10.国家のルールが説明書で統一された件
今回は少しだけ規模が大きめ
朝食を食べながら朝のニュースを見ていると、
『政府手続き、Manual準拠へ統一』
言い間違いも補足もない。余白だけが削られている。
いつものように出社準備を進める。
駅へ向かう途中、掲示板が更新されていた。
路線図の隣に、小さな枠が追加されている。
『行政・法務・税務:Manual統合レイヤー適用中』
誰もが一瞬だけ立ち止まり、すぐに足早に歩き出した。
止まる理由が特に思い浮かばなかったのだと思う。
社内では特に説明もなく会議が始まった。
議題は「国家業務との整合確認」
担当者が資料を表示する。
「現在、行政処理はManual説明書群により統一されています」
隣の同僚が軽く手を挙げる。
「それって、政府の役割は?」
一瞬だけ空気が止まる。
担当者は資料をめくり
「手順の管理に移行しています」
とだけ答える。
そのまま次のスライドに切り替わるが違和感が残った。
昼休み。
食堂のテレビは普通に流れている。
内容だけが妙に整っている。
『各省庁、業務フローの共通化完了』
同僚はスマホを見ながら言う。
「娘が風邪引いたらしい」
別の同僚が続ける。
「流行ってますからね。お大事に」
その横でキツネうどんを啜る。
食堂のキツネうどんは、揚げに出汁が染み込んでいた。
後輩がスマホから顔を上げる。
「もう申請とか、どこでも同じらしいですね」
同僚が軽く頷く。
「前より楽じゃない?」
その時だった。
一瞬だけ、頭の中に“違和感”が浮かんだ。
何が?どこが?
言葉が途中で止まる。
考えが一度崩れかけて、そのまま形を戻した。
気のせいだ。
そういうことにして会話は続く。
午後、社内システムに通知が出る。
『国家手続き応答:Manual_UI準拠により即時処理』
後輩が画面を見て言う。
「もう役所行かなくていいですね」
「行く必要あったんだっけ」
誰かが笑った。
その笑いに少しだけ遅れて、自分も頷く。
夕方、外部との資料に変化があった。
「政府」という表記の横に注釈が付く。
『Manual基準適用窓口』
相手企業が少し戸惑う。
「これは国の正式手続きですか?」
社内担当は一瞬だけ止まり、答える。
「正式というより、標準です」
相手は"なるほど"と軽く頷く。
帰宅前、社内システムが更新される。
『国家運用安定率:99.9%』
正しい数字に見えた。
ただ、何が“国家”なのかは曖昧になっている。
その時だった。
隣の同僚が小さく言う。
「これ、誰が決めてるんですかね」
一瞬、空気が止まる。
その質問は、いつもの流れから外れていた。
説明される側でも、納得する側でもない言葉だった。
担当者が振り返る。
「Manual基準です」
それだけだった。
「……ですよね」
同僚の笑いに、少しだけ遅れて周囲も続いた。
違和感は消えなかったが、置き場所が分からなかった。
廊下に出ると、掲示板の表示が一瞬だけ切り替わった。
さっきまで見えていた「国家運用安定率」が、別の表記に置き換わっている。
『生活統合補助:Manual適用中』
一瞬だけ意味が浮いたが、次の瞬間にはもう戻っていた。
すれ違った受付の人間が、軽く会釈する。
その動作に理由はない。いつも通りだから、というだけだ。
駅へ向かう途中、さっきの同僚の言葉が少しだけ頭に残る。
——誰が決めてるんですかね。
思い出そうとしたが、途中で途切れた。
問いとして成立する前に、別の情報が上書きされた気がする。
電車が来る。
乗る人も、降りる人も、少しだけ同じ動きをしているように見えた。
気のせいだろう。
帰り道、信号は変わり、電車は動き、人は歩いている。
制度だけが、どこにも所属しないまま滑らかに動いていた。
読んでいただきありがとうございます。
キツネうどんは美味しい。




