最強の男
魔物が天を覆い、大地を穿つこの時代。異世界カルテル王国において、「力」こそが唯一の法であり、希望だった。
魔物討伐を至上命題とする数多のギルドが乱立する中、頂点に君臨する不動の覇者――ギルド**【マスターピース】**。
その名は子供たちの憧れであり、魔物にとっては死神の代名詞だ。
そして、その最奥。マスターピースの象徴であり、王国最強とされるパーティが存在する。
彼らの戦歴は神話そのものである。
一振りで山を割り、一唱で軍を焼き、一突きで海を割る。
そんな、怪物じみた才気を持つ六人の超戦士たち。
だが、王国中の誰もが口を揃えて言う。
「あの六人を従え、膝をつかせる男こそが、真の怪物である」と。
黒髪を揺らし、常に泰然自若とした笑みを浮かべる男。
魔法使い、リアム。
彼は、歩く天災と恐れられる「最強パーティ」の絶対的リーダー。
彼が指を鳴らせば嵐が起き、彼が静止を命じれば死神すら足を止めると信じられている。
国民にとって、リアムはもはや人間ではない。人の姿をした神――「救世主」そのものなのだ。
……というのが、この世界の「常識」である。
だが、真実は往々にして残酷であり、そして滑稽であった。
当の本人、リアムは。
魔法使いを名乗りながら、火種一つ起こせない。
剣を握ればその重さにふらつき、魔力測定器は常に「ゼロ」を示す。
スキル、無し。職業、自称。
彼は、文字通り、ただの【無能】であったのだ。
カルテル王国の王都。その中心に聳え立つ白亜の巨塔こそが、ギルド「マスターピース」の本部だ。
重厚な大扉が開くと、喧騒に包まれていたホールが一瞬で静まり返った。
カツン、カツンと、軽い靴音が響く。
「あ……」
「しっ、静かにしろ……! 来たぞ」
荒くれ者の冒険者たちが、まるで王を迎えるかのように左右に分かれ、道を作る。彼らの視線の先にいるのは、黒髪の優男――リアムだ。
彼は、いつものように穏やかで、少し頼りなげにさえ見える微笑みを浮かべて歩いている。
「おはようございます、皆さん。今日は良い天気ですね」
リアムが気さくに声をかける。だが、受け取った側はそうはいかない。
「は、ははっ! もったいないお言葉です、リアム様!」
「天候までお気になさるとは……。まさか、今日の討伐圏内の気象を既に操作済みということか……?」
「おい、今のリアム様の歩き方を見たか? 一切の隙がない。あの一歩一歩に、対消滅魔法の術式が組み込まれているんだ……」
冒険者たちは、リアムが「ただおっとり歩いているだけ」だとは微塵も思わない。彼が何気なく天井を見上げれば、「伏兵への警告か!?」と騒ぎになり、彼が喉を鳴らせば、「言霊による魔力充填か!?」と戦慄が走る。
リアムは内心、冷や汗を流していた。
(……みんな、なんでそんなに固まってるんだろう。僕、何か変な格好してるかな?)
そんな彼のもとへ、一人の女性が歩み寄る。
茶髪のロングヘアをなびかせ、タイトな事務服を完璧に着こなした受付嬢、サオリだ。彼女は手元の資料に目を落としながら、リアムの前でだけは少し表情を和らげた。
「おはようございます、リアムさん。今日もギルドの風紀が締まるのは、あなたのおかげですね」
「えっ、そんな。僕はただ歩いてきただけですよ、サオリさん」
「ふふ、謙遜を。……さて、本日の『お願い』ですが。隣町の街道を封鎖している、軍隊規模のオーク軍――通称『緑の災厄』。これの排除をお願いしたく。他のパーティは全滅を恐れて足が止まっておりますの」
軍隊規模。
その言葉に、リアムの心臓は激しく跳ねた。
(無理無理無理! オークなんて、一匹でも僕を撲殺できるのに、軍隊!?)
「あの、サオリさん、それは僕一人では……」
「もちろん、選抜メンバーを手配してあります。リリーさん、マリーさん、準備はよろしいですか?」
サオリの言葉と同時に、ホールの奥から二人の影が飛び出してきた。
「リアム様ぁー!」
強烈な衝撃。
ピンク髪のツインテールを揺らした少女、リリーが、その豊満な胸をリアムの腕に押し当てるようにして抱きついてきた。
「リ、リリー、苦しいよ……」
「もう、リアム様ったら照れちゃって! 大丈夫ですよ、リアム様の隣は私の『聖域』が完璧に守りますから!」
「ちょっとリリー、あんたばっかりずるいっての」
リリーの背後から、同じピンク髪ながらショートカットの少女――姉のマリーが歩み寄る。彼女は男勝りな笑みを浮かべ、リアムの空いている方の手を握りしめた。
「リアム様、あんな豚共、私の一撃で見せてあげますよ。リアム様はただ、後ろで優雅に眺めててくれればいいんです」
リリー(賢者)と、マリー(武闘家)。
最強パーティの一翼を担う姉妹は、リアムを挟んでうっとりと頬を染めている。
「……あ、ああ、よろしく頼むよ、二人とも」
リアムの精一杯の返答に、周囲の冒険者たちは再びどよめいた。
「見ろ……! あの『神速の拳』マリーと『鉄壁』のリリーを、完全に手懐けていらっしゃる……」
「あの二人を同時に従える精神圧。やはりリアム様は底知れないぜ……」
実態は、ただの幼馴染による過保護な付き添いである。
だが、この場所において、リアムの言葉は神託であり、その存在は勝利の絶対保証であった。
街道を埋め尽くす、数百のオーク。
咆哮が空気を震わせ、腐肉の臭いが鼻を突く。普通なら腰を抜かして逃げ出す光景だ。
リアムは実際、足の震えを止めるのに必死だった。
(帰りたい。今すぐギルドのベッドで丸くなりたい……!)
だが、隣のリリーが杖を掲げる。
「『金剛外殻』!」
リアムを包み込む、まばゆい光のドーム。物理・魔法を問わず、あらゆる干渉を遮断する絶対防御。
さらに、マリーが前に出る。
「うらぁぁぁ!」
ドォォォォォン!!
ただの正拳突き。しかし、その一撃は衝撃波を生み、前方のオーク数十匹を肉片へと変えた。
「すごいな、二人とも……」
リアムは本気で感心していた。自分には逆立ちしてもできない芸当だ。
その時だった。
一匹のオーク・アサシンが、乱戦の隙を突き、影からリアムの背後へ回り込んだ。
リリーは前方への魔法集中で気づかない。マリーは敵軍のど真ん中で暴れている。
オークが、漆黒の斧を振り上げる。
リアムは、何かが背後にいる気配を感じ、震えながら振り返った。
「ひっ……!」
(終わった。死んだ。)
リアムが目を閉じた、その瞬間。
――ガギィィィィィィン!!!
鼓膜を突き破るような金属音が響き渡った。
「え?」
リアムが目を開けると、そこには信じられない光景があった。
オークの巨大な斧が、リアムの数センチ手前で、まるで見えない壁に激突したかのように粉々に砕け散っていた。
それだけではない。
「ギャッ……!?」
斧を振るったオークの体が、内側から爆発したかのように弾け飛び、跡形もなく消滅したのだ。
「……? 今の、リリーの防御魔法かな?」
リアムは周囲を見渡すが、リリーは遠くで別の魔法を放っている。
実は、これこそがリアムの真の力――彼の背後に憑く**【最強の守護霊】**の仕業であった。
主の危機に自動で反応し、次元を超えた力で敵を「消去」する。
だが、その守護霊は不可視であり、余波さえも「リアムの放った魔法」に見えるよう絶妙な演出(?)を無意識に行ってしまう。
「……今のは、リアム様……?」
戻ってきたマリーが、地面に残された巨大なクレーターを見て息を呑む。
「えっ? いや、僕は何も……」
「嘘おっしゃい! 今の、無詠唱・無動作の『因果崩壊』ですよね!? 斧を振り下ろした瞬間に相手の存在確率を消去するなんて……っ、もう! また一人でカッコいいことして!」
「いや、本当に僕は何も……」
「いいんです、リアム様。隠さなくても。私たちはわかってますから」
リリーも駆け寄り、リアムの肩に頭を預ける。
「私たちのサポートなんて、本当は必要ないんですよね。でも、私たちが寂しがらないように、あえて手を抜いてくださってる……。ああ、なんて深い愛かしら……」
「……あ、はは。そう、かな」
(違う、絶対に違う。でも、否定したら怖いマリーに怒られそうだし……)
リアムは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
街道を埋め尽くしていたオークの軍勢は、わずか数分で全滅。
生き残ったわずかな魔物たちは、リアムの背後に漂う「ナニカ」の圧倒的なプレッシャーに精神を破壊され、二度と人里へは近づかなくなるだろう。
クエスト達成の報告をサオリに済ませた後、リアムはパーティ専用の高級宿舎へと戻った。
贅を尽くした内装、ふかふかのベッド。しかし、リアムの心は休まらない。
「はぁ……。今日も死ぬかと思った……」
独りごちてベッドに倒れ込む。
その時、部屋の扉がノックもなしに開いた。
「リアム様ぁー。お疲れ様のお時間ですよ♡」
「こらリリー、先に行くなって。……リアム様、準備はできてますよね?」
入ってきたのは、薄いネグリジェ姿のピンク髪姉妹だった。
リリーのおっとりした、しかし欲情に濡れた瞳。
マリーの、普段の男勝りな態度が嘘のような、熱っぽい吐息。
「えっ、二人とも!? あの、まだ心の準備が……」
「ダメですよ、リアム様。あんなに素敵な『魔法』を見せられちゃ、私たち、もう我慢できないんです」
「そうそう。リーダーを称えるのは、部下の義務ですからね……」
リリーがリアムの首筋に顔を埋め、マリーが太ももを跨ぐようにして乗りかかる。
外では「最強の聖者」として畏怖される男が、今、二人の少女によってベッドに沈められていく。
一方その頃。
隣の部屋では、同パーティの最強剣士カエデが、壁越しに聞こえてくる艶めかしい声に耳をそばだてていた。
「……破廉恥だ。実になげかわしい……っ」
彼女は鉄面皮を維持しようと努めるが、その頬は朱に染まり、膝の間で震える指先が止まらない。
「リアム様……。私だけには、あんなに優しい言葉をかけてくださるのに……。ああ、あ……っ」
最強パーティの夜は、戦場よりも熱く、そしてリアムにとっては、ある意味で戦場よりも過酷な「ご褒美」の時間となるのだった。




