第16話 研究馬鹿に出来る事
会議の翌日、僕は魔核が発見された山に向かっていた。
一緒に来ているのはリリナ、クリフ、ガーネリフ隊長、レオーネさん、
後は本隊の60名と生き残った魔導士の2名だ。
コビ分隊長は昨日の失態があった為本部待機になったらしい。
僕は昨日の会議で魔核の魔力を抜けるかもしれないのでやらせて貰えないかと提案した。
最初は何を馬鹿なと言われたが、クリフがシアさんの治療をした時の事を話してくれたおかげで許可をもらう事が出来た。
「兄さん、またいつもの悪い癖が出てるよ」
おっと…顔に出てたみたいだな。
不謹慎に思われるだろうが僕はワクワクしていた。
魔核の対処という目的も忘れていないし危険な仕事である事も分かっている。
リリナの言う通り悪い癖なのだろう。
だが、それでも未知への興味を抑えることは出来なかった。
「魔物だ!魔物が居たぞー!」
少し離れた位置から魔物発見の報告が上がった。
そちらを確認してみると確かに居た、先日森で追いかけられた狼型の魔物だ。
昨日の猪型のものよりはましだが僕にとってはやはり脅威的な存在だ。
こんな森の中で襲われようものなら10秒と経たずに殺されてしまう事だろう。
だが今日は襲って来る事は無い。
予想していた通りこちらの人数を確認した魔物はすぐに引いて行った。
「やはり引いたか…これだけの戦術を執れるとなると魔物に対する認識を変えないといかんな」
そこも気になる所なんだよな…人間と同等以上の戦術を執れるという事は分かった。
だがそうなると指揮官が必ず居るはずだ。
これまで見た魔物の中にはそれっぽいのは居なかったがどんなやつがどうやって指揮を執っているのだろうか?
そこから先に居た魔物も全て同じ反応だった。
こちらの人数を確認するとすぐに引いて行くので結局一度も戦闘することは無かった。
そしてしばらく歩くと魔核が見えて来た。
魔核を見て最初に抱いた感想は魔物に似ている、だった。
魔物を生み出している元凶なのだから当たり前だと言われたらそれまでだが構造が魔物のそれとまったく同じに見えたのだ。
「これが魔核ですか?目立ちはしますが一見するとただの黒い岩にしか見えませんね」
「見た目はな、だがこの岩に長く触れるとどのような生き物であっても魔物に変異してしまうと言われている。
皆も注意して守りについてくれ」
軍の人達は僕の調査の為警護につくとのこと。
魔物側からしたら手を出す意味がないので襲撃は無いと思われるが念の為だそうだ。
「で、どうなんだ?出来そうな感じか?」
「うん、詳しく調べてみないと確かな事は言えないけれどあれが魔物と同じ物なのだとしたらいけると思う」
「そうか、お前がそう言うんなら大丈夫だな。それじゃ頼んだぜ、ララ!」
「うん、任せておいてよ」
クリフの激励に答え僕はさっそく調査に入る事にした…が、
「兄さん、お願いだから落ち着いてやってね」
リリナからたしなめるような声がかかった。
「どうした?心配してくれるのか?」
「いや、まあ…心配ってのもあるんだけどそうじゃなくてさ…」
「大丈夫だって、危ない事はしないしちゃんと落ち着いて調査するから」
リリナはまだ何か言いたげだったがあまり無駄な時間を過ごすのも迷惑だろう。
僕は両手に魔力抵抗板と同じ素材で出来たグローブをはめてから改めて魔核の調査を開始した。
やっぱりこの表面の岩みたいな部分は魔法で出来ているものだな…でもなんだか柔らかいなこれ。
この部分で魔物への変異をさせるのだろうか?…となるとこの部分にもなんらかの回路が組まれているはずだが…
グローブ越しでもなんかぶよぶよしてるのが分かる、ブドウみたいな弾力だな。
ちょっと削ってみるか…おお、ナイフでも簡単に切り取れるな…あ、でもやっぱすぐに消えちゃうのか。おっと、切り取った部分がすぐに再生してるな。なるほどな…こういった構造か…周囲から魔力を吸収してるみたいだなこれ。多分この周りのぶよぶよしてる部分で魔物に魔力を分け与えたりしてるんだろう。肝心の中心部分はどうかな?これは…ここまで綺麗な回路が自然に出来るとは驚きだ。これなら魔力の貯蔵も出来るな。そしてこの中心部分、やっぱり魔力そのものっぽく見えるな。それにしても…魔力の量が相当な物だな。これだけ溜め込む事が出来るってのもすごいがやはり魔物の生成には大量の魔力を消費するみたいだな。これって中心部と周囲の部分の繋がりはあまりないな。周囲の部分は中心部の魔力で後から作られた物っぽい。効率良く魔力を集めて魔物を作る。中心部が意思を持ってそういった回路を組んだかのように見える。物理的に破壊する事も可能に見えるけど…多分暴走するなこれは。破壊出来ないものなのかと疑問だったがこれなら分かる。純粋に魔力だけを抜かないと拡散したこの黒い魔力が別の場所で形になるかもな。魔法で破壊しようとしてもこの黒い部分に魔力を吸収されるだけで終わりそうだし。そもそもこの黒い魔力はなんなんだろうな?魔力が属性を持つことはあるがこんな黒い色をしたものは見た事が無い。ミリアさんの言っていて悪意ってやつか?でも悪意の属性なんて聞いたことが……………………………………
「な、なあ、ララの様子なんか変じゃないか?」
「大丈夫、問題あるから」
「あるのか…」
ここで終わり…か…持ち帰ってもっと調べてみたいがさすがに危なすぎるし許可も下りないだろう。
しょうがないしそろそろ対処に移るか。
全体の回路や構造を見て分かった事なのだがこの魔核、自然に出来た物だけあって無駄な部分が一切無い。
安全を取ったり脆い部分を補強したりがなされていない為外部から手を加えるのが容易に出来てしまう構造をしていた。
つまり…回路を避けて魔力が流れているこの部分に穴を開けると…簡単に魔力が抜けてしまうわけだ。
1箇所だけだと時間がかかるので全部で10箇所くらいに穴を開けてやるともの凄い勢いで魔力が抜けていくのが見えた。
当初に考えていた方法とは違ったがそれよりも容易に対処出来たので問題は無いだろう。
「うまくいったみたいだね」
「そうなのか?俺にはよく分かんねーな」
そのまましばらく放置していると徐々に魔核が小さくなっていく。
「これは、魔核が…縮んでいるのか?」
「ララ、どうなのだ?魔核への対処はうまくいっているのか?」
「はい、もう少し時間は掛かりますが後は待つだけで自然に消滅するでしょう」
「そう…か、良くやってくれた!
正直期待はしていなかったが『真実の木』以外でこうも簡単に魔核を消すことが出来るとはな…。
これは上層部に報告して魔核への対処を見直す必要があるな」
僕の方こそ貴重な体験をありがとうございます。と言いたい所だが調査を楽しんでやっていたと思われるかもしれないのでさすがに言えなかった。
その後10分くらいで魔核の魔力は抜けきった。
魔法で構成されていた物だからな、これで完全に消滅したは…ず…?あれ?なんか残っているな。
消滅した魔核があった場所に何やら小さな石ころの様な物が落ちているのに気付いた。
拾い上げてみるとそれは紫色をした小さな石?だった。
何だろうこれ?魔力は感じるけれど…魔核みたいな嫌な感じが全然しない。
「どうした?何かあったのか?」
「あ、ガーネリフ隊長、いえ、魔核の有った場所にこんな物が落ちていました」
危険は無さそうだったのでそのままガーネリフ隊長に手渡す。
ガーネリフ隊長は受け取った小石のような物をしばらくながめていたが、
「…私では分からんな、珍しい色をしているがただの石のようにしか見えん。
一応持ち帰って…あいつらに渡すのも癪だな…よし、これはお前にやろう」
「えっ?良いのですか?」
「ああ、元々は封印する予定だったものだからな。
それにお前ならそれを詳しく調べられるんじゃないか?危険な物だった場合に報告を貰えればそれで構わん」
そう言って小石を僕に返してくれた。
魔核程ではないがやはり興味があったので嬉しい。
…だが本当に貰って良かったのだろうか?まあ黙っていれば平気かな?
―――――――――――――――――――――――
「魔核の消滅が確認出来た為これより撤収する」
ガーネリフ隊長の号令で僕たちは村に戻る事となった。
魔物はまだ残っているのだがそれらの討伐は明日以降に隊員全員で行う事になっており今日はこのまま帰るらしい。
「やっぱお前すげえよな、あんなわけの分かんない物までなんとかしちまうなんてよ」
「いや、今回はたまたま得意分野だっただけだよ。
僕は戦ったりはまったく出来ないからね、こういう事でしか役に立てないんだから出来る事はやらないとね」
「兄さんはそれで良いよ、そうやって頑張ってる兄さんが私は一番好きだし。
…で・も!調べたいのは分かるけど落ち着いてやれって言ったよね!」
「いやだから落ち着いて慎重に調べていただろ?」
「…はぁ…自覚なしか。
こういうのも研究馬鹿は死ななきゃ治らないって言うのかな…?」
リリナはなんだかご立腹のようだったがこれでようやく平穏な生活を取り戻せるのだろうか?
まあ家が壊れちゃったのをどうにかしないと現状住む所が無いわけだが…
そこは帰ってから考えるかな、今は疲れたし早く帰って休…ゾクッッ!!
急に尋常ではない悪寒が走って思わず振り返った。
何も…いない…?
振り返った先にはこれと言った物は無かったし居なかった…が、
「兄さん!空…魔力が…」
リリナの言葉で空を見上げてみるとそれはあった…いや、居たと言うべきなのだろうか?
魔核から抜けた魔力が空に溜まっているのが見えた。
徐々に霧散していてもうほとんど消えかけの状態だったが、それでもこちらを捉えるように近づいてきているようだった。
あれは…魔核の魔力か?まるで意思を持っているみたいだがもう消えそうに見えるな。
これなら問題は無いか、と思った時にそれは聞こえて来た。
〈ゆ…さ………か……ず………て…る〉
それは声と言うにはやけに頭に響いて聞こえた。
まるで頭の中で直接声を出されているようで酷く不快なものだった。
〈お前だけは許さん…必ず殺してやる〉
空に溜まっていた魔力はその言葉を残して消えた。
魔力溜まりが消えた瞬間に先ほどから感じていた悪寒も完全に消え去り、後には変哲のない空が広がっているだけだった。
「…リリナ、今の聞こえたか?」
「聞こえたって…何が…?」
あの〈声〉が聞こえたのは僕だけか?
「お前らどうかしたのか?急に振り返ってたけどまた魔物でも出たのか?」
「いや、なんでも無いよ、ちょっと山の様子が気になっただけさ」
「そっか、それよりもさっさと帰って飯にしようぜ、もう昼も過ぎてるだろうし腹減っちまったよ」
「そうだね、僕もお腹すいたよ」
気のせい、という事はないだろう。
だが今気にしていてもどうしようも出来ないしな。
周りを不安にさせる必要もないのでさっきの事は僕の中だけでしまっておくことにした。
「…兄さん…?」
―――――――――――――――――――――――
魔核の処理をしてから数日、軍の人達は毎日森へ入っていた。
増えることは無くなったが残った魔物を放置するわけにもいかないので、森と山、そしてその周辺に潜んでいるであろう魔物の残党を駆除するとの事だ。
もちろんどれだけ増えているかは未知数なので完璧にとはいかないだろうが村の周辺から居なくなってくれれば問題無いだろう。
それに多分だが魔核から生み出されたやつは魔核が無くなると自然消滅すると思われる。
あんなに魔力が漏れている状態だと魔力切れで体を保てなくなるはずだ。
村にもたらされた被害は大きかったがこれでようやく魔物の騒動は落ち着きそうだ。
だが、僕とリリナにとっての問題はまだ残っていた。
「それで、これからどうするんだ?」
「どうしようかねー…」
僕とリリナは未だに軍のテントでお世話になっていた。
障壁で守っていたとは言ってもそれは一部だけの話だ。
10体以上の魔物が暴れた事によって僕の店はもう修理とか言うレベルの状態ではなくなっているのだ。
大事な物は回収してあるがあそこに住むのはもう無理だろう。
今日は心配したハンスが様子を見に来てくれたのだが正直これと言った手立てがあるわけでも無い。
軍の人達がここを引き払う前になんとか住む場所を見つけないといけないのだが…。
「軍のやつらの失敗で店が壊れたんだろ?なら軍の責任で店を建てて貰えないのか?」
「あー…それは無理っぽいよ。ここに来た時にもちょっと聞いてみたんだけど店の事は諦めてくれって言われたし」
「まじか…うちの親に話してなんとか1部屋用意して貰うように頼むか?」
「いや…それは…」
ハンスの申し出はありがたい、だが再建の見込みが無い状態でいつまでも世話になるわけにもいかないだろう。
今まででさえかなりお世話になっていたのだ。
これ以上迷惑をかけるとご近所としての厚意の範疇で済まなくなりそうだ。
なんとか住む場所さえ見つけられれば…。
「お、ここに居たのかララ、探したぞ」
悩んでいた僕に声をかけてきたのはレオーネさんだ。
レオンリバーからの戻りだったのか任務中のような鎧姿では無かった。
髪を下ろして上品な服装をしているレオーネさんはどこかの貴族かと思うほどに綺麗だった。
「あ、レオーネさん、今日はいつもとは違う服装なんですね」
「ん?ああ、さすがに鎧姿で馬車に乗っていると疲れるからな…どこか変だろうか?」
「いえ、とても綺麗だと思いますよ。下ろした髪もその服装もとても似合っていますし」
「ん、そ、そうか、まあ礼は言っておこう」
照れているのか顔を赤くしているレオーネさんは綺麗なだけじゃなくて可愛らしくもあった。
もしかしたら本人の知らないところでけっこうモテてるんじゃないかな?
「それでレオーネさん、僕に何か用事でもあったのですか?」
「あ、ああそうだ。ん?そっちのやつはお前の知り合いか?」
っと、ハンスの事に気付いてまた話題が逸れてしまった。
「はい、僕の友人でハンスって言います」
「あ、初めまして、ハンスです。この村では農業を営んでいます」
「そうか、私はレオーネ、領主の軍の者だが今回は分隊長として任務に当たっている、よろしく頼む」
「分隊長さん…ですか?あのお願いがあるのですが、ララの店の事なんとかしてやる事は出来ませんか?」
ハンスは最初レオーネさんに見惚れているだけだったが分隊長という言葉を聞いてレオーネさんに僕の店の事を掛け合ってくれた。
だが、レオーネさんからは意外な提案が返ってきた。
「ああ、すまない、今その事についてララに話があって来たところだったんだ。
ララ、お前レオンリバーの街に来る気は無いか?」
「レオンリバーの街にですか…?
それはつまり街に住む場所を用意して頂けるという事でしょうか?」
「そういう事だ。
今回のような災害があった場合通常は被害が補填されることはない。
だが先日のお前の功績を考慮してガーネリフ隊長が領主に掛け合ってくれたのだ。
残念ながら新しく店を建てて貰う事は叶わなかったがレオンリバーにある空き家を提供する事なら可能だという話だ。
お前さえ良ければすぐにでも手配するがどうだろうか?」
「街に…家を…」
この提案は受けるしかないだろう。
住む場所を用意して貰えるというだけでもありがたいのにその先がレオンリバーの街なのだ。
ミルス村に住むようになる前に一度レオンリバーの街で住める場所を探した事もあったのだがその時は元手が無くて諦めたのだ。
それがタダで貰えると言うのだ、これを断る理由は無いのだが…。
「良いんじゃないか?お前と遊べなくなるのは寂しいがレオンリバーなら会える機会も多いしさ。
村に店が無くなるのは不便かもしれないが元々3年前には無かったわけだし皆もどうにかするだろうよ」
僕が気に掛かっていた事を的確に指摘してくれるあたりはさすがハンスだなと思った。
まあ、そもそも住む場所が無い現状では断るっていう選択は出来ないんだけどね…。
「ではお願い出来ますか、最低限の生活が出来ればどんな場所でも大丈夫なので」
「うむ、了解した。
まあそこまで心配するな、領主の紹介なのだからそこまで変な場所という事もあるまい。
すぐに使いの者を行かせるが多少準備に時間が掛かるようでな、3日後に領主の館へ行ってくれ」
「分かりました、ありがとうございます」
話が終わった後レオーネさんは「ではな」と言って去って行った。
忙しそうにしているがこれからまだ仕事があるのかもしれない。
「3日後か…この村も寂しくなっちまうな、街に出る時には遊びに行くから住む場所が分かったら教えてくれよ」
「もちろん、すぐに連絡するからいつでも来てよ」
「あ、そういえばリリナちゃんはどうするんだ?一緒に連れて行くのか?」
「うん、一応これから聞いてみるつもり。
リリナが望まないようだったら実家に帰ってもらう事になるだろうね」
「そっか、まあリリナちゃんならお前について行くと思うがな」
どうかな…?あいつ意外と寂しがり屋だからこの機会に両親の所に帰るとか言い出すんじゃなかろうか?
もしそうなったら機会を見つけて港町まで送ってやらないとな…あいつ一人で行かせるのはさすがに心配だし。
リリナが一緒に来るかどうかはまだ分からない。
だがこれからは街で生活していくことになるのだ、きっと今までのようなのんびりした生活とは変わってしまう事だろう。
村での経験から店舗経営のノウハウはあるがおそらく同じようにはいかないだろうし不安な事も多い。
だがそれ以上に村では経験出来ない刺激的な生活への期待もまた大きかった。
1章終わり。
次からは街での話になり登場人物も増えていく予定です。




