04 アラムンドについて
魔族領行きの準備が整った日の夕方。
俺はツクヨミと2人、執務室で出発前の書類の整理をしていた。
フォルシーナはマリアンロッテたちと共に、出発前の最後の道具の確認などをしている。なにしろ一度出発したら、魔族の町に着くまでは基本的に戻ることはできない。道具の忘れ物は厳禁である。
書類の整理が一段落したところで、俺は執務机の上にある呼び出しの魔導具のボタンを押した。
シュッという音とともに目の前に現れる、ちょっと露出の多いファンタジー忍者スーツに身を包んだ、紫髪をポニーテールにした褐色肌の美人。ダークエルフ密偵のアラムンドである。
呼び出すのは久しぶりだが、その顔には、口元を覆ったマスクでは隠し切れない疲れが見て取れた。疲れというよりは焦燥に駆られているとも、憔悴しているとも取れる雰囲気である。
「お呼びでございますか、お館様」
片膝をついて目の前に控えるアラムンドは、いつもの挨拶をして頭を下げた。
「うむ。魔族領へ行く前に情報を聞いておこうと思ってな」
「魔族領、でございますか?」
ピクリと反応するアラムンド。その目にわずかに驚きのようなものが浮かぶ。
「そうだ。いよいよ永く続く魔族との関係に終止符を打つ時が来た。先日の戦いの結果を手土産にして私自らが魔族領へ行き、魔王と話し合いをしてくるつもりだ」
「それは……魔族をすべて平らげるということでしょうか?」
「いや、魔王とは講和を結ぶつもりだ。彼らも色々と事情があるようでな、今ならそれが叶うはずだ」
「そうでございますか……」
俺の答えを聞き、アラムンドは目を細め、視線を下に向けた。
彼女の中では、今いくつかの考えが渦を巻いているのだろう。ゲームの知識からすると、彼女が今なにを考えているのかはなんとなく推測はできる。
だが、今の状況が元のゲームと離れすぎてしまっているので、アラムンドがこの後どのような行動に出るのかは予測が難しい。
ちなみに元のゲームだと、主人公が魔族領へ出発するあたりから、アラムンドはしばらくの間行方不明になる。次に姿を現すのは魔族領でのイベントの後半からになるのだが、その中での数少ないやりとりで好感度を上げないと、アラムンドは仲間にならない仕様だった。
ちなみに俺は、今のところアラムンドの好感度をそこそこ稼げているという自信がある。なにしろ彼女の悲願である、ダークエルフ永住の地を作ると約束しているのだ。しかもその土地を得るのには、魔族との和平が必須なのである。ゆえに俺が魔族領へ行って魔王と手を結んでくるという話は、彼女にとっては重い意味を持つはずだ。
「前にも言ったが、魔族と講和が結べれば、北の平原は一転して大穀倉地帯となる。その土地の一部をダークエルフの住む場とする。お前とのその約束も果たせるようになろう」
「は……ありがとうございます」
「ただ、その為には私が魔族領に行っている間に、こちらに大きな動きがあることは望ましくない。その為に、どんな細かな情報でも知っておきたいのだ」
「かしこまりました。しかし気になるものについてはすべて報告をしておりますので、今のところは……」
「ミュールザンヌ教国についてはなにもないか」
「は。陛下がエルフ族との交流を正式に発表されましたので、彼の国でなにか動きがあると思ったのですが、今のところなんの情報も入ってきておりません」
そう答えた時のアラムンドはいつもの無表情だったので、ミュールザンヌ教国についてはアラムンドもなにか仕掛けていることはなさそうだ。人族以外の種族を奴隷と考えているような国であるから、ダークエルフであるアラムンドが関わることはもとから難しいのであるが。
「ならばよい。それからアラムンド、今回の魔族領行きだが、お前も同行せよ」
「は……は?」
予想外の命令だったのか、アラムンドは目をわずかに見開いて顔を上げた。
今までこういった旅に同行させたことはないので、驚くのも無理はない。
「お前なら陰ながら付いてくることは可能であろう?」
「それは……可能です」
「ならばその通りにせよ。出発は明後日だ。明日一日はその準備に充てよ」
「……はっ、かしこまりました」
シュッという音とともに消えるアラムンド。
さて、これで魔族領行きでのアラムンド行方不明は避けられるはず……と思いたいのだが、実はこれも元のゲームの通りのやりとりなのである。
もちろん元のゲームで「付いて来い」と言うのはマークスチュアートではなく、主人公であるのだが。
そしてこのやり取りのあとアラムンドがどんな行動に出るのか、実はそれが非常に重要なのだが、こればかりは好感度フラグ次第である。
俺は半ば祈るような気持ちで天井を見上げた。
その夜、俺は寝室の豪華すぎるベッドの中で、ふと目を覚ました。
この身はすでに世界最強の一角となっているので、寝ていても気配には凄まじく敏感になっている。
それがどれほど小さな気配であっても――例え王家の密偵の長が気配を隠していようとも、それを感知してしまう。
ベッドの脇に現れた気配は、じっと俺の顔を見つめている。その視線が頬のあたりに感じられる。
その気配は、わずかに上体を揺らすと、一歩ベッドに近づいてきた。
俺はまだ目をつぶったままなので見ることはできないが、多分その気配の主は、ショートソードを引き抜いて、それを逆手に握って振り上げているはずである。
だが、気配の主はそのまま次の行動に出ることはなく、数秒間止まったままだった。
「……できる……はずがない……」
そのつぶやきは、本人としては非常に重い意味を持ったものであったろう。
ただ俺としては、それがゲーム通りのセリフ……しかも好感度のフラグを達成した時のものであることが重要だった。
その気配は再び上体を動かして、ベッドから一歩離れた。振り上げたショートソードを腰の鞘に戻したのだろう。
「申し訳……ありません……。この報いは……この身に必ず……」
絞り出すような声とともに、その気配は――アラムンドは部屋からそっと立ち去ろうとした。
が、俺はその時、アラムンドをそのまま行かせてはいけない気がした。というのも、最後のセリフが、仲間になるフラグが立っていない時のそれだったからである。
さて、今何が起こってるのかというと、それは原作ゲームにもあった、アラムンドによる『主人公暗殺未遂シーン』である。
彼女はとある人物に、強くなりすぎた主人公を暗殺するよう命令を受ける。そしてそれを実行しようとするのだが、その際好感度によって、主人公の暗殺を思いとどまる(好感度高)か、暗殺を主人公に察知されて止められる(好感度低)のどちらかにイベントが変化するようになっていた。
今明らかにアラムンドは自ら暗殺をやめたので好感度は高いはずなのだ。だが「この報いは……この身に必ず……」というセリフは、好感度が低い時の、別れ際のセリフなのである。
そして好感度が低いとアラムンドは最後仲間にならず、言葉通り裏切りの代償としてその命を散らしてしまうのだ。
「待て、アラムンド」
俺がベッドの上で身を起こして声をかけると、アラムンドは背を向けたままビクッと身体を震わせ、その場に立ち止まった。




