第九十七話 第一世界『ケテル』のセフィラ――魔王
なんか燃えてた。
魔王との再会を喜ぶ間もなかった。
「誰だよ、俺たちの愛を邪魔したのは!」
ちょっと怒っていた俺は、その相手を探る。
この場にはもともと俺、ニト、ミナ、そして酒呑童子とかいう監視がいたわけだが、一気に人数が増えていた。
魔王、織田信長、豊臣秀吉、それから徳川家康に烏天狗……と、もう一つ。
不思議な気配を漂わせる『人形』があった。
「ノ、ノ、ノブナ、ガ」
無機質な音を響かせながら、カタカタと震えている。
よく分からんけど、こいつのせいで本能寺は燃えたようだ。
「っ……あいつは、なんかやべぇな」
織田信長は人形を見て冷や汗を流している。
顔面蒼白だった。俺からすれば少し変かな、くらいだが織田信長はより異様な何かを感じているらしい。
さて、この場はどうするべきか。
「んー……ゆうしゃぁ?」
と、ここで寝ていたミナが目を覚ました。
寝起き眼をくしくしとこすりながら、燃えている建物をぼんやりと眺めている。
流石に起きてしまったみたいだ。
まぁ、隣で酔いつぶれているニトは未だに起きないけど。
「二人が危ないな」
抱き合っていた魔王も、ミナとニトの身が危ないと判断している。
現在、建物が炎上しているのだから当然だ。俺や魔王なら建物が倒壊しようと炎に包まれようとどうにでもなるだろうが、この二人には危険である。
「勇者よ、ミナとニトを外へと連れ出すのだ」
だから魔王は俺に指示を出す。
この二人を安全な外に連れ出せと言っていた。
「……そうだな。分かった」
また魔王から離れるのは心苦しいが、こればっかりはしょうがない。
「頼んだぞ」
それだけを魔王に言って、俺は二人を抱えた。
「どうしたの?」
ミナはまだ寝ぼけているのか状況を理解していないらしく、首を傾げている。
俺にもよく分からないので、説明は省くことに。
「とにかく、掴まってろよ」
「分かったっ」
ミナは素直に頷いて俺にぎゅっと掴まった。
反対側の腕にいるニトは熟睡しているので落とさないように気を付けないと。
寝ながらも酒瓶を手放さないところがニトらしかった。
「魔王! すぐに戻るっ」
「うむ。ゆっくり行ってこい」
ひらひらと手を振る魔王に背を向ける。
「えー? 逃がすと思ってんのー? 子猫ちゃんは置いてけよ☆」
しかし、俺の行く手を阻むように酒呑童子が出てきた。
邪魔だが、別に俺が戦う必要はない。
「勇者の道を阻むなよ、雑魚が」
魔王が、ここにはいるのだから。
「【闇よ、蹴散らせ】」
瞬間、魔王からどす黒い闇が放たれる。
酒呑童子へと勢いよく襲いかかっていた。
「……あり?」
彼女は迎撃するように拳を放っていたが、闇に形はない。
物理攻撃はすり抜けて、逆に酒呑童子へと一撃を浴びせた。
「ぐ、げっ……!?」
闇による一撃は酒呑童子を吹き飛ばす。
障子ごと、彼女は隣の部屋に消えていった。
うん、やっぱり魔王は頼りがいのあるやつだ。
「行け、勇者」
頷いて、走る。
背後で戦闘が始まる気配を感じたが、俺はもう振り返らなかった。
「織田信長。貴様は因縁の相手とケリをつけるがいい……我は残りの雑魚を相手してやる」
勇者が離脱したところを確認した魔王は、織田信長に言葉をかけた。
「ああ……狸はおれがやるぜ」
織田信長も頷いていたが、先程から顔色が優れなかった。
「信長様? 大丈夫っすか?」
「……問題ねぇよ」
豊臣秀吉が不安そうにしているが、織田信長は気丈を振る舞っている。
「あいつらは任せたぜ」
「うむ」
織田信長の言う『あいつら』とは、敵の酒呑童子と烏天狗である。
酒呑童子は先程吹き飛ばした。
が、烏天狗の姿がいつの間にか見えなくなっていた。
「…………」
魔王は意識を集中させて、周囲の気配を探る。
そして、彼女は見つけた。
「鳥よ、隠れているつもりか?」
おもむろに彼女は、背後へと闇を放つ。
何もないように見えるその場所には、しかし烏天狗がいたようで。
「ぐっ……」
酒呑童子と同様に、烏天狗も魔王によって吹き飛ばされることになった。
「貴様らの邪魔にならないよう、我は別の場所で戦う」
織田信長にそう言って、魔王は酒呑童子と烏天狗が吹き飛んだ方向へ転移する。
二人は隣の部屋のずっと奥……庭園のような場所でよろよろと立ち上がっていた。
「ちょ、浮気? あーしだけで良くない?」
「貴様一人で我と戦えるとでも思ってるのか? 面白い冗談だ」
蠢く闇を纏う魔王は、決して勇者には見せない残虐な笑顔を浮かべていた。
「我を誰だと思っている? 第一世界『ケテル』のセフィラ――魔王なのだぞ?」
愛らしい見た目に反して、発する殺気は禍々しい。
酒呑童子と烏天狗は、即座に臨戦態勢をとった。
「……あんたは可愛くないなー」
「我を可愛いと言ってくれる相手は一人だけで良い。貴様の評価は不要だ」
不敵に笑う魔王から、二人は目を離さない。
いや、離せない。
それくらい、魔王を警戒していたのだ。
対して、魔王は余裕を崩さない。
「この闇の正体はな、『魔王』だ」
彼女は唐突に語り出す。
「ケテルのセフィラになった者に引き継がれる力でな、この闇には意思がある」
その時、魔王の纏う闇が大きく蠢いた。
地面にボトリと落ちて、今度は何かを象るように形を整えていく。
そうして魔王の隣は、大柄な魔族の男の形をした闇が現れた。
「どうやら貴様らは、先代の魔王が相手したいようだな」
先代魔王――現幼女魔王の父にあたる、勇者に殺された第五十七代目の魔王だった。
魔王の保有する闇は、疑似的にではあるが歴代魔王を呼び寄せることが出来る。
「二人でも足りん。何せ、貴様らは歴代すべての『魔王』を相手にすることになるのだからな」
規格外の力が、展開されようとしていた。
これこそが第一世界『ケテル』のセフィラ――魔王である……




