第五十話 六魔侯爵
これはちょうど、勇者がエルフの世界イェソドで握手会をしていた頃の話。
「むむ……勇者殿を興奮させる方法、何かありますかね」
人間界『マルクト』では、六魔侯爵が会合を開いていた。
「私にはさっぱり。戦いについては心得がありますが、もう枯れてしまった老木故に……性欲なんぞ感じたのは、大分前でありましてな」
マルクトの南方、六人の魔族は青空の下で円卓を囲っていた。
話を仕切るのは、黒魔侯爵のタナカさんである。眼鏡にスーツを着た初老の男性が肩をすくめていた。
「このあたりはアルプ殿の領分かと思いますが」
「……そうね。サキュバスの得意分野ね」
タナカさんに話を振られたのは、局部のみしか隠していない淫魔侯爵のアルプ。魔界随一ともいわれるおっぱいの持ち主である彼女は、自身の胸を揺らしながら妖艶に笑っていた。
「ふふっ……腕が鳴るわ」
「あれー? でも、勇者さんろりこんだよねっ? アルプさんのおっぱいって、ろりこんも好きになれるのかなっ?」
弾む声を上げたのは、獣魔侯爵のシロ。白髪で、犬耳と犬尻尾がついた元気いっぱいの女の子だ。
「大丈夫よ。だって、私はサキュバスよ? ロリコンでも関係ないわ」
「んー、四天王のユメノさんでもダメなのに? アルプさんはユメノさんより上ってこと!? すっごーい!!」
無邪気に目を輝かせるシロに、アルプは引きつった笑みを返す。
「……も、もちろんよ。そろそろ、あのユメノとかいうクソガキより、私の方が上ってことを知らしめてやるわ……見てなさい、シロ。私の色気で、勇者を懐柔するわ」
「うん! がんばって!!」
強がるアルプ。無垢に応援するシロ。そんな二人を見て、タナカさんはため息をつく。
「……現実的に考えたら、幼いサキュバスを差し向けた方が合理的かと思いますがな。まぁ、アルプ殿に任せましょう。で、シロ殿は何かありますかな?」
「うん! ボクね、いっぱいペロペロしたら勇者さんも元気になると思うの!!」
「そうですか。獣魔のことはあまりよく知らないので、シロ殿も考えがあるのならそれで良いですな」
ペロペロの意味がよく分からないタナカさんは、そのまま流して他の六魔侯爵に目を向ける。
「で、問題はそちらの三人です。悪魔侯爵のデビルさん? 何ニヤニヤ笑ってるんですか」
と、ここでタナカさんが話を向けたのは、悪魔軍を統べる長――悪魔侯爵の『デビル』であった。
筋骨隆々の魔族で、凶悪そうな角や尻尾、牙を持つ恐ろしそうな魔族である。戦闘民族といわれる魔族の中で、更に武闘派な一族の者だ。
「んだよ、タナカ……簡単は話じゃねぇか。ようは、女を抱く気分になれないってことだろ? だったら、楽勝すぎて笑っちまうよ」
自信満々である。テーブルの上にのっけた足を組み替えながら、デビルは一言。
「女がダメなら、男だろうが!! 悪魔軍でも活きのいい男を数人用意する。それで問題ねぇぜ!」
実はこの悪魔、戦いにこそ秀でているが、頭が酷く弱い。
タナカさんは悩まし気にこめかみを抑えながら、ため息をついた。
「…………いえ、何も言いますまい。物は試しです。万が一という可能性もありましょう。で、その活きのいい男は了承してくれますかな?」
「了承なんてとる必要ねぇよ。俺様がヤレって言うんだ。ヤルに決まってるだろ」
悪魔族は、強きこそ正義の一族である。
強者の命令なら弱者は断れない。その魔族を思って、タナカさんは同情した。
「勇者殿の性癖がおかしなことになってないことを祈りましょう。で、討魔侯爵のエクソ殿は?」
次に意識を向けたのは、討魔侯爵のエクソ。
十字架を胸に抱いた、全身黒ローブの魔族だ。顔まで見えない彼だか彼女とも知れぬエクソは、ゆっくりと親指を掲げる。
「…………!」
まるで、問題ないと言わんばかりにサムズアップしていた。見た目の割に陽気な性格なのである。
しかしタナカさんにはよく分からない。そもそも意思疎通ができないので、エクソに関しては匙を投げる。
「分かりました。任せましたよ」
そう言うと、今度は喜びを表現しているのか小躍りし始めた。やっぱりよく分からない存在なので、タナカさんは無視する。
「さて、神魔侯爵……プリスト殿は――って、聞いてますかな?」
そして最後に、白無垢姿の神魔侯爵であるプリストに言葉をかける。魔界における回復役である神魔軍をまとめる彼女は今、机の上にだらしなく伸びていた。
「ぅふぃ……らいじょうぶぅ」
呂律も回っていない。目がトロンとしており、唇の端からは涎が垂れている。完璧に寝ていたようだ。
「ねてない。自分は、ねておりませんのでぇ」
「では、策はあるということでよろしいですかな?」
「…………うん? まかせていいよー?」
「語尾に疑問符がついているのですが、任せましたよ。やれやれ、まともなのが一人もいないところが、六魔侯爵の弱点ですな」
頭痛そうにタナカさんは唸る。
アクの強いメンバーに彼はいつも悩まされるのだ。
「おいおい! タナカはどうなんだよこら!? てめぇは何もないとかいうつもりじゃねぇだろうな!!」
「いえ、そんなことはありません。そうですな、私は――配下の者に一人、うってつけの存在がいます。その方に任せることにしましょう」
デビルの言葉に、タナカさんは答える。
彼の黒魔軍にも一人、ロリコンになっている勇者が好みそうな存在がいたらしい。これで六魔侯爵の、勇者を興奮させる六の手法が揃ったようだ。
「では、勇者殿が来るまでに準備を済ませておくように」
こうして、六魔侯爵の会合は終わる。
「あ! そういえば、マルクトに侵入してた死霊族食べちゃったんだけど、美味しくなかったよ!!」
「シロ殿、あまり無闇に捕食しないように……」
「それにしても雑魚だったぞゴラァ!! たかが千程度だと暴れ足んねぇ」
「だからといって同族同士で喧嘩しないように……」
「あらあら、野蛮ね。私達サキュバスは精を吸収できて、みんな喜んでいたけれど」
「死んでる者から精気をとらぬように……」
「ふわぁ。死んだら、いっぱいねむれるかなー?」
「だからと言って死なないように……」
「っ! っ! っ!」
「せめて何か言葉を口にするように……」
去り際に交わされた雑談の方が重大そうだが、六魔侯爵は世間話をするような態度であった。
個性は強いが、これでも魔族における実力者たち。
人間界の統治、というやるべきことはきちんとこなしているのだ――
お読みくださりありがとうございます。
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もし気分が向いたら、こちらもよろしくお願い致します。




