壊せば解呪の術は解ける。封印が戻るんだ。そうすれば当然、君への魔力譲渡もなくなる。だから、安心して欲しい」

 どうやら、安全策はしっかりあるようだった。指輪のこととか、詳しく訊きたかったけど、この状況で時間をとってもらうのは気が引ける。後からでも聞けばいいだろう。

 僕が納得したことを雰囲気で察したのか、佐竹源治さんは「それじゃあ、いいかい?」と訊いてきた。

 僕が頷くと、佐竹源治さんも頷いて、「依千」と言った。

 佐竹依千さんはその声に反応して顔を上げると、僕の両手を自分の両手で包むように掴んだ。

「そ、それじゃあ、始めます」

 佐竹依千さんはまだ緊張しているらしい。手を掴んでいることもあって、彼女の震えがダイレクトに伝わってくる。

「はい。……あの」

 思わず話しかけると、佐竹依千さんは不思議そうな表情で僕を見上げた。顔が青白い。

「僕も結構緊張してるけど、お互い頑張ろう」

 もっとも、頑張るのはほとんど佐竹依千さんだ。そんな事は分かっていたけど、何か声を掛けたかった。

 佐竹依千さんはキョトンと目を丸くした後、目を細めて静かに笑って、

「はい。頑張りましょう」

 震える声で、そう言った。

 次の瞬間、佐竹依千さんの身体が爆発した……ような気がした。それが封印を解いた衝撃だと分かったのは、繋がれた手から何かが流れ込んで来ていることに気が付いた時だった。

 心臓が激しく鼓動する。息が荒くなる。足が震える。

 苦しいわけじゃない。むしろ逆だ。

 僕は、高揚を覚えていた。

 今までにない力が、僕の中に溢れている。それは、誰にでも手に入るようなものじゃあない。奇跡だって起こせる、魔法の力だ。

 早く試したい。そう思った。

 ふと、胸に重みを感じて視線を落とすと、佐竹依千さんがもたれかかっていた。ズルッとさらに崩れ落ちそうなことに気付いて、両手を腰に回して支える。

 彼女は完全に気を失っていた。ブラリと垂れ下がった左手の指輪が怪しい赤色の光を放っている。

 次の瞬間、周りの大人達から歓声が起こった。

 成功だ。すごい。そんな言葉が飛び交い、先程まで怖い顔をしていたのが嘘のようにみんな笑顔だった。

 五十代ほどの女性――もしかしたら佐竹依千さんの母親だろうか――と、いつの間にか来ていたらしい佐竹伶さんが僕に寄ってきて、二人揃って会釈をした後、佐竹依千さんを縁側まで運んでいった。

「成功だ。おめでとう」

 僕の前まで来た佐竹源治さんは、先程よりも濃い笑みを浮かべると、握手を求めて手を差し出した。

 僕は会釈してから握手に応じたが、正直、話よりも早くこの力を試したかった。

「では魔法を……といいたいところだが、まずは身体能力自体の違いを見た方が早いだろう。これのやり方は簡単だ。試しに、両脚に力を入れてみなさい」

 頷き、言われた通り足に力を込める。

「力が溜まったと感じたら、その場で思いっきり地面を蹴るんだ」

 力が溜まる、という感覚はよく分からなかったが、数秒待ってから僕は地面を蹴った。

 気が付けば、屋敷の屋根が見えた。もちろん、僕の下に。

 二十メートルは跳んでいるかもしれない。この高さから落ちるなど、普段なら恐怖で身が凍りそうになるだろうが、今は全く恐怖など感じなかった。

 着地した時の衝撃はそれなりにあり、跳んだ時と着地の際に砂利が飛び散らかり、足元には茶色い地面が見えていた。

「これで信じてもらえたかな?」

 佐竹源治さんの問いに頷いて答える僕の顔は、勝手に浮かんでくる笑みで歪んでいたと思う。

「その力の上手い使い方さえ覚えれば、着地の衝撃を殺すことや、空を飛ぶことも可能になるだろう。勿論、他の魔法も習得可能だが、ひとまずは基本と防御系の術を覚えてほしい。君と依千の安全が第一だからね」

 僕が頷くと、佐竹源治さんも頷き、まだ騒いでいる周囲の大人達を見回した。

「確認は終わった。今日はこれまでにしよう」

 その言葉に大人達は満足そうに頷いたが、僕は少し残念に思った。この力がもう無くなるのかと思うと大きな喪失感すら感じた。

 だが、ここで拒否をすれば後々の関係に響くかもしれない。

 僕はそう考えて頷いた。

 次にこの力が使えるのはいつだろう。そんなことを考えながら。


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