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第九十二話 魔王軍召喚

 勇者失踪。

 その一報は、日を跨がない内に魔王の耳に届いた。


「ちっ……まさかあの狸が直接出てくるとは思わなかった。あの野郎、いつもは絶対に出てこないくせに」


 ここは【幻想遊郭】の一室。

 化け狸のフクさんが構成した結界にて、魔王は歯を食いしばる織田信長と対面していた。


「こればっかりはおれの判断ミスだ。勇者ほどの男なら、捕まるわけがねぇと油断してたぜ」


「…………」


 織田信長の言葉に、魔王は無言を返す。

 勇者と一緒にいる時には見せない、無表情である。


「……本当に徳川家康が連れ去ったのか?」


「ああ。さっき、狸から書状が届いたぜ」


 織田信長が文字と紋が記された魔王に書状を手渡す。『葵紋』と呼ばれる紋は徳川家康のみが押すことのできるもので、これがあると徳川家康直筆であることの証明となるらしい。


「そうか」


 魔王は小さく頷いて、何やら考え込むように口を閉ざした。


 彼女は先程、ようやく仕事から解放されてこの場所に戻ってきた。もう夜も遅くなってきたが、勇者と一緒に寝るくらいはできるだろうとうきうきしていたのだが。


 来て早々、勇者が誘拐されたことを教えられて、彼女は無表情となっている。


 久しぶりの『魔王』としての顔に、対面する織田信長は異様な何かを感じているようだ。冷や汗を流して魔王を凝視している。


 しばらく無言の時間が続いた。

 耳が痛くなるような静寂の後、魔王が重々しい口調で沈黙を破る。


「……誘拐されているにしても、勇者の気配がない。どこにいるか分からないぞ」


 彼女は勇者と結婚するとき、魔王に代々伝わる指輪を渡していた。

 これがあれば、魔王は勇者のことを感じ取れる。


 彼女が知る限り、例外は二つほど。


「違う世界に行ったのか? それとも……死んだのか?」


 世界が異なれば、気配は分からなくなる。あるいは、死んでも同様だ。


 だから最初、魔王は勇者の気配がなくて胸を痛めた。

 違う世界に行っただけならまだいいが、死んでいる可能性もあったので怖くなったのだ。


 だが、その言葉は織田信長によってすぐに否定された。


「いや、勇者はこの世界にいる。気配が感じ取れないのは、あいつが【神隠し】されたからだろ」


「……なに?」


「狸の部下に、烏天狗っていう妖怪がいる。そいつの仕業だ」


 神隠し――烏天狗の用いた妖術である。

 系統的にはフクさんの【幻想遊郭】と同じものだ。


 気配も、存在も、神隠しされると世界から隔絶される。まるで世界から消えたように。


 ただし、本当に消失するわけではない。

 烏天狗が定めた『神域』内でのみ、神隠しの効果は持続する。


 つまり、勇者を見つけ出すには、この神域を見つければ良いのだ。

 魔王たちは知らないが、今回は『本能寺』が神域となっている。


 江戸の町から近い場所にある建物だが、現時点で魔王たちが本能寺を把握することはできない。


「あと、あの狸は人質を殺すなんて短絡的なことはしねぇ……絶対に利用するために、生かしてる」


 徳川家康という人柄を知っている織田信長の言葉は、説得力のある力強さが宿っていた。


「だから、勇者を助けるのに手っ取り早いのは、江戸城に乗り込んで徳川家康から聞きだした方が早いと思うぜ」


 神隠しされている以上、勇者がいる場所を見つけ出すのはほとんど不可能に近かった。

 故に、居場所が特定されている徳川家康のところに殴りこんだ方が、情報は確実に手に入る。


 徳川家康が根城にしているのは、この世界で一番大きな建物――『江戸城』だ。


「今回ばかりはおれが全面的に悪い。後でいくらでも詫びる……でも、今はどうか協力して、一緒に徳川家康を殺してくれないか?」


 勇者を助けるために、徳川家康を倒す。

 当初の目的通り、協力してほしいと織田信長は頭を下げた。


 彼女は無表情の魔王が怒っていると思っていたのだ。


 だが、それは勘違いである。


「…………くくっ」


 不意に、含んだような笑い声が響く。

 重苦しい場にそぐわない、嬉しそうな笑顔が魔王の顔に浮かんでいた。


「フハハハハハ! 勇者は同じ世界にいるのだなっ。死んでないなら、問題無しだ!」


 魔王が怖いのは勇者が死ぬことだけだ。

 生きてさえいれば、どこに行こうと探し出すし、見つけ出す。


 それに、もう一つ。

 魔王には嬉しいことがあった。


「まったく、勇者は本当に愛しいやつだ……あやつなら逃げようと思えばいくらでも逃げられただろう。でも、我が怪我してほしくないと言ったから、あえて捕まった。どうせ我が助けるからと、我を信頼したのだ……これはなかなか、嬉しいものだぞっ」


 彼女は勇者を理解している。

 恐らくは勇者以上に、勇者のことを分かっている。


 言わずとも、彼の考えは読み取れるのだ。

 気持ちは痛いほどに伝わっている。


 後は、その気持ちに応えるだけ。


「待ってるのだぞ、勇者……我がすぐに助け出してやるからな」


 小さくそう呟いて、彼女は立ち上がる。


「そして、我の勇者に手を出した輩には、恐怖を刻み込んでやろう」


 好戦的な笑顔で、彼女は力を行使した。


「【召喚】」


 魔王の力によって、彼女は必要と思うだけの魔王軍を呼び寄せた。


 四天王からは、スケさんが召喚に応じた。タマモは同じ世界にいるので後で連れて行くとして、残る二人は魔界の維持であえて置いてきた。

 加えて、五帝は全員。

 更に六魔侯爵から、武闘派のデビル、シロが召喚されていた。


 全てではないが、魔王軍が誇る精鋭が揃う。


「さて……久々の、戦争だ」


 その言葉に、周囲の魔王軍一同は跪く。

 今の彼女は、勇者に焦がれる乙女ではない。


 血と闘争の溢れる魔界を統べる、王だ。

 自然と跪きたくなる威圧感が場を圧迫する。


「頼もしいぜ……」


 そんな魔王に、織田信長も武者震いしていた。


 もう準備は整った。


 これより、魔族含む織田信長勢力と徳川家康勢力の戦争が、始まる――

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