夢の中
気付けば周囲は真っ暗で、何の音もしない世界にティウはぽつんと一人だけ立っていた。
(ここ、は……)
周囲を見回しても特に何か見えるわけではない。
なぜか自分だけスポットライトが当たっているように自身だけがこの闇の中で浮いている
まるで本で見かける劇の舞台の中央に立っている役者のような、そんな変な感覚がした。
(まさか、これが夢……?)
賢者の一族であるティウは、『夢』というものを見たことがない。というのも、一族の血と夢と記憶を媒体にした魔法が『遺伝書録』だからだ。
普段、記憶するものが膨大なせいか、それらを書録に写さなくとも一度眠りにつくと身体は深い眠りに入ったまま、なかなか浮上できないのが欠点だった。
だからこそ賢者の一族は身を休める場所を誰にも伝えず、隣に立つ者には魔法や武術に長けた者を選び、身を寄せて隠れながらひっそりと暮らしてきたのだ。
ティウは不安に駆られ、早く起きたい気持ちになった。遺伝書録を使う時のように、ティウは自身の魔力を使ってみる。
『遺伝書録!』
己を照らしていた光も魔法の一つだったらしい。自分を照らしていた光がまるで分離するように、ぽんっと分け放たれた。
(え……?)
そのたった一つの小さな光は、ふわふわとティウの手元に戻ってくる。思わず両手で掬うようにその光を囲うと、ボンッという派手な音を立てて本になった。
(これ……まさか私の書録?)
本の表紙と背表紙を見比べ、その記された文字を見る。
百年前に失われた、三年間が記されていたはずのティウの日記だ。
(待って、中は真っ白だったはず……)
どういう事だとティウは震える手で自分の日記を開く。すると、周囲の闇が一気に取り払われた気がした。
*
「……創造の賢者・ノアの遣いだぁ?」
訝しげに見るこちらを見る兵士に、ティウは頷いた。
「注文されていた品をお届けに……その、直接王様にお会いすることは……」
「何を言っているんだ、賢者様がこんな小さな子供を寄こすはずがないだろう! 帰った帰った!」
城の門番にけんもほろろに断られ、ティウは落ち込んだ。
頑張ってミズガルまで来たというのに、まさか門前払いを食らうと誰が思うだろうか?
(じーちゃん、話は通ってるって言ってたじゃん~!)
一応、ミズガルで曾祖父のゾンと落ち合う手はずになっていたのだが、道中、身分証を出した瞬間からかなり好待遇で移動させてもらったせいもあるのか、ゾンが間に合わなかったのだ。
先に着いてしまったとタブラで連絡したが、急ぎの納品だったので、仕方ないがティウだけで行ってきてくれないかとノアに言われてしまった。言われた通りにしたのにこの仕打ち。
これまでの旅路はノアのサインが入った証明書を出すだけで至れり尽くせりだった。途中で立ち寄った国では王族がすっ飛んできて、事情を話すととても心配されて護衛まで付けてもらったほどだ。
国境で隣国の護衛達は入れなかった。それもそのはずで、ミズガル国は現在内部紛争真っ只中。だからこそ心配した隣国の王族がティウに護衛を付けてくれたのだが、護衛達は検問所で入国を断られてしまった。
女性騎士も付けてもらい、とても仲良くして貰っていただけに名残惜しい。検問所を境にずっと手を振って別れを惜しんでいたが、すでに彼らに会いたくて仕方がない。
沢山の人達に助けて貰いながらここまで来れたのに、まさかの事態にティウは困ってしまった。
だが、こうなってしまえば大人しくゾンの到着を待つしかないだろう。
急いで宿へと戻り、タブラに書いてノアに連絡しないと……と、慌てて移動していると、人通りの少ない裏路地に入ったところで不審な二人組と遭遇した。
(あ、まずいかも……)
今のミズガル国は治安も危うい。目深にフードを被ってはいるが、ティウの身長は小さいため、子供と侮られて何かしらのもめ事に巻き込まれやすい。
だがノアが持たせた撃退用の魔道具やティウ自身の結界魔法もある。警戒して準備をして……と構えていたが、この時ばかりは違った。
「えっ!?」
突如、片方の人物が地面に倒れ、もう一人が奥へと走って逃げ出したのだ。
倒れた人物はピクリとも動かない。事態を呆然と見てしまっていたが、ティウはハッと我に返った。
(いや待って……物取りって介抱している人を狙ってくるのもいるんだっけ? じーちゃんが言ってた!)
強固な結界をこれでもかと重ねづけし、ティウはゆっくり後ずさりをしてその場から逃げようとしたが、風に乗って鉄の匂いがして足が止まった。
倒れた人物の下から、じわじわと染み出す黒い何か。
気付けばティウはその人物に向かって走り出した。
*
(この光景……)
手に持った日記が光り、闇を照らしている先で映像が流れていた。
見たこともない映像の中で、自分が動き、誰かと話している。彼らの会話がなぜか頭の中に反響し、まるで自分が直接話し、聞いているような奇妙な感覚に襲われていた。
ティウは呆然としながら、目の前に映し出さた光景を見つめた。
日記が映す映像の自分は、慌てながら倒れた人物に治療魔法を施していた。
ノアが口を酸っぱくして人前で使ってはダメだと言われた治療魔法。
バレたら大変なことになるのは分かっていたはずなのに、血塗れで真っ青になっている青年を前にしてティウは必死になっていた。
(この人……アルドリックさん?)
映像の中で倒れていた人物の顔を見て驚く。とてもそっくりだが、映像の中の人物はまだ十代後半と思われた。
すると映像の隅でこちらへと駆けてくる複数人の足音がする。バタバタと急ぐ足音に、ティウは必死で気付いていない。
『シュガスト様ーッ!』
『何てことだ……急げ!』
すぐに大勢の者達に取り囲まれ、映像の中のティウは硬直していた。
(…………シュガスト?)
初めて聞く名のはずなのに、とても懐かしい響きがする。どうしてそんな事を思うのだろう。
そんなティウの頭の上で、ハニカム構造のガラスの欠片のような物が花びらのようにヒラヒラと落ちてくる。
ティウは気付かないまま、その破片はティウに触れるとふわりと溶けて消えていった。
*
「君はティウというのか。俺はシュガスト。ガルトと呼んでくれないか?」
そうアルドリックの顔で笑うシュガスト。だがティウは固まったまま動けない。
それもそのはずで、シュガストの護衛と思わしき厳つい男性が四名、ティウが逃げられないように凄い顔をして取り囲んでいたからだ。
(どうしよう……)
あっという間に自分が泊まっていた宿を聞き出し、部屋へと押し入られて尋問を受けている。
硬直して半泣きのティウに、場違いのようにシュガストは「君は命の恩人だ」とにこやかに話をしている。
フードを目深に被ったままのティウを怪しんでいる護衛達を制して、シュガストは「良かったら顔を見せてくれないか?」と優しくティウにお願いした。
そこで初めてまだフードを被ったままだということに気付いたティウは、ゆっくりフードを取り払った。
「子供だと思っていたが……まさか女の子!?」
驚く護衛達にシュガストはジト目で「怯えているじゃないか」と、シッシッと手を振り、護衛達を追い払おうとした。
「お待ちくださいシュガスト様! 刺客かもしれません!」
「じゃあなぜ俺を助けるんだ。刺客なら今頃俺にトドメを刺しているだろう」
「しかし……!」
「ティウは俺の命の恩人だ。お前達、ティウを見下ろすな。頭が高いぞ!」
「はっ……」
護衛の四人が片肘を付き、ティウに謝罪するというおかしな図が出来上がっていた。
「うちの者がすまなかった。俺はこれでも、この国の第三王子で命を狙われていてね。ティウが助けてくれたけど、こいつらが気が立ってしまって……」
「この国の……王子様?」
ようやく顔を上げたティウがシュガストをじっと見る。それに少し気圧されたシュガストだったが、その顔から笑みが消え、スッと真顔になった。
「そうだよ」
しかし、次のティウの言葉に目を瞬かせるはめになる。
「王子様なら……王様に会えますか?」
「え……は?」
「王様から頼まれていた品を持ってきたんだけど、門番に門前払いにされちゃったの」
ティウはガサゴソと荷物から身分証を出す。それをシュガスト見せると、護衛達も手元を覗き込んできた。
「創造の賢者・ノアの遣い!?」
驚愕した顔でティウを見る面々の顔は、門前払いを受けてむしゃくしゃしていた気持ちがスッと晴れやかになった気がした。




