第四十九話 次の魔王候補
第一世界『ケテル』――通称魔界と呼ばれるその場所は、魔族の支配する世界である。
彼らを一言で表すなら『戦闘民族』が最もふさわしいだろう。セフィロトには十の種族が存在するのだが、魔族は戦闘にとても秀でていた。他の種族で同等なのは第八世界『ホド』に住まうサムライくらいか。
いわく、頭のおかしい戦闘狂。
いわく、食べて寝てクソして戦うことしか能がない脳筋。
いわく、血と狂気で構成されている生物の癌。
そんな魔族に個で抗っていたからこそ、勇者は伝説となって語り継がれているわけだが、それはさておき。
戦いこそ全ての弱肉強食な魔界には、だというのに秩序が存在していた。
魔王――魔族の王によって、魔界は世界として形を保てている。魔王がいなければ誰もが好き勝手に暴れまわる、無法な世界になっているだろう。
戦闘民族を力で束ねている、魔界で最も強き存在だ。
そんな魔王のお仕事はといえば――実は『戦う』ことだったりする。
魔界の住人はとにかく血気盛んだ。
自分より弱い者になんか絶対に屈さないし、いつだって下剋上を目論んでいる奴ばかり。
そういった者達の相手をして、屈服させることが魔王のお仕事なのである。
魔王に挑みたい者は後を絶たない。その全てを相手取り、最強を誇示する必要があるのだ。
それを、幼女な魔王は当たり前のようにこなしていた。屈強な魔族共をあしらい、屈服させ、秩序をしっかりと保っていた。
このことを、代行魔王となっている龍人のドラゴは、改めて凄いなと思い知らされていた。
「クソ! 疲れた……っ」
魔界に設置されている、決闘場にて。
ドラゴはあぐらをかいて休憩をとっていた。さっきまで血気盛んな魔族を相手に戦っていたのである。
幼女魔王がいなくなってから、彼は毎日戦いに明け暮れていた。
何せ挑む者が多い。普段の十倍くらい増えていた。
理由は明白。魔王に勝利した者は魔王になれるのである。今は幼女魔王よりいくらか弱いドラゴが代行魔王になっているが、そのルールはきちんと適用される。
故に、チャンスと言わんばかりに多く魔族がドラゴに挑んでいるのである。
(魔王の座を奪われるわけにはいかない……! 誰にも、渡すわけにはっ)
新参の四天王である彼は、幼女魔王のお眼鏡にかかっていきなり抜擢された身である。
魔族の中では特に武闘派であり、どちらかといえば穏健派の幼女魔王とは相容れないように見えるドラゴだが、忠誠心は本物である。
(これもオレへの期待なのだ! 応えなければっ)
代行魔王として適当に選ばれたように見えるが、ドラゴは幼女魔王のことをきちんと理解している。
そもそも、彼女は無意味なことをしない。ドラゴは理不尽な要求をされることも多いが、それらは全て期待の裏返しだと思っている。いや、思い込んでいる。
(最近は勇者に夢中だが……きちんと、我々魔族のことも考えているはずっ。か、考えてくれているだろう! ……考えてくれていることを祈ろう)
だから、とりあえず帰って来るまでは魔王の座は奪われないように。
ドラゴはそう己に言い聞かせていた。
そんな時――七つの人影が、決闘場に現れる。
「お、お前らは……七大罪!?」
魔王に魔界の治安を任せられていたはずの大罪七人衆。
傲慢のルシファー。憤怒のサタン。嫉妬のレヴィアタン。怠惰のベルフェゴール。強欲のマモン。暴食のベルセブブ。色欲のアスモデウス。
その七人が、ドラゴの前に現れたのだ。
「何用だ! 緊急の事態でも起きてるのか!?」
「違うわよぉ。ちょっと、アナタに用事があってぇ」
ドラゴの呼びかけに答えたのは、色欲のアスモデウス。
山羊の角を持つ筋骨隆々の男だ。ねっとりした女言葉を使うが、男だ。つまりオカマだ。
「……オレにだと?」
「ええ。別に大した用じゃないわぁ……魔王の玉座、渡してもらうだけだからぁ」
「っ!?」
つまり、魔界の治安を任されているはずの七大罪が、ドラゴを倒して魔王になろうとしていたのである。
これだ。これだから他種族から頭おかしいと言われるのだ。
何せ言うことを聞かない。隙あらば反逆するし、平気で裏切る輩ばかり。
故に、魔王は力を誇示して屈服させなければならないのだ。
「上等だ……調子に乗るなよ、大罪ごときが!!」
舐められていると感じて、ドラゴは好戦的な笑みを浮かべる。
彼はこれでも四天王。七大罪よりも役職は上だ。本来なら、彼が上司なのだ。
「そもそもぉ、アナタが四天王であることも、アタシ達は認めてないのよぉ? ぶっ殺して、あ・げ・る」
「ぐがぁあああああああああ!!」
そもそも認められていなかったのだろう。
格下と見られて、ドラゴは咆哮をあげた。口から火の粉をちらつかせて、【第二形態】へと変化。火炎を体にまとい、七大罪の挑戦を受ける。
「かかってこい……魔王の座は、渡さない!!」
こうして彼は、七大罪と戦うことになった。
魔界は本日も平和である。いつもの日常が、続く――
「よし、人間界に到着だ」
魔界でドラゴが頑張ってる頃、魔王と勇者は人間界にやって来ていた。
エルフの世界から転移してきて、ふと勇者がこんなことを問いかける。
「なぁ、魔界には顔出さなくていいのか? お前、一応は王なんだし……大丈夫か?」
魔王が不在になると色々問題があるのではないかと、心配していたのだ。
だが、魔王は心配無用と首を横に振る。
「ドラゴに代行を任せたからな。あ奴なら問題ないだろう」
魔王はドラゴを高く評価しているようだった。
「これは内緒なのだが……ドラゴはな、実は次の魔王にしようと思っている。我はもう少ししたら引退して、勇者とイチャイチャするだけの生活をしたいのだ」
そして、最高機密の情報を魔王は教えてくれた。
勇者はそうだったのかと頷く。
「……悪くないかもな。ちょっと暑苦しい奴だけど、たぶん魔界でもかなりの実力者になると思う」
ドラゴに関しては勇者も認めていた。
今はまだ、魔王に劣るだろう。四天王でも最弱だし、五帝にも及ばないはず。六魔侯爵の何人かと実力が拮抗するくらいの力しかないドラゴだが、秘めたる力は誰よりも高い。
何せ、第零世界『ダアト』で最も脅威とされる龍種の特性を持つ、龍人なのだ。
将来への期待は大きい。
「魔界はドラゴに任せよう。今はとにかく、勇者の性欲を取り戻さないとっ」
「……あと、死霊族についても。そっちもきちんと調べような?」
二人は魔界を心配する必要はないと判断して、死霊族の調査と勇者の性欲を取り戻すために六魔侯爵の下へと向かう。
二人の考え通り、ドラゴは魔界を見事に統治していた。
七大罪にも勝利した彼は、めきめきと力をつけていく。
次代の魔王として、力を開花させるのもそう遠くなさそうだ――




