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受け視点

 恋人の家にサプライズ訪問なんて、するべきじゃなかった。

 俺の恋人である、頼人さん……年上で、憧れの人で、ノンケのくせに思わせぶりで、付き合うときの言葉は「じゃ、試しに付き合ってみる? 俺たち」だった。そんな彼に『恋人になったから』と渡されていた合鍵を、初めて使って玄関を開けた瞬間に見えた、知らない女物の靴。部屋に入らなくても臭う甘ったるい香水。うっすら聞こえてくるベッドの軋む音と……甲高い嬌声。

 明日は俺の誕生日で、まぁ彼は当然そんなこと忘れているため予定を入れていて、当日会えないのが寂しくて前日に勇気出して行ったら浮気現場に遭遇とか……俺が何をしたっていうんだ? ……それに、浮気自体は2回目だったりする。最初の浮気は偶然メッセージの通知を俺が見て、問い詰めたら白状して解決したんだっけ。

 足が凍りついたように動かない。自分の心臓の音だけが耳の奥でやたら響いてうるさい。砂嵐のような、血の気が引いている感覚。ゴト、という音で我に返る。手に持っていたはずのチューハイの入ったビニール袋が、いつの間にか床に落ちていた。その音に気づいたのか扉を隔てた向こうの空気が変わったのを感じた瞬間、俺は玄関から飛び出していた。



「また浮気されたぁ!?」

「ちょ、けーちゃん! 声デカい!」

 夜10時前、ファミレスにはそこまで客はいないけども、いやいないからこそ声が響く。

 頼人さんの家を飛び出した俺は、最初こそ自分の家で落ち込んでいたものの、耐えきれずに泣きながら友人である恵介を呼び出し、迷惑にも話を聞いてもらっているのだった。

「ご、ごめん……いや、声デカくもなるって、されんの2回目じゃん」

 恵介には前回の浮気のときにも愚痴を聞いてもらっていた。友人たちの赤裸々な話にも多少の嫌な顔はするが的確なツッコミを入れてくれるため、彼は相談役として密かに人気者だったりする。

「ま、まだ2回目だし……」

「普通は1回も無いものなんですけど!」

 それはそう。ぐうの音も出ない俺のことを見て、彼は呆れたように眉をしかめた。

「ハァ、さすがに別れたら?」

「……うん、そうしようかな」

 俺の言葉を聞いて、恵介が軽く息を飲んだ。まぁ、俺があんだけ「浮気されても好き」だのなんだの言ってたから、意外だろうな。

 頼人さんからのメッセージを見返す。『ごめんって』『魔が差した』『今から来れない?』『不在着信』『不在着信』……最後のメッセージは1時間前、『拗ねてんの?』……質問に質問で返したい、ふざけてんの?

「仏の顔を三度まで的な?」

「2回目だしその言葉もなんか違う気はするけど……うん、さすがにね」

 最初から分かっていた、ノンケと付き合ったらこんなことになるのは。いや、2回も浮気されるとは流石に思ってなかったかもしれないけど。

 胸が痛い、いざ別れると決めたら、堪えていた涙がまた零れてしまった。

「あの人、ノンケだし、最初から遊びだったんだ……薄々分かってたのに付き合ってたのは、俺だ」

 可愛がられていた……とは、思う。でも、恋人としての関わりはなかった。年上と年下として、大人と子どもとしてのような関わり。それでも手を繋いだり、ハグしたりするだけでも幸せだと、そう思い込もうと必死だった……俺は、彼に抱いてほしかったのに。

 ファミレスで嗚咽を堪える俺のことを気遣わしげに見ていた恵介は、コーンスープを飲み干すと何か決意したかのように俺の名前を呼んだ。

「真広、どうせならさぁ……復讐しない?」

 真面目な顔の恵介が小声でそう言う。日常会話に出すには不穏すぎるワードに、一瞬性質の悪い冗談なのかと思ってしまうが、恵介の瞳は鈍い輝きを持っている。こういうとき、こいつは本気だ。

「ぐ、具体的には……?」

 ゴクリ、と唾を飲み込む音がやたら大きく聞こえた。


「寝取られビデオレターを撮ります」




「イェーイ!彼氏くん見てる~??」

 いやセリフがベタすぎるだろ!!!!

 あれから俺たちは、男同士でも入れるというラブホテルに来ていた。『ラブホ女子会・男子会におすすめ!』との謳い文句のそこに、深夜テンションで乗り込みその勢いのまま復讐計画を始めている。

「今からお前の彼氏、俺がいただいちゃいま~~す!」

 舞踏会みたいな変な仮面を着けた恵介がスマホを俺の顔に向ける。一応ということで、俺の顔もうっす~い布で目元を覆い隠している。パッと見は目隠しされているが、視界が悪いだけで全然見れる、恵介はかなりいい笑顔をしていた。ちなみに俺の両腕は、部屋に備えついていた手錠により頭の上で拘束されている。手錠を発見した俺たちのその場のノリというやつだ。

「やだぁ……頼人さん、頼人さんがいい……」

 俺は最大限に、しかしわざとらしくならないように細心の注意を払って怯えた表情を作り上げた。おい恵介、笑いこらえてんの見えてるからな。

「まひろくん? だっけ? かわいいねぇ~、これからはトイレ行く前に飲み物は飲み干しておくんだよ~」

 ノリノリだな……というか俺、薬でも盛られた設定なのか……。

「可哀想に~、大事にとっておいた処女、見ず知らずの奴に取られちゃうね~」

 さっきからセリフが流暢すぎる。恵介って、もしかして寝取られ物が性癖だったりするのかな。友人の知りたくない面を知ったような気持ちになって、目隠しの下で遠い目をする。内心ややウケながらでも、演技は続行だ。本当に目隠しがあってよかった。

「やだっ、いやぁ……っ!頼人さんっ、たすけてっ!」

「抱いてくれないうえに浮気する彼氏なんてほっとけよ!」

 恵介の言葉が刺さってリアルに涙が出た。……あの人がこのビデオを見たって、特に感慨もないかもしれない。

 俺が泣いているのに気づいたのか、恵介が一瞬言葉を詰まらせた。俺はカメラに写らないように、爪先で友人をつつく。

「……っと、彼氏さんありがとな! あんたがこの子傷つけてくれたおかげで楽しめるわ! 浮気されて泣いてるとこにちょっと優しくしただけでこれって、ホントチョロくて助かる~」

 恵介はそう言いながら、自分自身の腹を勢いよく平手で打った。

「やぁああぁあッ!」

 意図を察知し、パァンっという音に合わせて悲鳴を上げてやった。おそらくカメラには俺が打たれたように写っただろう。おい恵介写らないからってグッドサインするな、笑いそうだから。

「あ、通報とかしたら、まひろくんがどうなるか……分かるよね?……それじゃ、バイバイ! 元・カ・レ・さん♡」

 恵介は最後にそう言って、録画を終えた。……恵介のあんな悪い顔、見たことない! 友人の秘められた才能に密かに身震いしてしまう。

 二人で録画を見直し、粗がないかチェックする。見返してみるとクオリティの高さに割と感心してしまった。……ちょっとかなり本物っぽい。

「アイツ、反省するかな……?」

「いやこれでしなかったらマジモンのクズでしょ、ま、既読ついてちょっとしたら消しなよー?」

 えいっ! と送信ボタンを押したら、復讐計画はもうほぼ完了だ。現在時刻は深夜2時頃、達成感と深夜テンションによる高揚感により、その時の俺とけーちゃんは最強だった。

「んじゃ、せっかくだし男子会するか! このラブホ、カラオケあるぜ……!」

「けーちゃんホントさいこー!! あんなクズのことなんか歌って忘れてやる!!」

 それぞれの十八番を歌い終わったとき、俺のスマホに通知が現れた。憎き“元カレ”だ。

「あ、待って返信きてる!!」

「まじか、返信見たら動画消して即ブロックだぞ!!」

 今なら何を見ても怖くない、いや少しくらい動揺とかはしててほしい、そう思いながらトーク画面を開くと、そこにあったのは

『なにこれ』

 の4文字だった。

「……クソッ! ブロック!! もう二度と会いませんよーに!!!!」

「よくやった!! ……本当、お疲れ様だぞ~真広~」

「ありがとう……マジでけーちゃんがノンケじゃなかったら付き合ってた……」

「思ってもないこと言うなって! ほら、歌え歌え~」

 その後は、流行りのアニソン、懐かしのポップス、ギリ歌えそうなラップ、空耳で洋楽……本当に多種多様の曲を歌いまくり、8時頃に限界が来た俺たちはそのままチェックアウトまで仮眠した。


 あ゛~、歌いすぎて喉枯れた……。自宅であるアパートへの道をぐだぐだと歩く。俺の部屋は2階にあるため、この錆の目立つ階段を上がらなくてはならない。ヘトヘトの体には傾斜がキツい……。

「ぇ゛……」

 思わず声が出た。階段を上がってすぐの、俺の部屋の扉の前に、誰か座り込んでいる。

 ………………頼人さんだった。


 俺に気づいたのか、頼人さんはゆっくりとこちらに顔を向ける。彼は俺の顔を見ると目を瞪った、その口が俺の名前を呼ぶように動く……声は出ていなかった。


「えっと……なんでいるの」

 用事があったはずではとか、喉が痛いから口喧嘩などは避けたいとか、そう思いながら端的に言い放つと頼人さんの目からボロボロと涙が溢れ落ちた…………ん!? な、涙!?

「まひろ、まひろ……」

 頼人さんがヨロヨロと俺に近づく。よく見たら顔色が悪い、心なしか唇まで青くなっている。いったいいつからここにいたのかと思い、思わずその体を受け止める。

「まひろ、ご、ごめん、ごめんなさい、お、おれ……おれの、せいで……おれの……」

 頼人さんはそのまま崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。頼人さんを受け止めていた俺も当然一緒にしゃがむ。

「いや゛、頼人さんのせいじゃないから゛……」

 俺のしゃがれた声を聞いて、彼は絶望したような顔になった。あ、もしかしてこの声で何か勘違いされてる……?

「け、けいさつ……やっぱり警察、いこう、まひろ」

 彼の手が俺の腕にすがり付く。……これ、ネタバラシとかして大丈夫か? できる感じじゃなくないか? どうにかしてこの場はお茶を濁さないと。これ以上恵介に迷惑かけるわけにはいかない。

「い、いや、いいよ……俺、男だし? 妊娠とかもないし?」

「そういう問題じゃない」

 いや、まぁそうなんだけど。大事になってしまいそうな気配に冷や汗をかきながら、内心では頼人さんが俺に関することで取り乱しているのに喜んでいる自分がいた。

「い、いいって! それに、経験ないまま死ぬよりは、抱いてもらえてよかったし~、的な? はは……ゲホっ」

 一気に話したせいで咳き込んでしまった。というか、ちょっと嫌味っぽすぎたかもしれない。恐る恐る頼人さんの顔を顔を見ると……顔面蒼白を通り越して紙のような顔色になっていた。

「お、おれ……まひろ、おれが……」

 これはマジでリカバリーしないとマズいかもしれない。頼人さんは息も上がっていて、過呼吸寸前のように見えた。彼の年上として余裕のある姿しか見てこなかった俺には、かなり新鮮な姿だ……。

「……あのさ、俺たちもう終わったんだからさ、関係ないでしょ、気にしなくていいって……」

「わ、別れたなんて言ってない!」

 俺たちもう他人ですよ~で解決しようと思ったら、確かに別れ話みたいなことは全くしていないことに気付き「昨日の俺!!!!」と叫びそうになった。

「いや、お互い別の人と寝てるし……」

 苦しい言い訳かと思いながらそう言うと、彼の目からまた滝のように涙が溢れた。わ~、人間の涙ってこんな勢いよく出ることあるんだ~。

「……ま、まひろは……ちがう……」

 彼の震えている口から出た言葉で、急速に心が冷えるのを感じた。

「うん、でも頼人さんは違くない」

 ここまで動揺されるのは予想外だったけど、最初に俺が傷付いたのだって確かだ。俺は少々他罰的な気持ちになっていることを自覚しながら、その言葉を紡いだ。

「まひろ……ごめん、ごめんなさい……おれ、どうやって詫びれば……まひろ、ごめんなさい……ごめん……」

 だから別れよう、と言おうとしたのに、頼人さんは俺にすがり付いたまま、蚊の鳴くような声でずっと謝り続けた。


 もしかして……ちょっと、反省させすぎたかもしれない?

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