5-11.地上のモブ
「大変だ! 空を見ろ!!」
「なんだあ、ありゃあ!?」
王都の街中から騒ぎの声が挙がった。
ツェルマットまでの旅について相談中だったルーディナル様ともども、表通りに出て空を見上げる。
そこにはクジラのような飛行船が遊弋していた。
「レ、レビアタンだあああ!」
「ばっきゃろー、落ち着け、人が見えるだろぉおお」
胴体下部にゴンドラのようなものがあり、人影が手を振っている。
「むう、もしやあれが噂のホエール型航空巡洋艦かっ」
「知っているのですか、ルーディナル様」
俺の問いが呼び水となり、魔導科学の最先端、知と技の結晶だと力説されてしまった。
師父の弟ルーディナル様もまた錬金術師。
現代においては、魔術師プラスなんか程度の意味合いしかないが、古の昔には文字通り金を創り出したという、科学と魔法を極めし者にのみ許された称号を背負うお方なのである。
「水に木が浮くように、空気よりも軽い何かであれば空中に浮くであろうことは予測されていた!」
「ええまあ、そうですねえ」
「だぁが、簡易なおもちゃはともかくも、まさか船を空に浮かべることができるとは、誰も信じていなかった!」
「船は重いですからねえ」
空中浮遊の原理とか徹底的な軽量構造とか、すいませんなんとなくは知っています。どう見ても飛行船なんだもん。
前世と大きく違うところがあるとすれば、ファンタジー素材の存在と、推進力を生んでいるのが魔石を利用した熱機関ってところかな。
素材や機関には興味がわいたので重ねて問うてみたが、素材処理の一部工程に関する推論はともかく、機関は魔導技師の領域と言われてしまった。
「それでその、空を飛ぶ船がどうして王都に?」
「ホエール型航空巡洋艦」
「あ、はい」
こだわりのポイントは人それぞれ。
紳士は人の趣味を無碍にしてはいけない。
ルーディナル様によれば、ホエール型航空巡洋艦は現在、世界にただ一隻の空を飛ぶ船である。
建造および所有者は教会。
前世で言うカトリックのバチカン的な総本山が大陸中央部にあり、そこで開発されたばかりの最新技術のようだ。
「ホエール型航空巡洋艦とは、人類の夢の結晶なのだよ!」
「はい、そうですね」
ミナヅキやハイラルなんかは俗物だし、ヒル子は建前を扱えないしで忘れがちだが、教会組織や聖職者の人々は、神々の教えに最も忠実なるしもべであることをアイデンティティとしている。
神話に曰く、神々がこの世界アガルタを創り各種人類を召したのは、滅びから救うためであった。
しかしながら、清浄なる地として用意したはずのアガルタにも、滅びの手、闇の力は浸食し、迷宮が出現し魔物を生み出している。
神々の敬虔なる信徒にして世界の守護者、魔物を駆逐し人類に救いをもたらす尖兵との自負篤い教会は、実力部隊としての聖騎士隊を抱えるだけでなく、聖女や勇者を認定して手厚く後援。
これは一地方教会にすぎないツェルマット教会でも同様だ。
今はいないが、ご当地勇者の存在は強力なアピールになるとかどうとか。
なお、勇者や聖女にはそれなりの選定基準がある。
ミナヅキたち内部関係者曰く、候補者の段階でもはや人外認定レベルだそうだ。
どこかのヒルデガードさんは、かつて聖女になるなどとほざいていましたが、そもそも望みはなかったようですね。本当に、残念な子。
「乗っているのは総本山の勇者様ですかあ」
「ああ。魔王を退治するため、世界各地の迷宮を攻略して回っている方々だ」
勇者の使い道といえば、語るまでもない。
魔王退治の鉄砲玉だ。
総本山の勇者様は、闇の手先である、強力なダンジョン・マスターの討伐が主任務。
と同時に教会組織の看板という立場もあり、王都訪問もその一環なんじゃないのかなと、ルーディナル様は推測なされた。
事前交渉なり先触れなりは当然行われていたのだろうが、最新技術を引っ提げて空からのご登場とは、インパクトのあるお披露目だ。
老いも若きも仕事途中でも人々は顔を空に向け、ゆったりと進むクジラ型飛行船を追って首が動く。
郊外の牧草地に着陸してからも、王都中が浮足立っていた。
ルーディナル様ご一家も心ここにあらず。
ツェルマットへのお引越し相談にも上の空なので、一度、飛行……航空巡洋艦をご覧になってきてはどうですかと言ったら、ウッキウキでお出かけしていった。
「ウヅキは、興味ないのか?」
「どうせ近くには寄れないだろ?」
「そらもう、衛兵たちがぐるぐるりよ」
すでにルーディナル様の熱いトークでお腹いっぱいなのさ。
フットワークの軽いスコールの兄貴とハヅキの報告でも、イベント現場の近くにいるというライブ感以上のものは味わえそうになかったので、俺はご遠慮申し上げることとした。
人混みがねえ、どうにもダメなんだ。
王都の教会でご奉仕中のミナヅキたち巡礼者ご一行組と打ち合わせで集まったら、三人娘はきゃいきゃいと騒いでいた。
ハイラルは思案顔、ミナヅキは青い顔。
「人いきれに酔うんだよな」
「うん」
気合で我慢できるとはいえ、人が多いと魔力感知のストレスもたまる。
ダンジョンは敵が明確だが、人混みの中の悪意は感知できない。根が臆病者なので無警戒にもなれやしない。
メリット・デメリットのはっきりした能力を会得してしまったものだ。
「王様や大司教様なんかは中も案内されたみたい、うらやましいわあ」
「あんなものが空を飛ぶんですねえ」
「ん(すごーい、すごーい)」
教会総本山がバックについてる勇者様って、そりゃ世界の主人公だろう。
王侯貴族と交流し、悪い魔物をやっつける。英雄にして歴史に名が残るようなお方だ。俺たちのようなモブとは住む世界が違うのさ。
「……空を使えると、常識が変わってしまうよ」
「そやね」
領地持ち貴族の一員ハイラルは、無邪気な庶民と違い深刻な航空巡洋艦・リアリティ・ショックにさらされていた。
俺たちの前世の歴史では、空を使えるようになってからの軍事的なパフォーマンスは一気に別次元に昇格した。
どこまで考えているかはわからないが、おそらくハイラルの予想を超える現実が生まれることになる。
「空を飛ぶのなら飛竜っていたよな?」
「あいつらは人間なんて相手にしないし、地表に下りてくれれば戦える」
ゲーム的竜種おなじみのブレスがなければ、一方的な攻撃は成立しない。
低空飛行からのヒット・アンド・アウェイだって、巨大カスミ網で対抗できる。
戦うには同じ土俵に乗るしかないので、飛竜としてもわざわざ人間を相手にせず、天空の覇者を気取っている。
しかし、人間同士だとそんな住み分けはしない。
教会と勇者の目先の敵は魔物だが、空からの攻撃、空からの強襲という可能性に気づいてしまった為政者たちが、手をこまねいているものか。
今はまだ世界唯一の航空巡洋艦だが、数年後の空にはいったい何隻の飛行船が浮かんでいるだろう。
「ツェルマットへの帰路だが、通しでの護衛はいないんだったよね」
「ああ、さすがに一か月以上かかるとこまでは付き合えないんだろ」
傭兵業も束ねる魔物狩り組合で護衛依頼を出したが、王都を拠点に活動している連中にとってツェルマットは遠すぎた。
よって、途中の街で順次依頼を出し、護衛を交代しながら進むという方向でプランを立てている。
そうそう都合よく人員が手配できるとも思えないので、ツェルマット着は秋に入ってしまうだろう。
変な護衛をつけるくらいなら、俺たちだけで行く方がマシ説もあるが、見た目というものは軽視できない重要な要素だ。
少年少女の集団と、むくつけきおっさんたちが周りを固めた隊列と、襲いたくなるのはどっち?
今回はルーディナル様ご一家をお連れしなければならない。
身内だけの時と違って、手の内を晒すことは極力控えたい。
見た目で襲撃を避けられるならそうするし、いざ戦いでも手控えする分の戦力は補充しておきたい。
「お願いがある。ルートを変更してほしい」
ハイラルは、途中にあるサリベルの街から東へ進み、ヘイラバードというところを経由したいと言い出した。
「ヘイラバードからはカブツ川を船で下れるはずなんだ」
「航空巡洋艦の件、実家に報告しときたいのか?」
「ああ、僕の都合だよ。もちろん船賃は僕が持つし、ツェルマットまでの日数はあまり変わらないと思う」
ハイラルの実家ヤマトゥーン男爵家が拠点を置くのはカブツ川のほとり。
河川交易で富を得ている家だけに川沿いの知識はあてにしてもいいだろう。
地方病の原因寄生虫は、湿地帯に踏み込まない限りリスクは低い。
「船旅なら歩かなくていいんですよね。私は賛成です」
「賛成!」
「陸を行くよりか関も少ないかもしれないですね」
「新ルートの開拓、アリやな」
「俺はどっちでもいいぜ」
「ん(ルーディナル様はどうかな?)」
パーティ・メンバの意見も踏まえ、俺はハイラルの提案を是とした。
ルーディナル様には成り行きをみつつの進行と言ってある。
ご本人も王都に腰を据えてから長く、奥方様とお子さんたちを抱えての旅に不安があるようなので、護衛の件ふくめ、きっちりかっちり日程を固めていなかったことが幸いした。
西へ向かう勇者様のクジラ船が悠々と空を泳ぐのをしり目に、王都を出た俺たちモブは大地の上を一歩一歩進む。
ヒル子たちと初めて旅に出たときを参考に、長くても三日で一度足を止める。
口数が減ってきたなという頃合いで、馬車で横になってもらう。
三人娘が交代で、ご一家に毎日軽い【治癒】を施術する。
「巡礼の一行と歩を共にすると聞いたときは何の意味がと思ったが、ありがたいものだねえ」
「彼女たちのことは御内密に。一応、訳アリですので」
「おおっと。子どもたちにも言い聞かせておかないといけないね」
川下りは、自分の足で歩かないでいいのが素敵。
それと、距離も稼げる。
ヘイラバードで船に乗ってから四日でヤマトゥーン領都に着いた。
実家への報告があるハイラルがここで別れる。
こっちはルーディナル様ご一家を護送中なので、休養以外の寄り道はしたくない。
錬金術師ルーディナル様とヤマトゥーン家とをつなぐこともできたが、色気を出さなくてもいいとの判断が示される。
「貴族様との縁はチャンスだが、リスクでもあるからね」
「わかります」
さらに二日下って上陸、そこから伯都ツェルマットまでは二日。
収穫祭でにぎわうツェルマットへ入る城門では待たされたが、ここまで来て焦ってもしょうがない。
我が師父ネイトナル様と弟君ルーディナル様の固い抱擁を見届けた俺たちは、数か月ぶりのパーティ・ホームでだらけた。
「旅は疲れますねえ」
「世界旅行はどうするねん」
「うーん……旅人という生き様には縁がないような気がしてきてます」
幼少期に語り合った野望はノルマじゃない。
生き抜くための希望だった。いまに合わないなら、乗り換えたっていいじゃんとミナヅキに告げる。
「自分はまだ、悪徳領主をあきらめてへんで」
「ハヅキはロマンティストですよねえ」
確かに男のロマンかもしれないが、それはロマンティストと言っていいのだろうか?
そんなこんなで思い思いにくつろぐ俺たちの前に、ハイラルの土下座攻撃が炸裂した。
【メモ】
・ここでのホエール型航空巡洋艦には、空母機能はありません。ただの飛行船です。




