20.墓場に響く怨嗟の声は
カツカツと、硬質なハイヒールが床を打つ音がする。はじめは早足だったそれは、徐々にその速度を増してついには走り出した。
そこは墓地だった。ちょうど先ほどまで大勢の人が納棺を見守り、そしてその後に魔獣騒動があった場所だ。
その後片付けをしていた墓守の男が彼女に気づいた。
「ああっ、ダーリン……っ!」
墓守が声をかけるよりも先に、彼女は墓にすがりつく。
「あたしのことを置いていくなんて! どうして! どうしてこんなことに……っ!」
そうして彼女はしばらくさめざめと泣いた。
(関係者か……)
そう悟った墓守は邪魔をしないように立ち去ろうと足の向きを変える。なにせやることはたくさんあるのだ。墓地裏の庭園にはまだ大量の魔獣の血が残ったままだ。
「待って……っ」
しかしそんな彼を呼び止める声がした。墓にすがりついていた女性だ。その口調はさきほどまで泣いていたとは思えないほどに冷たく、命令しなれている者の呼び方だった。
「へぇ、なんでしょうか」
嫌な予感がする。そう思いながらも雇われ墓守である彼は逆らえない。そんな彼のことを振り返ることもせず、彼女は簡潔に命じた。
「この墓を掘り起こして」
「……は?」
思わず聞き間違いかと聞き返す。しかし彼女はきっ、と強い視線でにらみつけてきた。
「掘り返してって言ってるのよ! 早くしなさい!!」
「いや……、でもそれは……」
「あんた平民?」
ブラウンの瞳で見下げるように彼女は墓守をにらむ。
「あたしはこの人の本当の妻よ! 逆らったらどうなると思ってるの!?」
(そりゃ嘘だろ……)
墓守は思う。この墓に埋まった男の妻はさきほどまで葬儀に出席していた。
そして魔獣を討伐した本人なのだから間違えようもない。
墓守はあらためてまじまじと目の前の女のことを見た。
豊かな茶色の髪は良く手入れされており、まるで絹のようにしっとりと肩に流れていた。こちらを睨むブラウンの瞳は猫の目のようにつり上がっており、しかし整ったアーモンド型をしている。肌は白く、ぽってりとした唇は真っ赤なルージュを引かれていた。
派手な美人だ。こんなとんでもないことを言い出さなければ墓守も思わず鼻の下を伸ばしてしまっていたことだろう。
「さっさとしなさいよ!!」
「へ、へぇ!」
しかし今は厄介な客でしかなかった。
墓を掘り起こすなどとんでもないことだ。けれど墓守はその言葉に従う。
女のことが恐ろしかったし、そしてなによりも先ほど怒鳴るのと同時に彼女は袋を地面に投げ捨てるようにして寄こした。
そこからは大量の金貨がはみ出していたのだ。
(……まぁ、バレねぇだろう)
墓の中身を確認する人間など墓荒らしくらいのものだ。幸いなことに遺体はついさきほど埋められたばかり。古い墓なら掘り起こした形跡が残ってしまうが、埋めたばかりの場所に掘り起こした形跡もなにもない。ついさっき埋めたばかりなのだから。
男は慌ててシャベルをつかむと地面へと突き立てた。
「ああ、ダーリン……」
その様子を見ながら女はつぶやく。
その目からは絶えず涙がだらだらと流されるままになっていた。
「あたし、許さないわ……、絶対に許さない……」
そのブラウンの瞳には憎悪の色。
「あたしたちを引き裂いたあの女……」
手に持ったままのびしょ濡れのハンカチがきつく握りしめられる。その長い爪が手のひらに食い込み、血が流れた。
「ディアナ……」
女の名前はマルティナ。カークスの愛人だった。




