第九十八話 勇者の一手
「キィイイイイイイイイイ!!」
人形が甲高い声が発する。
それを前に、織田信長は冷や汗を流していた。
「おい、狸……そいつはなんだ」
「これは『明智光秀』の力を継承した人形じゃ」
「ちっ……人形にも力は宿るのかよ」
「宿るみたいですなぁ。烏天狗が見事に用意してくれましたぞ」
妖怪の扱う妖術で人形の人格を生み、そこに力を継承したということらしい。
「『明智光秀』とは、かつて猛威を振るった君を葬った謀反の典型的存在でしてな……どうじゃ? なかなか、良いものじゃろう」
「……ふざけんなよ、クソがっ」
悪態をつきながらも、織田信長の体調は芳しくない。
明智光秀が継承している力【織田信長殺し】のせいだ。
特定の場所において、織田信長が一定距離内にいる限り、その力を封じることができるというものである。
セフィラとして大きな力を持つ織田信長だが、明智光秀がいては何もできないようだ。
「ちょ、信長様……自分は直接戦闘向きじゃねぇんすよ! しっかりしてくださいっす」
「ああ……分かってる」
織田信長はまともに立っていることも難しいようだ。
ふらふらとよろめいている。形勢は明らかにこちらが悪かった。
「シ、ネェエエエエエ!!」
それでも人形は止まらない。
小さな体で、徳川家康から受け取った刀を振り回している。
これもまた明智光秀の力『織田信長殺し』のおかげだ。
特定の場所において、織田信長が一定距離内にいる間、能力が大きく向上するのである。
この特定の場所というのが『本能寺』という建物である。
明智光秀この空間で織田信長がいた場合、絶対的な力を振るえるのだ。
「っ……!?」
ふらつく織田信長に代わって豊臣秀吉が刀を受けるが、戦闘タイプではないと自称するだけあって動きが鈍い。
「【刀狩り】!」
それでもどうにか、継承した力で人形の武器を奪った。
人形の手から武器が消失する。
「ァアアアアアアアア!!」
だというのに、人形の殺意は鈍らない。
今度は小さな体で機動力を活かしながら豊臣秀吉に迫る。
懐をかい潜り、腹部に体当たりをしかけた。
「――っ」
人形だと言うのに重い一撃に豊臣秀吉は倒れそうになり、刀も放り投げてしまった。
その隙に人形は刀を拾い、再び織田信長を殺しにかかる。
「ノブナガ……シネ」
織田信長を殺すまで、人形はずっと動き続けるだろう。
豊臣秀吉も苦戦していたし、体調の芳しくない織田信長ではそもそも戦いにすらならない。
「ふぉっふぉっふぉ」
後方の徳川家康は、何もせず柔和に笑っていた。
まるで勝利を確信しているかのように。
「ちくしょう……せめて、力が使えたら」
完璧に対策されていた。
徳川家康は、今代にはいなかった『明智光秀』の継承者を、わざわざ用意してまで織田信長を殺そうとしていた。
最初から全て周到に計画されていたのである。
本能寺という建物におびきよせられて、『明智光秀』の力を継承した人形に圧倒されていた。
このままでは負ける。
そう感じて、織田信長が歯を食いしばった――そんな時だった。
「は? 人形が動いてる」
場にそぐわない、気楽な声が響く。
「なんか怖いなぁ……もしかして死霊系か?」
そして、誰よりも冷静に彼は状況を判断していた。
「よっ。なんかたいへんそうだな」
織田信長に声をかけたのは、冴えない顔の青年。
――勇者だった。
「てめぇ……戻って来て大丈夫なのかよ」
勇者はニトとミナを外へ連れ出していた。
二人を見ていなくて大丈夫なのかと、織田信長は問いかける。
「うん。精霊にお願いした」
一方の勇者は、問題ないと笑っていた。
「何かあったら知らせてくれるし、すぐに終わらせることにしたから」
「……終わらせる、だ?」
「ああ。いいかげん、魔王とイチャイチャしたい」
不純な動機だが、戦意はみなぎっているようで。
「ちょっとだけ手助けしてやる」
剣を構えて、人形と相対した。
「コロス……ノブナガァアアアアア!!」
人形は信長の前に出た勇者も殺そうと刀を振り上げる。
「えっと、死霊系なら……」
対する勇者は慌てることなく。
「光の精霊よ、俺に力を貸してくれ」
精霊に働きかけて、『精霊術』を行使する。
「【聖撃】」
刹那、光の属性攻撃が『明智光秀』の力を継承した人形を襲った。
「――――」
人形は光の一撃を受けて、声を上げることもできなくなる。
勇者の分析は正しかったようで、光属性に絶大なダメージを受けていたのだ。
「悪いな。さっさと消えろ」
そんな勇者の言葉と共に、人形から煙のような黒いもやが現れる。
黒いもやはそのまま、空へとまっすぐに消えていくのだった。
力を失った人形が、ポトリと地面に落ちる。
「よし、これなら大丈夫だろ?」
「……ああ」
声をかけられた織田信長は顔色がとても良くなっていた。
明智光秀の力がなくなったので、元の状態に戻ったのだ。
あまりにも呆気なく、勇者は戦局を変えたのである。
人形も弱くはなかったが、勇者があまりにも強すぎた。
「やっぱり、只者じゃねぇな」
「そうでもないよ。俺はただのヒモだし」
のんきに笑う勇者に、織田信長は苦笑する。
彼女は改めて、勇者の異常性を実感してようだ――




