11.流れる日常
気づけば、説明されることが増えていた。
便利になっただけなのかもしれない。
困ることが減っただけなのかもしれない。
これは、そんな日常の話です。
いつもより遅い朝、スマホに通知が入っていた。
『都市インフラ更新:Manual統合プロトコル適用』
内容は特に扱われることはなかった。
駅も電車も、いつも通り動いている。
ただ、改札の表示だけが一瞬だけ揺れていた。
『Manual-■■■■』
街を軽く散歩する。
信号は切り替わり、会社は稼働し、役所は手続きされる。
ただ、その“やり方”について誰も説明しなくなっただけだ。
それでも誰も困っていない。
気づけば、どこも同じだった。
会社も、役所も、病院も、買い物も。
すべてが同じ形式で処理されている。
迷う必要がない。判断もいらない。手順だけが残っている。
それを不思議に思う人は、もうほとんどいない。
お昼頃、鼻腔をくすぐる匂いにお腹が鳴り、
目に飛び込んだ、古びた定食屋。
お腹をさすりながら暖簾をくぐる。
メニューはない。
注文もない。確認もない。
なのに、食事は出てきた。
「いらっしゃい」
店主は厨房と客席の境目も気にせず、常連と同じ席で飯を食っている。
それを誰も疑問にしない。
客も同じように座る。
何も言わなくても料理は順番に店員が出してくる。
ふと気づく。
ここには説明書がない。
手順もない。
指示もない。
それなのに、誰も迷っていない。
「ここって、どうやって注文してるんですか」
そう聞くと、店主は少しだけこちらを見て言った。
「注文っていうのは、もう終わってるだろ」
意味が分からないまま、食事は続く。
ただ不思議なことに、誰も疑問を持たない。
疑問を持たないというより、
最初から“考える順番”がないように見える。
外では車が通り、日常が続いている。
ただ、この場所だけは少し違う。
効率化でもない。
最適化でもない。
最初から削られている。
食事が終わると、誰も何も言わずに席を立つ。
支払いの確認もない。レシートもない。
それでも、それは“完了”として扱われる。
外に出る。
空気は少しだけ違って感じる。
だが、それが違うのかどうかはもう分からない。
そして気づく。
ここが特別なのではない。
ここが最後に残っただけだ。
説明されない世界は、すでにほとんど残っていない。
説明される世界の中で、唯一それが“見える場所”になっているだけだった。
「この店、前からあったかな?」
だが、確認する理由が浮かばず、そのまま歩き出す。
今作は「説明書AIが世界を支配する話」ではなく、 「説明されることに人が慣れていく話」として書いていました。
便利になること。 最適化されること。 迷わなくなること。
それ自体を否定したいわけではありません。
ただ、気づかないうちに変わっていく“空気”のようなものを書いてみたくて、この作品を書きました。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。 もし少しでも違和感が残っていたなら、とても嬉しいです。
最後に、リアクションか評価を頂けたら幸いです。




