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ソラとカナタ  作者: たびー


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九条博士

 すれ違う職員や研究員が、カナタを見ると露骨に怯えた顔をした。

 カナタはわたしを強く抱いた。

「胸をはれ。おまえはここを守ったんだ。いずれわかってくれる。カナタは最善を尽くしたんだ」

 博士はカナタの肩を抱いた。

「カナタが守ってくれなかったら、今頃ぼくたちはみんな殺されていただろう。スズキの話から、彼が被曝四世だったことが分かった。いまだに治療が確立されていない病を患っていたのかも知れない。それを治せないぼくら『博士』と呼ばれる人種を個人的に恨んでいてもおかしくない」

 カナタがいなかったら、とても悲惨な結果を招いていたのかも。そう思うと今更ながら怖くなった。

「お帰りなさい」

 黒岩博士と根岸博士、いつもの二人がわたしたちを出迎えてくれた。

「皮膚コーティング、やり直し。準備お願いします」

 小川博士の声に根岸博士が応じる。

「服を脱いで。全身を確認したいから」

 カナタは命じられるままに服を脱ぐ。皮膚のあちこちに引きつれたような痕がある。厚さが均一じゃないんだ。背中にはへこみがわずかに残っているのは鈴木に撃たれた痕だ。

「奴らの精度をもっと改良しないといけないな。このレベルの修復じゃあ、任せられない」

 用意された器具で小川博士は手際よくカナタの修理をしていく。

「動かないカナタを見たときは、正直だめかと思ったよ」

 小川博士はカナタの体をていねいに点検し修理を施した。

「今回ほどの戦闘は初めてだったし、直接銃撃までされて……。大丈夫とわかっていても苦しむカナタは見ていられなかった。なにより自律システムが壊れたら取り返しがつかない」

「設計図や予備はないの?」

 わたしの問いかけに手を止めて小川博士は悲しげに笑った。

「政府が極秘で持っているかも知れないけど、《事故》後に破棄された。ぼくが子どもの時にはもうカナタたちの存在すら忘れられていたよ」

 忘れられて……この施設のように無いことにされている。鈴木が言っていた。政府は事故の真実を改竄したうえ隠蔽した、と。

「わたしのは?」

 ないはずのものが、わたしの中に入っているわ。

「ソフィア博士が記憶だけを頼りに作ったんだ。だから九条博士のオリジナルとはまた少し違う」

「カナタは知ってた?」

 振り返ったカナタは曖昧にうなずいた。

「政府からの依頼を受けてソフィア博士が全力で製作したんだ」

 初めて知った。わたしはそうして生まれたんだ。

「ここは基本的に入れても出られない。閉じられた場所だ。ソラちゃん、きみは異例中の異例。ここで作られ外へ出て、また戻ってきた……ソフィア博士はきみを迎えに行くために抗エイジング処方を放棄した。それくらい一大事だったんだ」

 命がけ? それほどの価値がわたしにあるとは思えない。

「でも、それならパトリック博士が生きているうちに来てほしかったわ」

「政府は二人を会わせたくなかった」

「どうしてなんですかねぇ。ひとの恋路を政府が邪魔するなんて」

 と、黒岩博士が間延びした声で言った。根岸博士がくすりと笑い、緊張感が緩んで冷えていた研究室がほんのり暖かくなったような気がした。

「ふたりの間に何があったのか、ぼくらは知らない。若い時にパトリック博士は九条・ソフィア両博士と深い親交があったくらいしか」

 うん、とわたしもうなずいた。極東の島国で過ごした日々を時おり話してくれたから。そしてパトリックはそれをとても大切にしていたから。

「パトリック博士は抗エイジング処方の権利を得たけど、放棄した。その代わりにソフィア博士をここから解放するように願い出たらしい」

 結局、それは却下され代替案としてわたしが作られたということみたい。

「九条の罪をここで償う、と以前言っていたよ」

「ぼくを道連れにしてね」

 カナタが皮肉るように言った。小川博士が苦笑する。

「カナタは変わったね。ぼくが来たころは事故から五十年近くたっていたけど、いまよりぼくらと距離を取っていたし、無表情で冷たく見えた」

「そうかな」

 カナタは小首をかしげた。

「きみの『こころ』は人の中にいてこそ成長する。信じられないよ、そんな装置を九条博士はほぼ自力で開発したんだ。政府が生命科学に倫理の介入の一切を締め出したからこそ出来上がった技術なのかもしれないけど」

 うん、うん、と根岸博士がうなずいている。黒岩博士はお手上げってポーズを取ってる。

「だから、きみを長期間待機モードにしておけないんだ。そんなことをしたら、『こころ』がしぼんで、動けなくなる。さ、終わった。もう服を着ていいよ」

 身支度を整えたカナタに小川博士は小さなカプセルを見せた。

「これ、第五ゲート前で拾ったんだ」

 それは、カナタのピアスだった。瞳とおなじ緑色。エメラルドのピアスだ。

「ソラちゃんも人の中で育ったんだ。快活でのびやかなソラちゃんを見ていると、どれだけ可愛がられていたか分かる」

「うん、パトリックはいつでも優しかったのよ」

 誇らしげにわたしは伝えた。博士だけじゃない、まわりのみんなも優しかった。ロボットのわたしに。

「きみもハルカも事故前は表情が豊かだったと聞いた。このピアスは特注品だそうだ」

 小川博士はカナタの耳にピアスをつけ終わると、頬をなでた。

「きみとハルカの装置は九条博士が集大成として心血を注いで作ったんだ。きみたちの身の回りの世話をしていたのは九条博士だそうだね。カナタ、きみは豊かな情緒を持っている。それは愛されて育ったなによりの証拠だよ」

 カナタは、まるで初めて気づかされたように驚いている。大きく見開いた瞳で小川博士を見つめて。けれど、そのまま目を伏せるとうつむいた。

「この施設は政府が取った政策の到達点だ。結果、いびつだ。ぼくらはロボットに近く、ロボットのきみたちはヒトに近い」

「ソラ」

 カナタはわたしを呼んだ。そばまで行くと、わたしを抱きあげた。

「ソフィア博士はもう永くない」

 そう告げる小川博士は辛そうだった。

「ソラを引き取ってから、時間を惜しんでソラの予備のパーツ作りをしていたから。少しでも長くカナタのそばにいられるように……カナタをひとりにさせないように」

「ソフィア博士なりの、きみたちへの償いなんだよ」

 許してくれないか……その場の三人の博士はみな悲痛な顔をしている。長い時間を共有した人がまもなくこの世を去っていく。

 人の一生は、わたしたちよりも遥かに短い。わたしを可愛がってくれた学生の多くはもう亡くなっている。林博士ばかりじゃない。いつかこの三人も見送る日が来る。それは必ず……避けようもなく。

 そして、わたしとカナタは……カナタはとてつもない時間を過ごさなくてはならない。この場所で。

「いっしょにいるわ」

 わたしは、ぺろっとカナタの頬をなめた。カナタはわたしを見つめた。

「カナタと」

 わたしはカナタの緑の瞳がうるんで、涙がこぼれるのを初めて見た。


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