第四十八話 幼女に抱っこされたい。されたくない?
アトレの家にて。
借りた部屋で、俺は魔王に説教されていた。
「馬鹿者っ。この阿呆が! たまたま無事だったから良かったものの、貴様はとても危険だったのだぞっ」
魔王はぷんぷんだった。
俺が一人で勝手に行動したことが許せなかったらしい。というか、俺のことが心配だったからこそ、ここまで怒っていたのだ。
「勇者よ。貴様は今、とても弱くなっているのだ……お願いだから、危ないことをしないでほしい」
気が気じゃなかったと、魔王は言う。
俺がベッドから出て、彼女はすぐに俺がいないことに気付いたようなのだ。途端に彼女は慌てふためき、アトレを叩き起こしてエルフのみんなと一緒に俺を捜索していたらしい。
俺の不注意がみんなにまで迷惑をかけていた。
これは反省するべきである。非は全て俺にあった。
いくら相手が雑魚しかいなくて、無傷だったといえども……例えば相手に強敵がいたら、俺は傷を負っていた可能性もある。
危険だったのだ。
「貴様は、我が守ると言っただろう? もう、無理はするな」
魔王はどうやら、俺の弱体化を察していたみたいだ。俺のことが大好きで、いつも俺ばっかり見ていたから些細な変化でも分かるとのこと。
でも、俺が弱くても関係ない。俺の価値は強さでなく、俺個人にあるのだから、生きてさえくれればそれでいい――と、魔王は思ってくれていたからこそ、何も伝えなかったようだ。
その気持ちはとても嬉しい。そんな彼女の思いを伝えられたからこそ、今回の単独行動は深く反省するべきだと俺自身も理解していた。
「ごめんな、魔王……迷惑かけて」
「違う! 迷惑はかけても構わん。むしろ、いっぱいかけてほしい……我が怒っているのは、心配をかけたことだぞっ。まだ分からんのか!」
頬を膨らませる魔王は、俺の見当違いの発言にご立腹だった。
うぅ、大事にされて嬉しいけど、今までまったく大事にされたことないのでこそばゆい……
「ご、ごめん。心配、かけたな」
「まったくだ! 我は今、とても怒っている」
これもまた、夫婦喧嘩というやつなのかもしれない。
夫婦であるのなら通らなくてはいけない道だ。今回は甘んじて、彼女の怒りを受け止めよう。
「勇者よ。悪いことをしたら『め!』だぞ」
そう言って彼女は俺の頭をコツンと叩いた。
痛くない。まったくもって、痛くない。
だけど魔王は、すぐに不安そうな表情を浮かべた。
「あ、すまない……勇者よ、痛かったか? や、やりすぎたなっ。よしよし、痛いの痛いのとんでけ~」
「……だ、大丈夫だから。これくらいで心配すんなよ」
「だが、たんこぶになったらどうするのだっ。ああ、やっぱり駄目だ……我は勇者が心配だっ。怪我とか絶対にするんじゃないぞ? 我、死んじゃうぞ?」
怒っていたくせに、今度はおろおろとしている。
魔王は俺の事が大好きすぎるあまり、ちょっと過保護になっていた。
「むぅ。今日はちょっと、目を離したくない……」
「なぁ、魔王? 俺さ、子供じゃないぞ? なんかお前、俺の事幼児扱いしてない?」
「うるさい! そうだ、今日は我が一日中抱っこする! どこにも行かないようにしてやるぞっ」
おっと。これまた斜め上の発想が飛び出たな……
「や、流石にそこまでされると恥ずかしいというかっ」
「黙れ! 我の言うことを聞くのだ……いいから、来い。これは罰なのだ。甘んじて受け入れろ」
「……罰、か」
そう言われては、否定できない。
魔王を心配させたことに後ろめたさもあったので、結局は彼女の要求を拒絶できなかった。
「よいしょ、っと」
魔王に歩み寄ると、彼女は俺をひょいっと抱き上げた。
細い腕が、俺を軽々と持ち上げる。流石は生命樹の寵児……幼女といえども腕力は凄かった。
「って、やっぱりこれ恥ずかしいぞ……」
俺は魔王にお姫様抱っこのような態勢で持ち上げられていた。
バランスをとるために彼女の首元に手を回している状態で、なんともいえない恥ずかしさがある。
「しばらくはこのままだぞ……くくっ、勇者が可愛いなぁ」
そわそわする俺を魔王は優しく撫でる。どこか楽し気だった。
こいつは俺のお世話するの大好きなのだ……ああ、ダメになる。自分がどんどんダメになる自覚があった。でも、甘やかされるから、もう仕方ないか。
抵抗を諦めて、しばらくは抱っこされたままでいることに。
そう決めると、返って楽でいいなと思った。そうだよ、自分の足で歩かなくていいじゃん! ある意味最高だった。
「では、アトレのところに行って状況を聞いて来よう。恐らくは、非常事態だろうからな……」
俺は魔王と一緒にそのまま外に出る。
当然、エルフのみんなにも見られることになったのだが、もう羞恥は捨てていた。むしろ堂々と、俺は魔王に抱っこされる。
そんな俺を見て、エルフたちはひそひそと言葉を交わしあっていた。
「何あれ? 抱っこ?」
「素敵っ。二人の愛がうらやましいわっ」
「勇者様、ああやって抱っこされる姿も勇ましいね!」
「私も勇者様を甘やかしたい……」
しかし、否定意見がないな。普通、こんな俺を見たら幻滅してもおかしくないのに。
どうもこの種族、俺に優しすぎだ。魔族もその傾向があるのだが、他種族が俺を評価しすぎている気がする……人間にはまったく見向きもされなかったのに。
まったくもって、不思議な状態だった。
そうやって周囲の目に晒されることしばらく。
到着したのは、街の広場。そこに多くのエルフが集まっており、何やら話し合っていた。中にはタマモとユメノの姿もある。
「おーい、勇者を連れてきたぞ」
魔王が声をかけると、アトレがこちらを振り向いた。
「…………あら」
とても難しそうな顔をしていた彼女だが、こちらを見て呆れたように頬を緩める。
「今日もラブラブね。素敵なことよ」
「当然だ。我と勇者はラブラブだからな!」
「そうだ! 俺と魔王はラブラブだ!」
二人で抱き合うと、アトレはクスクスと笑う。
「貴方達を見ていると、肩の力が抜けるわ……ごめんなさいね、突然の襲撃だったものだから、みんな混乱してるの」
死霊族の襲来に、エルフ族はピリピリしていたらしい。
会議も重苦しい雰囲気だったのだろう。みんな表情が強張っていたが、俺と魔王の登場に気を緩めていた。
お役に立てたなら何より、である。
「あの、申し訳ないのだけれど、これから対策とか原因を探らないといけないから……歓迎は、中止にしてもいいかしら?」
「構わん。我ら魔族にとっても、この襲来は他人事ではない気がするしな……こちらからも調査はしてみる。この件については協力しようではないか」
「助かるわ。また今度、来て頂戴ね」
アトレの申し訳なさそうな声に、俺と魔王は気にするなと首を振る。
仕方ないことだ。他種族の襲来は、即ち戦争を意味するのだから。
エルフは今から、色々と策を練るのだろう。
そのために魔王軍の四天王であるタマモとユメノも会議に参加させているのだ。彼女たち二人なら、エルフともうまく連携をとっていい方向に進めるだろう。
「では、我と勇者はちょっと人間界に行って、六魔侯爵に会いに行くか」
魔王がそう決めて、俺は頷く。
六魔侯爵に死霊族の件を伝えに行くのだろう。
「ミナは、また後で迎えに来る。ちょっと待っててくれ」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
そう話し合って、俺と魔王はエルフの世界『イェソド』から転移する。
次に到着したのは、俺の故郷――人間の世界『マルクト』だった。




