42.メイドのローザ
「てっきりもうあの双子に殺されたかと思っていたわ」
こともなげにそう告げると、彼女は当たり前のようにディアナの隣に座った。
(なぜ……)
そうは思うが口には出せないディアナである。
確かに食堂は混み合っている。しかし他にも空席は一応ちらほらあった。わざわざディアナの隣に座る理由などないではないか。
(もしかして、嫌われてはいないのかな……?)
憎まれ口のようなものは彼女なりの親愛表現なのだろうか。だとしたらむしろほぼ同じ時期に入った新人として親しみがあるのかもしれない。
(もしかして……、これが友達ってやつなのかしら)
同じ領地の幼なじみとしか接したことのないディアナだ。ネルも仲良くはしてくれているが、彼女とは『侯爵夫人』と『メイド』として出会ったのもあり、友達と呼べるような気安い仲ではない。
(あ、新しい友達……っ)
そう思うととたんにそわそわして落ち着かなかった。意味もなく足の位置をちょっと変えてみたりフォークを置いたり手に取ったりしてしまう。
食事を始めた彼女を横目でちらちらと見て、ディアナは意を決して口を開いた。
「え、えーと、ローザ……、心配してくれてありがとう」
「は?」
しかしそれに返ってきたのは無情にも冷たい視線だった。
「『心配』? なんの話? ああ、双子のことはあんたがいじめられてたら面白そうだから話題に出しただけよ」
「……」
前言撤回。どうやらローザはディアナの友達ではなさそうだ。
それともこれすらもただの照れ隠しの可能性があるのだろうか。
(わからない! わたし、わからないわ!)
助けてエリアス、助けて故郷にいるアルノルト!
「馬鹿みたいねぇ、貴族の妾になんてそう簡単になれるわけがないのに」
そう内心で叫んでいる間に、ローザは冷めた声で吐き捨てた。それはディアナに話しかけているというよりも大きな独り言のような口調だ。
どうやら彼女にも背後の会話が聞こえたらしい。
「で、でも夢があるわよねっ」
それでもなんとか会話をつなげようとディアナが声をかけると、
「夢?」
はん、と彼女は鼻で笑う。
「あのねぇ、夢を見るのが許されるのは限られた人だけなの。例えばなにか才能があったり、とても美しかったりね、あたしみたいに」
そう言って自らの胸を手で押さえて見せるローザは確かに美しい。
ブラウンの髪は絹のようにきめ細かく艶やかで同じ色のまつげは長くくるんとカールしている。二重の目はぱっちりとしていて気位の高い猫を思わせる優雅さがあった。緩く自信に満ちてつり上がった唇に塗られた真っ赤な口紅がその気位の高さに非常に似合っている。
しいていうならばその気の強さが全面に出過ぎていたが、それすらも彼女を彩る魅力になっているようにディアナには見えた。
「この屋敷のメイドたちを見たけど、正直みんなレベルが低いわ」
「え、そんなことはないと思うけど……」
あのかんしゃく持ちのカークスの横暴に耐え抜いた人々だということもあって、この屋敷の使用人は皆よく気の付く人物が多い印象だ。細やかな気配りや周りの空気を読む力は特に卓越している。所作などもよく教育されているのか気になったことは特にない。
そんなディアナの内心を読んだように、「技術じゃないわよ」とローザは言った。
「見た目の話よ。ブスばっかり!」
「え、ええー……」
そんなことない、と言おうとしたが、ローザの顔を見るとなかなか言いづらい。
確かにこの顔面を持つ人に比べればそう思われても仕方がないのだろうか、と思う程度にはローザは美人だ。
(でもそれはローザが美人すぎるだけでみんな普通に綺麗だし可愛い人が多いと思うのよね……)
ネルだって種族の違いがあり多少エキゾチックな要素があるが、それも含めてとても可愛らしい魅力的な顔立ちをしている。
ふと気がつくとローザがディアナの顔をじーっと見ていた。
「な、なに……?」
おそるおそる尋ねると、ふっと小馬鹿にしたように笑われる。
「あんたはまぁ、中途半端ブスね」
「ちゅ、中途半端ブス……」
言われたことのない種類のブスである。まぁ、なかなか人からブスと呼ばれたことがないので世の中にそこまで多彩なブスの種類があるのかどうかすらさだかではない。
「別に顔立ちそのものは悪くないけどぱっとしないのよねー。可もなく不可もなく。もっとちゃんと化粧しなさいよ」
「はぁ……」
なんとコメントしたものか。コミュニケーション能力の低いディアナには難しい。とりあえず間を持たせるためにお茶を口に運ぶが、「愛妾狙いなんてほんっと馬鹿みたい。特にエリアス様は、ねぇ」と意味ありげな含み笑いが隣で響く。
「え?」
思わず顔を上げて聞き返すと、ローザはにやりと口の端をあげた。
「ねぇ、知ってる?」
にやにやと意地悪げにその真っ赤な唇が囁く。
「エリアス様には婚約者がいたのよ」
「……っ」
息を呑む。
「二人はお互いに思い合っていたの。なのに今回の件でディアナ様と結婚しなくちゃいけなくなって、引き裂かれてしまったのですって」
ディアナの表情が凍った。そんな可能性などまるで考えていなかった。
しかし、それはありえたことだ。
侯爵家の適齢期の男性だ。容姿端麗で頭脳明晰。そんな優良物件に婚約者がいないほうがおかしい。
その可能性に思い至らなかったディアナのほうがどうかしている。
「可哀想よねぇ」
同情というよりもからかうような口調でローザは続ける。
「ディアナ様も、ちゃんと空気を読んで財産放棄して実家に帰ればいいのに」
ローザはなぜかディアナの目をのぞき込んだ。そこで初めてディアナは気づく。そのブラウンの瞳に渦巻くのは明確な敵意だった。
『親愛』では決してない。おまえを傷つけてやるという『害意』だ。
「ほんっとうにずうずうしい女。最っ低!」
その切れ味の鋭い言葉は鋭利な刃物のようにディアナに突き刺さった。





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