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3章幕間2 優秀なナマケモノ

書き上げるまでは前後編の予定だったため途中が少しおかしいかもしれません

 リリナ




 どうやら兄さんが数日の間店を留守にするらしい。

 カレン達から頼まれた仕事らしいのだが、兄さんもまあ付き合いが良いと言うか流されやすいと言うか。

 私としては小うるさい兄さんが数日とは言え居なくなるのは嬉しい…とは言わないが、少しはせいせいするなという気持ちになっている。


 …別に兄さんの事が嫌いな訳ではない。

 基本的に小言しか言わないし度々鬱陶しいなとは思うのだが、面倒を見てくれる事には感謝しているし大事にされているという事も分かっている。

 好きか嫌いかと問われれば普通に好きだと答えるし、私にとっても大事な家族の1人である事は間違いない。




 で・も、それとこれとは話が別だよねー。


 兄さんは朝早く私が起きる前にはもう出発したようで私は今心地よいまどろみの中にいた。

 夏が終わり涼しくなってきた事でこうして布団に包まっている時が何よりも至福の時間となり、これから寒くなるにつれてさらに布団から離れ難くなっていく事だろう。


 だからこうして私が惰眠を貪るのは当然の事なのだ。


 いつもであればそろそろお店を開ける時間なのだが、兄さんからはきついようだったら毎日開けなくても良いと言われている。

 なんだかんだ言っても甘い兄さんらしい言葉ではあるが、私にそんな事を言えばどうなるかも…きっと分かっているのだろう。




 …………………………お店、開けなきゃ。

 

 やりたくなければやらなくても良いなんて言い方をされると、やれ! と言われるよりもやらなきゃいけないような気持ちになってしまう。

 やらない事がすごく悪い事のような気がして気になって仕方なくなるのだ。



 それに兄さんの思い通りに使われるのは気に入らないが、レオンリバーではまだまだ新人の私たちにとってお店を休むというのはあまり良い事ではない。

 せっかく来てくれたお客を逃すのもそうなのだが、悪い印象を持たれてしまうとせっかく付いてくれた常連さんまで離れていってしまうからだ。


 なので現状余程の事が無い限りお店を休む事はしておらず、今回の依頼期間でも特に休日の予定は入れていなかった。



「はぁ…すっかり早起きが習慣になっちゃったな…」



 ミルス村に居た頃は毎日昼まで惰眠を貪っていたのだが、ここ最近は兄さんも出かける事が多く店番を任される事が増えてきたため自然と目が覚めるようになったのだ。



 用意されていた朝食を食べてからお店を開ける。

 少しだけ遅くなってしまったがどうせ朝一でお店に来る人なんていないのだからこの程度は許して欲しいものだ。




 ―――――――――――――――――――――――




「いらっしゃいませー」 「ありがとうございましたー」




 ここ最近は店番をする機会が多かったためすっかり言い慣れてしまった挨拶を繰り返す。

 うちのお店の商品は錬金薬と魔道具なのだが、このうち魔道具に関してはほぼ売れる事はなくほとんど展示品のような扱いになっている。

 そして錬金薬の方も作り置きの商品がほとんどであり、受注生産を行う魔法薬の注文はたまにやって来る冒険者がする程度だ。

 そんな訳で今日はお店を開いてからお昼過ぎとなる今の時間まで、最初にやって来たハンスさんの応対以外はこの二つの言葉だけで用が足りたのだった。


 世間話を振ってくる近所の老人方も今日は来ておらず、お金を受け取って商品を渡し挨拶をするというサイクルをひたすら機械的にこなすだけの仕事。

 冒険者達が来るのは大抵が午前中だし、午後はお客も少なくなるので忙しくなるという事もない。

 楽な仕事だし空き時間も多いため研究の片手間でも問題が無いほどだ。



 なので今日はこのまま閉店だろうなと思っていた。…閉店間際になってある人物が訪ねて来るまでは。



「こんにちは、リリナさん」


「あれ? アリッサ?」



 訪ねて来たのは一人の獣人の女性、年齢は私よりも一回りくらい上で穏やかな表情に均整のとれた体つきをしている。

 服装は商人なんかがたまに着ている派手目な民族衣装のようなもので、スタイルの良い彼女にはとても良く似合っていた。

 兎系統の獣人らしく長い頭髪から特徴的な耳が伸びているのだが、可愛らしいその耳も彼女についているとなんだが艶っぽいものに見えて来るから不思議だ。



「もう、兄さんが居たらどうするの?」



 彼女、アリッサは私の知り合いの商人だ。

 錬金の素材になるような物から軍用の品までと少しだけグレーな商品も取り扱っており、兄さんには内緒にしているけれどミルス村に居た頃から何度もお世話になっている。


 ただいつもならこのように直接店を訪ねてくることはない。

 兄さんに内緒にしている事は知っているしレオンリバーに住み始めた事で私から訪ねる事が出来るようになったからだ。



「大丈夫、そこに抜かりはありませんから。

 ちゃんと事前に調べてありますよ、今日から仕事で西の森へ向かったのでしょう?」


「…まあ…そうだけどさ」



 アリッサはこちらの苦言を聞いても表情をまったく崩さなかった。

 というか、私は彼女がこの穏やかな表情以外をしている所をほとんど見た事が無い。

 お面でもかぶっているんじゃないかと思う程なのだが、ただの取引相手でしかない私としてはそれについて特に突っ込むつもりはなかった。



「…リリナさん、ご存じないかもしれませんが最近私たちの情報網の中にとある名前が出始めているんですよ。

 なんでも、非常識な品を扱う兄妹がこの街にやって来ただのと…」


「…ふーん、そうなんだ」


「あら? ご興味ありませんか? お二人にとっては大事な事だと思いましたが?」



 確かに監視されているようであまり良い気はしない話だが、実害が無いのであれば私にとってはそれ程重要な内容ではない。

 私としては趣味の錬金術に没頭出来てほどほど怠惰な生活が出来ればそれで満足なのだから。



「別に興味はないかな、それに、アリッサもそんな話をしに来た訳じゃないでしょ?」


「…そうですね。 では、こちらが本日お持ちした物です」



 そしていつものように商品を見せて貰う。

 生活費を除いた収入は基本的に兄さんと折半する事になっており、普段あまりお金を使う機会が無い私は貯金分を除いてもそれなりにお金は持っている。


 趣味の錬金に使う素材はもちろん買っているが、兄さんがやっている魔導技術と違い錬金の素材は安い物が多くほとんど使う事がない。だからという訳でも無いのだが、珍しい物を用意してくれるアリッサからはついつい色々な物を買ってしまうのだ。






「ふふ、いつもありがとうございますリリナさん」



 アリッサは持ってきた商品の大半が売れて上機嫌だ。

 それに私の方も初めて見る素材がいくつも手に入りまた色々研究が出来る事が楽しみだった。


 また時間がある時にでもゆっくり研究しよっと。



「今日はこれくらいかな?」


「はい、…あっ、そうそう」



 アリッサは荷物を片付けながら何かを思い出したように語り出す。

 唇に人差し指を当て、秘密、と言わんばかりのポーズを取る彼女は何というか…アレだ。



「沢山買っていただいたお礼…という程の事でもないのですが1つ情報を…」



 だがそのポーズとは裏腹に語られた内容は少しだけ物騒なものであった。


 どうも軍の人間に行方不明者が出ているという話だ。コビという人物とその部下数名で、数日前から誰も彼らの姿を見ていないという。

 もちろんすぐに捜索は行われたのだがその行方はようとして知れず、もう少ししたら大掛かりな捜索が始まるだろうとの事だった。


 コビ…? あれ? どこかで聞いた事があるような…?



「ふーん…で、そのコビって人がなにかしたの?

 もちろん行方不明なのは問題だと思うけどそれだけって訳でもないんでしょ?」


「はい、実は彼らが行方不明になるのと同時期に軍の金庫から無くなった物があるそうです。

 それが何なのかまでは分かりませんが軍の対応から見てかなり危険な物なのでは、という憶測が飛び交っていますね」



 通常こういった情報が洩れる事はないのだが今回は少し叩いただけで簡単に出て来たとの事。

 それだけ状況が切羽詰まっているという可能性もあるので気を付けた方が良いだろうという話だった。



 なんだか嫌な感じだな…。


 アリッサからの情報は私の心に言い知れない不安を生んだ。

 自分や家族の事以外であれば大抵の事には興味を持たないが、その話はどこか不穏でありそれは前に発生した魔物騒動の時に感じたものと似ているように思えた。


 また…あんな事が起きるのかな…。

 怖いけど無視は出来ない、兄さんの事だからまた無理をしそうだしね。


 あの時も兄さんは何度か魔物の脅威に晒されていた。

 死んでいてもおかしくない状況だったしたまたま運が良かっただけとも言えるだろう…だから。



「アリッサ、追加で頼みたい物があるんだけど良いかな?」




 ―――――――――――――――――――――――




 兄さんが出発してから2日が経った。

 最初は居ない事でせいせいとした気持ちになっていたのだが、いざ居なくなってしまうと多少の寂しさを感じるようにもなってきた。…ただ。


 まあそれは良いんだけどさ…ご飯用意するのめんどくさいなーこれ…。


 問題なのは寂しさよりもやはり家事だ。

 お風呂だけは入りたいので用意するが、掃除や洗濯なんかは全て兄さんにやってもらっていた為だんだんとゴミや汚れ物が溜まってきていた。


 そして一番の問題がご飯だ。

 昨日の分までは作り置きの物でなんとかごまかして来たのだが、この季節だとまだまだ作り置きは長持ちしない事もあり今日からの分は自分でなんとかしないといけない。

 出来合いの物を買いに行くという手もあるのだが、その手の露店は街の入口付近…多くの人で賑わっている場所という事もあってあまり近づきたくはないし、何より自分で作るのよりもよっぽど面倒くさかった。



「…まあ、食べちゃえばどれも大差ないよね」



 料理…と呼べる程の事は出来ないしやらないが、食材を切って炒めたり煮たりする程度の事なら私でも出来るので買い置きの食材を使って適当な物を作る。

 味に関してはもう諦めるよりないだろう、塩を使って適当な味付けをするだけでも一応食べられるものにはなるし私としてはこれでも十分だった。


 まあ兄さんの料理とどっちが良いかと聞かれたら当然兄さんの料理の方が良いけどさ。


 やる気は無いが掃除や洗濯だって同じだ。

 自分で出来ないという訳ではないが、兄さんの方が上手いし何より自分でやるのは面倒くさいので全部押し付けてしまっている。

 最初は肌着類まで洗ってもらう事に若干の抵抗はあったが、すぐに慣れたし余程の事が無い限りは自分でやろうという気にはならなかった。



 これから先の生活がどうなるかは分からない。

 もし兄さんが結婚するような事になれば相手次第では面倒を見て貰うのは難しくなるだろうし、いよいよ独り立ちしないといけなくなるかもしれない。

 だが、こうして怠惰な生活が続けられるうちは兄さんに甘えていたいなと思っている。

 



 ―――――――――――――――――――――――




 さらに2日が経ち、兄さんが出発してから4日が経過した。


 その間これと言って大きな出来事は…1つだけあったな。

 初めて見る二人組の女性冒険者が訪れたのだが、片方がちょっと怖い感じの人で対応に難儀したものだ。


 そして…そろそろやばいかなーと思う程に汚れ物も溜まって来ており、兄さんが明日帰って来ないようだったらさすがに自分でどうにかしようかと思っている。


 毎食同じような味気ない物を食べるのもいい加減飽きたし、一人の時間も十二分に満喫する事が出来た。


 …だから。




「早く帰って来ないかな…」




 ―――――――――――――――――――――――

 ララ




「ただいま」



 閉店には少し早いが昼を大分回ったころ自宅に到着する。


 4日ぶりになるのかな? まだ住み始めてから数ヶ月でしかないがすっかり馴染んだ店の扉を開けて中に入る。

 店内の様子は当たり前だが特に変わっておらず、掃除していなかっただろう多少の汚れが目についたものの精々その程度だ。


 さて、リリナはちゃんとやっていたかな?


 見える範囲には居ないが商品でも取りに行っているのだろうか? ちゃんとお店を開けているのはえらいが準備は開店前に済ませるように言うべきかもしれないな。


 …まあ、今回は何日も任せちゃったし頑張っているみたいだからやめておくか。



「…兄さん?」



 店の奥から聞こえた声に顔を向けると、商品を持つ見慣れたリリナの姿があった。

 いや、なんだろう? 特別何と言う訳ではないのだがいつもと雰囲気が少し違うような? 以前に確か…そう、僕たちが故郷を出る時にも同じような表情を見た気がする。



「ああ、リリナ、ただいま」


「おかえり、兄さん」



 ……ん?



「どうかしたのか?」



 商品を置いたリリナがすぐ傍まで近づいて来たのだがそこから先の動きがなかった。

 嬉しそうな顔をしているように見える、だから何か用事があるのかとも思ったが何も言わないのでそういう訳でも無いのだろうか?



「え? …別に何もないよ。

 ああ、洗濯物溜まってるからお願いしたいな」



 なるほど、そういう事か。

 洗濯物や掃除が何日分も溜まっているから僕が帰って来て嬉しかったのだろう。


 まったく、僕も帰って来たばかりで疲れているって言うのにこいつは…まあ今回は急に店番を任せちゃったし大目にみてやるか。




 ―――――――――――――――――――――――




「ふーん、そんな事があったんだ」



 溜まっていた洗い物や掃除を済ませ、少し遅めの夕食をとりながら今回の仕事の内容、そして起こってしまった事件を一通り話した。

 リリナに話すような内容か? とも思ったが、カレンさんだけではなくロメットさんも今後はここに来ることがあるだろう。

 協力してもらう事もあるかもしれないし特に秘密にする理由も無かったので、先に説明しておいたほうが良いだろうと判断して話すことにしたのだ。



 …いつも通りだな。


 先ほどは雰囲気が違って見えたのだが今はいつも通りの怠惰で無気力なリリナに戻っている。

 僕の話にも適度な相槌を打ちつつちゃんと聞いてはいるようなのだが、あまり関係が無いという事もあってかそれほど興味を示している様子はなかった。



「これからどうなるかは分からないけれど何かあったら協力してくれよ?」


「ま、出来る事は協力するよ、何かあったら言ってね」



 ふぅ…まあ良いか、基本的には僕が頑張らないといけない事なんだし。





「ああそうだ、リリナにお土産があったんだ」



 話のついでと言う訳でもないのだが、リリナに渡そうと思っていた物があった。



「え、なになに?」


「…はぁ、お土産って聞いた途端に興味を示すのはどうなんだ?」



 リリナへのお土産は凍結草だ。

 新芽を乾燥させた物で長くはもたないのだが、余った物はどうせ処分すると言う話だったのでそれならばという事で譲り受けた。

 ロメットさんは普通に抽出を行っていただけだがもしかしたら…という考えもあってリリナに一度見て貰おうと思ったのだ。



「へー、凍結草か、確かに見た事は無いものだけど…私にって事はそういう事?」


「ああ、頼めるか?」


「もちろん! こんな面白そうなのやらない訳がないでしょ♪」



 どうやらこのお土産はお気に召したようだ。


 リリナは上機嫌になってうずうずしておりおそらく夕食や風呂を済ませたらすぐにでも研究に入るだろう。

 だが…そんなリリナを見て少しだけ気になる事もあった。



 リリナはいつまでこの生活を続けるつもりなのだろうか? という事だ。



 家族なのだから一緒に生活する事は構わないし僕自身も別に嫌な訳ではない。

 リリナはまだ成人していないので、僕か、もしくは両親と一緒に生活をするのが普通だし、一人にするにはまだまだ心配な事が多いのは確かだ。


 だがリリナの成人まで残り数か月程度なのだ。

 もちろん成人したからと言ってすぐに独り立ちしろとまで言うつもりはないのだが、いつまでも僕と一緒に居る事はきっとリリナの為にもならないだろう。


 冬が終わる頃にリリナは15歳の誕生日を迎える。

 急ぐ必要は無いかもしれないが、これから先に事についても少しずつ話していければなと思う。




 ―――――――――――――――――――――――

 余談




「リリナ、それ…何なんだ?」



 仕事から帰って来た数日後、いつも通りにお店を開けていたのだがリリナが使っているスペースから…なんだろう?

 冷気とでも呼ぶしかないような白い靄のような物が流れて来たのだ。


 そろそろ秋も本番と呼べるようになってきたので涼をとるための魔法というのは考えにくいしそもそもリリナの魔力とは波長が違う。



「これ? あれだよ、凍結草からとれたやつ」



 リリナの話ではどうやら凍結草を段階抽出、その3段階目から抽出した物との事だ。


 ロメットさんが言っていた通り2段階目からは何もとれなかったのだが、なんとなく出来るんじゃないかな? と思ってリリナに頼んだ3段階目からは予想通り薬液の抽出が出来たようだ。

 自分でやってみても良かったのだが素材も少なく失敗の可能性もあったので、リリナに任せた方が確実だと思い頼んだのだが…。



「これすごいね…氷石とは比べものにならないくらい強い冷気を出し続けてるよ」



 そこからとれた薬液はかなり変わった性質をもっており、抽出段階では液体なのだがすぐに結晶状の塊へと変化したらしい。

 これの用途についてはまだ研究段階との事だが今後の成果次第ではなかなかに面白い事になりそうだとの話だった。



「確かに面白いな…何かに使えそうだったら教えてくれよ」


「うん、任せてよ♪」



 リリナに任せておけばきっと良い成果を出してくれる事だろう。

 何せあいつはとても優秀な…ナマケモノなのだから。

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