緊張の食事
「我が国の守護の賢者と同じ名前なのかい?」
「そ、そうみたいです……?」
ティウは思わずアルドリックから目をそらして、ばつが悪そうな顔をした。
(は、恥ずかしい!)
先ほどジルヴァラに「私がいっぱいいる」とか言ってしまったのが余計に悔やまれる。ジルもその時の事を思い出したのか、「フッ」と失笑して肩が震えていた。
「笑った!」
「気のせいだ」
そう言いながら、ジルはニヤリと意地の悪い顔をティウに向けている。
「賢者様と同じ名前は嫌かい?」
ちょっと悲しそうにアルドリックに言われて、ティウは慌てた。
「ち、違います……! ただ、ジルお兄ちゃんからミズガルにはティウって名前が多いって聞いて……」
「ああ、確かにそうだね。あまりに多くて、一時期使用禁止令も出た事もあるんだよ」
「えっ」
「だって皆、ティウって名前なんだ。ティウって呼んだらそこら中の男女が振り返るのは、さすがに混乱するよね」
それほどなのかとティウは驚きで固まってしまった。
「最近は賢者様の名から肖ったものが多いかな? ティオールとかティミーとかティエルダとか……」
ジルヴァラはまた別の名を言っていたので、本当に多いのだろう。
「そうなんですね……」
「ところで、ミズガルには観光で来たのかい?」
「えっと……はい。そうです」
ジルヴァラの眉間に皺が寄った事に気付かないティウは、そのまま返事をしてしまった。
「他の土地でも我が国の賢者様の名が有名なのか。うれしいな」
(あ……)
我が国の賢者と呼ばれてティウは青ざめずにはいられない。「賢者」とはなにもティウだけではない。それこそティウよりも、祖父の「創造の賢者」の方が有名だろう。
この国の生まれでないのにティウの名を持っているという情報を与えてしまったという事に気付いて、思わず膝の上の拳をぎゅっと握りしめる。
(また……考えなしに返事をしちゃった……!)
青ざめているティウに変わって、ジルヴァラがしれっとした態度で言う。
「父と母がこの国で知り合ったので、思い出として名付けたと聞いています」
「え? ……兄である君ではなく?」
「俺の名前は両親ではなく祖父が名付けたので」
「ああ、なるほど。確かに長子だとそういう家もあるね」
ジルヴァラの説明にアルドリックは納得したようだ。ティウはホッと胸をなで下ろした。
(さりげなく私達の生まれを探ってる? 私、もう喋らない……!)
口元をきゅっと引き締めたティウに、アルドリックはどうしたのだろうかと小首を傾げた。
「どうしたんだい? 急に緊張しているね」
ティウは思わず、ぶんぶんと首を横に振って意思表示をした。急に話さなくなったので、どうしたのだろうとアルドリックは目を瞬いている。
横にいたジルヴァラからは、呆れた目を向けられていた。
「フッ」
「っ!?」
ティウの耳がピンッと立った。ジルヴァラにはティウの考えはお見通しだったようで、今更だと言わんばかりにこちらを見て笑っている。
「また笑ったー!」
「分かりやすいと思っただけだ」
「酷いよ!」
笑う理由になっていないとティウが抗議をしていると、今度はアルドリックが笑った。
「君達は本当に仲が良いね。羨ましいよ」
「普通だ……です」
ジルヴァラが敬語に直すと、アルドリックは軽く右手を上げて左右に手を振った。
「ああ、気にしなくていいよ。むしろ気軽に話してくれた方が私も話しやすい」
「そうか」
「ジルお兄ちゃん!」
さすがにまずいだろうとティウは慌てるが、アルドリックはティウにもお願いした。
「ティウ、と呼んでもいいかい?」
「え、あ……ハイ!」
「だめだ」
「ジルお兄ちゃんーーっ!」
「ティウも私の事をアルお兄ちゃんと呼んで欲しいな」
「だめだ」
「もう!」
「あはははは!」
そんな会話をしていると、料理が載せられたワゴンを押しながら店員が数名やってきて、次々と料理が盛られた皿を置いていく。
ティウは一気に料理に釘付けになり、耳と尻尾含めて座っていた背筋までピンッと縦に伸びた。そして忙しなく動いている。
「本日のディナーのご説明をいたします。こちら前菜になりますラティナのフランでございます」
つらつらと料理の説明が店員の口から流れてくるが、さっぱり意味が分からずティウは目を白黒させていた。
(あれ……言語の違う国にきたのかな!?)
ミズガル初日のレストランで料理の名前がさっぱり分からなかっただけではなく、今度はあまりに芸術的過ぎて、どう食べていいのかも分からない。
ディナー皿くらいのお皿の上に、白くて小さなカップが載っている。その中にはプルプルの弾力がありそうな黄色い何かをクッションにして、丸くカットされた白い何かが載っていた。
(下の黄色いのはなんだろう……この白いのは蕪……かな?)
首を捻るティウを余所に、店員は構わず説明を続けている。
さらにその蕪らしき上には、小さな桃色の薄切りの何かが円状にグルグルと巻かれているのが載っていた。
美しく巻かれている様は、桃色のバラを想像させるほどの出来栄えだったのだ。
(す……凄い……!)
料理の師である祖母のナナが作る料理は、美味しいが全てが豪快だった。
切った野菜や魚や肉を、茹でる、炒める、揚げる程度しか教わってこなかったティウにとって、目の前に並べられている料理はまさに革命だ。
(料理に飾りを求めるのはお菓子だけなんだと思ってた……!)
サラダなどは使われている野菜の花などを遊び心で横に添えたりするレシピはあったが、野菜そのものを飾り立てるレシピは初めて見たティウは感動した。
(これが前菜だなんて! もったいなくて食べられない~~!!)
小さなオブジェのような芸術品を見て、食べ物かどうかすら怪しいと思ってしまう。
この百年で食事文化がここまで進化しているのかとティウは目を回した。
(材料の名前から覚え直さなきゃって思ってたけど、何もかもが新しくて目が回っちゃいそう……)
店員が話した内容はとりあえず丸暗記したものの、意味はさっぱり分からない。遺伝書録で一つ一つ確認したいが、最近の野菜や魚の記載があるだろうか?
生活や身の回りの流行の情報などを国ごとにチェックしているサミエだが、さすがに新種の魚や植物は難しいだろう。
(後でまた本屋に連れて行ってもらわなきゃ……!)
家族が得意としている分野は各自違う。食事に関する動植物は基本的にティウの範疇なので、気まぐれを起こして記載するような事はあまりない。
気が向いた時のお土産と称して、専門書や実物を渡してきては、後は好きにしなさいと言うくらいなのだ。
ただサミエの情報が多岐に渡ったのは、引きこもって魔道具ばかり造っているノアと、当時まだ幼くて外に出れないティウのためだった。
「では頂こうか」
アルドリックの声でティウは我に返る。ハッと目の前に置かれた芸術品に目をやった。
どうやって切り分けて口に運べばいいのだろうかとティウは悩んだ。知識だけの百年前のテーブルマナーが、今も果たして通用するのだろうか?
(最新のテーブルマナーなんて知らないよ~~!)
食事を躊躇するような日がくるなんて思いもしなかった。




