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100年後の賢者たち(旧題・賢者の遺伝書録)  作者: 松浦
失われた書と守護の国

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アルドリックの目的


 食事は美味しい。場所も見た目も芸術的。アルドリックと従業員の気遣いも素晴らしい。


 こんなに素晴らしい食事中に、あえて自分から水を差す理由はない。さらに至れり尽くせりで、ティウはもうどうすればいいか分からない。


(ここまできたら開き直ってデザートも堪能するしかない!)


 先にも後にも聞かれる事に変わりがないのであれば、味わうだけ得した気分になれるかもしれない。


「ジュースと紅茶はどちらになさいますか? 砂糖とミルクもご用意しております」


「こ、紅茶でお願いします! 砂糖とミルクは……下さい」


「畏まりました」


 最後の語尾が恥ずかしかったが、店員は優しい目をして紅茶を淹れてくれた。

 昔は紅茶に砂糖やミルクを入れるのは、贅沢をひけらかす貴族だけ……なんて言われていたものだが、昔は奴隷だった獣人対して「入れますか?」と丁寧に聞かれる日が来るとは思いもしなかった。

 

(いつもは入れないけど……試してみたい!)


 紅茶に砂糖を入れると味が変わってしまうと嫌がる人もいるが、味に影響しない程度の少量ならば、香りや味の深みを底上げしてくれると本で読んだことがある。


 店員が紅茶を注ぐのをじっと見ているティウはとても嬉しそうで、耳がパタパタと忙しなく動いている。

 ジルヴァラは紅茶の無糖、アルドリックは珈琲の無糖を頼んでいて、ティウは首を傾げた。


(こーひーって何だろう? どうして私は聞かれなかったのかな?)


 ジルヴァラも聞かれていたので疑問に思ったが、自分だけジュースと言われていたので純粋に子供だと思われていたのかもしれない。


(あ、もしかして男性が嗜む飲み物とか……!? もしくは食後のお酒? これも調べなきゃ!)


 百年後にはそんなものまであるのかとティウは興味津々になった。



 飲み物が行きわたり、それと同時に別の店員がデザートの皿をティウ達の前に配膳してくれた。


(パ、パンかな……?)


 見た目は黄色くて、まるでラクレットチーズの塊を八等分に切り分けたような形をしていた。

 その上には雲のようなふんわりとしたものがかかっていて、ジャムのようなものが垂らしてある。


(何これ! 何これ!!)


「さあ、食べてごらん」


「は、はい」


 アルドリックに促されて、さっそくフォークを刺すと、生地がふんわりと沈んだ。


(柔らかい……!?)


 確かにお菓子というものは、食事のものから派生したものがほとんどだった。


 生地を丸めてオーブンに入れて焼くのではなく、フライパンに生地を流し込んで焼いた物にバターと蜂蜜をかけたパンケーキや、肉や野菜を入れていたガレットやタルトに甘く煮詰めた果物を載せたりと、工夫をこらしていったものが一般的だった。


 他にも旅に適した携帯食を目的として、硬く焼いて保存に適した物を作ろうとしたものがクッキーとなり、さらに残り物のパンを揚げて砂糖をまぶしたラスクなどと、改良を重ねられたものがお菓子となって定着している。


 新しく買ったレシピ本にも、こんなにふんわりした生地のお菓子など掲載されていなかった。


「おいひい~~!」


「シフォンケーキというんだ。シェフが言うには作り方と小麦の種類が違うだけで、パンとほとんど変わらないそうだけど信じられないよね。気に入ってくれて嬉しいよ」


 生地はほんのり甘くて柔らかいパンかと思えば、雪を口に含んだかのように口の中で溶けてしまった。


「この白いのは何ですか?」


「確かクリームと聞いたことがあるが……君、なんだったかな?」


 アルドリックが店員に振ると、にこやかに返事をくれた。


「ミルクを温めて撹拌しますと分離というものを起こします。これをクリームと言いまして、それに砂糖を加えてさらに泡立てたものです」


「だそうだ。ありがとう」


「ミルクなんだ! へええ……!」


 甘さが控えめのクリームとジャムがとても美味しくて、あっという間に無くなってしまった。

 思わずほう……と、感動が口からもれると、アルドリックも嬉しそうに「わかるよ」と同意した。


「ティウはとても美味しそうに食べてくれるね。食事に誘った甲斐があるよ」


 デザートを食べ終え、珈琲を飲んでいたアルドリックはふと胸元に右手を添えて目を瞑り、何かに感謝しているような仕草をした。


「もっと早くティウに出会いたかったな。いや、出会えただけでも賢者様に感謝しなくてはいけない」


「……どういう意味だ?」


 突然、剣呑な空気を出すジルヴァラの態度にティウは慌てた。


「ジルお兄ちゃん!」


 アルドリックの背後で静かに佇む従者達は、ちらりとジルヴァラを見たが、主であるアルドリックが何も言わないので動かずに待機しているようだ。

 無表情の従者達とにこやかな顔をしたアルドリックを見て、ティウはついに結界の話になるのかと身構えた。


「明日、また食事をしないかと誘いたくてね」


 他意は無いよとアルドリックが言うが、それを聞いたジルヴァラが苦々しそうに舌打ちをした。


「ここにはあまり滞在しない」


「せっかく観光で来たのにもう帰ってしまうのかい? では今夜の食事はどうだろうか。ぜひこのまま話がしたいんだ。ティウ、君はあの結界の綻びに気付いたのだろう?」


「え、あ……」


 ついにきてしまったとティウとジルヴァラは身構えた。


「我が国を守護してくれた守護の賢者ティウは、食事にとても気を遣っていらっしゃった。我々はその意思を継ぎ、食事というものをとても大切にしている。食材を無駄にせず、すべてのものに感謝をし、美味しく楽しく食べるという教えができたほどなんだ」


「お、教え……?」


 そんな教えなど言った覚えはないと思ったが、そもそも記憶が無いのだから当たり前だった。


「内乱と戦争に疲弊していた我が国は、賢者様の結界に守られた。死の危機が去れば、生きる事に集中できる。食事に気を使い、楽しく、お腹いっぱい食べられるということがどれほど幸せな事なのかと気付かされたのだ」


 ティウとジルヴァラはアルドリックの言葉を黙って聞いていた。

 口を挟んではいけない、そんな空気だった。


「しかしその安らぎが長く続いてしまったからこそ、恩恵を当たり前として胡坐をかき……冒涜している」


「あ、あの……」


 戸惑うティウを気遣ってか、アルドリックは昔話を話し始めた。


「私は小さな頃から空ばかり見上げていてね。城を覆う、守護の結界を飽きもせずにずっと眺めていたんだ」


「ずっと……ですか?」


「ああ。美しい魔法の構成式が次々と現れるだろう? 様々な術式が複雑に絡み合い、紡がれて結界ができている。夜になると術式が光り輝くのが夜空に映えて特に美しい。どうすればこんな風に魔法同士を繋ぎ合わせる事ができるのか……今もなお解明されない謎に、私は夢中になっていた」


 ティウは「あれ?」と首をかしげていた。術式を繋ぎ合わせるのは至って簡単な事だと思っていたのだが、アルドリックの話から察すると、どうやら普通ではないらしい。


 元々、ティウの家族は魔法に精通している種族の、さらに希少一族の集まりだ。

 特に長命種族は人族と違って基本他との交流がないため、種族間では当たり前である事も他種族へは伝えないものだと、ノアが言っていたのを思い出す。


(そうだった。他種族の魔法も編み込まれているから、交流がなければ思いつかないのかもしれない……)


 ティウの結界は特に、術式を見えない糸のように形成して編み込んでいく。


 この百年でどれだけ魔法が進歩しているか気になっていたが、この様子だとあまり進歩しているようには思えなかった。


(あとでお母さんの書録を確かめなきゃ)


 母サミエの書録は、主にその時代の様々な情報である。ざっくり言うなれば「歴史」に精通している。

 ミズガルに来る前に現代の一般常識を付け焼き刃で叩き込んだとはいえ、魔法の歴史など細部はまだ確認できていない。


「最近では創造の賢者のお陰で魔道具の進化が著しいが、私には百年もの間、変わらず我々を守ってくれる結界の存在の方が大きかった。しかし飽きずに眺めていたら、ある時気付いたんだ」


「……綻び?」


「そうだ。結界に時折浮かぶ構成式が、どんどん欠けていくのが分かった。来る日も来る日も結界ばかり見ていた私よりも……ティウは一目で分かったんだね」


 ティウの肩がビクッと震えた。



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