4-12.巣立ちの日
改造魔法の実地検証を行商でカモフラージュし、新たな迷宮街に出向いた俺たちは、そこでヨス家の残党と遭遇。
ハヅキとリュクレース嬢の激しい痴話げんかを経て、伯都に帰ってきた。
しかし、ニートナル屋敷で心を落ち着ける暇はなかった。
俺たちの帰着後すぐに、おさげの悪魔システィナを引き連れたエンダー家の末姫がやってきたのである。
「エンダーを、私たちを恨んでいますか?」
ド直球だ。
応接室にて、客人二人と相対する俺とハヅキは沈黙をもって解とする。
スコールの兄貴は応対にも出ずに逃げた。さすがだ。クソッ。
恨みとは違うのだが、何を言っても始まるまい。ソウニャ嬢の後ろに控えたおさげの悪魔が俺たちを憎々し気ににらんでいるのだから。
俺たちが売り飛ばされた当時、口減らしが必要だったことは理解している。
減らすべき口の中に俺たちが含まれていたことも飲み込める。
ただねえ、やりようがねえ。非業の死を遂げたホセの件しかり、もうチビじゃないチビ若のための奉仕強要しかり。
あるいは常日頃から気にかけて接してくださっていたなら、これも縁と思えたかもしれないが、違うじゃん。
売った時点で縁切れでしょう?
非干渉ならそれでよし。なんで絡んでくるのさ。
今は亡きオットーおじさん譲りの男前な顎と性格を順当に成長させたらしいソウニャ嬢は、俺たちの沈黙を十分に受け止めてのち、再び口を開いた。
「私は嫁ぎ先が決まりました。同じ騎士家ですが、領地を持たない方がお相手です」
だからなにとしか。
当たり障りなく、おめでとうございますとでも言っておけばいいのだろうか。
しかし、下手な言質を取らせるとそこから絡んでくるかもしれない。
なんとも言いようのない沈黙が続き、ソウニャ嬢はソファーから立ち上がった。
「嫁ぐ前に、かつての学友に会っておきたかったのです。帰りますよ、システィナ」
「あんたら何なの! それでもエンダーの領民? 姫様のご婚儀にお祝い一つ出さないわけ?」
あー……、面倒臭い。
祝儀が欲しけりゃ招待状でもよこせ。欠席にマルして金だけ送ってやる。って、これは前世の話か。
「システィナよ、そういうのは身内縁者に言ってくれ」
「はあ!?」
「自分ら、七年以上前からエンダーの領民ちゃうんやで。履き違えんといてや」
ソバカスまみれの顔を憤怒に染めるシスティナと、呆然とした顔をするソウニャと。
「……そう、そうですね。あなた方は、もう、奉公に出された時から、エンダーの領民ではなかったのですね」
「姫様」
「わきまえなさい!」
俺に限定すれば、一代騎士ニートナル家の家人。
騎士家の姫は一応は尊重すべき相手だが、その侍女とは身分的な差はない。
そしてここはニートナル屋敷なのである。うちの領域で無礼を働いたヤツを無礼打ちしても、文句を言われる筋合いはない。
と、ソウニャ嬢はわかったみたいですね。
「私の侍女が、過ぎた口を失礼いたしました。どうかご温情をもってお忘れくださいますよう、ご主人様にお伝えください」
「騎士エンダー家ソウニャ様のお言葉、ニートナル家当主ネイトナル様に確かにお伝えいたします。また、本日は突然の御来訪ゆえ適切なおもてなしもできず礼を欠きましたこと、当方よりもお詫び申し上げます。遅ればせながら、ソウニャ様には良きご縁ありとのこと、謹んでお喜び申し上げます」
なんでお前が目を白黒させてるんだ、システィナ。
一通りの礼儀作法は修めてないとおかしい立場なのはお前だぞ。
俺のはただの前世ビジネスマナーの応用だかんな。慇懃無礼方面だけど、おもてなしなんて気分でもなかったんでな。
男前の顎を引き締めて去って行ったソウニャ嬢を見送り、俺は執事さんに祝いの品の配送をお願いした。
キサラギ赤ポの三ケースもお届けしてやれば十分だろう。市価にすれば金貨一枚の大奮発だ。
「えらい盛り込むのう」
「俺の私事とはいえ、ニートナルの家とも切り離せない分の見栄とメンツ。あとは、まあ、学友いわれちゃうとなあ」
極めて短い期間であったが、ソウニャ嬢と俺たち三人とは同じ部屋で教えを受けた仲である。
そのときに覚えた読み書きや、エンダー家蔵書から得た知識が今に続く俺たちの礎になっていることは間違いない。
「……もう一ケース追加で、自分とミナヅキも連名にしたっといてくれへん?」
「OK」
ついでだから、売られた同期の残り四人の名ものせてやろうぜと、ハヅキに使いっ走りを頼む。
俺たちが春に旅立てば、下手をすればもう二度と会えないのかもしれないのだし挨拶がてらやと、さっそく街に出ていった。
俺は屋敷の主人にして師父であるネイトナル様にエンダーの姫との件と、帰着の報告に向かう。
シールセンの迷宮まで行ったのは、改造魔法の実地検証のためだったので、その成否も含めて伝えるべきことは多い。
例のアレこと異世界物でおなじみの謎収納、アイテム・ボックスを求めた俺たちは、かなーり無理やりにギリギリ実用に足る魔法を編み出した。
高位法術の転移門を応用した収納庫接続門がそれである。
新作魔道具【リターン・アンカー】によって座標指定を代用したことで、改造前の魔法含め、かなり扱いやすくなったと思う。
同様に、瞬間移動を応用した緊急瞬間移動も作ってみたが、こっちは動作確認だけして放置コース。
テレポは空間を入れ替えるという効果を発現するので、元呪文の但し書きにある視界内限定でないと巻き込みが怖くて使えない。
ただし、緊急時は仕方ない。
入れ替え先を収納庫としていると物品パーにすること前提になるが、なにせ緊急時なのだから、諦めるしかないだろう。
「私はもう驚くのをやめた」
「何をおっしゃているのですか、師父」
「【リターン・アンカー】で【魔力線】をひくことで、移動や転移先の指定を簡略化するとはな……」
「一通りのパターンは実証しましたので、あとは距離と消費の問題を確認していくことになります」
ついこのあいだ遺失魔法の分解消去もどきを発表したばかりということもあり、テレポやゲートに関しては当面秘匿することに賛同を頂けた。
公開しても、じゃあどれだけの魔法使いが使えるようになるのか疑問だとも言われる。
「【リターン・アンカー】を併用しても、高度で難しい術であることに変わりはない。現に、私には扱えない」
「視界内であればともかく、指定先が見えない状態での危険性に、本能的な制止がかかっているのでしょうか」
「そういうことではないのだが、ならば【千里眼】も併用してみるか? パスは【リターン・アンカー】の【魔力線】を利用できそうではあるし」
さすが師父である。
見て確認してから転移門を開けば安心感もアップというものだ。
テレポはほら、空間を入れ替えてしまうというのがメリットでありデメリットであり。癖が強すぎるんだよなあ。
当座の転移先、収納庫代わりの空間として屋敷の地下に一室を設けてよいかと尋ねたところ、庭の角っこの一画を丸っと使って離れを建てろと命じられた。
「先に発表した魔法使い候補の発掘の件、私も責任を持って取り組むことになってな」
「弟子を増やすことになるのですね?」
伯爵家からのお仕事であるという。
そりゃあ貴重な魔法使いを増やせるなら増やすわな。
ファイアー・ボールを使える魔術師が一人いるだけで、戦場における局所優位をとれる可能性がガツンとあがるそうだし。
部屋数のあるお屋敷とはいえ、急な来客用などあけておかなければならない場所もある。
遍歴に出てしまったあとの俺の部屋を、そのままに残しておけないかもしれないときて、もういっそ離れとして建てちまえよと、そういうお考えであるという。
ついでに、俺の遍歴先でも、弟弟子であるヤクートとレオーネに続く人材を探すよう、逆に依頼されてしまう。
敷地の譲渡は対価の先払いでもあり、俺に対するアンカー。
いや、帰れる場所を用意してくださったということなのだろう。
家令さんに俺の資産残高を確認したところ、意外に残っていたので、銀貨三百枚近くを突っ込んで地上四階地下一階のマイ・ハウスを発注。
三人娘の身請けにあらから吐き出したはずなのに、地味ーに回復していたようだ。
ともかく、間取りを決めるだけでも一苦労だったのよ。
なんで女子って、間取り一つで延々と話し続けられるのだろう。姦しい。
「俺の部屋は角にしてくれよ」
「兄貴は路面側希望って言ってたけど、あんまし日当たり良くないぞ」
「厩を別に建てる余裕はないけん、一階部分を高めにしーの……」
「門構えはどうするんだい?」
訂正しよう。男子もうるさいものである。
俺の城……というよりもう、ギルド・ハウスとかクラン・ハウスみたいなもんか。俺と将来の俺の家族だけなら、地上四階建てなんて必要ないもん。
といっても最低限のガワだけで、家具や食器なんかは後回しだけどな。
拠点建設中には弟弟子たちへの引継ぎや兄弟子らしいカッコつけ、転移門の魔法の実地検証と省魔力化への努力、【リターン・アンカー】の増産に、ヒル子たちの愚痴聞き、師父との打ち合わせなどなど。
俺たちの拠点の落成を待って、ハヅキは馬車をひいてきた。
平台の荷車ではなく、ホロ付きのヤツだ。お馬さんの名前はローマンレージ。
前世サラブレッドなんかと比べると小さく見えるが、こんなもんだという。
拠点に設けた内鍵付き地下室の一つに【リターン・アンカー】で魔力線を固定し、収納庫あるいは転移先とする。
書斎には、持っていけない写本蔵書も移す。
それぞれの個室の扉にネーム・プレートも掲げる。
そんなこんなドタバタしているうちに、ついに新年を迎えた。
俺たちは数え十三歳になった。
教会の養成院も人員の入れ替わりの時期である。
法術と祭祀職の並課特例での在籍年限七年を迎えたミナヅキは卒院、助祭捕に叙階された。
同様に並課特例で在籍年限七年あるはずなのだが、ハイラルは一年を残して卒院、助祭捕に叙階された。
「学んだ時間は同じだから、おかしくないだろう?」
「僕は基礎課程で時間を食ってしまいましたからね」
ミナヅキは祭祀職巡礼行、別名を放浪司祭という、助祭や助祭捕が司祭級に昇段するための修行のひとつに身を投じる。
各地をその足で歩き、その目で見、神々の英知に触れ民草に教えを説き、またそれらの経験を通じて己を磨くという行だ。
並課特例のないヒルデガード、フィリア、ミルディーフの三人娘も六年の年限一杯となり卒院、法術師を名乗る。
最後の最後まで養成院と施術院の両院長に遺留されたそうだが、こちとらすでに引き取りの金払い済みじゃけんのう、身柄は頂いていくぜえ、ってなもんである。
「後悔しないな?」
「そこは、後悔させないって言うべき場面でしょう」
「ん!」
ヒル子はなあ、残していっても残念なことになる絵しか見えないし、かといって連れて行っても残念なままな気がするわけで。
ミルディーフも、法術師としての腕はともかくコミュニケーションに難ありだかんなあ。
「さあ、張り切っていきましょう!」
「えいえいおー!」
「気張るぞー」
俺の兄貴のスコールは身内ということもありなし崩しで巻き込んだが、なぜか元気なフィリアさんと、実家があるのに同行すると言ってきかないハイラルはなんなんだろう。
「ええんかなあ」
「ええんちゃうん?」
「ええことにしましょう」
ハヅキの野望の悪徳領主へは、まだ道筋が見えない。だから今は仲間の独立商人として。
ミナヅキは、己の野望、世界旅行への第一歩として。
そして俺は冒険者稼業も兼ねた錬金術師の遍歴修行として。
わざわざ城門まで出て見送って下さった師父はじめ、よい縁のあった人たちには感謝を残した。
俺たち三人のイレギュラーズに仲間を加えた計八人は、伯都ツェルマットから巣立つ。
跡を濁さず、羽ばたきたいと思う。
(第4章・了)
【メモ】
第4章本編の投稿は以上です。
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設定メモを明日中にまとめ、第5章は2月7日金曜日よりの予定です。
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