6-04.ヤマトゥーン家との契約
ヤマトゥーン領キタの津の船溜まりで、小舟が燃えていた。
モーターの魔道具を用い水車を回す外輪船の試作一号艇であり、明日は領都に戻って引き渡しの完了。……の予定だった小舟が、真っ赤に炎上していた。
あ、船尾に立てておいたヤマトゥーン家の旗も燃えている。
想定外の事態に頭が真っ白になって呆けてしまった俺たちと違い、ウイフェン様たちはさすがに武人。非常の時に輝く人材であられた。
領主家の権威をもって集落代表以下の住人を掌握し、放火魔たちを捕縛。
即・断・首。
キタの津の船溜まりは、もういろんな意味で真っ赤に染まった。
「ウヅキは……えげつないのう」
「待って。想定外。怖い。賃上げ対抗の代替案見せとく程度の話のはずだぜ」
確かに、事前にハヅキに、船頭のいらない船ができるかもなんて噂を流してもらったり、今日の操作説明も、キタの衆にとってのデモンストレーションともなるように、キタの津に停泊するよう調整したけど。
領主家の旗を立てておいたし、まっとうな人間がいきなり火をかけるなんて……俺の想定が甘すぎたのか?
「……船頭にとっちゃ、死活問題に見えたんやろ」
「ちょっと考えれば、数人乗りの小舟程度が快速騙っても、腕のいい船頭なら同じことできるってわかるハズだろ?」
話は冬の入り口のころにさかのぼる。
いや、ハヅキ領についての説明からいるか?
カブツ川とヴァルド川の間に広がる湿地帯が、周辺三家との間にかわされた書類上に存在するハヅキ領である。
名ばかりの領土、名ばかりの領主から脱却すべく、ハヅキは土地の造成を目論み、地理的な都合でのキタの津の対岸にエリアを設定。
確たる土地を得るべく開始した人工島造成は、人間が大自然にあらがうには力技しかないことを俺たちに教えてくれた。
個人で建設重機ばりの作業を行える瞬間移動を応用した浚渫なんてのは、いかにもファンタジーならではの力技だろう。
ハヅキ領の人工島造成には、キタの津の住人を雇用して作業を任せる場面も多かったのだが、冬に入って事情が変わった。
船頭たちが大幅な賃上げを要求してきたのだ。
曰く、この寒い時期に水上で働くなら、当然の手当であると。
そりゃそうだけど、上げ幅でかすぎというのが俺たちの感想。
要求を逆手にとって、冬は作業しないということで当座はかわしたが、湿地帯での活動や掘削した水路、そもそもカブツ川を渡るのに船は必須である。
つまり船頭とは、代わりのない技術独占職である。
独占的地位を盾にした要求は強い。
競争相手がいないのだから、妥協する必要がないのだ。
そんな見えている地雷、処理するしかないじゃないと、俺は船頭不要の船の開発に乗り出した。
船頭の機能のうち、櫓をこいで船を動かす動力について着目し、これをモーターの魔道具と水車で代用する外輪船の製作である。
なお湿地帯になるくらい川の流れは緩やかだし、水上交通も限られているしで、パイロット機能については特に考えないものとする。
外輪船の製作では、ヤマトゥーン家の助力を得た。
船大工や水車職人を紹介してもらい、試作一号艇を同家に売却する契約となり、俺たちとしても開発費を回収して二号艇建造に回そうと、そういう目論見であったのだ。
燃えちゃったけど。
商行為の争議、相手の強みである『独占』を崩すための『代替案』を示すことで、常識的な落としどころを探ろうぜってなもんだったのに。
気に食わないからって焼き討ちとは、血の気が多すぎて救いがない。
「てか、代金受け取り前だしこの場合どうなるんだ?」
「引き渡し完了前だと……、売り手の瑕疵やったか。自分ら丸損やん」
なるほど、商取引としてはそうなるのか。
俺たちは、よほど辛気臭い面をしていたのだろう。
顔を青くしたウイフェン様がこの度はーとか当家の領地でーとか何か言っていたが、なんか謝るのはこっちっぽいですよと告げたらますます青くなった。
「引き渡し義務を完了していない以上、同等のものを納品しないといけないのですが、当方も余裕がなく時間がかかることをなにとぞご理解願いたく存じます」
「あーいやー、むずかしいはなしはー、兄貴を通さないと、なんともなー」
その夜は、放火および派生した混乱もあり、互いに頭を下げて詳細は後日ということになった。
翌日、領都へ使いを走らせたウイフェン様の引き留めもあり、俺とハヅキ、そしてスコールの兄貴はキタの津の屋敷で足止めを食らう。
しょうがないので、こっそり転移門でツェルマット留守番中のヒル子とミルディーフに連絡してとんぼ返り。
あっちでは試作熱気球のためのお針子さんを頑張らせたせいで、こまめにご機嫌を取っておかないとなんか怖いんだよ。
ハヅキも、領都のフィリアに状況伝えてきたようだ。
夜にはミナヅキとハイラルが領都から船で下ってきて合流。
さらに翌日には、近侍を引き連れた御当主オブムス様と、二男で将軍のアイクリス様までやってきて、キタの津には、ヤマトゥーン四兄弟すべてが揃うこととなった。
ご領主家のウイフェン様に引き出されてきた集落代表は、健康状態に問題を抱えているとしか思えない顔色をしている。
「友好関係にある他家領主の面前で当家の御用船を焼くとは、ずいぶんと舐めた真似してくれたじゃないか」
「当家の富が河川交易に依存している以上、水軍衆は必要だ。だが、飼い主に噛みつく犬はいらん」
俺たちに商売上の道義があるように、ヤマトゥーン家にも領主家貴族としてのスジがあるようだった。
「メンツと、ケジメだな」
「今回の件では、客人の前で『恥をかかされた』うえに、当家の旗を焼く『反乱』だからね」
「ああ、道理で物々しくなるわけです」
御用船(になる予定だった)に火をかけた実行犯はすでに斬首済みだが、御当主オブムス様臨席の領主裁判で集落代表以下の結構な人数が罪を言い渡され、首を刎ねられた。
反乱の現場を目撃されている以上、申し開きもない。
一部の暴走であったとしても、統制できていなかった頭が悪い。
慈悲があるとすれば、本日の死体は首をさらされることもなく、すぐに墓に収められた点。実行犯の死体はすでに川に流された。
「つくづく、領主貴族ってのも大変なんだなあ」
「他人事みたいに言わないでくれよ。対岸は、ハヅキ領なんだよ」
いまんとこ、俺たち以外の領民ゼロだしなあ。
地盤が安定するまで何年かかるかもわからんので、とりあえずの仮拠点として物資置き場にしか使ってないし。
裁判と処刑、後始末。ここまではヤマトゥーン家の都合である。
キタの津で一番大きな家屋は元集落代表の家だが、さすがにまだ家人の掌握が済んでいないということで、俺たちの屋敷に招く形となった。
形式上は、隣接領主同士のトップ会談ということになる。
商売道義上の外輪船の引き渡しについては、受取先が譲歩し、ゲンブツ不要だが手付金だけは払うと言ってきた。
その代わり、一隻は自分たちの手でつくらせろと。後は権利金で云々。
船大工も水車職人もヤマトゥーン家の紹介なのだから、事実上の建造ノウハウはすでにあちらの手の内にあると言ってもいい。
どうせ特許法等の守りがないのだから、見よう見まねだろうと技術を盗もうと、俺たちが文句を言える筋でもない。そもそものアイデア自体が前世知識からのパクリだしね。
「丸損よりかはマシだわな。そういうことで頼んます」
「当家側の落ち度でもあるが、引き渡しまではそちらの責任というのも事実だからな。痛み分けというカタチで決着としたい」
しかし痛い。
生活費はともかく、人工島の造成にしろ船にしろ熱気球にしろ、とにかく金食い虫でねえ。
細かい数字はハヅキが見ているが、俺たちだって大まかな概要は把握している。
わりかし自転車操業的な資金繰りしてたから、建造中の二号艇で資金がショートする。
「地道に、交易で稼ぐしかないのか」
「今回の件で、キタの津から労働力を云々なんて話もちょっと、ですしね」
「この屋敷も引き払いましょか」
こうなると、キタの集落の衆と俺たちとは、まあ微妙な関係よね。
不満を抱えた連中が、対岸の仮拠点や資材を荒らすかもしれない。
転移門の中継点になる仮拠点はともかく、資材は使い切るか引き上げるかしておかないとな。
「当面はウイフェンを入れて統制を図るが、不埒者が出ないとは言い切れないのがなあ」
「幸いっちゅうか、ハヅキ領、飲み水が問題で住める場所やないから、正面切った抗争にはならへんけどな」
「ああ……小さな島で手狭でもあろうよ」
「大きく育てるねん」
ハヅキの強がりに笑いが誘われたが、真面目な話、先は長い。
俺はハヅキとミナヅキにアイコンタクトで許可を取り、切り札を切ることにした。
「……ヤマトゥーン家に提案がある。外輪船に続き、熱気球に投資をする気はないか?」
「ネツ・キキュウ?」
せっかく、ヤマトゥーン四兄弟が揃っているのだ。説明は身内のハイラル君にしてもらおう。
「いいんですね?」
「ああ、任せた」
ハイラルはまず、兄弟に対しても秘密を抱えていることを前提とした。
「一応、これでも司祭ですので。信徒の秘密を他者に開示することはできません」
「あー、まあ、でないとおちおち懺悔もできんからなあ」
神の名の下に誓った聖職者個人への信頼であり秘密であるから、裏切りは死よりも恐ろしい。らしい。
神々が実在し、その影響を受けている世界だからなあ、建前じゃなくマジでエグイことになるらしいです。
熱気球の原理は単純だ。
周りの空気よりも軽いガス、熱した空気を詰め込んだ袋なら、空気中に浮くよねというただそれだけのもの。
教会総本山が開発した航空巡洋艦こと飛行船は無理だが、熱気球なら作れる。
……はずだった。
「布が高くて……」
「ああ……」
理屈はわかったが、実際に見ないことには納得できないと言われればまあそうよね。
見ないで信じる者は信仰者と呼ばれる。
対してオブムス様たちは為政者だ。どこまでも現実に基づき、そのくせロマンチストであることを求められる人種である。
興味を引けたのであれば話は早い。
翌朝、ツェルマットに跳んで実験用試作気球を持ってキタの津の屋敷にとんぼ返り。
用意した焚火の上に実験用のでっかい袋をかざし、熱気を集めてぷかーんである。
変なところに飛んでいかないよう、結わえたロープを手繰って回収した。
「理屈は、納得頂けましたか?」
「あ、ああ」
もう一度、今度はぷかーんさせる前に、下部に人形の入った籠をぶら下げる。
「!」
「おわかりいただけただろうか」
一度目は原理。
二度目はこれで何ができるかのプレゼン。
「単に浮かぶだけですし、高度もまずは十メートルか二十メートルか。ロープで地上に結わえて風で流されないように、といった運用を予定しております」
「極めて限定的ではあるが、空に手が届くと、そう言うのだな」
メリケンさんちの南北戦争のころには、軍隊で観測気球として実用化していたはず。
高所からの俯瞰目線は従来、山に登る、木に登る、やぐらを立てる、あるいは、特殊な魔法を使える魔法使いでしか得られなかったものである。
今回見せたのはおもちゃでしかないが、目地の細かい布を丁寧に縫い上げ、さらに膠ぬりぬりという、他に使い道のないシロモノのくせに超高級品。
布ってめっちゃくちゃ高いので、人が乗れるサイズの気球実験なんて無理じゃんとなったのだ。
優先順位的にも、船頭衆への対策として外輪船を先にしようぜとなり、お蔵入りしかけていたプロジェクトである。
ヤマトゥーン男爵家御当主オブムス様は叫んだ。
「アイク、急いで俺の執務室から金袋持ってこい!」




