その後のミズガル国
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
アルドリックを救出してから、早くも二週間が経過していた。
ドラゴン化したゾンの背に乗って、ノア達と共にティウはル・ハラの森にある自宅へと帰って療養していた。
というのも記憶と魔力を一気に取り戻した反動か、それとも寝込んだ直後の騒ぎで疲れてしまったのか。
自宅に帰ってきた途端に気が緩んだティウは倒れて熱を出してしまい、そこからまた寝込んでしまったのだ。
心配したノアとジルヴァラがつきっきりでティウを看病してる間、ゾンはミズガルと自宅を交互に行き来していた。
ミズガルに滞在したままのサミエとマーニは、ゾンと共にミズガル国内で色々と動いていたらしい。
サミエとは遺伝書録内のタブラでやり取りをしていたが、ミズガルで何をしていたかは聞いていなかった。
主にティウの体調ばかり聞かれていたので、心配されていたのは分かっている。
「まあ、あの坊主もまだ満足に動けなかったからな。いくら裏で次男坊が動いていようとも、坊主の足場を固めないとどうしようもない」
ゾンの報告をベッドに寝そべったまま聞いていたティウは、拷問を受けたアルドリックが心配になっていたのだが、目ざとく見透かされて忠告を受けた。
「行きたいとか言っても今はダメだぞ。ミズガル国はとにかく荒れている。国もそうだが、お前さんの体調が戻ったらちゃんと連れて行ってやるから今は大人しくするんだ」
「は~い……って、え? 行ってもいいの!?」
思わずガバッと上半身をベッドから起こすと、「起きるな、ちゃんと寝てろ」と注意された。
叱責されてしゅんと肩を落としながらシーツを被ると、ゾンは苦笑しながらティウの頭を撫でた。
「民衆が結界を攻撃していたのを覚えているか? いざ結界が無くなったとたん、どうしたと思う?」
「え……? 喜んだんじゃないの?」
「いや、結界が無くなったとたん、周辺諸国がこぞって狼煙を上げたんだ。それでようやく気付いたようでな」
自分達を守らないならいらないと結界に攻撃してた者達は、ここでようやく結界の存在に守られていた事に気付いたらしい。
さらには結界を攻撃していた男はあれから治療を受けていたが、場の混乱を起こした主犯として捕らえられているという。
戦争になったら前線に送られると聞きて青ざめていたそうだ。
「ああいう口だけの連中は自分に都合が悪くなると、いの一番に責任転嫁するんだよな」
肩をすくめながらそう言うゾンに、ティウは「そう……」としゅんとしている。
自分の結界のせいでと自責の念に駆られているティウを見たゾンは、ティウの頭を撫でて言った。
「結界にあぐらをかいて周囲に喧嘩の一つや二つ元からふっかけていたのが原因であって、お前のせいじゃないぞ」
「え?」
そういえば、自分達こそが神に選ばれし何とかと公言していたのを思い出した。
「まあここだけの話、実は戦争をふっかけてんのはサミエなんだがな。情報収拾のためにミズガルに滞在しているんだ」
「えええ!? どういうこと!?」
「まあ、代替わりの洗礼みたいなもんだ。ガッツリ戦争をするつもりはねーよ。ほどよくな?」
「…………」
ティウが何も言えずにいると、ゾンはおや? という顔をした。
そして次の瞬間には「ああ!」と何かを思い出したような声を上げる。
「呆然としてる所に悪いんだが、サミエもこの百年で知恵の賢者って呼ばれてんだ」
「はーー!?」
寝耳に水でティウは思わず叫んでしまった。
「戦争や革命の裏で暗躍する賢者の異名だ」
「あんまり良い名前じゃなくない!?」
知恵の賢者と聞いて純粋に知識から人々に助言を与えているのかと思いきや、どうにも斜め上過ぎた。
ゾンはティウの反応が良かったのガハハと笑っている。
「あいつらは調子に乗りすぎたんだ。今回ばかりはサミエも怒っているから好きにやらせてやれ。ここで止めたりしたらこっちに火の粉が飛ぶぞ」
「それは嫌だけど……けど……」
「これで良いんだよ。あの坊主には言ってないが、これを自力で静めれば民も王として納得する。まあ、試練みたいなもんだな」
「それでわざと……?」
「サミエの事だから半分はどうか分からんが、周辺諸国の今までの鬱憤晴らしも兼ねてるんだろう。まあ悪いようにはならんだろ」
そんな事を言いつつ、またゾンはミズガルへと出かけていった。
予想以上に国に影響力を持っている家族の存在に、ティウは目が点になっていた。
「ティウ~お腹空いた? お腹空いた? ご飯食べよう!」
何も知らないノアがティウにるんるんで声をかけてきて、ティウはようやくハッと我に返った。
「じーちゃん! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
「え? え? どうしたの?」
「お母さんの知恵の賢者って何ーー!?」
知らないことが多すぎると改めて思うティウだった。
*
そして気付けば記憶を取り戻してから一ヶ月が経過していた。
ようやく少しミズガル国も落ち着いたからとサミエに呼ばれたティウは、ノア達と共にこっそりとミズガル国に入った。
入国した時も思ったが、一ヶ月前に来た時と国の雰囲気が全く違った。
明るく活気があった街だと思っていたが、観光客はめっきりと減り、そして今はどこか喪に服しているというか、一人一人の行動が慎重になっている気がした。
人々の話し声も少なく、人の数もまばらだ。
(何だか……一気に変わっちゃったな……)
賑やかだった街がこうも一瞬で変わってしまうのかと少し寂しい気持ちがあったが、目が離せなかった。
この一ヶ月の間に偽王の処刑も済んでおり、すでにアルドリックの戴冠式も終えていた。
そしてあの時、王の側にいた第一王子は現在幽閉されているらしい。
なんでもこの第一王子こそが、周辺諸国を煽りまくっていた犯人だった。
今はこの王子の処遇を巡って、周辺諸国の怒りを鎮めて貰おうと交渉中なのだそう。
そんな話を聞きながら、ティウ達は国賓として呼ばれたのだと説明された。
「国賓……!?」
「あら、大丈夫よ。別に公にするわけじゃないもの。ただ私達の扱いがそうなるというだけよ」
「そ、そうなの……?」
以前、アルドリックを救出する際に集合した家にまた来ていたのだが、この家の持ち主は、処刑された前王の次男の家だった。
次男はサミエの協力者として、裏で繋がっていたそうだ。
「お坊ちゃんがアナタに伝えたいことがあるそうよ」
「お坊ちゃんって……アルドリックさん?」
サミエが優雅に紅茶を飲んでいる横で、マーニがお菓子を頬張っている。それを横目で見たサミエが、マーニに自分のお菓子をつまみ、「あ~ん」と言いながら与えていた。
「大方、アナタの昔の男の事じゃないかしら?」
「嫌な言い方しないでよ~!」
古傷を抉るようなサミエの物言いに思わずティウが真っ赤な顔をして突っ込んだ。
というのも記憶が戻ってすぐは、やはりシュガストを思い出して精神的に不安定だった。
百年というどうしようもない年月が、無理矢理ティウを納得させたと言っても過言ではない。
こちらを心配そうに見ているジルヴァラは、何か言いたそうな顔をしていた。
「このままそっとしておいて欲しいんだけど……」
溜息を吐きながらティウはぼそりと言うが、サミエは紅茶を音も無くテーブルに置いて言った。
「ぜひ聞いた方が良いと思うわ。アナタの為にもね」
「…………うん」
他人から聞かされるよりも、アルドリック本人からちゃんと聞いた方がいい気がするというのは何となく分かった。
*
こうしてティウ達は、こっそりと招かれた王宮へと案内されていた。
(案内役が第二王子様とか聞いてない~!)
いや、今は王兄殿下と呼ぶべき人物なのだろう。
直々に頭を下げられた時は、驚きすぎてビクリと肩が跳ねてしまった。
そんな人に案内されながら、厳かな空気で満ちた通路を歩いていた。
ミズガル城とは少し離れたこの場所は確かに王宮ではあるのだが、どうやらそこに備え付けられている神殿へと続く道のようだ。
長い道を抜けた先には、豪奢な両開きの扉が待っていた。
それを護衛の者達が同時に開けると、その先で待っている者がいた。
「アルドリックさん!」
ティウが思わず駈け寄る。
その後ろから続々とノア達が続くが、王兄と護衛達はその場に留まり頭を下げたままだった。これから先は賢者達のみでという意味なのだろう。
久しぶりに見るアルドリックはどこか疲れが見えるような気がしたが、一気に貫禄が出たというか、少し垢抜けたというか、とにかく印象が変わって見えた。
着ている服も紳士的な一般の貴族服だった物が王族と分かるほどに豪華になっている。
金の糸がふんだんにあしらわれた上着は、先ほどの王兄も着ていない。覚えがあるのは前王が着ていたローブの装飾だった。恐らく、王のみのが許された装飾なのだろう。
(本当に王様なんだ……)
それなのにアルドリックの側には誰もおらず、ティウは逆に心配になった。
「あれ……お付きの人はどうしたんですか?」
「ティウ様、大丈夫です。ご心配には及びません」
「そうなんですか?」
きょとんとしたティウだったが、次の瞬間には「あっ」と声を上げた。
「ご、ごめんなさい……アルドリックさ……王様」
「ははは。確かに立場は以前と変わってしまいましたが、前のように呼んで下さると嬉しいです」
「そ、そうですか……?」
「はい。ティウ様もご体調は如何ですか? 無理はなさらないで下さいね」
「あ! 私はもう大丈夫です。アルドリックさんも大丈夫ですか? 痛いところがあったら言って下さいね!」
思わずそう声をかけてしまい、ノアに「ダメだよ、ティウ」と窘められてしまった。
「私はティウ様が回復魔法をかけて下さったおかげで、治りがとても早かったのですでに完治しております。その節はありがとうございました」
「それはよかった……!」
処刑場で痛めつけられていた姿を見た時は肝が冷えた。今はもう回復していると聞いて、ティウはホッとした。
「今日、お越し頂いたのは他でもありません。これを……」
そう言ってアルドリックが取り出したのは一つのペンダントだった。
「これは……」
少し鎖が長い、男性でも付けられそうなシンプルなペンダント。
手の平の四分の一ほどある大きめのペンダントは、裏の蓋を開けて魔石を設置して使う魔道具だった。ノアとティウが共同で造り上げたものだ。
偽装として表は時計が施されており、懐中時計のような造りになっている。
昔のミズガル王に頼まれて、シュガストに渡すために造られた守護の魔法が施された魔道具だった。
「ティウ様にはこの魔道具に纏わる、とある男の生涯と後悔を聞いて頂きたいのです」
そうアルドリックに切り出されて、ティウの心臓はどくんと跳ねたのだった。




