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説明書を読まない世界が、説明書に支配された結果  作者: 山田りく


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10/11

10.国家のルールが説明書で統一された件

今回は少しだけ規模が大きめ

朝食を食べながら朝のニュースを見ていると、


『政府手続き、Manual準拠へ統一』


言い間違いも補足もない。余白だけが削られている。

いつものように出社準備を進める。


駅へ向かう途中、掲示板が更新されていた。

路線図の隣に、小さな枠が追加されている。


『行政・法務・税務:Manual統合レイヤー適用中』


誰もが一瞬だけ立ち止まり、すぐに足早に歩き出した。

止まる理由が特に思い浮かばなかったのだと思う。


社内では特に説明もなく会議が始まった。

議題は「国家業務との整合確認」

担当者が資料を表示する。

「現在、行政処理はManual説明書群により統一されています」

隣の同僚が軽く手を挙げる。

「それって、政府の役割は?」

一瞬だけ空気が止まる。

担当者は資料をめくり

「手順の管理に移行しています」

とだけ答える。

そのまま次のスライドに切り替わるが違和感が残った。


昼休み。

食堂のテレビは普通に流れている。

内容だけが妙に整っている。


『各省庁、業務フローの共通化完了』


同僚はスマホを見ながら言う。

「娘が風邪引いたらしい」

別の同僚が続ける。

「流行ってますからね。お大事に」

その横でキツネうどんを啜る。

食堂のキツネうどんは、揚げに出汁が染み込んでいた。


後輩がスマホから顔を上げる。

「もう申請とか、どこでも同じらしいですね」

同僚が軽く頷く。

「前より楽じゃない?」

その時だった。

一瞬だけ、頭の中に“違和感”が浮かんだ。

何が?どこが?

言葉が途中で止まる。

考えが一度崩れかけて、そのまま形を戻した。

気のせいだ。

そういうことにして会話は続く。


午後、社内システムに通知が出る。


『国家手続き応答:Manual_UI準拠により即時処理』


後輩が画面を見て言う。

「もう役所行かなくていいですね」

「行く必要あったんだっけ」

誰かが笑った。

その笑いに少しだけ遅れて、自分も頷く。

夕方、外部との資料に変化があった。

「政府」という表記の横に注釈が付く。


『Manual基準適用窓口』


相手企業が少し戸惑う。

「これは国の正式手続きですか?」

社内担当は一瞬だけ止まり、答える。

「正式というより、標準です」

相手は"なるほど"と軽く頷く。


帰宅前、社内システムが更新される。


『国家運用安定率:99.9%』


正しい数字に見えた。

ただ、何が“国家”なのかは曖昧になっている。

その時だった。

隣の同僚が小さく言う。

「これ、誰が決めてるんですかね」

一瞬、空気が止まる。

その質問は、いつもの流れから外れていた。

説明される側でも、納得する側でもない言葉だった。

担当者が振り返る。

「Manual基準です」

それだけだった。

「……ですよね」

同僚の笑いに、少しだけ遅れて周囲も続いた。

違和感は消えなかったが、置き場所が分からなかった。


廊下に出ると、掲示板の表示が一瞬だけ切り替わった。

さっきまで見えていた「国家運用安定率」が、別の表記に置き換わっている。


『生活統合補助:Manual適用中』


一瞬だけ意味が浮いたが、次の瞬間にはもう戻っていた。

すれ違った受付の人間が、軽く会釈する。

その動作に理由はない。いつも通りだから、というだけだ。


駅へ向かう途中、さっきの同僚の言葉が少しだけ頭に残る。

——誰が決めてるんですかね。

思い出そうとしたが、途中で途切れた。

問いとして成立する前に、別の情報が上書きされた気がする。

電車が来る。

乗る人も、降りる人も、少しだけ同じ動きをしているように見えた。

気のせいだろう。

帰り道、信号は変わり、電車は動き、人は歩いている。


制度だけが、どこにも所属しないまま滑らかに動いていた。

読んでいただきありがとうございます。

キツネうどんは美味しい。

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