第八話・必殺技は三人で
「――必殺技だよ、美玲ちゃん!」
結花が突然、声を張り上げた。何て?
『ふむ。その手があったか!』
なんだか、セレナは納得したらしい。どういうこと?
「あたしたち三人で力を合わせるんだよ!」
「は? 何言ってんの!? 結花は関係ないでしょ!」
「美玲ちゃんこそ何言ってるの! イメージだよ!」
結花の目は真剣そのものだ。
『ユイカの言う通りじゃ! 意味など考えるな。イメージじゃ。三人で心を合わせるイメージをぶつけるのじゃ!』
「ええぇぇ……」
『アニメのとおりにやるのが一番確実なのじゃ』
それは、そうなんだろうけどさ。必殺技って言われてもピンとこないよ。
「いつまでもこうしておるつもりか? 主の魔力もいずれ尽きる。そうなれば、そのドラゴンを止められる者はおらぬぞ」
ドラゴンは殺意を込めた目を向け、睨み続けている。解き放たれたら大変だ。絶対に殺される。
私だけじゃない。お父さんもお母さんも友達も、みんな殺されるかもしれない。
街がめちゃくちゃにされてしまう……もう迷ってる暇なんてない。なんでもいいからやるしかない……。
「……結花もセレナも、ちゃんとセリフ覚えてる?」
「あたり前でしょ! あたしだよ!?」
『うむ。イメージならとっくに出来ておるぞ!』
結花は当然として、セレナのテンションも高くなった気がする。
二人とも、必殺技をやってみたいだけ、なんじゃないの?
「それじゃあ、美玲ちゃん、セレナちゃん、いくよ! 準備できてる!?」
結花が叫ぶ。大ピンチのはずなのに、絶好調で楽しそうだ。
「う、うん!」
『うむ』
あの日、三人で見たプリエタ劇場版を思い出す。
小学生のころ何度も見た、クライマックスをイメージする。
あの必殺技はルミナスのセリフから始まる。つまり私だ。
「闇を切り裂く、希望の光」
私はルミナス! 自分に言い聞かせて、魔法少女になりきる。
セリフを言い終わると、ステッキが魔力で輝き、ドラゴンのそばにピンク色の魔法陣が浮かび上がった。
「悲しみを穿つ、勇気の雫!」
私の後に、プリズマ・アクアになりきった結花が続いた。
『未来へ咲き誇れ、慈愛の花』
プリズマ・フローラのセリフで、セレナがさらに続くと、水色と黄緑、二つの魔法陣が順に現れた。
ピンク、水色、黄緑、プリエタの劇中で「魔法の三原色」と呼ばれている三つの魔法陣が、ドラゴンを三方に囲んだ。
それと入れ替わるように、ドラゴンの動きを止めていた魔法陣が消えた。
ドラゴンが途中で止まっていた、炎を吐くモーションを再開させる。
大きく開けた口に、魔力が集中していく。
三つの魔法陣は、それぞれの色の光を放ちながら、グルグルとドラゴンの周りを回転し始める。
アニメのとおりなら、必殺技の発動までもう少しかかる。このままじゃ私たちは丸焼きだ。
「ギシャァァァ!」
ドラゴンが炎の塊を吐き出した。炎の塊は大きな火の玉になって、まっすぐに飛んでくる。
必殺技に魔力を持っていかれているから、今更引き返せない。バリアも出せないし、逃げることも出来ない。
――本気でヤバい。本当に死ぬかもしれない。
その時、後から超高速で迫る魔力を感じた。
次の瞬間、魔力は私の横をすり抜けて、眩しい閃光が走った。
風を切る音が駆け抜け、光は炎の塊にぶつかって打ち消した。
『ミレイよ、魔法に集中するのじゃ』
光はセレナの破壊光線だった。
――セレナ、ありがとーーーー!!
私は心の中で、セレナに感謝を叫ぶ。そしてセリフを続ける。
「え、永遠の光よ、世界を白く染め上げろ……」
ドラゴンを上下に挟むように、真っ白に輝く巨大な魔法陣が現れる。
そして二つの白い魔法陣から魔力の光が溢れ出して、必殺技の準備が整った。
「三つの心、輝きをいま一つに……――」
最後の口上を言い切ると、全ての光がドラゴンに集まっていく。
あとは三人の息を合わせるだけだ。よしっ! い、いくぞ!!
「「『――プリズマ・エターナル・ノヴァァァーーーー!!!!』」」
私と結花、セレナの声がそろった。光が爆発して、視界が白に染まっていく。
その光の中で、ドラゴンの鱗が蒸発するみたいに消えていく。そこから虹色の光が漏れて広がる。
やがて視界の全部が真っ白になる。
白一色になった景色の中に、真っ赤な巨体だけが浮かんでいる。
「ゴウォォォォォ……ガァァァガガ……」
ドラゴンは苦痛の声を上げ、虹色の光と共に崩壊していく。
光が分散していくように、ドラゴンの体から虹の光線が広がる。
「グギャァァァァァァァァァァァァァ………」
ドラゴンが完全に虹色に包まれた時、断末魔の咆哮が響き渡った。
魔力の嫌な感じが消えて、白い世界に虹色の光が溢れていく。
「きれい……」
結花が静かにつぶやいた。
虹色になった世界は、霧が晴れていくように、少しずつ薄れていく。
そして世界が元に戻った時、そこにドラゴンの姿はどこにも無かった。
虹色の光が粒になって、雪のように街中に降り注ぐ。
「お……終わった……」
なんとかドラゴンを倒せたらしい。ホッとしたのと同時に、体の力が抜けていく。
ステッキを持つ手が小刻みに震えて、抱えている結花が急に重く感じる。
「きゃー!! 美玲ちゃーーん!!」
結花がうるさい。暴れると落ちるよ!
『ミレイよ、ようやってくれた! 素晴らしいぞ!!』
頭の中で響くセレナの声は、珍しく興奮している。
……大変な目に遭ったけど、まあ、とにかくよかった。
ドラゴンはいなくなったし、何より結花が無事だ。
街は破壊されずに済んだし、あの状況で被害が出なかったのは奇跡じゃないだろうか?
……私は頑張ったと思う。うん、本当に頑張ったと思う!
誰かにちゃんと褒めてほしい。なんて思った時、誰かが叫んだ。
「ありがとー! ルミナース!!」
それをきっかけに、あちこちから「ルミナスコール」が湧き上がる。
「ルミナース! ルミナース!!」「ルーミーナーーーース!!!!」
街全体が、ものすごく盛り上がっていく。
何これ!? お願いだからやめて!!
「わお! ルミナス・美玲ちゃん大人気!」
「わ、わわわわ!!」
『当然じゃ。ミレイは世界を救った魔法少女なのじゃ』
だ・か・ら! そういうこと言わないで!!
気づくと、みんなは私たちに向けて、スマホを構えている。
小さな女の子が一生懸命手を振っていたり、知らないおばさんが私を見て号泣したりしている。
……逃げよう!
一秒でも早くここから逃げ出したい、帰りたい。ステッキを持つ右手にグッと力が込もる。
すると足下の空中に、魔法陣が現れた。
魔法陣は回転しながら光を放つ。
魔力の光は、私と結花を包み込んだ。
視界が真っ白になったと思った次の瞬間、目の前にセレナがいた。
「え! なんで!?」
見慣れた勉強机に、場違いなお姫様仕様の二段ベッド。ここはどう見ても私の部屋だ。
私は一瞬で自分の部屋に戻っていたらしい。
「もう転移魔法まで使いこなすか。やりおるな」
セレナが言った。私はそんなファンタジーな事をしたつもりはない。恥ずかしくて必死だっただけだ。
「て、転移魔法!!」
結花は一人で感動しているけど、私は魔法はもうお腹いっぱいだ。
「ねぇ、そろそろ変身を解きたいんだけど。どうすればいいの?」
私、いつまでこんな格好してるの!?
「ぬ? そのようにイメージをすればよかろう」
「……あ、なるほど」
アニメを思い出しながら、変身を解除するイメージでステッキに集中する。
全身がパッと光って、コスチュームはパジャマに、ステッキは元の魔法の杖に戻ってくれた。
鏡に映った、いつも通りの『ふつうの自分』に妙にほっとする。
「時にミレイよ、頭の上におかしなモノを乗せておるの」
魔法の杖を返そうとした時、突然セレナがそんな事を言った。
頭の上? 手を伸ばすと、柔らかい“何か”に触れた。頭の上に何か乗っている。
「なにこれ? 全然気づかなかった」
重さを感じないからわからなかった。私は、両手でそっと頭の上の“それ”を持ち上げた。
「なに……この子?」
私の手の中にいたのは、ピンク色の小さなドラゴンだった。
ハムスターサイズのドラゴンが、つぶらな瞳でコッチを見ている。
「わお! 超かわいい!」
結花声が部屋に響く。
小さなドラゴンは「きゅぅ」と、小さな声で鳴いた。なに、このキュートな生き物!?
「恐らく、ミレイの魔力で邪悪な竜が浄化されたのであろう」
え!? この子があの大きな角のドラゴンなの!?
「……私のせい?」
「ミレイに一切の殺意がなかったが故じゃな。これは主のやさしさが起こした奇跡じゃ」
あんなに怖かったドラゴンが、こんなに小さくてラブリーになってしまった。
「魔法って、そんなことも出来るんだ……」
「ふつうは出来ん。ミレイは逸材じゃ!」
そんなこと言われても、うれしくないんですけど。
「でも、何でこんなに可愛くなっちゃったの?」
ラブリードラゴンの頭を人差し指で撫でながら、結花がセレナを見る。
「ミレイの無邪気で青臭い魔力に染められた結果じゃろう」
「青臭いってなによ!?」
失礼な、私は中三の大人なのに!
「誉め言葉じゃ、気にするな。それよりも其奴はミレイの従魔になったのじゃ、名前を付けてやれ」
急に名前と言われても、ラブリードラゴンに付ける名前なんて、よくわからない。
私が名前を考えていると、結花が口をはさむ。
「トワリアがいいよ!」
トワリアはプリエタに登場する、光の守護精霊という設定の小動物型マスコットの名前だ。
プリエタに夢中だったあの頃「トワリアのいる生活」を夢見ていたことを思い出す。
「トワリアだって、どうする?」
私が問いかけると、ちいさなドラゴンは手のひらの中で嬉しそうに「きゅぅ~」と一つ鳴いた。
この子の名前はトワリアに決定。今日からこの子は『トワちゃん』だ。
「こんな子までいたんじゃ、美玲ちゃんますます世界中の人気者だね」
結花が突然、恐ろしいことを言い出した。
「え……どういうこと?」
「だってさ、さっきのルミナスコール聞いたでしょ! 今頃SNSはきっと大騒ぎだよ!」
「そ、そんなの困るよ」
「なんで? 前はよく『魔法少女になりたい』って言ってたじゃん」
「だから、そんなのいつの話よ! 魔法少女は小学生で卒業してるし!!」
今は恋愛小説を読んでいるし、今の私は小説の中の甘い世界には憧れる中三の女子だ。
同級生たちとの恋バナはいまいちよくわからないけど、高校生になればきっとわかるはずなのだ。
今の私の夢は弁護士になることだし。それに、魔法少女になりたいという話と、世界で人気とかって話は全然関係ない!
「安心して! セレナちゃんも美玲ちゃんも、あたしがどこに出しても恥ずかしくない、理想の魔法少女にプロデュースして見せるから!!」
「そういうことじゃないし、そんなこと頼んでない!!」
余計なお世話にもほどがある。セレナもイヤそうな顔で続く。
「ぬ? 何かよく分からぬが、煩わしい話しに妾を巻き込むな」
「え~……二人ともせっかく魔法少女なのにぃ」
「なにが『せっかく』なの? そんなに魔法少女がいいなら自分でなればいいでしょ!」
結花が「なれるの!?」と目を輝かせる。私は謎フルーツを食べてから、魔法が使えるようになってしまうまでの経緯を説明した。
そして期待満面の結花へ、セレナの答えは「アゼリアはもうやらんぞ」だった。
「あの時ミレイは紙一重だったのじゃ。結果的に助かったが、あの時の事を妾は今でも後悔しておるのじゃ。命の危険を冒してまでする事ではない。
魔王である父上ほどの魔力制御でなければ、体内の魔素を確実にコントロールすることも出来ぬ。いまの妾では、命の保証が出来ぬのじゃ。」
神妙な顔のセレナ。あの時、私は死ぬかもしれなかったこと、セレナが必死で助けてくれたことを今知った。
あの時は落ち着いた様子で、余裕な感じだったけど、本当はだいぶ焦っていたんだね。
「どうしても、だめ?」
結花は食い下がる。彼女こそ小さいころから今も変わらず、魔法少女をずっと夢見てきたんだ。
ありえなかったはずの夢に手が届くかもしれないんだから、諦めきれないのもしょうがない。
「ミレイが魔力を得て、魔法を行使するまでに至ったのは、例外的な奇跡のような出来事ではないかと、妾は考えておるのじゃ」
「それって、あたしが美玲ちゃんと同じようにしても、魔法少女にはなれないって事?」
「うむ。恐らくな」
しょんぼりと肩を落とす結花。私はその肩に、そっと手をまわした。
本当なら代わってあげたい。って言うか、代わって欲しい。
「ミレイよ、預言の話を覚えておるか?」
セレナが急にそんなことを言い出す。
「預言? えっと……セレナが異世界の聖女様って話だよね」
「えっ!? 預言? 聖女? なにそれ、なにそれ??」
異世界ファンタジーすぎる展開に、落ち込んでいたはずの結花のテンションが、急に上がる。
「うむ。王家に残る伝承じゃ。かいつまんで言うと『王の血を引く者 漆黒の門にて異界より帰還し 清浄なる魔力目覚めし乙女が 世の混沌を浄化するであろう』と、いうモノじゃ。
そして聖女が世の混沌を浄化する。そう言い伝えられておる」
話をしながら、窓の外に目をやり、空を見上げるセレナ。
校庭の真上には『例の穴』が、夜のような暗闇を映し出している。
漆黒の門……間違いなく穴のことだ。
視線を部屋に戻すと、セレナは話を続ける
「妾が預言の聖女として、あちらの世界に帰還する。そう思ったのじゃ。が……どうやら違ったようじゃ」
セレナはそこで、私の目を見つめ、一つ息をする。
緑色のきれいな瞳には、私の姿が映っていた。
なんだか、モーレツにイヤな予感がする。
……もういいよ。これ以上は聞きたくない。
「最終話・魔法少女は降臨する?」に続く。




