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 依千さんの葬儀が終わってから1ヶ月が経った。当然だけど、周りの環境は変わり、今ではこの家で依千さんの名前が出ることはなくなっている。

 呪いを継いだ伶さんは、解呪、魔力譲渡の魔法を覚えると、夜中、眠っていた僕に向けて発動させた。

 源治さんは、梅津家の再建に尽力しているらしい。それは、僕にとってあまり嬉しいニュースとはいえない。

 和美さんは、あれからしばらく塞ぎ込んでいたが、最近、ようやく快復してきた。実の母親ではないとはいえ、幼い頃から見ていて、自分を母と呼んでいた依千さんは、和美さんにとって、既に一人の娘のように思っていたのだろう。

 春日部さんも、そんな和美さんを気遣いながらも、悲しみを隠せずにいたように思う。

 僕は、特に何も変わっていない。悲しみに暮れる人達を見ながら、伶さんの相手をしながら、ただ日々を過ごしている。

「ねぇねぇ、裕太君。今日はお昼から外に出られるんだよね?」

 縁側で横になっていた僕の隣に伶さんがしゃがむ。薄桃色のワンピースがひらりと揺れた。

「うん。もちろん、護衛の人は付いて来るけどね」

「えー。……まぁ、いいや。やったー!」

 両手を上げて喜びを表現する伶さんに笑みを浮かべてから、そっと目を閉じる。

「あ、そういえば、お母さんは? 一緒に行かないの? お父さんは来なくていいけど」

 父親嫌いは相変わらずだ。

「和美さんは用事があるって、さっき出掛けたよ。春日部さんが付いてきてくれるって」

「えー、春日部かぁ」

 露骨に嫌そうな顔をする伶さんだが、それは親しみの裏返しみたいなものなのだろう。

「あーあ、早く出掛けたいなぁ」

「まだ十時だからね。……どっか行きたいところあるの?」

「買い物! 私の部屋、可愛い服少ないし!」

 それはそうだろう。伶さんは基本的にジャージかスウェット姿の引き籠もりだったし、依千さんの部屋にあった家具や物はどこかに移動させたのか、今はもぬけの空になっている。

「裕太君、寝るの?」

 瞼の向こうが微かに暗くなり、伶さんが覗き込んでいることが分かる。

「うん」

「また寝不足なんだ。隈すごい。パンダみたい」

 あはは、と伶さんは、自分の言葉に笑った後、足音が遠退いていった。

 最近、よく夢を見る。しかも、支離滅裂で度々場面が飛ぶような夢らしい夢ではなく、限りなく現実に近い夢だ。

 よく見るタイプの夢は、『目を覚ます』という内容のもの。例えば、今朝は『朝、自室で目を覚ます』夢を見た。こうして縁側で寝た時なんかは、『縁側で目を覚ます』夢を見る。もちろん、そのまま覚めないなんてことはなく、唐突に夢は終わり、少し混乱しながらも夢であることに気付くのだった。

 また、そんな夢を見るのだろうか。

 


 これも最近続いていることだが、眠りが浅いせいか、まるで瞬きをした後のように目が覚める。

 夢を見ていなければ、時間を確認しない限り眠っていたことにも気付かないくらいだ。

 また、目を覚ます夢を見た。夢見の悪さを誤魔化すように、寝相で横を向いていた身体を仰向けに戻した時、隣に誰か正座していることに気付いた。

「あ」

 その人も、僕の視線に気付く。逆光で陰になっていて顔はよく見えないが、その声だけで誰かは分かった。

「おはよう、高峰君」

「………………」

 僕が無言でいると、その人、依千さんはキョトンと首を傾げた。

「夢だよね、これ」

「高峰君、夢見たの? どんな夢?」

「……縁側で目を覚ます夢」

「正夢だね」

「でもその夢に、依千さんはいなかった」

「さっき来たばっかりだからかな」

「そうかも」

 違う。依千さんがそこにいるはずがないから、夢に出てこなかっただけだ。あれは、目を覚ます僕に現実を突き付ける、再確認させるための夢なのだから。

 ならなんで今更、僕はこんな夢を見ているのだろう。

「私ね、高峰君の事、まだよく知らないけど、こうして一緒にのんびりするのは好きだよ。雰囲気っていうのかな」

 違う。夢じゃない。これは記憶だ。ただの過去だ。それも、自分で良いように作り替えられた。

 こういう話を依千さんとしたり、縁側でのんびりしたりというのは本当にあったことだけど、あの時の依千さんはまだ僕に慣れていなくて、もっと辿々しい口調だったし、お互いの距離ももう少し開いていた。でも、この依千さんは、僕に慣れている。きっと、僕が一番馴染んでいた頃の依千さんなんだ。

「ねぇ、依千さん。これは夢だよね?」

「どうだろ。夢だったらなぁって考えたことはあるけど、やっぱり現実だと思うよ」

「そうだといいな」

「高峰君は巻き込まれただけなのに?」

「うん」

 それに、巻き込まれただけの立場とは、もう言えなくなっている。初めこそ僕は巻き込まれたが、それからたくさんのものを巻き込み、壊していった。

 日の光が眩しくて、右腕を額に置く。依千さんがいる夢の世界でも、手首の先は変わらず、何もないままだ。

「それでも僕は、これが現実だと嬉しい」


 瞬きをすると、依千さんはいなくなっていた。

 夢だと分かっていたのに、現実に脳が追い付いた瞬間、涙が溢れた。

 こちらに向かっている足音が聞こえて、左腕で両目を隠す。

「あ、裕太君起きた!?」

 右腕を上げて、起きていることをアピールする。

「……裕太君、泣いてる?」

 僕を覗き込んで、伶さんが心配そうな声を出す。

「泣いてないよ。伶さん、今、何時?」

「えっと、十二時前。もうご飯よってお母さんが」

「そっか。じゃあ僕、トイレに寄ってから行くから、伶さんは先に行っといて」

「うん!」

 ダダダダ、と騒がしい足音が遠ざかっていく。

 左腕をずらして隣を見てみるが、そこに人影はない。

 夢中夢、というやつだ。依千さんがいる夢の世界で、縁側で目を覚ます夢を見た。言葉にすると余計に頭がこんがらがった。

 あの夢のような現実は、何が起きても、奇跡が起きても、もう有り得ない。それは、奇跡の域を越えている。

 いつまでも寝ていると、伶さんが様子を見に来るだろう。

 涙を拭い、立ち上がる。心まで、そう上手く変えられないけれど。



「春日部も裕太君も歩くの遅すぎ! 時は金なり!」

 数メートル前方で振り返った伶さんに苦笑を返す。

 僕と春日部さんの両手は服や小物が入った袋で塞がっている。片手に一袋ならまだ優しい方だが、そこに収まらないのが伶さんだ。

「春日部さん、護衛の人達は大丈夫ですか?」

 隣を歩く春日部さんに、小声で尋ねる。

「はい。ご心配なさらず……とは言えませんね。場所が場所だ。高峰さんが心配するのも当然ですね」

 左方向に目を向けると、中規模の公園がある。そこは、前に依千さんや伶さんと来た公園だ。

 前に向き直る寸前、視界の隅に、ショートカットの女の子が映った。もう一度目を向けても、そこには誰もいない。

「春日部さん」

「はい?」

「護衛の人と連絡を――――」

 振り返ると同時に、春日部さんの身体が傾いた。慌てて身体を滑り込ませ、倒れないように踏ん張る。

「裕太君、春日部、どうしたの?」

 その声に顔を向けると、伶さんの後ろに、ショートカットの女の子が立っていた。

 神山さんは目を細めて笑う。

何も知らないはずはないのに、それでも笑っていた。



 公園のベンチに座り、神山さんと向き合う。僕の隣では伶さんが神山さんに鋭い視線を向けている。少し前までのものと比べれば可愛らしいものだが。

 公園内のベンチは、神山さんによって気を失っている護衛の魔術師十人が占領している。一般人が見れば、異様に思うであろう光景だが、神山さんが言うには、この公園には人が近付かないようになっているらしい。

「依千ちゃんが死んじゃったって、本当なんだ」

 開口一番、伶さんを見ながら、神山さんはそう言った。

「いちちゃん?」と小さく呟いた伶さんの言葉は聞こえなかったフリをして、僕は頷き、

「神山さんが殺したんじゃ?」

 ずっと抱えていた問いを口にした。

「私が依千ちゃんを殺すと思う?」

「思わないけど」

「『私を殺さないと後悔するかもしれない』。って、気にしてる?」

 頷く。気にしているどころか、僕が神山さんを疑っている理由の大きな一つだ。

「あれね、確かにこういう場面を想定して言ったことなんだけど、別に殺人予告じゃあないよ。依千ちゃんを殺した犯人を捜したいなら、私の推測を話すけど」

 そう言いながらチラリと伶さんに目を向けた神山さんを見て、僕は首を横に振る。

「いいよ。神山さんが犯人じゃないなら、きっと僕と同じ考えだと思う」

「相変わらず、全方位を疑ってるね、高峰君は」

「そんなことないよ。依千さんと、伶さんは信じてる。あと、最近は春日部さんと和美さんも」

「私は?」

「信じるには、神山さんは強すぎるからね」

 源治さんも、また同じだ。

 そこで、伶さんが僕の服の袖をグイッと引っ張った。

「ねぇ、裕太君」

「ぶっ! 裕太君!?」

 伶さんは、腹を抱えて大爆笑する神山さんを睨んでから、再度こちらに目を向ける。

「誰、この人? 神山って、裕太君が倒したっていう神山鈴? いちって誰?」

「高峰君に復習するために地獄から戻ってきたんだよー」

 ウケケケ、と魔女のような笑い方をする神山さんを見て、伶さんが僕の腕にしがみついた。

「伶さん、この人は大丈夫だから、みんなの看病してあげてて。ほら、あの人、椅子から落ちそうだし」

 僕が言うと、思いっきり不満そうな顔をした伶さんだったが、口を尖らせながらも頷き、小走りで駆けていった。

「……随分可愛らしくなったね、伶ちゃん。子供の頃に戻ったみたい」

「僕は驚いたよ。それで、どれだけ伶さんが普段から気を張ってたか、依千さんのことが大事だったのか、改めて実感した」

「昔の伶ちゃんを知る人からすればバレバレだったんだけどね」

 神山さんは、伶さんが記憶を失っている理由を聞かなかった。なんとなく予想がついているのか、どうでもいいのか。

 伶さんを見て笑みを浮かべている神山さんを見ていると、ふと目があった。

「ん?」と片眉を上げた神山さんは、テーブルに身を乗り出して僕の眼前数センチのところまで顔を近付けた。

「な、なに?」

 僕が身を退くと、神山さんもあっさりと椅子に座り直し、

「高峰君、ちゃんと寝てる? 近くで見ると、隈、すごいよ」

 自分の右目を右手人差し指で差しながら――

「神山さん、そういえば指……」

「ん? あぁ、ほら」

 神山さんは両手をテーブルの上に広げた。その手には、欠けることなく綺麗な指が揃っている。

「治った、ってわけじゃないんだけどね。千切れちゃったのもあるし、普通に動くけど少し形が歪になっちゃったのもある」

 驚きのあまり、言葉が出ない僕に向かって、神山さんは笑いかける。

「でも、魔力で、こういうことも出来るんだよ。今は魔力節約モードだから、何かに触ったりは出来ないんだけど、まぁ見た目くらいはね」

「……よかった、って言っていいのかな」

「別に高峰君のせいじゃないし、いいんじゃない?」

 神山さんが右手をひらひらと振ると、指先が少し揺らいで見えた。

「神山さんは、僕がああしたら自分がああすることは決めてたの?」

「うん。多分ね。私を殺さないと後悔するって言ったでしょ? 私だって高峰君や依千ちゃんや伶ちゃんに後悔させたくないし、高峰君が、そこまでしても生き残りたい、依千ちゃんを守りたいって気持ちがあるなら、後は任せてもいいかなって。まぁ、最後まで迷ってたからあんな中途半端なことになっちゃったんだけど」

「あの時の僕の覚悟も同じだけどね。中途半端だった」

 苦笑しながら言うと、神山さんは笑い、

「高峰君、依千ちゃんに会いたい?」

 脈絡もなく、そう言った。

「そりゃあ、会いたいよ」

「後悔してもいい?」

「……人を生き返らせる魔法は、存在しない。それは魔法でも奇跡でも不可能だって」

 魔術書に書かれていたことを口にすると、伶さんはその通りだと言うように頷いてから、身体の横に置いていた鞄から何かを取り出し、テーブルの上に置いた。

 古い書物のようだ。日本語ではないため、たとえ表紙の文字が掠れていなかろうが読めないことに変わりはない。

「高峰君、見たことある? これ、禁術書なんだけど」

「禁術書?」

「そ。私の家――神山家に伝わる禁術書。それも、禁術中の禁術らしくて、存在を知ってたのは私の父親と私くらい。私も、子供のころ、宝探ししてて偶然見つけたんだけどね」

 それで本当に宝を見つけるとは、子供のころから凄い人だ。

「これに書かれてる禁術は、『遡行魔法』。何を遡るかは、この眼を見れば分かるよね」

 未来を見る目を指差して、神山さんは言う。

「時間?」

「ピンポーン」

「……時間を遡って、未来を――今を変える?」

「まぁ、狙いはそうだけど、勘違いしちゃいけないところは、この魔法は『時を戻す』だけだってこと。術者も誰も例外はなく、巻き戻した時間のことは全部忘れる。それで何か変わるか分からない。極めつけは、この魔法が禁術になった理由。普通は、代償とかが書かれてるんだけど、これは明記なし。もしかすると、禁術になった理由は『意味がないから』なのかもしれない。その場合、私達は依千ちゃんが死ぬ現実を繰り返すことになるってわけ」

 神山さんは一息に説明を終えてから、小さく呼吸をして、「後悔した?」と笑った。

 後悔、するはずがない。

「何万回も繰り返せば、奇跡くらい起きるよ」

 目を丸くしてから、神山さんはニシシと笑った。

「神山さん、その魔法、使えるの? 禁術っていうことは、消費魔力量が……」

「最初はアホかってくらいの量だったけど、松戸幸介をこき使って魔力消費量をかなり抑えたから、多分使える。封印された魔力は必要不可欠だけど」

 頷き、禁術書に手を伸ばすと、その前に神山さんが手で押さえた。

「おっと、また勘違い」

 神山さんの言葉に、首を傾げそうになる。

「この魔法を使うのは高峰君じゃなくて、私」

「……神山さんが?」

「そっ。てか、そうじゃなきゃ、魔力が足んない。今の私プラス封印の魔力でギリギリだから」

「でも、封印の魔力を受け止めたら――」

「これから時間を戻すんだから大丈夫」

「でも、成功率は百パーセントじゃないんだよね?」

 そう訊くと、神山さんは数秒固まってから、「あー」と頭を掻いた。

「多分、って言っちゃってたね、私。最後の最後で口滑ったなぁ」

 でも、と神山さんは僕の目を見た。

「結局、これは私にしか使えないし、たとえ高峰君が使えたとしても、私が使わせないよ?」

「……失敗したら無駄死にだよ?」

「依千ちゃんがいない世界で、死んだみたいに生きるよりマシだよ」

 そんなことを平然と口にする神山さんも、その言葉に自然と頷いた僕も、やっぱり依千さん大好き人間なのだろう。そして、そんな世界から早々に退場した伶さんも、きっと。


 伶さんを呼ぶと、神山さんのことを警戒しながらも僕の隣に座った。

「祐太君、お話、終わったの? 私、そろそろ帰りたい」

そう訴える伶さんに苦笑を返す。

「伶さん、少し大事な話があるんだけど、いい?」

「ここでしなきゃいけない話なの?」

 頷くと、伶さんは嫌そうな顔で神山さんを見てから、小さく頷き返してくれた。

「実は、伶さんには妹がいたんだ」

 この伶さんの精神は、おそらく小学校低学年くらい。事情を話したところで、半分も理解出来ないことは、僕も分かっている。だからといって、話さないわけにはいかないだろう。代償は伶さんの記憶で、しかも失敗する可能性だってあるのだから。

「……この人、悪い人じゃないの?」

 すべてを聞いた伶さんの最初の言葉はそれだった。先ほどとは違う不安が、神山さんを見る瞳に宿っている。

「それは、伶ちゃんの判断にお任せするよ」

 神山さんの答えに、伶さんは困ったように俯いてから僕を見る。

「私が解呪すれば、妹に会えるの?」

「……会えるかもしれないし、会えないかもしれない」

「祐太君は、妹に会いたい?」

 思わず、答えに詰まる。だが、答えを待つ伶さんを見ていると、このまま黙っているわけにはいかなかった。

「会いたいよ。すごく」

 伶さんは大きく頷く。

「私も会いたい」

 それは、肯定の意味のこもった言葉だった。

「いいの? もしかしたら失敗して、無駄に記憶を失うだけかもしれない」

「いいよ」

 しつこく確認してしまった僕に、伶さんはそっと笑いかける。何故、と聞こうと思った。しかし、聞かずとも、なんとなく伶さんの考えは分かってしまった。

「私、お姉ちゃんだもん」



 気を失った伶さんをベンチに寝かせ、体中から魔力を溢れさせている神山さんを見る。

 公園の中心、辺りに何もない芝生の上に立ち、魔力を逃さないよう、自分の身体を抱いている。他の魔法を使う余裕などとうにないのか、神山さんの手は本来の形に戻っている。残された指は、両手を合わせても三本しかなかった。

 僕にも目視出来るほどの魔力の氾濫。驚くべくは、神山さんはその溢れ出た魔力すら操り、決して逃さないよう繋ぎ止めているところだ。

 まずは、限界まで魔力を溜め込む。これが足りなければ、魔力不足で術は発動せず、ただ神山さんが死ぬことなる。しかし、遅すぎても――。

 何かが千切れたような鈍い音が耳に届いた。

 神山さんの右腕の一部が裂け、そこから肉が、骨が見えている。しかし、溢れ出る魔力によるものか、血は流れず、垂れず、重量に逆らって宙に浮いた。それは魔力の流れと同調し、神山さんの周囲を回る。

 神山さんの身体が裂ける間隔は少しずつ短くなっていき、その度に魔力と血は混ざり合い、色濃くなっていく。

 その赤黒い魔力は、正に命そのものだった。

「高峰君」

 ふと、神山さんは身体を抱き締めていた両腕の力を抜き、僕に顔を向けた。額には汗、体中は血だらけ。でも神山さんの表情は、力の抜けた笑みだった。

「高峰君はさ、自分の話、依千ちゃんにはしたの?」

 渦巻く魔力の赤黒い色が、更に濃くなっていく。

「僕の話って?」

「昔の話。高峰君が、依千ちゃんと会うまでの話」

「……してないけど、依千さんや伶さんは知ってたと思う。何も聞いてこなかったから」

 そう言うと、神山さんは頷き、「そうだろうね」と肯定した後、すぐに「でも」と続けた。

「次、依千ちゃんと会って、話してもいいって思えたら、高峰君の口から話してあげてね」

 短く息を吸ったように、溢れ出ていた魔力が神山さんの身体に入っていった。

「きっと、依千ちゃんも嬉しいと思うから」

 その言葉が耳に届いた瞬間、凄まじい風と光が全身に叩きつけられた。両腕を顔の前で交差させ、傍にいた伶さんの無事を確認しようとした瞬間。

 前方から、短く、何かが弾けるような音が聞こえた。




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