止められない胸のざわめき
放課後の帰り道。
陽が沈みかけ、校庭に長い影が落ちていた。
夏海はスマホを握りしめたまま、
何度も開いては閉じ、ため息をついた。
(灯に……なんて言えばいいんだろ)
練習中に何度も話そうとした、
それでも一度も伝えられなかった気持ちが
胸に残って重く沈む。
「……夏海」
背後から声がして振り向くと、灯が立っていた。
夕焼けに照らされるその横顔は、
いつもよりずっと大人びて見えて、
夏海の心臓が自然と跳ねた。
「さっき、話そうとしとったんじゃけど……
また邪魔入ってしもて、すまん」
灯は気まずそうに笑った。
その一言が、胸に優しく触れてくる。
「灯のせいじゃないよ。……あたしも、話したかったし」
「お、おう……なら、歩いて帰る?」
照れたように視線をそらす灯。
その仕草ひとつで胸が温かくなってしまう。
(あぁ……やっぱり好きなんだ)
改めて痛感してしまい、夏海は自分で自分に戸惑う。
二人は並んで歩き出す。
でも、距離は5センチくらい空いたまま。
その5センチが、今はやけに遠い。
***
校門を出てすぐ、
角を曲がった影にひっそりと立つ人物がひとり。
里奈。
遠くから二人を見つめていた。
(……やっぱり、あの二人は“特別”なんだね)
胸の奥で小さく何かが波を立てる。
夏海が陸と話したことに焦りを覚えたのと同じように、
灯と夏海が並んで歩くその光景は、
里奈にとっても落ち着かないものだった。
(でも、簡単には譲れない。……今さら)
ゆっくりと歩き出す彼女の横顔は、
静かだけど強い決意に彩られていた。
***
歩きながら、灯がふっと口を開いた。
「夏海。……昨日、陸と話しとったじゃろ?」
「っ……み、見とったん……?」
「いや、見てはないけど……
里奈から聞いた。『ええ感じじゃった』って」
ズキッと胸が痛む。
里奈が、あの言い方で伝えていたのが手に取るように分かる。
「違うよ灯……ただ、ちょっと相談されただけで」
「相談……?」
「うん。部活のこととか……でもほんまにそれだけ」
灯は一瞬だけほっとしたような表情を浮かべた。
でもすぐに、また視線をそらしてしまう。
「……なら、よかった」
その声が、やけに弱々しかった。
夏海は思わず問い返したくなる。
(何が“よかった”なの?
心配してくれたの?
それとも……違う理由?)
けれど聞く勇気は出なかった。
***
沈黙が落ちる。
でも不思議と苦しいだけじゃない。
歩幅が自然と合うこの感じ。
風の温度。
横顔の距離。
全部が懐かしくて、
全部が好きだったころのまま。
言葉よりずっと雄弁に心が揺れる。
「なあ夏海」
灯が不意に立ち止まる。
「お前……最近、元気ないよな」
「えっ……そんなことないよ?」
「嘘つけ。
わし、夏海のそういう顔、すぐ分かるんじゃけぇ」
その言い方がたまらなく胸を抉る。
夏海は胸の奥にしまっていた気持ちが、
一気に溢れそうになる。
「灯……あたし……」
言いかけて――
――スマホのバイブが鳴った。
夏海は反射的に画面を見てしまう。
メッセージは、陸。
「ごめん、さっきの続きまた聞いてほしい。電話できる?」
灯はそれを横目で見て、
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、
寂しそうに目を伏せた。
夏海は慌ててスマホを胸にしまう。
「ち、違う! 灯と話しとるほうが大事で……!」
そう伝えたのに――
灯は優しく笑ってしまう。
その笑顔が、やけに遠くて、
やけに優しくて、
やけに痛かった。
「……行ってええよ。
せっかく頼られとるんじゃけぇ」
夏海は言葉を失う。
(違うよ……灯と話したかったのに)
名前を呼ぼうとした瞬間、
灯は手を振って、背を向けて歩き出した。
その背中はどこか頑なで、
どこか諦めたようで、
夏海の胸を刺す。
(待って……灯……)
声にできる言葉が喉で詰まり、
ただ見送ることしかできなかった。
***
その様子を階段の影から眺めていた美月は、
頬をぷくっと膨らませた。
「ほんま、めんどくさい三角関係やな〜……
でも見応えだけは満点やわ……!」
にやりと笑うその姿は、
すでに観察者のポジションから動く気がなかった。




