第七十二話 旅行しようと思ったのに
第八世界『ホド』。
そこは、人間界や魔界にはない、不思議な文化が育まれている世界である。
例えば、建物。
木や藁といった素材で構成された家々は古臭いというか、あまり快適ではなさそうである。この世界では全ての建造物が、同じように木を用いて作成されていた。
遠くには城のような建造物や、塔もある……が、魔界の建造物とは異なるその造りに、俺は目を丸くしていた。
エルフの世界のような、木を家の形に育てているというわけではない。
単純に、木材のみを利用して建物を造っているのだ。しかも、城のような大きいものまで……その技術は、ドワーフにも劣らないのではないだろうか。
他にも、服装。
ホドでは『着流し』『浴衣』『着物』『袴』といった、動きにくそうなデザインの衣服が着用されている。
道行く人々は誰もがこういった和装を着用していた。
魔界ではタマモや魔王くらいしか和装を着ないので、見ていると不思議な気分になってくる。
「目移りするな……エルフの世界は質素っていうか、地味だったから見どころなかったけど、ここは本当に他世界って感じがして新鮮だ」
「ゆ、勇者っ。あそこに大きな山がある! きっとあれが噂に聞いていた【フジヤマ】に違いない! 後で行ってみようっ」
「おお!? あれがフジヤマ! あの【天狗】とか呼ばれる面白い生き物が生息している場所か!」
「フジヤマの近くには【ビワコ】もあるはず……あの地に生息する【河童】も見てみたいものだなっ」
「あ! そういえば【スシ】って料理があるって聞いたことある! それも食べようっ」
俺も魔王もなかなか興奮していた。
ホドのことは噂でしか知らない。だが、聞こえてくる噂はどれもが興味深いものばかりだったのである。
ニンジャ、サムライ、ハラキリ、フジヤマ、ゲイシャ、スシ……面白そうなものばかりなのだ。是非とも、全てを見てみたい!
「これこれ、二人とも……あまり騒がない方が良いのじゃ。大人しくせい」
興奮する俺たちを見て、タマモが苦笑しながらそんなことを言う。
ふと彼女に視線を向けてみた。
そこにいたのは、一人の童女であった。
「ん? ……た、タマモか?」
「そうじゃが、どうしたのかや?」
「い、いや……耳と尻尾がないから、びっくりした」
そう。タマモには現在、狐の耳と九本あった尻尾がない。
これでは童女そのものだった。
「街中じゃからのう……妖怪種はサムライに好まれないのじゃ。妖術で変装しておる」
小さく笑いながらタマモはキセルを吹かす。
見た目小さくて愛らしい童女なのに、キセルを吹かせて良いのだろうか……俺と魔王より目立っている気がしなくもないが、まぁ些細なことは気にしないでおこう。
「勇者! あそこに団子があるぞっ」
珍しくはしゃいでいる魔王は、俺の手をぐいぐいと引きながらとある家屋に近づいていった。
茶屋と書かれた暖簾のあるその場所に、美味しそうな団子が並んでいる。
「あれは美味い! 一目で分かった」
カランカランと、下駄の音を鳴らしながら魔王は走る。
そのまま茶屋に入って、店員らしき女性に団子と茶を注文した。
建物の軒下に設置されているベンチに腰掛けて、用意された団子を頬張る。
トレイに並ぶ、串刺しされた三つの団子は甘くてとても美味しかった。
「ほら、勇者。あーんしろ」
「あーん……美味いなっ」
「そうだな! でも喉に詰まらせないように注意するのだぞ? お茶も飲ませてやろう。ふー、ふー……」
魔王が小さな口で、茶碗の茶を冷ましてくれる。
ホドに来ても俺は魔王にお世話されっぱなしだった。通りに面しているということもあって、誰もが俺たちを見ている……幼女にお世話される青年は、なかなか目立つようだ。
「ふぅ……やはり食べ物はホドが一番じゃのう。茶も美味い」
タマモも隣で和んでいた。幸せそうに茶をすすっている。
彼女は見た目、魔王に及ぶくらい可愛らしいので、ただ茶を飲んでいるだけでも注目を集めていた。
ヤバいな……俺と魔王、それからタマモは人の目を引いてしまう。
すぐに移動した方が良いかもしれない。
そんなことを考えた時には、既に遅かった。
「おい、そこのお前。ちょっといいか?」
突然、俺たちに声がかかる。
顔を上げて相手を確認すると、そこには水色の羽織を纏ったおっさんがいた。
羽織には『誠』という文字が書かれている。
「何か用でも?」
「その子供たちはどこから誘拐した?」
そしてなんか勘違いされているようだった。
「人さらいなんて許せねぇな。お前もまだ若い……人生を棒に振るのは良くないぞ」
「えぇ……いきなり説教かよっ」
しかもこちらの言い分を聞くつもりがないようだ。
何で俺が人さらいになってるのか。
「一目見て分かった。あ、ロリコンの顔だな――って。俺はこの世界の治安を守っている者だからな……人を見抜く目には自信がある」
「ろ、ロリコンじゃねーよ!」
とんでもない言いがかりをつけられていた。
なんだこいつは……つまり、ロリコン(俺)が幼女と一緒に居るところを見つけて、誘拐したと思い込んでいるようだ。
俺がロリコン? もうユメノの魔法は解けている……ロリコンの魔法だって、解除されているのだ。
だから俺はロリコンじゃない!
ただ、好きになった女の子が幼女だっただけだ!
「ロリコンはみんなそう言うんだ」
訴えても、やはりそいつは取り合わない。
「大人しく投降しないのなら、そうだな……少し、こらしめてやろう」
どうやら、俺を取り押さえる気満々のようだった。
「俺はロリコンじゃないぞ! 訂正しろっ」
「言い逃れはさせない」
腕を組んで佇むおっさんを前に、少し戸惑う。
どうしよう……ここで騒ぎを起こしても良いのだろうか。
横目で魔王とタマモの様子を確認してみる。
「うはぁ……団子美味しいっ。おかわりを頼もう!」
「ん? 茶柱が立っておるな……良いことありそうじゃのう」
二人はまったくこちらに興味を持っていなかった。
魔王は団子に夢中だし、タマモはのんびりするのに忙しいらしい。
仕方ないな……ここは軽く、あしらってやろう。
「俺をロリコンと呼んだ罪は重いぞ?」
俺は立ち上がって、おっさんと相対する。
旅行しようと思ったのに、初っ端からトラブルに巻き込まれてしまったようだ――




