偽りの王と知恵の賢者
ミズガル王の周囲にいた者達は、じりじりと王から距離を取った。
「へ、陛下が偽物……? そんな、父上は王では……?」
第一王子の困惑をサミエが拾った。
「あら、アナタ知らないのね。そこの者は本来のただの代理でしかないはずよ。それなのに王を名乗っているのだもの。いつの間に代替わりしていたのかしら? 不思議だわ」
「陛下が代理だと!? そ、そんなはずは……」
「王家の中でも直系しか知らないことをいい事に、幼い王をわざわざ義理の息子に据えたのは継承をうやむやにしようとしたのか……それとも『証』でも探していたのかい?」
「幼い王を義理の息子に……?」
呆然としている第一王子を余所に、王はノアの言葉が図星だったのか黙ったままノアをもの凄い形相で睨み付けていた。怒りのせいか、握った拳がぶるぶると震えている。
「貴様、王に向かって何を言うか! 不敬なるぞ!」
王の隣にいた騎士がノアに向かって剣を向けるが、その剣はみるみる凍り付き、氷の塊となる。
「なっ……」
剣と一緒に手まで凍ってしまいそうになったため騎士は剣を振り落とす。ゴトン、と重量を感じる音が響いた。
しかし凍り付く剣からピキピキと音を立てて周囲が凍り、甲冑を纏う騎士の足元も凍ってしまった。
足が床とくっついて動けなくなった事に気付いた騎士が動揺し、足を床から引き剥がそうと藻掻いている。
「あ、足が凍って……!」
そう叫んだと同時に一瞬で全身が氷で覆われて凍りつく。それを見た第一王子がパニックを起こした。
「ヒィィ! 誰か! 誰かここから出してくれ!」
周囲を見回すが、出入り口は氷で閉ざされている。手すりに手をかけ周囲を見回すが、下を覗き込んで絶望の顔をした。
その場で飛び降りれば、串刺しになるように氷の剣山で覆われていたのだ。
「儂が……儂がミズガルの王なるぞ!!」
自らの置かれた状況をものともせず、カッと見開いた血走った目でこちらを睨み付けるがノアは飄々と笑った。
「じゃあ、試してみようか? 王って言うくらいなんだから証を持ってるって事だよね? あるならたぶん生き残れると思うよ?」
明るく言うノアに、ティウはまさかという顔をして慌てた。
「ダメだよじーちゃん!」
「大丈夫だよ。本人は持ってるって主張しているじゃない」
「そうだぞ、ティウ。俺の黒炎で焼き切ってやるから安心しろ!」
「王って事を主張しているだけで証を持ってるとは言ってないじゃない! それに仮に持ってたとしても安心できないよ!!」
「まあ、高確率であそこにいる奴ら全員灰になるだろうけど、そんなん詐称した王が悪いだろ?」
「あれを持っていたとしても百年は経ってるの! 私の力もまだ戻りきってないのに、威力が弱ってたらどうするの!?」
ティウ達が言っている『証』の正体に気付いたアルドリックが青ざめて叫んだ。
「賢者様、どうかおやめ下さい! お願いいたします、あの場には義兄上達がいるのです!」
「ああ……そういえばそうだったね」
ノアがチラリと誰かを見た。
「なんだなんだ、結局やらないのか? 俺はいつでもいいぞ!」
面白がって煽るゾンにティウが「ひーちゃん!」と怒った。
よろけながらも何とか立つアルドリックはノアに頭を下げて謝罪する。
「私が不甲斐ないばかりに……賢者様達のお手を煩わせてしまい誠に申し訳ございません」
「アルドリックさん……」
「いくら証を持っていようと、自ら受け入れると承諾すれば魔道具は発動せず傷も受ける。なんの為に私達がわざわざ造ったと思っているんだい?」
「返す言葉もございません」
項垂れるアルドリックにティウは駈け寄り、回復魔法をかけた。
「な、なりませんティウ様、あなた様はまだお目覚めになったばかりではございませんか!」
慌てるアルドリックを無視して、ティウはノアに向かって言った。
「じーちゃん、アルドリックさんのこれ取って!」
ティウの言う「これ」とは、拘束具のことだ。「しかたないねぇ」と肩をすくめたノアは、腰に付けたポーチから何やら道具を取り出した。
それはどうやら鋏のようだが、れっきとした魔道具らしい。というのも、いとも簡単にパチンパチンと太い鎖を切っていたからだ。
その切れ味を間近に見たアルドリックは青ざめてビシリと固まっていた。
サミエとマーニはちらほらと湧く兵士達を二人で協力しながらなぎ倒しており、ゾンは王を睨み付けたまま。
ジルヴァラとティウはアルドリックが立てるように助け、拘束具を壊したノアは魔道具をポーチに仕舞う。
アルドリックが救出されていく様子を手も足もでない状況で見守る事しかできなかった王が叫んだ。
「なぜ……なぜ賢者とあろう者がそのような罪人を庇うのか!」
「罪人? 曾孫の結界を不要だと叫び、攻撃したのはお前んとこの民だろう? こいつは止めようとしていただけで、首謀者でもなんでもねえ。冤罪もいいとこじゃねーか」
「なっ、なんじゃと……!?」
「言っておくが、俺はほとんど見ていたからな。丁度いいとばかりに冤罪を押しつけて処刑しようとしてんのはお前な?」
「あ、アルドリックは冤罪……?」
呆然としていた第一王子だったが、自らの言葉でハッと我に返って叫んだ。
「じゃあ、なぜそう言わなかったんだ!」
「決めつけて事を進めたのはお前らだろう? 不必要な拷問までしているじゃねーか」
「そ、それは認めないからであって……!」
「やってねーんだから認めるはずがないだろう。話が通じねえ奴だな?」
呆れるゾンに第一王子は何か言おうと頑張っているようだが、もう何も言えないらしく、ただ口をぱくぱくと動かすだけになってしまった。
「なぜ……なぜだ! 我が国の結界が壊れると民の不安を仰ぎ、勝手な妄想ばかりしておったそやつの言うことをなぜ賢者とあろう者が受け入れろと!?」
「事実、結界は崩壊する。そもそも百年も持ったことが異例であって奇跡に近い。その奇跡の分、孫は命を削る羽目になったがね」
「…………」
申し訳なくて俯いて黙るティウの頭を、ジルヴァラが撫でた。
「ジル……」
「ティウがこの国を、あいつを守ろうとしていたのを俺は知っている。だけどやり過ぎだ。ここまできたらティウにもこの国にも良い事なんて……もう無いと思う」
「……うん」
ティウが一歩、前に進み出て王に言った。
「私がこの国を守りたいって思ったのは事実だよ。あの人の願いを叶えるために、私はこの結界を造ったの」
「賢者ティウ様! どうかこの結界の維持を! 修復を……! 我らをお守り下さい!!」
ミズガル王がそう叫ぶが、ティウは動じなかった。
「でもね、今のこの国はどう? たった百年で守りたかった民を追い出して、自分達こそが選ばれし者って……何?」
「……え?」
ティウの言葉にミズガル王が呆気にとられた。
ティウは事前に本屋でこの国の歴史を学んでいる。到底、許せる内容ではなかった。
「私はシュガストの理想と理念に賛同して、その願いを叶えるために力を貸したの。あなたの行いはそれに反してる。だから……」
バッとティウは両手を掲げた。その手はミズガル王を飛び越し、その後ろにある結界に向かっていた。
ティウがしようとしている事に気付いたミズガル王が叫んだ。
「おやめ下されーー!!」
「私はこの結界を……解くわ!」
ティウを取り囲むように大きな魔法陣が現れ、辺り一面光り輝いた。
パキィィィンと何かが共鳴し、振動するような音が国中に響く。
次の瞬間、空からパァンと大きく何かが弾かれる音がした。王達は自分達の背後を勢いよく振り返り、そしてへなへなと腰が抜けたように座り込んだ。
解かれた結界は、繋がっていた六角形の透明な欠片が分解して霧散した。その欠片は虹色を帯び、ひらひらと雪のように散って空中に消えていく。
幻想的なその光景に、逃げ惑っていた国中の者達が顔を上げ、空を見上げてただ呆然と見つめていた。
「なんと……なんという事だ……我が国の、結界が……」
「お~綺麗に散ったな」
「忌々しい結界が無くなってスッキリしたねぇ。これでいつでもこの国を攻め放題だ」
ゾンとノアがここぞとばかりにとことん煽る。
ティウが倒れた原因となった結界の存在を疎ましく思っていたのは事実なので、二人は実に晴れやかな顔をしていた。
「ティウ、これに懲りてもうこんなことしちゃダメだよ?」
「う……ハイ……」
力が戻ったティウの顔色は血色が戻ったようで赤みを増している。それを目ざとく見たサミエがティウの顎を持ち上げ、ジロジロと確認した。
「まあ、頬に赤みが増して顔色もある程度マシになったわね。でも、元気になったからって急に動いたりしちゃダメよ?」
「はい……」
萎れるティウに気をよくしたサミエはゾンに向き直って言った。
「先にティウを休める場所へ移動させて頂戴な」
「お前、相変わらず人使い荒くねぇ?」
「あら、ティウが心配じゃないの?」
「カーッ、ケッ!」
ああ言えばこう言うと悪態をつきながらゾンはブラックドラゴンへと姿を変える。
ジルヴァラがティウを抱っこしてゾンの背に乗り、ノアもそれに続いた。
「お母さん達は!?」
ジルヴァラの腕の中でティウが慌てる。
「アタクシはこのお坊ちゃんを無事に送っていくから気にしないで。後でそっちに行くわね」
「またね、ティウ」
マーニがティウにバイバイと手を振っている。
サミエに任せておけば大丈夫とノアに促され、ティウは頷いた。
*
空へと飛んでいくティウ達を見送ったサミエは、呆然としたままの王達へと振り返る。
ちょうどその時、その場を離れたおかげかジルヴァラの魔法が解け、王達を取り囲んでいた氷が砕け散った。
そのことに気付いた第一王子や兵士達が我先に逃げようとするが、その前に立ち塞がった者がいた。
王と第一王子に剣を向けたのは第二王子だった。
「な、何をしている! 誰に剣を向けているか分かっているのか!」
「ええ。分かっていますとも。偽物共をこの国から追い出すために、ずっと前から計画しておりましたので」
第二王子の護衛達が剣を抜いて王を取り囲む。王は呆然としたまま、第二王子の顔を見た。
「儂を……裏切るというのか……?」
「裏切る? 先に裏切ったのは父上ですよ。我々は義弟の成長を見守り、王として支えるはずだったのに、その椅子に座った途端、欲を掻いたのは貴方なのですから」
「お前……」
「残念ですが、私はとうの昔から幼かった王へ忠誠を誓っておりました。……本人にその自覚がなかろうとね」
第二王子の「捕らえろ!」というかけ声と共に、王と第一王子が捕らえられる。
それを眺めていたサミエに向かって、第二王子は頭を下げた。
「知恵の賢者様のご協力、感謝いたします」
「ウフフ。アタクシも協力してもらえて助かったからいいのよ」
知恵の賢者、と呼ばれたサミエを見た王が呆然としたまま、何かに気付いた。
「知恵……? 革命や戦争の裏に必ず現れるという……あの……?」
クスクス笑うサミエを怯えた様子で見ている王。一方第一王子はただただ困惑し、「俺は違う!」と叫んでいた。
「貴方は民に言ったわ。結界を壊した責任を取らせるために処刑をすると……その口でね」
サミエの言った言葉の意味を理解した王が、かすれた声を上げた。
「あ……ああ……」
「よくもアタクシの娘に結界を維持しろなどと言えたわね。……でもまあ、ここまでくれば満足よ。消えてしまった結界と守るべき民を追い出した偽りの王……全ての責を負うのは一体誰になったのかしら?」
クスクスと笑い続けるサミエに、その言葉を聞いた者達が震え上がる。
絶対に怒らせてはならない者を怒らせた末路がここにあった。
「次は貴方が処刑台に立つのね。楽しみにしているわ」
そう言ってサミエとマーニはアルドリックと共に転移で消えた。
第二王子は三人がどこに行ったのか事前に知らされていたので動じない。
困惑したままの周囲に「問題ない。アルドリック様はご無事だ。今は王達を引っ立てろ!」と声を上げ、事態の収拾を図るのだった。




