09 犠牲者がまた一人
俺は今、とある家の屋根の上に立っている。
目の前には首相アルバッハが立て籠もっているという行政府建物があり、その周囲を観察しているところである。
4階建ての館の周囲には兵士が見えるだけで100人以上並んで睨みを利かせていて、バリケードも2重に張ってあって難攻不落の雰囲気を醸し出していた。
ふと見上げると4階の窓から外を見張っている兵士がいて、その兵士と目が合ってしまった。
俺は咄嗟に『転移魔法』を発動し、行政府3階にあるテラスへと転移をした。先ほどの兵士が騒ぐかと思ったが、目の前で起きた現象を理解できずに戸惑っているのか、館の中が騒ぎになる様子はない。
さて、そのテラスから首相の執務室は近いはずだ。執務室にアルバッハがいるかどうかは半分賭けだが、彼がいる可能性は高いというのがリヴィヨン嬢の言葉だった。
テラスの窓の鍵を風属性魔法でスパッと切断し、俺はそこから建物の中に入った。その部屋は応接の間で、幸い人はいなかった。俺は上等な家具が設えられた部屋を横切り、部屋の入り口を開いて広い廊下に出た。
右を見ると両開きの立派な扉があり、そこに兵士が4人立っている。それが首相の執務室だが、兵士がいるということは部屋の主もいる可能性が高い。
なお廊下には他に役人と思われる人間が数名いたが、俺が極めて上等な服を着た貴族然とした人間なので、賊であると気づかなかったようだ。人間の認識などそんなものである。
俺は堂々とした態度で執務室の扉まで歩いていき、兵士に声をかけた。
「私は神聖インテクルース王国の王、マークスチュアート・ブラウモントだ。アルバッハ首相は部屋にいるかね」
「へっ!? いや、はい……? あ、ええ、首相閣下はご在室ですが……」
陰険丸眼鏡国王の雰囲気に完全に呑まれ、鳩が豆鉄砲食ったような顔で答える兵士たち。
「ならば失礼させてもらおう。諸君らはそのまま警備を続けたまえ」
「は、はっ!」
警備の兵は精鋭に見えるのだが、俺がちょっとその気になって強者オーラを出せば、直立不動になって敬礼するしかない。いや、逆に精鋭だからこそ俺の強さがわかったと言うべきか。
俺はそのままノックをしつつ、返事を待たずに扉を開いて執務室へと入っていった。
その部屋は、俺から見てもその部屋の主の趣味の悪さが理解できるほど、ゴテゴテと派手な美術品が並んでいた。
執務机も無駄に立派で、その向こうに座る男もいかにも高級そうなスーツに身を包んでいた。
「おい君、返事を待たずに入ってくるとはどういう了見なのかね!」
30前後に見える、見た目はいかにもインテリといった感じの男だった。黒縁の眼鏡をかけており、黒髪を綺麗に撫でつけていて、非常時のはずなのにその装いには崩れたところがない。顔は造作が整っているのだが、その三白眼の目は神経質さと、そして酷薄な性格を明確に現していた。
「それは失礼。して、貴殿がベランゴル民主国の首相、ショーテルン・アルバッハ殿ということでよろしいか?」
「人に名を問うなら、自らの名を先に名乗るべきだろう。その程度のマナーも弁えない人間がいかにも偉そうな口を利くものだ」
「くくっ、それは重ねて失礼した。私はマークスチュアート・ブラウモント、神聖インテクルース王国の王だ。しかし他国の王も満足に迎えられぬ市民の代表とやらに、よもやマナーを説かれるとはな。面白いこともあるものだ」
俺は中指で丸眼鏡を持ち上げる『眼鏡クイッ』動作をしながら含み笑いをする。
一瞬目を眇めて怪訝そうに俺を見ていたアルバッハだが、急に目を見開くと、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「な、なな、なぜお前がここに!? いや違う! 衛兵! 衛兵! 不審者だ! すぐに捕えろっ! 衛兵っ!」
「一度は頂点に立った者なら、こういう時こそ泰然としたまえ」
そんなマークスチュアート的セリフを吐きながら俺はアルバッハに近寄って、その肩のあたりを掴むと、『転移魔法』を発動した。
アルバッハと共に転移した先は、宮殿の中の応接の間である。
そこにはリヴィヨン嬢と革新派の議員たち、それからパリヨー将軍とその部下らしき兵士が数名集まっていた。
もちろんフォルシーナたちもそこにいて、俺の姿を見ると一斉に駆け寄ってきた。
「お父様、お帰りなさいませ」
「待たせたな」
「いえ、思ったよりもはるかに早いお帰りでした。それで、そちらが……?」
「うむ、ショーテルン・アルバッハ氏だ。この国の首相、ではなく、今はただのテロリストの首魁か」
俺はアルバッハの身体をリヴィヨン嬢たちの方へと押し出した。
彼女らは少しの間なにが起きているのか理解が追い付いていないようだったが、すぐに、
「アルバッハを捕えてください!」
というリヴィヨン嬢の言葉によって、官憲がアルバッハを素早く拘束した。
当のアルバッハも自らの身に起きたことを理解していない様子だったが、両手を後ろに回されて縄がかけられると、そこでようやく我に返ったように叫び始めた。
「な、なんだこれは! こんな無法が許されるのか!? リヴィヨン、これはどういうことだ!」
「どうもこうもないだろう。首都の一部を、私兵を使って不法に占拠した《《元》》首相を逮捕しただけだ」
「なにが元首相だ! 私はまだ首相だぞ! お前たちこそ私を不当に貶めようとするテロリストではないか! しかもお前は脱獄囚だ、違うかリヴィヨン!」
「残念ながら最高裁判所は不当な逮捕、不当な収監だったととっくに認めているよ。そして君の罷免もすでに議会にて可決されている。本来なら君はそれに対して法に定められた対応をするべきだった」
「あんな意味のわからん決定などに従えるものか!」
噛みつくように上半身だけを前に出すアルバッハを、リヴィヨン嬢は冷めた目で見返した。
「君もわかっているんだろう。一旦首相の座を下りれば、自分はもう政治的におしまいだということに。そしてそれが、実際上の死を意味することに。だから兵を挙げた。そしてそれが結局このような終わりを招いたんだ」
「ふざけるな! 敵国の王の手を借りて事態を収めて、そのようなことをしてこの国がどうなるかわかっているのか!」
「少なくとも君が首相をやっていたころよりはまともになるだろう。そもそも、マークスチュアート国王陛下がここにいらっしゃるのも君が撒いた種がもとなんだ。怪しいダークエルフに騙されてあんな愚かな出兵などしなければ、まだ君も首相でいられただろうに」
「そっ、そうだっ! あのダークエルフだ! 私はあいつに騙されたんだ! 私だって神聖インテクルース王国があれほど強いと知っていれば……っ」
アルバッハはさらに見苦しい言い訳を続けようとしていたようだが、リヴィヨン嬢はそれを無視して、パリヨー将軍の方を振り返った。
「パリヨー将軍、アルバッハを連れて私兵たちに投降を呼びかけてほしい。私の名前を出し、抵抗をしなければ重い罪には問わぬと伝えてくれ」
「承知しました」
パリヨー将軍は敬礼し、そして兵士とともに外へと出て行った。もちろん連行されているアルバッハも一緒である。なおアルバッハは最後まで意味のわからないことを叫んでいたが、じきにその声も遠ざかっていった。
場が静まると、リヴィヨン嬢と、そして議員たちは一斉に俺に対して頭を下げた。
「この度は誠にありがとうございます。まさかこのような形でご助力をいただくとは、まったく考えてもいませんでした」
「先にも言ったが、隣国が乱れること、そしてそれによって民が苦しむのは我が本意ではない。私としては自らの利のために動いたに過ぎぬ」
「民を救うことが陛下の利とおっしゃるのですね」
「無論だ。民がいてこその国、民がいてこその王家だ。それを違える者に上に立つ資格はない」
ちょっと昔読んだ戦記物とかのセリフを適当に流用してそれっぽいことを言ってみたのだが、俺の中のマークスチュアート面がいたずらをして少し格好をつけすぎてしまったようだ。
一瞬面食らったような顔をしたリヴィヨン嬢は、その後も言葉を失ったようになんか熱っぽい目を向けてくるし、その後ろに並んでる議員たちも急に姿勢を正して真面目な顔になっている。
いやいや、リヴィヨン嬢はまだ若いから仕方ないかもしれないが、海千山千の議員がこんな裏切り顔した人間の言うこと信じちゃダメだと思うんだが。
俺の後ろではフォルシーナが「さすがお父様です、一言一句余すことなく書き残さなくては」と、マリアンロッテが「陛下はやはり神に選ばれた王でいらっしゃいますね」と、アミュエリザが「私が一生を捧げるのに相応しい方です」と言っているのも気になるところである。
それはともかく、先ほどのリヴィヨン嬢とアルバッハのやりとりに気になる単語が出てきたので、俺は咳払いを一つして質問をした。
「ところで、さきほどアルバッハ元首相がダークエルフに騙されていたなどと口にしていたようだが、それはどういうことであろうか?」
「それは、アルバッハが今回挙兵したのはミルザム王国からの提案が元になっているのですが、それを伝えに来たのがダークエルフの女性だったのです。彼女はアルバッハの命令でいくつかの仕事もしていたようなのですが、正体は私にもわかりません。アルバッハはラムーと呼んでいましたが、間違いなく偽名でしょう」
「ラムー、か。ミルザムの手の者であろうな。しかしミルザム王国も敗れて引いた今となってはどうでもよかろう」
「ええ、そう思います」
という感じで流したが、そのラムーなる者がアラムンドであることは間違いないだろう。ミルザムとベランゴルの橋渡しをしていたというのなら彼女の動きとしては納得はできる。
「さて、これで私がこの国ですべきことは終わったようだ。今日はこの後教会に行き、聖女オルティアナの様子でも見てこよう。リヴィヨン代表始め革新派の諸君はこの後が大変と思うが、できれば北の開拓地にも早急に援助を送ってもらいたい」
「はい、お任せください」
なんか俺が上司みたいな言い方になっている気もするが、まあ戦勝国の王だし手助けもしたりこれくらいはいいだろう。
その後護衛や案内をつけようとするのを断って、俺はフォルシーナたちを連れて教会へと向かった。




