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プロローグ

 父親が蒸発したのは物心つく前のこと。それから僕を育ててくれた母親は、僕の小学校卒業と同時に『そろそろ好きに生きたい』という言葉を残していなくなった。

 そのことを知った母方の祖父母に引き取られた僕だったが、二年前に祖父が、そして少し前に祖母が亡くなった。病気などではなく寿命を全うした大往生だったが、二人とも亡くなる寸前まで元気だったため、僕が死を運んだかのように思えた。

 そんな雰囲気を親戚の人を感じたのか、それともただ単に邪魔者と一緒に暮らしたくなかったのか、僕は祖父母の遺産と親戚の援助を受けながら一人暮らしを始めた。

 同居はしなくとも、近くに頼れる人はいた方がいいだろう、ということで、高校二年生に進級すると同時に引っ越しをした。

 そして今、朝礼時にクラスで一人だけ自己紹介をして、始業式、HRを終えて帰路についたところだ。前に引っ越したのは、ちょうど中学に上がる時で、あまり転校という感じはなかったが、それでも初日から色んな質問をされ、転校生扱いされていたと思う。小さな中学校だったから、という理由もあったのかもしれないが、今回、転入した高校だってそれほど大きなところでもない。やはり、高校生ともなると好奇心だけで行動するのは難しいのかもしれない。

転校生である僕を一切意に介さず、おそらくいつもと同じグループで集まってそれぞれ会話をしていたクラスメート達を思い出しながら、そんなことを思った。もっとも、僕はそっちの方が助かる。家のことなどを訊かれて、正直に答えた時の気まずい雰囲気は嫌いだから。

 住宅街の隅、僕が暮らしているアパートの屋根が見えた。この角を曲がれば、そのボロっちい壁や錆び付いた階段も見える。

 この角を曲がったら、家に帰ったら――――。

 小学生までは父親を、中学生からは両親を想いながら、そんな奇跡を想像していた。だけど、今はもう、そんな想像はしない。

 人は簡単に死ぬ。もしかしたら、父親も母親もとっくにどこかで息絶えてしまったのかもしれない。無駄に期待するより、そう考えた方が気は楽だった。

 僕は奇跡よりも、これ以上変わらない日常を望む。

 奇跡っていうのは犠牲があるからこそ奇跡なわけで、おそらく僕は犠牲の方なのだろう。

 足元に視線を落としたまま、角を曲がる。

 ふと、誰かの足が前方に見えて、僕は顔を上げた。

 アパートの前には女の子が立っていた。

 僕と同じくらいの年齢だと思う。髪は黒く、肩にギリギリつく位の長さ。ぼんやりとした感じだった目は僕と視線が合うと丸く見開かれた。ふんわりとした白いワンピースに薄い桃色のカーディガンが揺れる。

「あ、あの」

 目を泳がせ、手を忙しなく動かしながら、女の子はチラチラとこちらに視線を向けながら小さな声を出した。

「た、高峰裕太さんですか?」

「あ、はい」

 流石にここまで慌てられると警戒する気にはならないけれど、やはり不信感はある。

 でも、何故だろう。彼女の顔を見た時から、『奇跡』という言葉が頭から離れない。

「あの、わ、私、佐竹依千っていいます」

 奇跡を諦めた僕は、こうして奇跡と出会った。

「はっ、初めまして!」


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