第47話 暴力(前編)
「随分と見せつけてくれるじゃねーかお二人さんよぉ」
中央広場に入りあと少しでユキノさん達が宿泊している宿に到着するというタイミング、いかにもな出で立ちの男達20人以上が僕たちの行く手と背後から近づいて来ていた。
「なんですか貴方たちは!」
「おいおいそりゃあないぜお嬢ちゃん、俺たちの顔を忘れたってぇのかよ?」
ユキノさんの問いただす口調にも怯まず、男達の一人が近づきながらそんな事を言い出した。
…確かに見覚えのある顔だ。
その男、他の二人も居るのだが、以前僕が街に来たばかりの頃に絡んできてユキノさんによって成敗されたやつだった。
自警団に連れていかれていたがが、さすがにあの程度の暴力沙汰だけではすぐに解放になったのかもしれない。
「…それで、その方々が私たちに何の用事があるというのですか?」
周囲をねめつけながらさらに男たちを問い詰めるユキノさんだが、男たちはそれでも怯む事なく近づいて来る。
「用件なんて一つに決まってんだろ!! てめえが余計な事をしやがったせいで俺たちがどんな目にあったか分かってんのか!!」
そのまま口汚く男は話を続けるがあまりにも言葉が汚いので要約するとこうだ。
ユキノさんの様な小さな女の子に3人ともが瞬く間にやられてしまった事で、レオンリバー内の裏社会…というのがあるようなのだが、そこでの評価が最底辺にまで落ちてしまったと言うのだ。
そのせいでグループを抜けるメンバーが後を絶たず、解散も間近だと言われるほどに落ちぶれてしまったらしい。
正直知った事ではないとしか言えないのだが、彼らからして見れば復讐という行動に出るのは当たり前の事なのだろう。
…だがそれにしてもおかしくない? いくらなんでもこんな人が多い所で襲うなんて。
「ララさん、離れていて下さい」
ユキノさんが静かにそう告げ、
「…はい」
僕も言葉少なに返答する。
正直離れたくはない。この半日ユキノさんには楽しい時間をすごして貰えたと思うのに、最後の最後でこんな血生臭い事を任せてしまうのは断固として拒否したかった。
だが実際問題、僕が傍に居ても役に立たないどころか完全な足手まといになるのは目に見えている。ユキノさんの強さであればこの人数が相手であっても問題はなさそうに思えるし、ここで無駄に固持しても困らせるだけだろう。
男たちは僕が囲いから離れるのを邪魔しなかったが、何人かが僕に視線を送っていたのが少し気になった。
「さて、それじゃあさっそく…と言いたい所だが、俺たちじゃてめえには敵わないからな。先生! お願いします!」
ユキノさんを少しだけ遠巻きに囲み、暴漢の男はどこかで聞いたことのあるようなセリフを放つ。
その直後、暴漢の男の後ろからいかにも歴戦の戦士といった風貌の男が大きめの剣を携えて現れた。
「お前らふざけてんのか? こんな片手で捻りつぶせそうなガキをやるのにわざわざ俺を呼び出したのかよ!」
大柄とまでは言わないが僕よりは結構背が高い、ハンスに近い体格だ。
年齢も僕よりは上に見えるがおそらく30はいっていない位だろう。
顔には何かの獣のひっかき傷のような大きな跡があり、ベテランの戦士を思い浮かべろと言われたら最初にイメージしそうな男だった。
戦士風の男はえらく不機嫌な様子で暴漢の男を睨みつける。
「す、すいやせん! ですがこのガキ、目で追えないレベルで速さで近づいてきていつの間にかやられてたんすよ!」
「ほう、て事はスピード重視、目で追えないレベルとなると相当だな…良いだろう。
お嬢ちゃん名前は? ああ、俺はギラン、元冒険者だ」
「……ユキノです」
少し逡巡したあたりユキノさんは名乗りたくなかったのかもしれない。
ただ相手が名乗った上で名を問われた事で真面目な彼女は礼儀を優先してしまったのだろう。
「ユキノ…ね、聞いたことのない名だがまあ良い。
強いんだったら女でもガキでも構わねえ、全力でかかってきな」
そして男、ギランは剣を抜いた。
ユキノさんの身長くらいはありそうな長さのそれは、並みの人間では持ち上げるのが精いっぱいだろうと思える重量感があった。
だが彼はそれを両手でブンッブンッと2度ほど振り、武器としてしっかり扱える事を見せる。
あんな物が当たったら切られるとか言うレベルじゃないぞ…。
「…」
「…それがお嬢ちゃんの戦闘スタイルか? 武器が要るんだったら用意するぜ?」
「必要ありません、人間相手だったらこれが一番良ので」
それに対してユキノさんは無手のまま構えをとるだけだ。
以前見た時もそうだったがユキノさんは武器を使わない戦い方が得意なのだろうか?
あの時は手に嵌めるタイプの魔導武具を付けていたし、そういう戦い方をする戦士も居るという話を聞いたことがある。
でも今日来たときは剣を持っていたし…どうなんだろう?
僕たちが見守る中2人は相手の事だけを見ている。
場所が場所だけに他にもギャラリーが多いのだが、当たり前の事ながら助けに入ろうなんて人は現れない。
自警団や見回りをしている兵にはすでに連絡が行っているだろうしほどなくやって来るとは思うのだが、この戦いを止めるのにはきっと間に合わない。
あんな大きな得物を持つ相手と戦うのか? あの小さなユキノさんが? 今からでも止めるべきなんじゃないか? と不安な気持ちでいっぱいだが、僕が飛び出した所であの大きな剣で真っ二つにされる事しか出来ないだろう。
…いつも感じている事なのだが、こういった場面で何も出来ない事がもどかしくて堪らなかった。
冒険者並の強さを望んでいる訳ではないのだが、それでもせめて、ユキノさんに守ってもらわなくても大丈夫な位の強さは欲しかった。僕なりのやり方ではあるけど少しは頑張ってみようかな。
「それじゃあ行くぜお嬢ちゃん………ふんっ!!」
考え事をしながら見守っているとついに戦いが始まってしまった。
ギランと名乗った男は最初、その容貌には似つかわしくない牽制の様な軽い攻撃を出して来る。
ユキノさんは難なくそれを避けるのだが、それを気にした様子もなくギランは同じような攻撃を繰り返していた。
動きの速い相手に大振りの攻撃は厳禁、剣を習っていた頃教わった基本的な事項だ。
迂闊にそんな事をすれば手痛い反撃を喰らい当たり所悪ければそれだけで敗北が確定してしまう。
見た目だけじゃない、確かに強い戦士なのだろう…だが。
それに対するユキノさんはやはり尋常じゃない速度でその攻撃を避けている。
距離をとって見ている為どうにかその動きを把握出来ているだがそれでも時々見失ってしまう程だ。
あの小柄な体躯で接近されたら目で追う事はまず出来なくなるだろう。
それでもギランは冷静に攻撃を繰り返す。
おそらく軽い牽制で体勢を崩してからの一撃という流れを狙っていたのだろうが、そのスピードについて行けず若干息を切らしている、それにも関わらずだ。
「ふぅ…どうしたお嬢ちゃん? 攻撃して来ないのか?」
それはやはりユキノさんが武器を持っていないからだろう。
リーチがあまりにも違いすぎてとても反撃が出来るような距離ではないのだ。
ユキノさんが攻撃を届かせようと思ったら大振りの攻撃を誘ってカウンターを入れるか、疲弊したところで反撃に出るかしかない。
だがギランもそれを理解しているのか、大振りの攻撃はせず時たま体を休めるような緩い牽制を出して来る。
強いし上手い…なんでこれだけの人ががこんなチンピラみたいな事をやっているんだ?
ユキノさんが心配ではあるが、そのあまりにも熟達した戦い方に興味をひかれてしまった。
だが、それでもユキノさんが負ける姿は想像出来なかった。
「…大体分かりました、それでは…本気で行きます!」
一度距離をとったユキノさんはそう言って、一気に手が届く距離まで接近しようとした。
「馬鹿が! そんな無謀は突進を俺が許すとでも?」
それに対してギランも剣を振るいその進行を止めようとする…だが、
ガンッ!!! という甲高い音と共にギランの剣が地面に叩きつけられていた。
「がっ!! な、何が!?」
距離が近すぎてギランに見えなかったのだろう、ユキノさんがその拳をもってギランの剣を叩きつけた所を。
「…これでお終い、にしませんか?」
ギランの剣を叩きつけたユキノさんはここで終わりにするつもりのようだ。
確かに誰が見てもユキノさんの勝ちだしこれ以上やる意味はないように見える。
「…くっそ! 確かに負けかもしれねえ。だがはいそうですかって引き下がるわけにもいかねえんだよ!!」
しかし負けを認めてもなおギランは攻撃を仕掛けて来る。
剣を拾う余裕はないのでユキノさんと同じ無手ではあるが、それでも並の人間であれば殺める事が出来そうな程の体格だ。
「…分かりました、手加減はしておきます」
ユキノさんはそんなギランに一言だけ伝えると、無駄に大振りの攻撃を仕掛けて来た彼に対し初めて反撃をする。
ギランの攻撃を避けた瞬間、前に見た時と同様消えてしまったかのように見えた。
だがその姿はすでにギランの側面にあり、その側頭部に対して強烈な回し蹴りを叩き込んだのだ。
「ぐぉ!?」
そして、何が起こったのか理解出来ていないだろうギランを横目にユキノさんはスカートを抑えながら優雅に着地する。
直後、ギランもゆっくりと前へ倒れこみ動かなくなってしまった。
その光景を見た者は皆、僕と同じことを思っただろう。
何が起こったんだ?…と
以前にも同じような出来事を見たはずなのに改めて見てもやはり信じがたい光景だ。
ユキノさんから目を離していた訳でも無いのに、その姿がぶれる様に消えたかと思ったら次の瞬間には蹴りが叩き込まれている。
達人であればもしかしたらその動きを追えるのかもしれないが、少なくとも僕の目ではその動きを捉える事は出来なかった。
この光景を見ると僕がユキノさんの心配をするのはおこがましい事なのかもしれないと思ってしまう。目の前の光景はそんな的外れな感想を抱いてしまうくらいには衝撃的なものであった。
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しかし、その出来事を見て油断していた、というのはただの言い訳でしかない。
「なっ何を!?」
ギランが倒された直後、ユキノさん達の近くに居る男たちとは別に5人の男が僕だけを取り囲んでいたのだ。
男たちは僕の四肢を押さえつけ動けないようにする。
相手が一人であっても勝てないのに5人が相手であったため抵抗する事すら出来ずにつかまってしまった。
「ララさん!?」
それに気づいたユキノさんはすぐに僕の方に駆け寄ろうとした…しかし。
「おっとお嬢ちゃん、それ以上近づかないでもらおうか?」
最初に声を掛けてきた暴漢の男、彼がいつの間にか近くまで来ており僕の首に無骨なナイフの刃を当てユキノさんを制止したのだ。
「ちっ、やっぱり口だけじゃねえか!
…まあ良い、最初からそこの戦闘狂には期待はしていなかったからな。
これからは俺のやり方でやらせてもらうぜ!」
そう話す男は酷く醜悪な笑みを浮かべていた。




