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100年後の賢者たち(旧題・賢者の遺伝書録)  作者: 松浦
失われた書と守護の国

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夢の結末

 十六歳の少女がたった一人で長旅をして来たことにも驚かれたが、何よりも創造の賢者の遣いだという事に一番驚かれた。


「女の子がたった一人で……!?」


「本当は曾祖父と合流する予定だったんですけど、皆さんのおかげで私が先にこの国に着いてしまったんです」


「曾祖父……?」


「筋肉隆々のひいおじいちゃんなの」


「筋肉隆々の……」


「ひいおじいちゃん……」


 シュガストの護衛達がティウの言葉を口々に繰り返す。それよりもシュガストは他の言葉が気になったようだ。


「皆さんのおかげ…とは?」


「この身分証のお陰で、立ち寄る国々で沢山の人に協力してもらえたから一人じゃなかったんですよ。隣国の人達も国境まで付き添って下さいました。でも、この国に一緒に入る許可が下りなくて……」


「ああ、なるほど。今この国はほぼ閉鎖していますからね……」


 ミズガルはとても小さな国だ。北の霊峰から流れる清らかな水源を頼りに生活している国だが、その霊峰には精霊族のフェンリルがいた。


 過去、幾度となく周辺諸国からの侵略を受けてきたが、どこからかフェンリルが現れて全て撃退してきた。

 そういった点ではとても助かっていたものの、少しでもフェンリルの機嫌を損ねれば水源を凍らせられてしまい、ミズガル国はよく窮地に陥っていた。

 そのせいで発展が遅れ、小さな国のまま今に至る。


 手に入れたとしても扱いが難しい国だと認識され、手を出さない限り脅威ではないと周辺諸国では捨て置かれているような状況だった。


「この国の事はあまり分からないんですけど……」


(隣国の騎士さん達が口を濁していたのってこういう事だったのかな……?)


 内乱もそうだが、フェンリルの脅威もあったためにとても心配されていたのだろう。


「しかし、賢者様もどうしてこんな小さな女の子を寄こしたのでしょう……?」


「あ、それは私が依頼品の説明に適しているという話でした」


「それは一体……? 王は一体何を依頼したのですか?」


「あーっと……」


 これは言ってもいいのだろうか? この人達は自分で王族と言っているが本当だろうかと、今になってようやく疑う気持ちが出てきた。


「あ、じゃあ王様に聞いてもらってもいいですか?」


 王子本人と言うなら簡単な事だろうと気軽に言ってみたが、シュガスト達はハッとした顔を知っていた。

 ついでに魔道具の納品もしたいので、許可を貰ってきてくれないかなーという安易な気持ちで聞いたのだが、意図せずティウの疑いを晴らす結果となった。


「あ、それは……」


「いや、この身分証も本物だろう。こんな物を偽造して何を持ち込むと言うんだ? 創造の賢者の魔道具なのだぞ? 偽物なんてすぐに分かるし、賢者様のなりすましは極刑だろう?」


「なりすましって事は…創造の賢者ですって名乗ったら極刑なんですか……?」


 これにティウは驚いた。


「ああ。それに創造の賢者はエルフ族だと聞いている。ティウは人族だろう? 雇われているのはティウの曾祖父殿だというなら、きちんと曾祖父殿を待った方がいい」


「あー……」


 確かに今のティウは人族に擬態していた。ノアの身内だとバレていないようでホッとしたが、少し困ったことになったと思った。

 ノアが一人でも納品してほしいと伝達してくるほどに急いでいる品だったからだ。


 その事をそれとなく伝えてみると、護衛の一人が王にお伝えてきますと走って出て行ってしまった。


 あっという間にいなくなった人物の背中を呆然と見送っていると、別の護衛がティウに身を乗り出して聞いてきた。


「ところでシュガスト様を癒やした魔法は、賢者様の魔道具なのですか?」


「え? あ、それは……」


 また次の問題にぶち当たってしまった。これはどう切り抜けたらいいのだろうかとティウは冷や汗が止まらない。

 そんな中、助けてくれたのはシュガストだった。


「やめないか馬鹿者。治療の魔道具は大変高価でおいそれと出回る物じゃないんだ。きっとティウを心配した賢者様が持たせて下さっていたのを俺に使ってしまったに違いない」


 シュガストの言葉に、護衛達はばつが悪そうな顔をした。

 治療用の魔道具もあるにはあるが、大変高価でそんな物を持っているなんて吹聴すれば狙われて当然だ。

 使うのすら躊躇しかねない中で、迷いなく使ってくれたのだと頭を下げてお礼を言われてしまった。


「あ、あはは……無事でヨカッタデス……」


 なんだか事なきを得そうで良かったとティウは胸をなで下ろすのだった。


          *


 流れてくる映像を呆然と見つめていたティウは、自分の中の記憶の欠片がどんどん増えていることに気付いた。


「そんな……」


 結局、これをきっかけにしてティウはミズガル国と関わっていったのだ。

 映像を映している手元の本には、今見てきた映像が日記として記憶されていた。少しずつ、空白だった三年分のページが埋まりだしているのにも驚いた。


「どういうこと……? これは本当にあった出来事なの……?」


 真っ白だった自分の中の記憶が少しずつ補填されていくのが分かる。……確かに分かるのだが、それはこの映像を見たせいだとも思ってしまう。


 でも目の前の映像から目が離せない。

 笑うシュガストからどうしても目が離せなかった。


          *


 結局、あの後慌てて戻ってきた護衛は息を切らしながらシュガストに報告した。

 ミズガルの王は確かに創造の賢者に依頼をしていたこと、魔道具を持ってくる少女を丁重にもてなすことなど、矢継ぎ早に報告を受けていたシュガスト達はティウを見る目がどんどん青ざめていった。

 その顔色から、少しばかりティウの正体にも触れていたのかもしれない。


 突然宿の前に現れた豪華な馬車に乗せられ、硬直したままのティウはそのまま王城へと運ばれる。

 ガチガチに緊張しながらなんとか王との対面を果たし、ようやく依頼品を渡すことができたのと、その魔道具の説明をシュガスト自身にすることになるのはもう少し後。




 この時点ですでにシュガストと顔見知りになり、屈託なくよく話すようになった。

 シュガストの護衛達は王族の騎士達だと思いきや、ミズガル国出身の有名な冒険者パーティーだったらしい。


 王族の騎士達は、内乱を起こしたシュガストの兄の息がかかっており、シュガストに護衛が付けられなかったと王が嘆いていた。



 そんなシュガストの生い立ちにティウは同情してしまった。

 さらにティウは同年代の子供とのやりとりの経験がない。友達ができたとよろこんでしまった。


(忠告されていたのに……)


 目の前で困っている人を放っておけなかった。


 そのまま帰れば良かったのに、タイミング悪くシュガストの兄と出会ってしまって、創造の賢者の遣いだと知られて目を付けられてしまった。

 今、一人で行動するのは危ないと、ゾンが迎えにくるまで一緒に行動することになってしまったこと。


 ゾンと合流する直前でミズガルの北にある霊峰に異常が見られ、急きょ霊峰にいるフェンリルとの対話をするはめになったこと。

 同じ精霊族の自分なら手助けができるかもしれないと思ってしまったこと。


 全てが複雑に絡み合い、タイミングが悪かったとしか言いようがない。



 霊峰ではフェンリルの天敵である大蛇が暴れ回っており、フェンリルの子が狙われていた。

 ティウは瀕死のフェンリルの子供達に、回復魔法をかけたのだ。


(これ……ジルが言ってた話と一緒だ……)


 この可愛い子犬がジルヴァラなのだろう。きゃんきゃんとティウの足元でじゃれ、抱っこをせがむ小さな子犬。


「かわいい……」


 思わず声に出てしまうほどに癒やされる子犬の姿。

 こんな可愛い子が、あのジルヴァラなのかと思うと少しおかしかった。


          *


 その後、やっと合流できたゾンと大げんかをしてしまった。

 その時にも忠告された。「こいつらは人間なんだ」と。


 それでももう、友達を助けたいという気持ちが大きくなってしまっていたティウは、ゾンに背中を向けてシュガストと共に走り出してしまった。



 ゾンはこの時、すぐにノアとサミエに連絡してくれていたのだろう。

 だからこそ、ティウが倒れた後に皆が慌てて駆けつけてくれたのだと今なら分かる。


「こんな……無責任な事をしていたなんて……」


 自分の行動が許せない自分がいる。でもそれ以上に、この時の判断が間違っていなかったと信じていた自分がいた事も思い出してしまった。



 ミズガル国の内乱は続き、状況はどんどんと悪くなっていった。

 国はすさみ、これ以上は国の存続すらも危ぶまれたその時、追い詰められたシュガストの兄が「あの」事件を起こしたのだ。


          *


 あの出来事が起きる直前、ティウは意図せず聞いてしまった。

 この時は兄を追い詰め、王の説得も終わってようやく内乱の終わりが見えてきた時だった。


「シュガスト様、この戦いが終われば、あなた様が王となられるのです」


「……ああ、もう覚悟はできている」


「戴冠式と同時に、王妃となるお相手の方も国民に発表となります」


「待て、その話は……」


「もう話は進んでいるのです。こんな状況です。民の希望となるお話は早い方がいい。すでに市井ではその噂で持ちきりなのです」


「…………」


「彼女は諦めて下さい。そもそも、手を出していい御方ではございません。なによりあの御方は、精霊族ではありませんか」


(シュガストの王妃? 戴冠式と一緒に発表……?)


 手を出していい御方ではない精霊族の彼女……。



 ここまで聞けば、ティウにも分かってしまった。

 シュガストと会って、すでに三年の月日が流れていた。この三年間、苦楽を共にしてきた仲間であり、そしてシュガストとティウは恋仲になっていたのだ。


(私は、精霊族………)


 ゾン達からも口を酸っぱくして言われていた言葉。


『人族と関わってはいけない。寿命に差がありすぎて、悲しい思いしかしないからだ――』


「ワン!」


 俯くティウの足元で、ジルがどうしたの? と聞くように吠えた。

 この声でシュガストがハッと振り返る。ティウに聞かれていたと気付いてしまった。


「テ、ティウ……まさか、聞いて……」


「……」


 ティウ達が口を開こうとしたその瞬間、けたたましく鳴り響く鐘の音が辺りに満ちた。

 何事かとそちらに意識が逸れる。その鐘の音の先から、大量の何かが近付いてくるような地響きに襲われたのだ――――。


          *


 映像を呆然と見つめるティウは、涙があふれて止まらない。

 膝の上に開かれた本の上にぼたぼたと落ちた水の染みができ、どんどん広がっていった。


「忘れたかった……」


 そう、忘れてしまいたかった。

 シュガストの隣に、知らない女性が立つのだと知ってしまった。



「こんなに悲しい気持ちになるなら、記憶なんていらない――――」




 あの時と同じ言葉が、ティウの口から出てしまった。




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