第八十八話 お花見
ホドの街並みを、ニトとミナと一緒に歩く。
平べったい建物の多いこの世界は遠くまで見渡すことができた。
少し先には城のような建物や、塔のような建物が見える。あそこは重要な拠点なのだろう。
もしかしたら、攻め入るのはあの場所かもしれないな。
「勇者っ。おててつないでもいい?」
歩いていると、ミナが隣からくっついてきた。知らない世界なので不安がっているのだろうか。
「もちろん」
小さな手を握ると、彼女は安心したようにふにゃりと笑った。
魔王よりも幼い彼女の笑顔はとてもあどけない。こう、性的というよりは保護欲をくすぐられるようなイメージだ。
「ふわぁ……知らないもの、いっぱいなの」
ミナはもともと好奇心旺盛である。俺と手をつないだことで安堵したのか、今度は周囲を観察し始めた。
ホドを行き交う人々や、建物やらに興味津々である。
「ねぇねぇ、勇者っ。ミナ、このお洋服にあってる?」
ふと、彼女は俺にそんなことを聞いてきた。
彼女は現在、フクさんからもらった浴衣を着ている。あまり目立たないように、とのことだ。もちろんニトも同じような恰好なのだが、あいつは「ポリシー」とか言って頭のベールは脱ごうとしなかった。
ちょっとおかしく見えるが、ニトを説き伏せるのは不可能なのでそのままにしてある。
「可愛い?」
普段のミナは衣服に興味がないようで、いつもよれよれの洋服を着用していた。周囲の人々を見て、自分がどう視えるのか気になっているのかもしれない。
「可愛いよ。なんなら今すぐ誘拐したいくらいだ」
「そうなの? 勇者になら、誘拐されてもいいよっ」
褒めてあげると、嬉しそうに破顔して擦り寄ってきた。
頭を撫でてあげると、ミナは唇をもにょもにょさせて喜ぶ。本当に可愛いな、この子は。
こうも懐かれると、なんか嬉しい。
「ちょっと! 遅いわ……まだ見ぬお酒があたしを待ってるのよ。早くしなさいっ」
おっと。ミナに構っていたせいで歩みが遅くなっていたようだ。
少し先を歩いていたニトが不満そうに唇を尖らせている。
……ふと思ったのだが、ニトは小人族なので身長が異常に小さい。これだと周囲の人々に他世界の存在だとばれないだろうか。
その上、ニトは見た目でいうとミナと同じくらい幼い。身長が小さいこともあるので、見る人によってはミナより下に見えることもあるだろう。
あまり『お酒』を連呼すると余計に目立ちそうだ。ただでさえ恰好が変で目立ってるし、言動もちょっと奔放な奴なので、気を付けてもらわないと。
「ニト。あんまり目立つなよ」
「ん? 大丈夫よ、だってフクが認識阻害のアイテムくれたし」
「……そうなのか?」
「ほら、この浴衣よ! その辺の人間には認識されにくいってことらしいわ。ま、あたしの美貌が陰るけど、仕方なく着てやってるのよ」
ああ、フクさんが対策はしてくれていたようだ。
良かった。これなら気兼ねなく散策できるというものである。
「……ちょっと。あたし、今自分で『美貌』って言ってボケたのよ? ツッコミはないの?」
「いや、お前普通に可愛いからな。あながち否定できないし」
「ちょ――っ!? お、おお……なんか照れるわね。魔王様の気持ち、分かるわ」
「お前の場合は頭なんだよな。そこがまともだったらなぁ……」
「な、なによっ。あたしはまともよっ。ただ、欲望に素直なだけよ!」
ニト教の教祖様は突発的な褒め言葉と罵倒に弱いらしい。目に見えて狼狽えていた。
何事にも動じないよう見えて実はそうでもない奴である。いざという時にへたれるし、決定機を逃すタイプなのだ。そういうところが俺は嫌いじゃない。
ニトとミナと一緒にいるのも、やはり楽しかった。
そのまま二人で歩いて、酒蔵を探す。
それっぽい建物はあまり時間がかからずに見つけることができた。
「『日本酒』だわ! これ、世界店で買うと高いのよ……っ。やっぱり現地だと安いわね。あ、『焼酎』もあるじゃない! ぐへへ、最高ね」
聖職者がしてはいけない顔のニトを制止して、酒の購入は俺がやった。
ニトの要望で一升瓶をなんと三本も購入する。そのうちの一本をニトは嬉しそうに抱きかかえながら歩いた。
周囲の景色が良い場所で酒盛りをしようと、俺たちは適当な場所を探す。
道中、屋台のような建物からニトのつまみやらミナのおやつを購入しつつ、暫く歩いた。
そうしていると、やがてピンク色の花が咲き乱れる場所にやって来た。
これは――『桜』だ。フクさんの結界内にもあった桜が、道に沿って並んでいる。
「ここがいいわ! 風情があって酒が進みそうだし」
「綺麗……ミナもここがいいっ」
二人も場所を気に入ったようなので、ここに決定した。
周囲にはちらほらと人もいる。みんな桜の木の下で酒を飲んでいた。
そういった場所として活用されているようなので、俺たちが混じっても大丈夫だろう。
とはいえ、あまり接触するのは避けたいところだ。なので、なるべく人気のない場所を選ぶことに。
ちょうど良い場所を見つけたら、腰を下ろしてニトが早速酒盛りを始めた。
「ぷはーっ! 美味い。ゴクゴク飲めるわ……まるで水ね!」
「いや、水じゃないからな。ほどほどにしろよ」
酒の飲み方が異常である。体にも悪そうなのだが、ニトはなんか『神様に愛されている』とかなんとかで回復するらしいので気にしてないのだろう。
「あんたも飲みなさいよっ」
言われて、コップに酒を注がれる。一口舐めてみると、思ったより飲みやすかった。
いつも魔王と飲んでいるのはアルコール度数が強いものなので、これくらいだと単純に飲みやすい。
「くぅ~! 酒は一人で飲むのもいいけど、誰かと飲むのも美味しいわよね」
ニトは心底楽しそうである。他人の金で飲む酒は美味いようだ。
「はむ……勇者、これおいしーよ?」
「確か『饅頭』だっけ? 美味しいなら、良かったな」
「勇者も食べて?」
ミナは食べかけの饅頭を俺の口元に押し付けてくる。大人しく食べてみると、甘みが口内に広がった。
俺にはちょっと甘すぎるけど、ミナが好みそうな味である。
「美味しいな」
「んっ」
笑いかけると、彼女はニコニコと笑顔を返してくれた。
このまま少しの間、平穏な時間が流れる。
悪くない。でも、今度は魔王も一緒に来たいものである。
彼女もいたなら、もっと楽しい時間が過ごせていただろう。
だからまた来ようと、そんなことを俺は考えるのだった――




