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アラフォー社畜のゴーレムマスター  作者: 高見 梁川
第四章
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第百二十七話 残されし者

 松田とハーレプストの逃亡を知ったスキャパフロー王国は、慌ててその後を追った。

 松田ほどの探索者を外に出すのは惜しかったし、マリアナに勝った男というのは宝石より貴重であった。

 もっともこの時点では、引き留められれば儲けもの程度であったことは否めない。

 スペンサー伯や五槌のゲノック、マニッシュなどにとっては、松田は顔を見るのも嫌な相手である。

 このまま遠くにいなくなってくれたほうがありがたい。

 それが嘘偽らざる彼らの本音であったろう。

 その状況が一変したのが、松田が手に入れた秘宝の正体である。

 ――――絢爛たる七つの秘宝

 それは現在の魔法技術では再現不可能な喪失技術ロストテクノロジーとして最高峰に位置する存在であった。

 世界最高の工業技術国を自称するスキャパフロー王国にとって、喉から手が出るほど欲しい。

 もちろんそれだけではなく、絢爛たる七つの秘宝が流出すれば、この世界の均衡に大きな影響を及ぼすことが予想された。

 世界を滅ぼすことすら可能と謳われた絢爛たる七つの秘宝を。一個人が所有し、まして他国に奪われることなどあってはならない。

 もはや国家予算を、先祖伝来の秘宝を、どれほどつぎ込むことになろうとも、絢爛たる七つの秘宝を取り戻さなくてはならなかった。

 

「――――まあ、あの男を国軍ごときが捕まえられるはずもないが」

「でしょうね」

 松田の逃亡を手助けした張本人、マリアナは今日もシェリーとナージャを引き連れて迷宮に挑んでいる。

「ああ、せっかく王女様に勝てる男性が現れたというのに、まだ強くなるおつもりなのですか?」

「うむ、実は今回の件でひとつ気づいたことがある」

「はあ」

「――やっぱり私は負けるのは性に合わんということだ」

「神は死んだ!」

 結婚するなら自分より強い男というマリアナが、負けるのは嫌いだから、やっぱり勝つまで頑張るとなれば、もはや結婚はないものと諦めるほかないだろう。

 ナージャは正しく絶望した。

 しかしシェリーは微妙な表情で苦笑する。

 マリアナの本音がそこにはないことを、彼女だけはわかっていた。

 なぜなら彼女と同じ気持ちをシェリーも抱いているからだ。

 ――自分の実力では彼の前に立てない。

 マクンバの街にいたときにはまだここまでの差はなかった。

 フェイドルの迷宮で腕を磨き、金級探索者にランクアップしたときは、少しは松田との差が縮まったと信じた。

 だがそれは幻想にすぎなかった。

 あのリアゴッドという理不尽の塊のような敵を前に、シェリーは内心で諦めてしまっていた。

 勝てるはずがない、と。

 それは事実であったし、あの場に松田がいなければシェリーが生きて帰れた確率は限りなく零に等しかったであろう。

 マリアナもまた、松田の隣に立って戦うのは無理だ、と諦めた。

 実力では決して劣ってはいないと思っているノーラの果断さがうらやましかった。

 どうして自分はあのとき諦めてしまったのか。

 その不甲斐なさを埋めるように、マリアナとシェリーは連日迷宮の攻略を続けていた。

 あれからレベルが上がったシェリーは、宝石級探索者に匹敵する力を手に入れている。

 おそらく昇進試験を受ければ問題なく突破するに違いなかった。

 しかしその昇進試験を受ける時間すら惜しい。

 憑かれたように今日もシェリーとマリアナは深層に潜る。

「誰か、誰か私の代わりを……どうかお慈悲を!」

 全く迷宮を攻略する気などないナージャの悲痛な願いは、やはり今日も叶うことはなかった。

「――――来るぞ!」

 静かだが、確かな闘志をこめてシェリーが叫ぶ。

 いまだ彼女たちが攻略している階層は三百階層を突破した程度に留まる。

 先日最下層である三百六十階層に達することができたのは、松田たちが魔物の掃除を済ませてくれていたからだ。

 口惜しいがその事実を受け入れぬわけにはいかなかった。

斬撃スラッシュ乱舞ロンド!」

 疾走するケルベロスの群れへ向かって、シェリーは遠距離から数十の斬撃を飛ばした。

「キャウン!」

 弱々しい鳴き声をあげて、十頭以上のケルベロスの首が飛んだ。

 その口からはチロチロと赤い地獄の炎が漏れている。

 フレア咆哮ブレスを持つケルベロスは、できる限り遠距離で倒すのが鉄則であった。

「いかん! ケルベロスだけじゃない! オルトロスがいるぞ!」

 相変わらず鉄壁の防御を誇るマリアナではあるが、速度に関してはそこまでの力はない。

 たてがみと尻尾が蛇となった双頭のオルトロスは、速さに特化した魔物だ。

 前衛のマリアナの力だけでは守り抜けないと判断したのだろう。

圧壊クラッシング!」

 大きく振りかぶったマリアナの剣から黒い球のようなものが膨れあがる。

 およそ二十メートル近くにまで膨れ上がった黒い球は、そのまま巨大なハンマーと化してケルベロスたちを圧し潰した。

 圧壊の衝撃で大地が陥没し、巨大な地震が発生したかのように迷宮が揺れる。

 さすがのオルトロスも自慢の速度を落とさざるを得なかった――――刹那。

多重影マルチプルシャドウ!」

 分身一体を作る二重影ダブルシャドウの上位スキルである。

 この分身は幻影ではなく、実体を持ち、シェリーと全く同じスキルを使うことができる。

 その数はレベルに依存して、今のシェリーは八体の分身を作ることができた。

疾走ダッシュ連撃リピーテッド

 八体のシェリーが、ほぼ一瞬の間に放った九つの連撃は、マリアナが逃したオルトロスを一匹残らず両断した。

 新たに獲得したスキルも今は十分に使いこなしている。

 先日までのシェリーなら、幾体かのオルトロスをナージャの方へ通してしまったに違いなかった。

 強くなったという手ごたえを感じると同時に、まだ遠く及ばないという焦燥があった。

 今の力があれば、あのリアゴッドに勝てるだろうか?

 ――それは無理だ。

 強くなればなるほど松田との距離が遠く感じられて、シェリーはぎゅっと唇を噛み締めた。

 オルトロスの返り血か、強く噛み締めすぎたことで唇が出血したのか、塩辛い鉄さびた味がシェリーの口内に広がっていった。

 (私は……私はいったいいつになったらマツダに追いつける?)

「そろそろ食糧がやばいですよ! 帰りましょう! それから一週間ほど臨時休暇を取りましょう!」

 この際一夜の過ちを犯し、妊娠するしかこの地獄から抜け出すことはできないかもしれない。

 そして既成事実で私は晴れて人妻!

 シェリーやマリアナと違って平凡(と本人は思っている)な一般人であるナージャにとって、連日の迷宮攻略は生きた心地がしなかった。

 マリアナとシェリーがひとつ対処を誤れば、容易く自分は死ぬだろう。

 騎士としてある程度の修養に励んできたナージャは、自分に才能がないことを知っている。

 彼女が二人と違うのは、才がないことに納得して受け入れているということだ。

 なまじ才があるばかりに、シェリーとマリアナは自分の限界を認められずにいた。

 もう少し努力すれば、もう少しレベルがあがれば。

 いつか自分もあの高みに達することができるのではないか?

「…………ナージャに休暇を与えるつもりは毛頭ないが、私たちも身体を休める必要がありそうだ。今日はここまでとしておこうか」

「………………わかった」

 本当はわかっていない。

 こんなことをしていては追いつけない、追いつけないのだ。

 でも探索者としての経験と本能は、このまま戦い続けるのは自殺行為だと告げている。

 どうして自分はこんな貧弱なのか。努力というのはそれほどに無力で意味のないものなのだろうか。

 持たざる者は結局持てる者に追いつくことはできないのか。

 そんなシェリーの心を知ってか知らずか、マリアナは軽くシェリーの肩を叩いてくるりと踵を返す。

(私は…………どうしてこんなに弱いのだ)

 がっくりと肩を落として帰路につくシェリーの様子は、まるで敗北者そのものであり、現在フェイドルの迷宮で断トツのトップランカーとは思えなかった。



「――――ふう」

 数日ぶりの入浴を済ませ、濡れた髪の水分を布で拭き取りながらシェリーは髪の手入れを始めた。

 どうせ邪魔になるのだから、ばっさりと切り落としてしまえばよいのだが、なぜか切れずにいる。

 化粧もしない。料理もしない。女らしいことはおよそ何もしないシェリーに残された最後の女らしさがこの美しい金髪なのだった。

「なんだか疲れた…………」

 まだ松田に会う前は、レベルアップした時の喜びといえばひとしおで、夜は仲間たちと祝杯をあげたものだ。

 今はその喜びがない。喜びがないのになんのために強くなるのだろう?

 どうして自分はこんなに強くなろうとしているのだろう? 

 なんだかつい先日まではわかっていたような気がするのに、今は霞がかかったように思い出すことができない。

「今頃マツダはどうしているかな……?」

 王国から松田の確保するべく騎士団が出動したと聞くが、あの白狐クスコをも従えた松田が捕まるはずがない。

 あのノーラという女。

 完全魔法無効化というスキルをもった魔法士殺しは足手まといにならずにいるだろうか?

 自分にはついていくことができなかった。

 目的のためとはいえ、迷わず松田についていくことを決めた彼女の心の強さがうらやましくも妬ましく思える。

 このところこんな堂々巡りの未練がましいことを考えてばかりだった。

 このままではいけない――――


「シェリーさん、いいかい?」

「は、はい」


 シェリーが定宿としている『迷い家』の女将が控えめに部屋のドアをノックした。

 手料理を作るなど思ってもみないシェリーにとって、洗濯や食事を任せてしまえる宿はお金はかかっても便利な施設だった。

 すでにこの『迷い家』で暮らし始めてもう数か月が経つ。

 女将ともすっかり顔なじみで、たまに酒を飲みかわすこともあるが、こうして夜に訪ねてくることは難しい。

「――――何か?」

「インガル伯爵から使いが来たよ? 折いって相談があるとか……」

 マリアナと行動を共にするようになってからインガル伯ハインツからの接触は途絶えていた。

 またぞろ松田がらみで協力でも要請されるのだろうか?

 それとも宮廷内でマリアナの扱いについて陰謀でも持ち上がったのか。

 いずれにしろ愉快な相談でないことは確実である。

「あの陰険……今度は何をやらせるつもりなの……?」

 シェリーでなくともハインツが悪人であることはわかる。それも愉快犯で知能犯でもある。

 近づいた人間を不幸に陥れて悦に浸るような真性のサディストだ。

 権力闘争のためならシェリーなど何人死んでも気にも留めぬだろう。

 だからといって断る選択肢はシェリーにはなかった。

 ハインツに依頼されて、いくつかの陰の仕事をこなしてきたシェリーは、下手をすれば口封じをされてもおかしくない。

 権力者の不興を買うとはそういうことなのだ。

「すぐに行きますと伝えてください」

「大変ねえ……ようやく迷宮から帰ってきたばかりなのにねえ」

 女将は気の毒そうにそう言って、使者の方へと戻っていった。

「全く、私は貴族の遊びにつきあう暇はないってのに……」

 強くなること以外は全てがお遊び。

 宮廷内の政治バランスなどどうなろうとシェリーの知ったことではない。

 もちろん、悪意の塊であるハインツが、そんなシェリーの心の在り方に気づかぬはずがなかった。


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