攻め視点
恋人に、浮気がバレた。
合鍵なんて、『恋人』という役割の強調のために渡しておいただけだし、実際いままで使ったことなんてなかったくせに。よりによってヤってる最中に入ってこられるとは思わなかった……。 その恋人……真広の落としていったビニール袋を持ちながら、どうして今日なんだと思って卓上のカレンダーで日付を見ると、明日の日付に赤い丸が付けられている。……あぁ、明日が、真広の誕生日だったっけ。……やらかした、卓上カレンダーなんてめったに見ないから、完全に失念していた。明日は既に別の予定を入れてしまっているし、それどころか状況的には誕生日がどうとか言っている場合ではない。……ビニール袋の中には、前に俺が好きだと言ったチューハイが入っていた。
最初に浮気がバレたときのことを思い出す。その時も今も、相手とはお互いに性欲発散のために利用し合っていただけだが、前回は悪ふざけが過ぎる女だった。今回はそんなことのない、メッセージの文面にも気をつける奴を選んでいたのに……。現場を見られては誤魔化しも効かない。……そうは言っても俺だって溜まるものは溜まるんだ。今さら真広に手を出そうにも、男は抱いたことがないから失敗しそうで怖いし、俺に憧れている真広にダサいとこは見せたくないし、そもそも年下で未経験の恋人をまだ大事にしていたいし…………言い訳にもならない文句を頭に浮かべながら、恋人にメッセージを送る。『ごめんって』……返信なし『魔が差した』……弁解にはならない『今から来れない?』……既読は付いているが、相も変わらず反応はない。画面を開きっぱなしにしているとか?……なんて希望的な観測を思い浮かべてみるが、焦りが募っていく。『不在着信』……後で、またかけ直そう。『不在着信』……せめて、電話に出るくらいしてくれ。焦燥感が苛立ちに変わる。『拗ねてんの?』…………もう、既読すら付かない。
明日の予定をキャンセルし、特に何をすることもなくスマホの画面を眺め続ける。……もしかして、今度こそ俺に愛想が尽きた? 恋人になる前の真広は、俺のことが好きだって気持ちを隠しもしないで、その割に向こうから付き合おうだなんて言ってこなかった。ただ、俺に好かれようと一生懸命で……最初は彼のそんな気持ちを利用しようと思っていた。ちょっとしおらしく元カノの愚痴でも言ってみたら「俺だったらそんな気持ちにさせないのに」なんてセリフ、大真面目に言うような純粋な奴。「じゃ、試しに付き合ってみる? 俺たち」なんて言葉でこの関係性を手に入れはしたが、今では実際、彼よりも俺の方が依存してしまっている自覚がある。……捨てられるのも、自業自得だろ。自嘲的に溜め息を吐いた。……バレないだろうと調子に乗って、浮気だなんて。
「真広……」
馬鹿なことをした、本当にそう思う。……自分のメンツなんか気にせずに、真摯に向き合うべきだったんだ。送ったメッセージを見返して、こんな状況でも優位に立ちたいことが隠せていない自分が、浅ましく、恥ずかしいと思った。スマートフォンの電源を落とし、唯一の光源を断つと、自分の手すらも見えないほどの暗闇に包まれる。……いつの間に、深夜になっていたんだろう。
「っ!」
スマートフォンに通知が表示され、その明るさに思考が一瞬止まった。送信者は……恋人だった。
『動画が送信されました』……予想外の文字列に目を瞬かせる。動画?……通知で内容が分からないだけに、見るのが……怖い。
何かに祈るような気持ちで画面を開く、嫌な予感に胸がざわついているのを感じながら再生ボタンを押し、その内容を見て………………
俺は、吐いた。
思考がぐるぐるとしてまとまらない。深夜の町を呆然としながら歩く。気がつくと、真広の住んでいるアパートの前にいた。そうだ、前に1回だけ「危ないから」と送ったことがあったんだっけ……。よく覚えていたなと自分に感心しながら、何が「危ないから」だ、と自分を殴りたくなるような気持ちに駆られる。あの動画の中で、真広は……また吐き気が込み上げ、地面に向かって嘔吐く。胃液すら出なかった。目隠しをされ、怯えながら俺の名前を呼ぶ恋人の姿がフラッシュバックし、目眩がした。俺のせい、俺のせいだ、俺のせいで、真広が……。
ゆっくりと階段を登り、真広の部屋の前で座り込む。『通報とかしたら、真広くんがどうなるか分かるよね?』……真広を襲っていた、あの男の言葉だ。動画でも拡散するつもりなのか?……まさか、真広は、もう帰って来れないかもしれない? 最悪の状況を想像し、震えながら涙を流す。俺には泣く資格もないのに……。スマホを見返すと、動画は消えていた。茫然自失のままに送った『なにこれ』という馬鹿みたいなメッセージにだけ、既読が付いている。『お前は誰だ』『頼むからやめてくれ』『何でもする』『金なら出す』……全て、既読は付かないままだ。
座り込んだまま朝を迎えた。……もう、通報されるまでここにいよう。そう思ってしばらく座り込んでいると、やがて階段を上ってくる、不規則な足音が聞こえた。




