3-11.写本騒動顛末
夏至祭の近づく伯都ツェルマットにハヅキが帰ってきた。
事情があって、本来祭事の裏方にまわるはずのハイラルやミナヅキ含め養成院組の都合がついたので、ハヅキを連れて久々のヤマトゥーン屋敷にお邪魔する。
ヘンドリックとムウレリアはほら、お二人だけ過ごしたい年頃でしょうし、そっとしておこう。
「行商人ハヅキ、かえってきたでー」
「おう、おかえり」
「……」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。を地で行くミナヅキとハイラルの姿にハヅキは目を剥いた。
「ミナヅキが、ハイラルが、真っ白な灰になっとるやんけー!!」
「灰とは、言いえて妙ですね」
「実際、ハイラルの髪、より白っぽくなってない?」
「ん~」
魔物狩り関係者の間で、キサラギ赤ポは【レッド・ゾーン】と呼ばれている。
いやまあ、もうそのことはいいんですが、うちの工房に大量注文なされた教会は一部でまさしく【レッド・ゾーン】であったらしい。
何が起こっていたのかを俺の視点で組み立てた物語をハヅキにも言い聞かせる。
事の発端は、偉い人のうっかりだという。
偉い人が表敬訪問先でトップ同士の友好的な交流を深め、相互に知の交換をしようという話になり、ここツェルマットの教会からは百冊の本を進呈しましょう、という約束をしたそうだ。
そして、忘れた。
普段ならそれでもよかった。随行員の誰かが記憶し、しかるべく手配していただろう。
だが、トップ同士のみの会談と口約束であったため、当のご本人が動かなければ何も始まらない。
いい加減時間も経ち、あの件どうなってる?的な打診がきて、偉い人は泡をくって周囲に当たり散らかしたそうだが後の祭りである。
贈呈すべき知を厳選しておりまして、などと取り繕ってみたものの、とにかく百冊送るしかない。
偉い人から責任を押し付けられた準偉い人が書庫でピックアップを始めたところで物理的な待ったがかかった。文字通り、羽交い絞めされたそうである。
書庫側の言い分は簡単。原本持ち出すんじゃねー!
あわや内部抗争が勃発するかのその時、件の偉い人がポックリ逝った。
言われてみれば昨冬に、教会がなんかハデな葬儀やってたような記憶もうっすらある。
繰り上がった元準偉い人は約束の相手先に、元偉い人の急逝で内部が混乱しており心苦しいが今少し待ってもらえないかと申し送り、かつ、書庫に対してはとにかく写本せよとの厳命を下されたという。
教会内部から人をかき集めろ、とにかく手を動かせ、ランプ・蝋燭を惜しむな、寝るんじゃない……
祭祀職課程に進んでいたヘンドリックも巻き込まれた。
疎遠になっていた俺たちとの付き合いが急激に悪化した一因でもあったようだ。
そんな地獄の戦場に、ミナヅキとハイラルも足を踏み入れてしまった、そういう次第なのである。
「祭祀職コース入ってから、いきなり連絡が取れなくなったと思ったら……」
「一応は極秘プロジェクト……まあ、おおっぴらに言えませんよね」
「トップ同士の約束を忘れてて大慌てだなんて、言えないよなあ」
極秘プロジェクトであったため、養成院では祭祀職と書記職以外のコースにはさして影響が出ていなかったそうな。
俺は、そうとは知らずにミナヅキたちの命を金貨や銀貨に錬成する稼業にいそしんでいたことになる。
ノルマを達成しプリズンから解放された元捕囚たちは太陽に涙し、そして、腑抜けになった。
ハイラルは名目ではなく実際に療養目的で伯都のヤマトゥーン屋敷に移り、ついでだからとミナヅキも引き取られてきたのである。
「夏至祭、大丈夫なんかい」
「どーせ教会の特別礼拝なんて夏至祭の一部に過ぎないさ、ハッ」
「ハイラル君、やさぐれちゃった?」
いや、これは背中が煤けているのほうが適切な表現なのではないだろうか。
椅子にだらしなく腰かけ、背もたれに体重を預ける姿は、貴族子弟として受けてきた教育が数か月で粉砕された様を示しているようでもあった。
なお、今回のプロジェクトに動員された者たちには代償というか、褒賞としてちょっとした我がままが許されているそうだ。
ミナヅキは、助祭や助祭捕が司祭級になるための修行のひとつ祭祀職巡礼行に出ることを確定させた。
もともと、確たる後ろ盾のないミナヅキに教会内での出世の芽がないことは明らかであった。
法術師という点でツェルマット教会に繋いでおきたいという思惑が多少はあったにしても、他の者への褒賞的にも、ポストをあけてくれることは歓迎でもある。
といった塩梅で通ったんじゃないかな、との談。
「世界を旅するか……いいよね」
「……いい」
実家のヤマトゥーン領で教会を持つつもりだったはずのハイラルがミナヅキとなにか通じ合っている。
なぜか焦っているのがフィルだった。
「どしたよ」
「ミナヅキ君旅に出るって、私置いて行かれちゃう?」
「あ、そっか」
「そっかじゃないでしょ、どうしてくれるのよ」
そこで俺を責められても困るんだが、実際どうしたものか。
法術師女子三人組は、普通に考えて養成院を出たら施術院に所属。結婚するしないはともかく、伯都ツェルマットの教会関係者として暮らしていくことになるだろう。
「そこんとこ、どうにかなるもんなのか?」
「んー、おおっぴらではないけれど、献金、事実上の身請け金と引き換えに領地に連れていくことはあるようだよ」
「お貴族様限定じゃねーか」
金さえ払えばは、さすがに通らないだろう。
我が領地に、身につけたその技能をもたらしてくれという建前あっての身請けである。
俺たち自身が魔法使いということもあり忘れがちだが、世に魔法使いの絶対数は少ない。
このヒル子でさえ、エリートな特殊技能者なのだ。
教会が、時間とコストをかけて大切に育てた人材を、そうそう手放せるものではないだろう。
「ヒル子たちが養成院にいられるのって十三までだったよな?」
「え、まあそうだけど」
「まだ時間はあるとでも?」
「時間内に、いいアイデアがないか持ち寄って検討するしかないだろ」
「ん」
俺自身だって、数年先のビジョンがないんだからどうしようもない。
将来的に、ミナヅキ・ハヅキと世界旅行して、悪徳領主を目指すのはいいとして、具体的にどうするというのは、一人前になってから考える話だと頭から追い出していた。
ヤクート君という将来の弟弟子候補を育ててはいるが、俺だってまだまだ未熟な弟子でしかないのだ。
師父から一人前と認められる日がいつ来るのか、その日が来たとして、ではすべてを捨てて旅立てるのか。
「いやー、ミナヅキも災難やったが、自分も危機一髪を実体験してもうたんやで」
「ちょっと、穏やかではないですね?」
それぞれに考え出してしまったため、場の空気が沈んだのを感じ取ったのか、ハヅキがつとめて明るい声で春期の行商について語り出した。
「ツボがな……割れたんや」
リベンジだと担いでいったツボは、割れたそうだ。
道中、ふと足元が気になり身をかがめた瞬間、飛来した矢がぶち当たったのだという。
すぐに血相を変えた隊商護衛集団が周囲を固め、一部が飛来方向に走り狙撃手の首を獲ったが、どうせ実行犯にすぎない。
黒幕は不明。少なくとも俺たちには不明だよ。
急報を受けたノウブラウンド商会の会長さんがどう動いたかは知らないけど。なんか師父に詫びを入れにきてたようだけど。
俺は動くなと言われたからねえ、師父のご指示には従いますとも。
「身代わりぃ、ですかねえ」
「ツボはちぃいい」
土器の神の加護でもついてんじゃないのか、ハヅキ。
ん? そんな神はいない? そうですか。
「ポーションもな、これが噂の【レッド・ゾーン】かって、大人気やったで」
その名を耳にしたミナヅキとハイラルから一瞬だけ表情が消えた。
うん、常時服用なされてたんだよね。文字通り、戦場で。
しっかしさあ、【レッド・ゾーン】。
何が夜の友だよ!
何がついに解禁されたニートナル秘伝の技だよ!
ちょっとだけ当たってるけどそうじゃないんだよ!
「あなたもお試しなの?」とヌビア奥様に問われた時の師父の苦笑いは忘れられないよ。
「検品はする」と返したその夜に頑張っちゃったらしいことにも触れないよ。夫婦仲良くしてください!
もういっそ、マムシのラベルでも作ってやろうかこん畜生!
俺たちの葛藤をよそに、縫い針や石鹸はともかく、呪符とかポーションとか、別に売れなくても構わないと思っていたものから売れていった、もう訳がわからないと、ハヅキもまた己の商才に疑念を抱いていた。
「これで、次回同じもの持って行っても売れないんだぜ、きっと」
「そうそう。はまるパターンやねん」
そういえば、仁義を切られた側もまた仁義を切り返してくるものであった。
塩鉱山の薬剤師から師父ネイトナル様宛に手紙と銀貨袋を添えて。
内容はレシピ代および、現地ではニートナル印の魔法目薬を一般小売りせず薬剤師に全量卸すことにしてほしいとの要望書。
「銀三十枚はあくまでレシピ代、魔法目薬の引き受けに色をつけることでルートを己に固定したいようだ」
隊商に合わせて年三回、一ダース十二本ずつ。一本当たり大銅貨四枚での引き取り。だから年売上百四十四枚。
うち、今年度分の輸送にあたるハヅキの取り分三十六枚は銀貨換算で六枚となる。
年収で銀貨六枚では、独立した成人では暮らしていけない額だが、他の稼ぎと合わせて少しは足しになるだろう。
「うまぁああああ」
「いうても、ハヅキが西へ同行できるの今年の後二回だけじゃん」
「それはそれやねん。引継ぎで誠意見せてもらうことになるでしょし、結局これもウヅキの手、自分の商才とはちがうねん」
工房取り分から俺にも分配があり、ハヅキの稼ぎとほぼ同等が俺の懐に収まる計算になる。
今年は教会の大量注文もあって、春期だけですでに銀貨八百枚以上の儲けをだしちゃってるんだよなあ。実感ないけど。
正直、ハヅキの笑顔を直視できないというか。
世の中というものは、不公平にできている。ごっつあんです。
なお、目薬のレシピ代も俺の取り分ということになりかけたが、今更の額でもあり俺にも男気というものがあるのでこれまでの御礼の一部として収めてくださいと頼んだら、師父は一瞬ぽかーんという顔をなされた。
いやだってさ、すでに返済済みということにしてもらっているが、俺の育成って結構なコストかかってるのよ。
特に魔導刻印がらみは銀細工だしね。
「男気……男気だと……クッ、フフフフ」
笑いが止まらなくなったネイトナル様を、俺含め家人が心配そうに遠巻きに見守る。
ようやくに発作が収まり、息を荒げながら師父は宣言なされた。
「今夜はご馳走だ! ウヅキの男気だそうだぞ!」
執事さんが銀貨袋を受け取りススっと下がる。
あの動き、さすがプロ。俺もいつか自前の執事にかしずかれたいものだ。
夏至祭は、教会関係がやや精彩を欠いたといわれつつも滞りなく行われた。
ハヅキは旅立ち、ミナヅキとハイラルも本格的に祭祀職について学びをはじめ、ヒル子はあいかわらずでフィルとミルディーフも何のかんのと飯を食っては愚痴を吐いていく。
ハヅキの冬期の露店では、あえて俺のポーションを扱わず自分の目と足で商材を探し選んで並べていた。
なお、ハヅキとツボとの関係については多くを語るまい。ただ、リベンジは成し遂げたとだけ。
俺たち十歳はそんな感じで過ぎ去り、十一歳も夏を過ぎる頃にヤクート君が光の術もどきを発現させることに成功。
俺のP力のすべてを注ぎ込んだ新星の誕生に、師父も驚きつつ彼を弟子として迎え入れた。
弟弟子、いい響きだ。
ヤクート君のお母さんのユリアさんから泣いて感謝をされたが、俺のP魂を呼び覚まし、修行を受け入れたあなたの子の努力あってのことである。
これから彼には世を照らすスターとしての仕事が待っている云々。
「その高いお志、誠に恐れ入ります。今後とも、どうか我が子を導いてください」
「……ウヅキ、まあなんだ。志が高いのはいいことだ。うん」
師父のお声はいつも渋くて心が落ち着くなあ。
俺も、弟弟子に恥じないように励まなければなるまい。
工房のカイゼンやラインの増設、ヤクート君と師父へのオペレーションの徹底なども一つ一つ片が付き、ほぼほぼルーチンで回せるようになった十一歳の秋。
工房の戸口を叩く音がする。
「あの、すんません。こちらにウヅキって自分の弟がお勤めしていると聞いてきたんですが」
「兄貴じゃないか!」
慌てて扉を開ければ、俺の直上の兄、スコールの、記憶よりも大分大人びた姿がそこにあった。




