1-08.俺たちにできること
俺たちにできること。
新年の始まりの日、血相を変えて村に戻ってきた猟師のおっさんの叫びに村中が騒然となった。ざわめきの中で考えてみたが、いくら前世の記憶があったところで俺はなんの役にも立たないようだ。
「狼がでたぞ!」
「どこだ、何匹だ」
「北東の森、最低でも六匹。群れを確認した」
オットーおじさんの指示が飛び、大人の男たちが慌てて走り回る。
緊張のせいか、やや青ざめた顔のカイアス若様とその従者キルビスが身支度を整え、猟師のおっさんと何事かを確認しあっている。
奥様もまた、女衆に向けて指示を出す。
「新年祭どころではなくなってしまったようですね。皆、料理は大広間に、手すきの者はそれぞれの家の食料庫の封と戸締りなどしてから、身の回りの物を持って館に詰めなさい」
……本当に、俺たちにできることって、ないんだよな。
いつものようにミナヅキ、ハヅキと額を寄せ合い、意思疎通と情報交換、現状把握フェーズに突入。
「物語のヒーローじゃない俺たちじゃ戦力外だし、狼対策なんて知識もないぞ」
「邪魔にならないのが一番でしょうね」
「うーん、強いて言えばガキどもの引率ですか」
「いうて、外には出れないよな?」
「狼というとあれですが、災害時の対処と思えば。避難先は領主館で」
「村の防衛施設の中心だし、女衆も集まるし、確かに館に集まっとけばいいのか」
新年を迎えて数え六歳になりたての俺たちでは、大勢に影響を及ぼすような、華々しい活躍などできはしない。能力も立場も、何もかもが不足しているのだ。
善は急げ。俺たちは分かれて、村内から子どもたちを回収、館に集めることにした。
さすがに乳児は母親か家族が回収済みだったが、放置されている子も幾人か。こういう時のための子守り引率グループだとか、ある程度の歳になっているなら自己判断で動けとか、そういうことなんだろう。
館の一角が子ども部屋となるなど、村の非常時シフトは速やかに進んだ。
昼過ぎから夕方までの半ばくらいの時間に、大広間で偵察に出ていた若様たちを交えて大人の男たちが難しい顔を並べていた。
「若様の偵察は、軍隊風にいえば将校偵察ですね」
「偵察は偵察だよな? 将校ってわざわざつける意味は?」
「んーと、例えば、ある部隊がどこからきてどこへ行くのかの判断は地図や勢力情勢が頭に入っていないとできないですよね。部隊の人数、装備の状況、指揮官は誰か、などなど。偵察と一言で言っても、何を見るのか、どう判断するのかは、それ相応の教育や訓練を受けていないと難しいものです」
いきおい、まともな偵察となると専門教育を修めた将校か、実戦で鍛えられた経験豊富な下士官か。ただのぺーぺーの兵なんかには任せられないものだとかなんとか。
正確で精確な情報の大切さは俺にも理解できる。
ハヅキは、あまりヲタ会話にはついてこれない割りに、妙なところに鋭い知識を持っている。
「状況を読む力と、判断を下せる権限をあわせもった者による敵情の分析。くらいの話です」
「この場合は、先陣に立つという、若様の気概を見せる意味もあったんでしょうね」
「ああ、上に立つものに相応しいって示さないと云々ってヤツか」
「実際、印象としては前に立ってくれるリーダーは頼もしいものです」
ミナヅキに応えたうえでただし、とハヅキ。現場指揮官としては良くても、それ以上の立場に相応しいかは別問題とのたまう。
互いにあまり突っ込まないが、ハヅキの前世では上司に苦労でもしたのだろうか。心からの共感を覚えてしまう。
偵察は人間だけの専売特許ではない。
狼が数頭、村のそばに姿を見せ、様子をうかがっているという。
柵の内から矢を射かけても、その場では射程外や木陰などの遮蔽物の裏に退くものの、諦めてどこかへ行くという気配はなく、対決姿勢を崩さないとの報告に、オットーおじさんは日が落ちる前に村人全員と豚を館に集めた。
夜のうちに狼の群れは守り手のいない堀や柵などをあっさりクリア、エンダー村包囲網は前進し領主館包囲網へと姿を変えていた。
館を取り巻く堀と柵、一部石垣・段差が新たな防衛ラインとなる。
遠吠えや掛け声や怒号、雄叫びに悲鳴。
そんな戦場とわずかばかり離れた館内、窓のない石造りの部屋に避難していた俺たちは、交代で肩車して天井付近の空気穴から切り取られた狭い世界を観戦した。
「それにしてもあっさり外堀を放棄しましたね」
「人数の問題でしょう。全周に二十四時間張り付けるには人手不足。薄く配置してどこかに集中攻撃されたらひとたまりもありません」
「館なら、守るべき範囲も狭まるってことか」
日中の攻勢は様子見らしく、狼たちはほどなく退いた。
いつ・どこでを決められることが攻め手の有利、夜こそ獣の時間という有利。人間側も本番は夜と判断したらしく、あわただしくかがり火などの準備を進めている。
「しかし、なんでまた狼の群れがうちの村を襲うんだ?」
「戦力的には不意打ちだったら村滅亡の危機だったかもしれませんが、すでに防衛体制を整えたものをわざわざ相手するのは悪手に見えるんですけどねえ」
人間にとって狼が脅威であるように、狼にとっても人間の群れは脅威である。
森の奥に迷い込んでしまった子どもをペロリするくらいならともかく、わざわざ人間の集落のそばまできて防衛・駆逐体制をとられるのは、狼にとっても不本意なはずだ。
なのに集落内にまで攻め込んで、引く気配を見せない。
理由があるはず。
「単純に食糧不足でしょうか。前世の記憶だと、山の食糧不足で熊や猪が市街地に降りてきてニュースになってたのと同じようなもので」
「うーん。昨夏も秋も、例年並みだったと思うけどなあ」
「僕らの見える範囲では、の話ですからねえ。狼さんたちの生息地では不作で、冬は越したが春先で一時的な食糧不足ならありうる?」
結局、都合三日間の防衛戦で狼の群れはその数を大きく減らした。
正面切っての対陣戦闘など、彼ら本来の狩りスタイルではないことが不利に働いたのだと思う。
ようやく諦めての撤退時には、傷を負った個体が村内に侵入したときの逆に柵を越えるのに手間取り、人間側の追い打ちが決まった。
ただし、逃亡に成功した狼も複数存在するため、村外での活動に安全を確保できたとは言いにくい。
狼は頭がいいので、さんざん痛めつけられた直後に同じ場所にとどまるとは考えにくいとしつつも、村外のパトロールは狩人のおっさんを中心に複数人でしばらく続けられることが決まった。
村側の死者は二人。労働力としてはほぼ死んだも同然の重症者が一人。時間をかければ復帰できるだろう者、多数。
襲撃をかけてきた群れの規模からすれば、少なく済んだとみるべき犠牲らしい。
オットーおじさんは当然として、カイアスとキルビスの主従も順当に武勲をあげ、村内での存在感、地位を確立した。力イズパワー。強い奴は偉いのである。
物理的に村が得たものといえば、毛皮と肉。骨や腱なんかも使い道はあるようだ。
荒らされた家屋の修繕、柵や館の補修と並行して、狼たちの死体は手早く解体、処分された。美味しいとは言えないが、俺たちも久々の肉をありがたく頂いた。
そういった後始末に数日。
まだ村内に狼襲撃の残滓が漂う中、チビ若様ことセオルド・エンダーが伯都へと旅立った。道中の案内、護衛はカイアス若様主従。
主戦力が村を離れることに難色を示す大人もいたようだが、エンダー家にとってチビ若様の伯都送りも先延ばしできない重要な案件であろう。
安全が確認されるまでの当面の間、柵外へのお出かけを禁止された俺たちは、子守り対象のガキどもを引き連れ駆けっこだったり穴掘りだったり、おなじみのおままごとだったり。
「前世の記憶持ちなんてどこかで驕っていたけど、役に立たんなあ」
「六歳児が狼の群れ相手に斬った張ったなんて、物語の中の話なんですよねえ」
「チート無双……やりたかったなあ」
「チートなし異世界転生、世知辛いこってす」
俺とミナヅキがしみじみと愚痴りあう。そういうヲタ知識とは距離のあるハヅキも加わる。
「狼対策、防衛戦になにかしら画期的なアイデアがあったとしても、そもそも、大人たちにまともに相手されるわけないです」
「それな」
「そうですね」
現実的でないのだ。
そも、子どもには発言権というものがない。物事を決めるのは大人の男の権利であり、責任でもある。
大人に混じって幼稚園児がいっちょ前の口きいている姿を想像すれば、どれだけおかしいことかわかるだろう。
そのおかしいことが通るには、それこそ絶対的な立場や地位のバックアップがいる。貴族様の子と、家臣とか平民とかみたいな関係性。それにしたって、一人前として扱われているかどうかは別の話になる。
俺たちは、エンダー村というコミュニティで、U-6のガキ大将という地位は認知されていても、村会で何かを言う権限はない。
本来、参加もできないのだが、そこは子どもの特権としてしれっと傍聴したり近くで聞き耳を立てたり、情報収集を頑張っているのである。
「順当に、歳を重ねていくのが正解なんだろうが、前世の記憶のせいでなあ、精神は大人なのよ。何もできないってのがキツイ」
「精神が身体に引っ張られている面もあると思うけれど、まあ、確かにね」
「ただ待つ。結果にコミットできないというのは、自分の存在価値というかいる意味がないというか、そこまで考える責任はないだろうと思いつつも厳しいものでしたからね」
結局のところソレなのだ。
「イベントが起こっています。俺は関与できません。結果を待ちましょう。……つまらん?」
「ツライとツマラナイじゃあ、だいぶニュアンスかわっちゃうけど、自分も言いたいことはわかる」
「なるほど、ツライじゃなくツマラナイか。じゃあ、つまらなくないにはイベントに参加できればいいわけで……」
腕を組んで宙を見上げるミナヅキ。
「いやー、ひっくりかえしちゃうけど、自分、わざわざ狼と戦いたくはないよ?」
「無理に戦えって話じゃなくて、『無条件で戦えない』のと『戦うこともできるけど非参加』じゃあ、気持ち的にも違うよね」
「そりゃまあ、『できない』と『やらない』は違うわな」
顎を引いて俺とミヅキを視界に納め、ミナヅキがにやりと笑った。
「……僕に、いい考えがある」
ああ、なんて腹黒い笑みなんだろう。まったくミナヅキは頼りになるぜ。




