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三人の転生者《イレギュラーズ》 ~神様チートはないけれど、仲間と一緒にやっていく~  作者: 凡鳥工房
第1章 三人の転生者《イレギュラーズ》、出会ってしまう
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1-09.俺たちは手に入れる

 俺たちは手に入れる。

 イベント参加券(権)を。


 いやほら、参加したくないなら破り捨てればいい。けど、参加したいのにできないというのはツライしツマラナイじゃない。

 俺としても別に狼相手に戦いたかったわけではない。だが、何もできずに部屋に閉じこもっているだけというのは、見た目は六歳・中身は大人な心にストレスだったのも事実なのだ。


「……僕に、いい考えがある」


 にやりと笑ったミナヅキの提案は、投石器の作成だった。

 カタパルト的なものか、ずいぶん大掛かりじゃねと返したら、ワンハンド・オペが可能なお玉杓子のようなものだという。


「おたまが投石器? 戦国時代に石投げが地味に活躍したって話は聞いたことあるが」

「なるほど、運動エネルギーは速度の二乗に拠りますからね。簡易的な器具のアシストでも十分な効果が見込めるでしょう」

「そうそう、角速度の公式からも……」

「もっと簡潔に」


 黒い目を輝かせてアイデアを語るミナヅキと、赤髪をゆっさゆっさゆすって頷くハヅキは、俺の物言いに唇を尖らせた。


「……腕が短いより長いほうが、投げるボールのトップスピードがのります。投石器はこの原理を応用し、」

「演説風に」

「物体の運動エネルギーは質量と速さの二乗に拠るものであり、威力を上げるには速度を稼ぐことが重要になると言わざるを得ない……演説ってこんな感じですか?」

「しまった、『いやらしく』を先にすべきだった」

「なんでやねん」

「どないせぇっちゅうねん」


 左右から、いいツッコミいただきました。


「威力を上げた物理で殴れだろ、わかるってば」

「じゃあさっそく、手ごろな枝でも探しましょうか」

「石受けに手拭いはもったいないし、ツタほぐして編んだ網でいいですかね」


 石受けはお玉杓子やスプーン状であればいいのだが、ほどよい太さを持つ枝から削り出すのは一苦労しそうだ。そこで、Y字型の木の枝の二股部分に気持ち緩めに石受けを張って小石を収め、棒の下の方を握って大きく振りぬく。

 すると、ただ腕だけで投げるよりも加速された小石が射出されるという仕組みだ。なぜそうなるかを数式として説明するには角運動の公式やらなにやらが必要だが、幸い俺たち三人ともその程度の理解には困らない学業を修めている。前世で。


 狼戦により禁止されていた柵外へのお出かけは、もともと俺たちが行ける範囲は近場でしかないということもあり、早々に警戒区域から解除された。

 一応、集団行動が義務付けられているが、子守り引率に何をか言わんというものである。

 投石器による威力は岩にあてた時の反響音からは期待できそうだが、意外と、狙ったところに飛ばすのは難しい。


「石の形状自体が、まっすぐ飛ばない要因ではあります」

「リリースのタイミングが毎回微妙にずれるのも難易度高いですよねえ」


 俺たちがそんなことをしていれば、当然のようにガキどもも真似をする。

 河原文明は常備兵を備えた戦闘国家の様相を呈してきた。


「狙ってあてるってよりも、面制圧を狙うべきかな?」

「散弾のように一度に投げる石の数を増やすのは、石の重さ、すなわち威力とのバーターですから、効果があるかどうか」

「威力を落とさず面制圧なら、人数を増やすことになりますね」


 ちらりと、訓練中の兵隊どもを見たタイミングで歓声があがった。

 ウサギでも仕留めたかと目線を動かすと、やや緑がかった人型の……


「ちょ、ストップ!! ストーップ!!」


 容赦のない追撃を続けるガキどもを制止し、慌てて駆け寄るが、ああ、もう、グロイ。

 身長だと一五〇センチ未満、ぼろい衣服を身に纏い、腰縄にはナイフを挟み、こん棒が近くに転がっている。やや緑がかった皮膚が裂けて流れでた血は赤い。

 息絶えていることを確認し、俺とミナヅキは顔を見合わせた。


っちまったよ、どうしよう」

「……ゴブリン、ですよね。特徴的に」

「『人類』なんだよなあ、この世界のゴブリンって」


 思わぬ事態に頭を抱えてしまった俺に代わり、ミナヅキがチビどもに新たな指示をだす。


「全員、固まって、ハヅキについて急ぎ村に戻りなさい」

「えー」

「えーじゃない!」


 俺の金髪やハヅキの赤髪、そうでなくとも茶髪だのグレーだのの中でミナヅキのくっきりとした黒目黒髪は意外と目立つ。おまけに腹も黒いとくれば、頼りになることこの上ない。

 ぐずりかけたチビどもを一喝で黙らせ、ハヅキに引き渡す。


「ハヅキ、できればオットーおじさん、次点でクルップさん、二人ともつかまらなければ手近な大人にこのこと知らせて」

「承知」


 故意ではないとか監督責任がとか墓はどうしようとかこのゴブリンにも家族がいるんだよなとか。

 明らかにパニクってしまったことは自覚しているのだが、どうすることもできず、頭の中で同じことがひたすらループする。


「うん、ウヅキがパニクってる分、逆に僕は逆に冷静になれてるのかな?」

「んなこと言ったって、コレどうすりゃいいんだよ。責任問題だろ? 殺人事件やぞ」

「『人間』は僕らのようなヒュム種のことで、ゴブリン種は『人類』ではあっても人と呼ぶかどうか……殺ゴブ事案?」

「全国ニュースで『キッズ河原でゴブ殺、問われる管理責任』って言われちゃうやん」

「東スポ風に」

「一発だけなら誤射だった(のに)」


 時間経過とともに、徐々に落ち着きを取り戻すことに成功する。

 ミナヅキだって俺との相対的な印象で落ち着いていたというだけで、俺とおバカな会話をしていた時点で冷静とはいえない状態だったと思うがあえて触れることでもないだろう。


「略奪隊の斥候にしては装備が……ただの平民にしかみえないな」

「そう見せかけるための偽装かもしれないが……」


 オットーおじさんとクルップおじさんが額に眉を寄せながら死体検分を行い、一応の後始末をすませて死体を棒で担いで村へと引き上げる。

 その日のうちに緊急集会が開かれ、村の衆の全員が再び領主館へと集まった。


 翌朝、村を取り巻く畑と森との境目付近に集結したゴブリンの集団を遠目に見やり、オットーおじさんはため息をついた。


「はぐれであればと願ったのだがなあ」

「略奪隊ではないな。明らかに女子どもも混じっているぞ。流民棄民の類か?」

「まさか、魔物溢れか?」

「森向こうとはいえ、流民など出されては迷惑な話だ」


 森に囲まれたエンダー村は、どうやら森を挟んで対峙する人間とゴブリンの勢力圏のなかで、人間側の押し出した戦略的拠点開拓村であったようだ。

 森を抜けた向こう側は、ゴブリンの勢力圏。

 略奪隊なる物騒な単語から察するに、いわゆる国境紛争めいた威力行動も珍しいことではないのだろう。お互いに。


「神話によれば、ゴブリンも人間なんですよね?」

「『人類』な。『人間』は俺たちヒュム種のこと」


 冬の間の末姫様のご学友チャンスは本当においしゅうございました。

 触れることを許された書物に隙を見ては三人で手分けしてアタックをかけた結果からいうと、俺たち人間はヒュム種と呼ばれ、ほかいわゆるゴブリン、いわゆるエルフなど、多数の人類がこの世界には生息しているという。

 神々によって救済された各世界の人類、言い方を変えれば超集団異世界転移が過去にあり、彼らの文明、文化が混じりあい、発展や衰退なんかをしながら現在に至る。


 もちろん、文明の接触のすべてが友好的なものだったはずはない。

 人間ことヒュム種同士でさえ相争うのだし、まして他種族相手に争わない理由がない。

 魔物という驚異の存在や、多種族で共通の神話体系から推測される神々の干渉。あとは単純に世界の広さに比して人口が少ないから、種族ごとに各地ですみわけているのが基本として、なかには多種族国家やら他種族差別をしない都市やらという文化交流のできるところもあるようだ。


 村付近に布陣したゴブリン集団と、一応は文明人類同士ということなのか互いに使者を立てての交渉が行われたらしい。内容はわからない。ただ結果は明らかだった。


「話にならん。近隣に定着されるわけにはいかんし、攻めてくるなら応ずるしかあるまい」

「カイアス様とキルビスが不在なのは痛いですな。いや、ある意味では幸運……」


 オットーおじさんの腹心、クルップおじさんは口をつぐんだ。

 声にならなかった言葉は、たとえ村が滅んだとしても血統は維持できる、といったあたりだろうか。


「そうだな、幸い敵は正規の略奪隊ではなく流民にすぎん。魔法戦の心配はしなくてよさそうだ」


 はっはっはと、大きな声で笑うオットーおじさん。大広間にほっとした雰囲気が広がる。なるほど、こういうのが指揮官の態度ってやつか。


 ただなあ、実はゴブリン種にはヒュム種よりも魔法使いが多いんじゃないかと俺たちは推測している。

 だって、この世界に魔法をもたらしたのはエルフ種やゴブリン種などらしいのだ。ついでにいうと闘気術はオーク種などが持ち込んだものとされていた。

 そういう歴史を踏まえると、正規軍ではないただの流民だとしても、野生の魔法使いが混じっていてもおかしくはないと思う。


 世界的に魔物の脅威がどうこうといっても、個人目線で見れば襲ってくる奴は敵。

 勢力同士目線でも、生存圏が接してしまったら基本、敵。魔物だ魔獣だ関係ない。異種族、異文化、異国。共存共栄云々より前に、まず敵。


「おいつら追っ払わないと、畑仕事もできないべさ」

「半端に散らしても後が面倒じゃけん、れるだけらんと」


 エンダー村は対ゴブリン集団との決戦体勢にシフトした。

 そして、河原で偵察ゴブ(?)殺害という『実績』をあげてしまっていたキッズ投石隊も戦力として組み込まれた。

 さすがに七歳以上という縛りは設けられたらしいが、なぜか俺たちは六歳にもかかわらず例外扱いで呼び出されている。


 先の狼戦と違い、俺たち含む戦力抽出された村人たちは領主館まで退かず、村を囲む堀と柵の内側にいくつかの集団として配置された。

 ハヅキは、指で枠を作って遠目にゴブ集団を眺めている。

 あちらも戦力配置を行っているのか、ざっと見では村に対して前面と後ろの二集団に分かれ始めていた。


「フレーム内十前後で、ざっと……八フレームだから、見えている総数は八〇前後ですね」

「八〇かあ……」

「女子ども含みで八〇なら、総数としてはうちの村のほうが上だが」


 前世近代以前の軍隊では攻撃三倍の法則ともいうように、勝利のためには敵より三倍の戦力が必要とされる。

 三倍の戦力で勝てないのはよほどのアレということでもあるが、まして防衛施設込みで総数も上。さらに、ヒュム種とゴブリン種の戦闘能力は、体格上ヒュム種の有利。

 雰囲気的には勝ち戦、なのだよなあ。


「村としては勝っても、僕らとしては死にましたじゃ話になりません」

「それな」


 組織、村として勝たなければならない。個人として生き延びなければならない。死にたくない。

 両方なさねばならないところが辛いぜ、フゥハハ……


「やべえ、膝が笑ってる」

「緊張しますね」

「戦場ですからねえ」


 こんなことになるんなら、投石器なんてつくらなければよかった。戦える、戦力になると示さなければ、館で守られて待っているだけで済んだ。


 ……さすがに言葉にせずに飲み込んだ。

 イベント参加券(権)を望んだのは俺たち自身だ。まさか、参加券(権)を手にしたとたん望まぬイベントに強制参加させられるとは思わなかったが。


「選択肢なしとか、クソゲーじゃん?」

「そこはほら、ストーリーモードで強制イベント進行なんでしょうよ」


 口に出さずとも、似たようなことは考えていたのだろう。ミナヅキは口の端が引きつった笑みを浮かべていた。

 何かを悟ったかのようにハヅキも応じる。


「『人生はクソゲー』でしたね」

「そういえば、仏教徒的には世界って、解脱げだつを目指して功徳くどく稼ぎする苦行まみれの地獄の一種なんでしたね?」

「ディテールは宗派によると思いますが、そっか、『人生はクソゲー』って悟りだったのか」


 それはどうだろうと俺がこたえる前に、空気を切り裂くような笛の音が響いた。

 雄叫びとともに、緑がかった壁が前進を開始する。


「弓持ち、かまえぇ!!」


 ゴブリンたちの叫びに負けじとオットーおじさんの怒号がとどろく。

 時刻は昼過ぎというところか、対ゴブリン集団エンダー村防衛戦の戦端が開かれた。



【メモ】

・円周に沿って一定の速さで動く物体の動径ベクトルがt[s]間にθ[rad]回転したとするとき、求める角速度をωとすると、

ω = θ / t [rad/s] 【※角速度の公式】


・円の半径をr[m]、物体の速度をv[m/s]とするとき、物体は周期T[s]の間に円周上2πr[m]移動することになるので、

v = 2πr / T


・ここで、物体が半径r[m]の円周上を1回転する時の回転角は2π[rad]。よって、角速度の公式より

ω = 2π / T


・これらをぐっちょぐっちょすると

v = rω


・ついでに質量m[kg]の物体が、速さv[m/s]で移動する時に物体が持つ運動エネルギー[J]は

K[J]=1/2mv^2 【※運動エネルギーの公式】

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