4-02.迷宮の洗礼
俺ウヅキは、前世の記憶を持つ転生者である。
同じ秘密を持つミナヅキ、ハヅキとともに協力して生き残ることを誓った俺のよすが、現実逃避のための妄想あるいは生きるための希望という名の野望。
それが、冒険者稼業であった。
せっかく剣と魔法の中世ファンタジー風異世界に生を受けたのだから、それくらい夢見たっていいじゃない。
この世界におけるいわゆる冒険者や冒険者ギルドに相当するものが、魔物狩りとその組合となる。
兄のスコールが村を捨てたことを契機とし、我が敬愛する師父ネイトナル様のお導きの下、将来の遍歴修行に備え、兄と一緒に組合に登録。
名目として、迷宮に生育するその名もずばりの傷薬の草という薬草採集依頼を受託し、護衛としてウェンレイトンという細マッチョも雇い、準備万端整えてやってきましたブーンレバーの迷宮。
野望かなえる第一歩としてうっきうきで迷宮に潜った俺は、数時間後には兄貴に背負われて迷宮を脱していた。
「しっかりしろ、ウヅキ。もう迷宮の外だ」
「う……うう……」
頭痛い気持ち悪い全身だるい。
まともに思考も会話もできない俺を、兄貴とウェンレイトンさんが宿まで運び、横にしてくれたようだ。
「うがぁ!」
「お、起きよったか」
いつの間にか寝ていたのか、鎧戸をあけられた窓から差し込む日はかげり、夕刻が迫っていることを教えてくれた。
跳ね起きた俺に、同室に控えていたハヅキが水差しを渡してくれる。
「さんきゅ。……なんか元気ないな?」
「自分のことは後でええねん。それよりウヅキこそ何があったんや」
俺は視線を飛ばして室内を探った。壁際で胡坐をかいていた兄貴が立ち上がり、備え付けの椅子に座っていたウェンレイトンさんも寄ってくる。
さて、どう、説明したものか……
「スコールの兄貴に聞いても、急に『もうダメ』いうて吐いたそうやん」
「俺もウヅキも、それこそハヅキだって同じもの食ってたよなあ?」
腕組み仁王立ちのウェンレイトンさんが俺を見下ろしてくる。
心配顔ではあるが、あー、あの目はガチだ。嘲りならまだよかった。ありゃあ冷静に俺を観察している目だ。
さすが組合ご推薦の若手、甘ちゃんではないし、かといって依頼主をバカにするでもない。
「説明、しにくいな……」
ハヅキと兄貴だけならともかく、ウェンレイトンさんは部外者。どこまで明かすべきか、悩ましい。
そんな俺の葛藤も推測のうちだったのかもしれない。
ウェンレイトンさんは椅子をベッドのそばに持ってきて、どっかりと腰を下ろした。
「俺は一応、口が堅いことで通っています。でもなきゃ、こんな護衛依頼、回ってきません」
「あー、まーねー」
組合に有望な若手を要求した真の依頼主は俺の師父であるネイトナル様となるが、彼の名目上の護衛依頼主は俺である。
依頼主に依頼に関係する件で隠し事をされる、信用されないでは護衛の任だって身が入らないかもしれない。
少なくとも、俺ならそうなる。最低限のビジネスとしての対応以上はしないな。うん。
「すいません、ウェンレイトンさん。ただ、俺自身、どう説明したらいいのかよくわからない状況なんです。むしろ、魔物狩りのルーキーとして教えを請いたいぐらいで」
「ふむ」
「スコール兄もそやけんど、魔物狩るのがどうとかいう話ではないんやな?」
いわゆる殺しの云々は、いまさらだ。
俺たちは小動物から魚から、果ては人類種、それも子どもまで殺した経験がある。
迷宮入ってすぐの魔物は、事前情報通りのまさにザコであった。
始末はもっぱら兄貴に任せ、俺は【光玉】の呪符で明かりを供給する役を担ったが、倒せば黒い霧となって霧散するさまは、むしろ生き物相手よりも嫌悪感がないというか、まるでゲーム感覚で違和感を覚えたほどだ。
「こう、まずはめっちゃ肌がヒリヒリ? 圧迫感? 兄貴は感じなかった?」
「そりゃ俺だって迷宮入るの初めてだし、気圧されるような感じはあったけど、こえーと思うからこえーんだって、そういうことじゃないのか?」
「そういうレベルじゃなくて、全周から殺気を放たれてるような?」
「ふむ」
俺はハヅキに目配せした。
おそらくハヅキなら、俺と同じ経験を味わうことができると思う。
というのも、圧迫感だの殺気だのは、魔力の圧を言い換えたものだからだ。
日々のたゆまない魔力制御訓練の賜物か、他者の魔力あるいは闘気について、肌がチクチクするような感覚を覚えるようになって久しい。
意識を集中すれば、うっすらとオーラ的なものまで見えたりもする。
伯都では、普段から魔力(闘気)を周囲に放っているような危ない人とは遭遇したことがないので気にしていなかったが、迷宮は話が違った。
魔物とは、存在そのものが魔力の塊のようなもの。
入ってすぐだというのに殺気めいた圧力を放ってきやがる。肌がヒリヒリなんてもんじゃない。ブスブス、ザックザクよ。
自己主張激しいおかげで、物陰だろうがそこにいるなってのがわかるんで、兄貴の戦いに始まる前からスポットライトを当てることはできたわけだが。
困ったことに、魔物だけでなく、ダンジョンそのものからも魔力が放たれている。
床面・壁面・天井面、つねに全周からチクチク、チクチク、チクチク……。
自分ではかなり我慢していたつもりだったが、頭に鈍痛を覚えてからが早かった。
頭痛い気持ち悪い全身だるいで思考もなにもまとめられない。
兄貴とウェンレイトンさんに護られなかったら、デビュー・即・死で冒険者稼業と人生の終了のお知らせを流していたかもしれない。
ウェンレイトンさんは、頭を掻きながら俺たちを見回した。
「……呪符使いということでしたが、ウヅキ君は、実は優秀な魔術師さんですか?」
「俺、訳アリで、ろくな魔術を使えないので、呪符使いやってます」
「あ、うん。そういうことも、ありますよね」
その目は優しかった。
すまんな、さすがに無詠唱がデフォなんで誤魔化すために呪符使いやってますとまでは明かせないんだ。
一般の魔法使いは短縮詠唱でさえ熟練の技、無詠唱とかどんだけ扱いらしい。
俺たちはむしろ呪文に何の意味があるのから入ったから、世間の常識からかけ離れた奥義に到達してしまったわけで、面倒を避ける意味でも身内だけの秘密扱いなのだ。
ウェンレイトンさんは、依頼主の事情に深入りする気はないと続け、魔物狩りの経験談、ベテランには知られた話として一つの事例を説明してくれた。
曰く、魔物狩りの初心者が迷宮から受ける洗礼の一種に、迷宮の魔力にあてられて『酔って』しまう、迷宮酔いという現象があるという。
「魔物狩りの間では、迷宮酔いというのは優秀な魔法使いほどかかる通過儀礼みたいなものとされています」
「あなたこそ、優秀な若手だとうかがっています」
裏事情を知ってる組合の紹介だしな。
実際、ただの脳筋じゃない、鋭い観察眼と推察力をお持ちだよ。囲い込みたいくらいに買いの人材だね。
「ははっ、俺は魔法使いじゃないから、迷宮酔いは経験しなかったですね」
通過儀礼ということは、何か手があるのかと問えば、答えは簡潔であった。
慣れるしかない。
仮称・魔力感知のデメリットと思うしかないだろう。
周囲の魔力に対して、いわば過敏に反応してしまっているものを、適正なレベルまで閾値を調整するプロセスを経る必要がある。
機械的にダイヤル回せば完了というわけにはいかないので、文字通りの身体で覚えるしかない。
酒の、アルコール酔いと違って、遺伝子的に体質的にどうにもなりませんという話ではないのが救いだと思おう。
俺は、懐から冊子を取り出し表紙を破り捨てた。
何が『ウヅキの冒険日記』だ。クソッ。クソックソックソッ!
「荒れとるのぉ」
「せっかくの! 冒険者稼業が! いきなりゲロんちょだぞ! しかも、この分だと採集依頼不達成! 黒星スタート! 俺だけじゃない、兄貴も巻き込んでだぞ! クソッ!」
「あー、いや、俺のことはあんまり気にしなくていいぞ」
「なんでだよ! 兄貴は英雄になるんだろ!」
「身の丈ぐらいは知ってるし、それに、弟一人守れないで英雄なんてなれるかよ」
スコールの兄貴は、いつぞやのままごと劇で俺たちが演じて見せた大見得を切った。
ウェンレイトンさんは、微笑ましいものでも見るようにクスクス笑っている。
「俺の方は、護衛さえ果たせば達成ですので、依頼主のお気のすむままにどうぞ」
「うぼぁー、あと三日で『慣れる』かどうか、見込みもなにもありゃしねー」
俺たちは、ハヅキの行商とリンクしてこの迷宮街にやってきている。
行きと帰りを抜いた四日のうち、今日はもう夕方、おしまい。
「それなぁ……」
ハヅキは一気に沈み込んだ。
そういや俺、自分のことでいっぱいいっぱいだったが、ハヅキも元気がなかったのだった。
訳を聞けば、持ち込んだポーション、全然売れなかったという。
だけでなく、ガラの悪い連中に因縁つけられて、早々に撤収せざるを得なかったのだそうだ。
キサラギ・ポーションの名前自体は、俺の望む形とは限らないが、伯都の魔物狩りの間ではそれなりに広まっている。
取扱いは原則として、伯都の魔物狩り組合内の売店限定だ。
「まがい物扱ってんじゃねぇとか、騙りかコノヤロウとか」
ノウブラウンド商会の隊商に帯同して行う行商は、ハヅキ自身ではなくノウブラウンド商会の看板に対する信用で成り立っている。
今回は、ピンで動いて、結果、信用のなさを突き付けられたのだと、自己分析は進んだ。
「出どころのわからないシロモノは買わんって、ソレ、前も経験したじゃないですかー」
「これまで売れてたさかい、スッポーンと抜けとったんやわ!」
騙りだまがい物だとなれば、商品をぶち壊される恐れもある。最悪は、ハヅキ自身にも危害が及ぶかもしれない。
重い思いして担いできたけど、そのまま持って帰ろうか、明日から一緒に迷宮行こうぜ。
(陸軍としてはハヅキも迷宮酔いを体験すべきと考える次第である)
(海軍としては陸軍の提案に……じゃなくて、さすがウヅキ、えげつない。そこに痺れない憧れない!)
「なあ、ウヅキも問題ないなら飯食いに行こうぜ」
「お、そだね。ウェンレイトンさん、おすすめの屋台か食堂ってありますか?」
「腰を落ち着けるなら、朝と同じ店になりますね」
俺たちがざざっと身支度を整えているところに、怒鳴り声が響いてきた。
場所は、宿の受付あたりか?
「自警団だ!」
「ここにキサラギのポーション売りだ、なんて騙り野郎が泊ってるだろう!」




