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第八十六話 仕事とは『従事』ではなく『隷属』である。即ち、逃れる術などなし。

 第一世界『ケテル』にて。

 通称『魔界』と呼ばれるその世界の王城では現在、一人のサキュバスがぷんぷんと怒っていた。


「また魔王様は逃げたのですか!」


 彼女の名はユメノ。

 魔王軍が誇る四天王の一人であり、魔王のお世話役である。


 彼女は先程、第八世界『ホド』で遊び呆けていた魔王を連れ戻した。仕事が溜まっているので仕事部屋にこもらせたのだが、少し目を離した隙に魔王はいなくなっていた。


 幾ら血気盛んな生物で溢れかえっている魔界とはいえ、統治するにはそれなりの管理が必要である。魔王となった者は管理のために書類やら承認やら、事務的な作業もこなさなければならない。戦闘だけが魔王の仕事ではなかった。


 時代によってはそういった作業を好まない魔王もいたのだが、大抵その代の魔王は不満の募った同族に殺されている。魔界とはそういう世界なのだ。


 力こそ全てであり、不服なら実力行使される。反逆されないように心がけるのが肝要だ。今代の幼女魔王もそれを理解しているからこそ、事務作業も嫌々ではあるが従事していた。


 しかし、ここ最近……でもなく、勇者が来たあたりから魔王のサボりは目に見えて増えた。今のところ大して不満の声は上がってないが、それでも傾向としては良くない。


 だからこそ、魔王のお世話役であるユメノは口を酸っぱくして魔王に仕事をさせようとしていた。


「まぁまぁ、いいじゃないのよ。人生にはね、遊びが必要だわ。仕事なんてしなくてもいいじゃない」


 そんなユメノの隣で支離滅裂なことを呟いているのが、自称神に愛されている修道女シスターのニトである。

 修道服姿の彼女は酒瓶を片手に笑っている。


 ユメノはニトの言葉に唇を尖らせていた。


「……まぁ、正直なところ、最近は治安が異常に良いので少しくらいなら遊んでもいいんですけど」


「そうね! あたしの信者が増えてるおかげで、『働くって悪じゃね?』ってみんな最近は認識がおかしくなってきてるわね!」


「その件については後で対策するとして」


 何気に世界が堕落しかけていたが、それは後回しにするユメノ。

 別に今すぐに仕事が必要というわけではない。


 それなのに彼女が怒っている理由は、


「私が処女なのに、魔王様が幸せなのがむかつくんです。一人だけ先に結婚もして、処女でもなくなって……だから私は全力で魔王様の幸せを邪魔したいんです」


 私怨が募っているようだ。

 サキュバスという種族柄、やはり性行為を禁止されているのは相当なことらしい。ストレスも溜まっているようだ。


「あはは! 処女!! サキュバスなのに、処女!!」

 

 ニトは既に酔っているので爆笑している。ユメノは昼間から酔っ払いに絡まれてうんざりしたようにため息をついた。


「はぁ……いつか私を襲うゴブリンとか現れないですかね」


 そんな二人の後ろには、もう一人。


「ねーねー、魔王様いないのー?」


 金髪碧眼のロリエルフちゃんこと、ミナエル・エロハことミナである。

 彼女がユメノについてきたのは、魔王が居るかどうか確認するためだった。


「はい。さっき帰ってきましたけど、逃げました」


「勇者もいない?」


「そうみたいです」


「そっかー……勇者と遊びたかったの」


 勇者が見当たらなくてミナは暇しているのだ。

 普段、昼間は魔王が仕事中なのでミナが勇者の相手をしているのである。


「どこにいるのー?」


「ホドにいます。行く手段はちょっとありませんね……呼ばれるのを待つしか」


「むぅ……退屈なの。ミナ、勇者のところ行きたい」


「ホド! まだ見ぬお酒との出会い! あたしも行きたい!」


「仕方ないですね……呼ばれたら連れて行ってあげます」


 魔王への嫌がらせのために、ユメノは二人をホドに連れて行くことを決意。

 丁度その時、召喚の時が訪れた。


「――来た」


 強制的に呼び出される感覚に、ユメノはすぐさま二人を抱きかかえる。

 この【召喚】は、触れている相手を連れて行くことも可能だ。


 そのまま、魔王の召喚に従って、ユメノとニトとミナは第八世界『ホド』に足を踏み入れる。


 召喚された先は、フクさんの妖術によって構築された【幻想遊郭】の一室。

 そこでは魔王と勇者と、それから織田信長がいた。


「おお、ユメノ。実はな、勇者と今からデートに――」


 何やらメスの顔をして頬を紅潮させている魔王に、ユメノは容赦なかった。


「お仕事の時間です!!」


 勇者に膝枕する魔王の手を強引に引っ張る。


「ぐぺっ!?」


 気持ちよさそうに膝枕されていた勇者が畳に後頭部を強打していたが、そんなことは構わなかった。


「…………し、仕事? そのような言葉は我の辞書にないのだがっ」


「魔王としての責務をお忘れですか?」


「ぐぬぬ、この処女サキュバスめ! 貴様はそんなだから処女なのだぞ!」


「べ、別に処女は関係ないですからっ。というか魔王様の命令で処女なんですよ!? いいかげんに命令を解いてくださいよ!!」


「それはダメだな」


「――むかっ。じゃあ、お仕事です。一緒に行きますよ!!」


 ユメノは魔王の手を引っ張る。

 怒りで力が増幅しているのか、魔王は抵抗できないようだった。


「で、でも、勇者が寂しがるから……っ!」


「いいえ、大丈夫です。そのためにニト様とミナ様を連れてきました。この二人が勇者様のお世話はしてくれますので、魔王様はしばらくお仕事です!」


「ぐぬぬぬぬ」


 退路は絶っている。

 魔王はもう反論できなくなったようで、最後に二人に向けて言葉をかけた。


「勇者を任せたぞ! しっかり面倒見るのだぞっ」


 静観していたニトとミナは、魔王の言葉に大きく頷く。


「任せなさい! 魔王様なしでも問題ない体にしてやるわ!」


「はーい! ミナね、頑張るのっ」


 元気の良い返事を二人が返せば、ユメノが魔王に転移魔法を急かす。


「さぁ、転移してくださいっ。しばらくはおトイレにも行かせませんからね!」


「ぬぁ~……仕事はイヤだ――って、分かった! そんなに怒るな……【転移】!」


 そうして二人は、魔界に帰っていくのだった。

 幾ら魔王であろうと、仕事からは逃れられないのだ――

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