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第58話 暴虐の兆候

 アンナ




「変な天気…」



 旦那様や奥様、お嬢様もまだお休みの早朝、私は日課である屋敷内の見回りをいつものように行っていた。

 屋敷内はまだ静寂で包まれているがこれから徐々に賑やかになり日が強く射し込む頃には来客も多く訪れることだろう。

 …だがその日が射し込む窓の外、見慣れた庭に見慣れた街並み、いつもと同じ風景の中に…いつもとは違う色が混ざっている事に気付く。



「…なんであそこだけあんなに暗いんだろ?」



 2階廊下の窓から見える空の様子は一見すると快晴とも呼べそうな程に晴れ渡っているのだが、レオンリバー本流の方角に当たる北東方面の空の一部に異様なほど黒い雲がかかっているのだ。

 雷雲をさらに濃くしたような暗色に思わず体が震え、長く見ているとそれだけで精神を蝕まれてしまいそうな感覚に襲われ私は目を逸らした。



「気持ち悪いな……はぁ、気持ちを切り替えましょう」



 それからは自分に与えられた仕事をいつも通りにこなした。

 しかし…脳裏に焼き付いてしまった暗色の雲はこの日より幾日、私だけでなく街に住む全ての者に暗い影を落とすことになるのだった。




 ―――――――――――――――――――――――

 シア




「帰って来てないってどういうことだよ!?」


「落ち着いて下さいクリフくん、そんな剣幕で迫ったら何も話せませんよ」



 クリフ…。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 今日は冒険者ギルドに来ている。

 皆の予定が揃ったため4人で何かしらの依頼を受けようという話になり、窓口が開く時間に訪れ本日追加された依頼の確認をしていた。


 魔物…魔物…魔物…? …魔物がいっぱい?


 しかしそこに貼り出された依頼書は妙に魔物討伐のものが多く、20件あるうちの5件がその依頼であった。

 ただ…それだけであれば多すぎではないか? で済んだのだが、そのうちの1つが少し古い日付のものであり…見覚えのある依頼書だったのだ。



「ん? これって確かジンの奴が掻っ攫っていったやつだよな? なんでまた貼ってあるんだ?」



 その依頼書は先日も同じように依頼を受けようとした時、同じ冒険者のジンという男がクリフが取ろうとした目の前で剥がしていった依頼書と同じ物に見えた。

 多少揉めはしたが一応は早い者勝ちという決まりがあるので諦める事となりその日は別の依頼を受けたのだが…。



「再掲されているという事は失敗したか…或いは依頼主と話をして決裂したか、どちらにしてもギルドとしてあまり歓迎出来る話ではありませんね」


「なんだよあいつ横取りしておいて……なあ、ジンの野郎はまだ来てないのか?」


「それが…」



 パパとクリフが受付の前でそんな会話をしていたのだが、そのクリフの質問に答えた受付の女性の言葉はかなり衝撃的なものであった。



「ジンさん達は帰ってきていません…依頼が達成された様子もなく行方もまだ…」


「…は? おいおい、冗談だよな……おいっ! 冗談だよな!!」




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ちょっとクリフ! スーさん困ってるじゃない」


「あっ…ぐっ……クソっ!!  ……すまねえ」



 パパとカレンの言葉で激昂したクリフは少し落ち着いたようではあった。

 しかし納得している表情ではなく、拳を強く握り締め俯いている。


 当然の事だろう。

 帰ってきていない、行方不明、これは冒険者であれば死と同義だ。

 PTを組んでいるのであればなおの事、全員命は無事だが連絡すら取れないという状況は起こりにくい。

 つまりは…すでに全員死亡している可能性が高い事になる。



「なんでだよ…あいつらなら難しい仕事じゃないはずだろ…」



 なぜあの人達が…それは私も疑問に思った事だ。

 ジンのPTは少しマナーに欠ける所はあるが私たちのPTと比べても遜色ない実力を持っている。

 もちろん討伐の依頼で確実に安全なものなど無いのだが、依頼書の魔物の数は1体だけだったしいくらなんでも全員が戻ってこないというのはおかしい。


 …あれ?



「…これ、調査…依頼?」



 気になった私はもう一度その依頼書を確認してみた。

 そもそも1PTが戻ってこなかったような依頼がそのまま再掲されるはずは…と思ったのだが、よく見ると依頼書の細部に色々と修正が入っている。

 討伐だったものは捜索を含む調査へと変更されており対象数は不明に、危険度もレベル1相当とされていたものが調査任務なのにレベル2へと上がっていた。



「…なんだって? 調査?」



 私の声が聞こえたのかクリフが横から覗き込んできた。



「はい、この件はギルドでも重く受け止めています。

 ギルド長の命で現地の調査をする事になり、ギルドの調査員とは別に所属冒険者にも調査任務という形で依頼する事となりました」



 ギルド長か…あの人ちょっと苦手なんだよね…。


 皆はギルド長としか呼ばないクィン・グランシーという名の人物。

 悪人ではないと思うけれど、なんと言ったらいいのか…どうにも危険な匂いがするのだ。





「魔物の群れが発生している可能性あり、早急に調査を求む! か…」



 クリフはその依頼書を見ながら考え事をしているようだ。


 …でもすでに答えが出ている事は付き合いの一番短い私でも分かる。

 パパとカレンも同じなようで、しょうがないかと言う顔をしながらクリフの言葉を待っていた。



「………なあ、俺」


「私もやるわよ、街の近くがそんな状況なのに何もしないわけがないでしょ。

 襲撃でもされたらリリナさん達だって危ないかもしれないのよ」


「そうですね、お二人には大恩がありますし危険の可能性は出来るだけ排除しましょう。

 …でも、理由はそれだけではありませんよ。

 私たちにも妻や両親、守りたい大事な家族がいますから」


「…おまえら」



 カレンとパパは熟考していたクリフの言葉を聞き終える前に答えを返していた。

 クリフも多少驚いた顔をしているが嬉しそうな顔をしている。


 だから私も続く。

 だって、私にも守りたい人たちがいるのだから。



「私も行くよ、クリフ」


「…ああ、ありがとな、シア」




 ―――――――――――――――――――――――

 ビレム




 はぁ…こんな事になるのなら村長なんて引き受けなければ良かった…。


 集会所に集まった多くの村人が声を張り上げ言い争っている。


 今すぐ村を捨てて逃げるべきだ、若い男を集めて防備を固めるべきだ、領主に依頼しすぐに軍を派遣して貰うべきだ。

 様々な意見が飛び交うが状況を確認出来ない我々ではまさに机上の空論と言うよりないだろう。



 魔物がまた現れた…と言っても何かしらの被害が出たと言う訳ではない。


 目撃情報によればレオンリバー支流の対岸に魔物と思しき黒い獣が居たと言うのだ。

 しかもその報告は1件だけではなくすでに7,8回の目撃があり、主に作物の販売に出る者たちからの報告なのだがハンスに至ってはすでに3回も目撃しているらしい。


 支流はそこそこの流れに深さや幅もあるので渡って来る事はないのだが、だからと言ってあんな不気味な生き物が見える範囲に居るのは精神衛生上よくない。

 特につい半年ほど前に何人もの死者を出す騒ぎがあったのだ、村人たちが過剰に反応してしまうのは当然の事と言えよう。



「皆落ち着いてくれ。

 確かに魔物の脅威は我々皆が体感した恐るべきものだ。

 何もしないという訳にはいかないがまずは領主に報告し判断を仰いでから…


「何言ってんだビレム! そんな悠長な事をしていて魔物の襲撃があったらどうするんだ! お前が体を張って止めるとでも言うのか!」



 そんな訳がないだろ! 少しは考えてものを話せ!


 …そう言いたい所だが私まで激昂してはさらに収拾が付かなくなってしまう。

 こう言う時にミリアさんが居てくれれば…と思うが、彼女は結構な歳だし今は少し体調を崩している。

 


 その後も建設的な意見も少しは出るのだが、反対意見の怒号がひどくまともな話し合いとはならなかった。

 しかし村を捨てるという選択が難しい以上防備を固めレオンリバーに救援を求める他に出来る事はあまりないだろう。


 はぁ…やはり村長になどなるものではないな…。

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