EX4 ピッセル(2)前編
ピッセル
「ピッセル、すまないがお前には明日ここを出て行ってもらう事になった」
「え…?」
いつも通りの1日になると思っていた。
いつも通りに仕事をこなし、いつも通り魔道具の勉強をする。 …そんな1日。
しかし、私のそんな日常はそれを与えてくれた恩人であるブラック師匠本人の言葉で終わりを迎えようとしていた。
それは朝食をとった直後の呼び出しでありあまりにも唐突な話だった。…しかし
……そっか、やっぱり私には魔工技師なんて無理だったんだ…。
正直な所、その話を聞かされても私はあまり驚かなかった。
そもそも私の現状を鑑みれば未だに席を置かせて貰っている事の方がおかしいのだ。
ブラック師匠がそんな私の扱いに心痛している事も知っているし、私自身迷惑を掛けているという自覚もあった。
なので師匠からこの話を聞かされても私は素直に受け入れる事が出来た。
明日からどうしようか? 別の道を探すか? それとも恥を忍んで一度故郷の森へ帰ろうか? そんな風にこれからの事を前向きに考えて……
……嘘だ、そんなの嘘に決まっている!
やっと…やっと切っ掛けを掴む事が出来たのだ。
これからこの方法を勉強して、そして、私の魔道具を完成させるんだ!
魔工技師を目指した切っ掛け自体は思い付きのようなものだったが今では本気でこの道を目指しているんだ! 師匠になんと言われたって今更諦めるなんてことが出来るはずもない!
だが現実問題としてここを出ていくことになれば魔工技師を目指すのは難しくなるだろう。
それどころかまともな生活を送る事も出来ず、日々の食べる物にすら困る事になるのが容易に想像出来た。
私はこの日、1日中考えていた。
なんとかレオンリバーで生活していく術はないか、魔工技師として修業していく事は出来ないか。
…しかし、そんな都合の良い方法が簡単に浮かぶはずもなく、魔導技術研究所での最後の1日は身辺整理を済ませ、他のお弟子さん達への挨拶だけで過ぎて行ってしまった。
そして翌朝。
「…今までお世話になりました」
ブラック師匠、そして他にも仲良くなった数人のお弟子さん達に見送られて私は魔導技術研究所を後にしようとしていた。
「すまないな、俺としてもこんな形で出て行って貰うつもりはなかったんだが…」
ブラック師匠、そして他のお弟子さん達も気まずそうな表情をしている。
…しかたないだろう、理由はどうであれ私を追い出すような形になってしまっているのだ。
でも、そんな顔をしないで欲しいな、悪いのは私なんだから。
「いえ、ブラック師匠にはとても感謝しています! 行くあての無かった私を拾ってくれて魔導技術の指導をしてくれました。
むしろ私がいつまで経っても上達しなかったのが悪いんです。 …だから。
…ありがとうございました! そしてご期待に添えなくてすみませんでした!」
強がりから出た言葉ではあったがこれは嘘偽りのない本心だ。
ブラック師匠には感謝の気持ちはあっても追い出された事を恨む気持ちは無く、ただただ自分の不甲斐なさに情けないという気持ちが溢れてくるだけであった。
「それでは、今までありがとうございました」
お弟子さん達との別れをすませ最後にもう一度ブラック師匠へ挨拶をしてから歩き始める。
これからのことなんて考えていない、数日くらいならなんとか生きていけるだろうが出来てもそこまでだ。
その間に次の行き場所が見つかれば良いが望みは薄いだろう。
「ピッセル」
「え?」
歩き始めた直後ブラック師匠に呼び止められて振り返る、そして私に近づいてきた師匠から小さな紙片を手渡された。
理由は分からなかったが周囲に見えないような形で直接手に握らせてきたのだ。
「がんばれよ」
そしてその一言だけを残して研究所の入口へと消えていった。
私はその突然の行動に唖然としてしまったが、左手にある紙片の感触にはっとしてすぐにその場を離れた。
意図は分からなかったがあまり公にしたくない内容なのは間違いないだろう。
東区画を離れ足を向けた先は見覚えのある懐かしい公園だ。
初めて師匠と出会った場所であり私が最初の一歩を踏み出した場所でもあった。
懐かしいなぁ…でもまだ1年ちょっとしか経っていないんだよね。
ふぅ………これって何なのかな?
草むらに腰をかけ一息ついた事でさっそく先ほど渡された紙片の事が気になった。
あんな意味ありげな渡し方をされれば気になるのは当然だ、という事で一応周りに見えないようにしながら恐る恐る紙片を広げてみた。
……これだけ? どういう意味なんだろう?
うーん…分からないけど行くあてもないしな…。
意図が理解出来ない内容ではあったがとりあえず紙片に書いてある内容に従ってみる事にした。
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ブラック
これをあいつが作ったのか…?
それは別に理由があってのは行動ではなかったが、あえて理由をあげるとすればなんとなく気になったからだろう。
最近のピッセルは仕事の時間以外はずっと作業部屋に籠って回路の製作をしているようであった。
もちろん修行中の身なのだから魔道具、回路等の勉強をするのはおかしい事ではないし今までだってそういう事は何度もあった。
しかし、大抵は行き詰まったり失敗したりで俺の所に質問に来るのだが、今回に限ってはそれがなく、むしろ上機嫌な様子ですらあったのだ。
だから気になった、いつも何かに困ったような顔でおどおどしていたピッセルがどうしてあんな風になったのか。
俺はそれを確かめるためピッセルが仕事で出ている間に作業部屋にやって来た。そして他の弟子が作業をしている姿を横目にピッセルの作業机まで近づき…その理由となる物を見つけたのだ。
うん? 回路…か、これ?
それは一見しただけでは判別がつかない物であった。
回路用の木版を使用しているので回路なのだろうと思ったのだが、そこに描かれていたのは回路というよりは…なんだ? 子供の落書きとも呼べないような不可思議なラインが数本引かれているだけだった。
なんだこれは? あいつ一体何のつもりでこんなも…いや、待てよ…。
俺はその回路を暫く見つめる事である事を思いだしていた。
あれは確か魔工技師を目指し始めた頃、30年近く前の事だ。
今はもう引退してしまっているが俺にも師匠と呼べる人がおり、その人から教わった数少ない事柄の中にこれと同じような物があったはずだ。
たしか…流したい魔力のイメージを描くとか言っていたな。
ほとんど廃れてしまった技術であり、資質が無いやつにはそもそも無用の手法なので覚える必要も無いと言われていたが、今目の前にあるこの回路は師匠の教えと合致するものに見えた。
…試してみるか。
これが本当に回路として機能するのか、それは試してみれば分かる事だ。
回路に合う魔道具、基本となる着火用魔道具に回路をセットして作動させる、すると。
付いた! それに魔力の流れも驚くほどにスムーズだ!
着火用魔道具は問題なく作動しその先端には赤々とした火が灯っていた。
さらに魔力を可視化するグラスで回路を見てみると回路上を魔力が流れている事も確認出来、それは今まで失敗作ばかり作って来たピッセルの作品とは思えないほどで弟子の誰よりも…下手をすると自分の作った物に匹敵するのではと思うほどの完成度であった。
やるじゃないかあいつ! これだけの物が作れるならすぐにだって1流の魔工技師になれるぞ!
もう雑用を任せる必要もないし他の弟子に引け目を感じる事も……まてよ。
ピッセルだってこれだけの物を作れるのなら最初からやっていたはずだ。
つまり、この手法は最近になって覚えたものである、という事…。
…あいつか?
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ララ
「…こんにちは~」
聞き覚えのある待ち人の声が聞こえた事で作業机から顔をあげた。
声が聞こえた方、店の入り口に顔を向けるとその声の持ち主である獣人の少女が大きな荷物を背負って立っているのが見えた。
「いらっしゃい、ピッセルさん。 お待ちしていましたよ」
「えっと…あの? 師匠からここに来るようにってメモを貰ったのですが…私は何をしたら良いのでしょうか?」
ピッセルさん状況が分からないのか耳をペタンと倒した状態でビクビクとしていた。
あれ? ブラックさん話してないのか?
はぁ…ちゃんと説明しないと不安になっちゃうだろうに。
「ピッセルさん、実はですね…
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「ピッセルさんを弟子にとって欲しい…ですか?」
レオンリバーに帰って来て数日後のお昼過ぎにやってきたお客、まあお客と言えばお客なのだが同業者であるし僕にとってはライバル店の店主であるとも言える人物。
「ああ、お前に任せたい」
そのお客、ブラックさんが自分の弟子であるピッセルさんを僕の弟子としてとって欲しいと申し出て来たのだ。
「えーっと…理由を聞かせて頂いても?」
「もちろんだとも」
ブラックさんの話はこうだ。
僕にとってはかなり唐突な話であるが、ブラックさんは以前の仕事の時からこの事を考えていたらしい。ただ一度弟子にとった以上は途中で簡単に投げ出す事は出来ないし、もう1年くらいは様子を見るつもりだったという話だ。
ならばなぜこのタイミングでこの話を持ってきたのかと言うと…。
「あれを教えたのはお前さんだろ?」
どうやら以前に少しだけ教えてあげた回路の作り方、あれを使って回路を完成させるまでに上達しているとの事らしい。
それは魔道具として機能するレベルの出来栄えで商品として扱う事も出来るだろうとの事だ。
すごいな…資質はあると思ったし本人の努力もあるのだろうけどこの短期間でそこまで上達したのか…。いや、それよりもだ、それだけ上達したのだったらなぜこのタイミングで僕に弟子入りさせる必要があるんだ?
以前にピッセルさんから聞いた話では落ちこぼれである自分が居る事で気まずい雰囲気を作り出してしまっていると言っていた。
つまり技術が上達した今のピッセルさんであればその問題は解決しているのではないだろうか?
「確かにその意見は間違っちゃいねえさ。…だが」
ブラックさんはそこで一度言葉を切って深いため息をついた。
「悔しいが俺じゃあんな特殊な手法は教えてやれねえからな。指導も出来ない俺がいつまでもあいつの師匠面をする訳にもいかんだろう?」
「なるほど、そういう事ですか…」
確かにブラックさんの言い分も分からなくはない。
弟子という立場は師から技術を教えて貰う代わりに様々な仕事をさせられるのが当たり前なのだ。それなのにその技術を教えて貰えないのであれば何のために弟子になっているのか分からなくなってしまうからだ。
「ピッセルさんにはその事を話されたんですか?」
ただ、僕個人の意見としては気にし過ぎじゃないかなと思うし、ピッセルさん自身がその事を納得しているのであれば問題ないと思う。
これって多分だけどブラックさんの方が納得出来ないって事なんだろうな。
「いや、だがあいつをこのままうちに置いておく事は出来ない。
…だからお前に頼みたい、お前ならあいつに教えてやれる事があるだろう?」
そうか、それで最初の話になるわけだ。
確かにピッセルさんに教えてあげられる事はある。
あの時僕が見せたのはこういう手法も存在するという程度の事だったし、苦手な手法とは言っても基礎から応用までと一通りの扱いを教える事は可能だ。
それにピッセルさんがこの手法を本気で学びたいというのであれば僕としても教えてあげたいという気持ちもあった。
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