3-06.続続・ポーション工房カイゼン計画
冬に向かう季節の風を感じていた俺の眼前に、悪魔がおさげを振るった。
「げぇ、システィナ!」
「ウヅキのくせにごあいさつじゃない。エンダー家ソウニャ様付き女中に対して失礼よ!」
俺たちの出身地エンダー村を領する騎士エンダー家の末姫ソウニャは、現在この伯都で行儀見習い、つまり侍女をしているはずである。
そのソウニャ付きの、俺たちにとっては、幼少期からの理不尽の数々を思い起こさせるおさげの悪魔システィナ。
俺たちが売り飛ばされて以来の出現なので、実に数年ぶりということになるが、あいかわらずの姉貴風、無条件の上位者気取り、上から目線の立ち居振舞いはちっとも変っていなかった。
もちろん冷静な第三者目線をするなら、現在の相互の立場は村一つを領地とするお貴族様の姫付きと売り飛ばされた農奴の子なわけで、システィナが上位者を気取るのは間違ってはいない。
錬金術師の弟子?
わざわざ言いませんよ、そんなこと。
「はぁ? あんたせっかくポーション工房にお勤めできたのに、セオルド様へ献上できないってわけ?」
「俺は所詮は小間使いですので」
かつてのチビ若ことセオルドも当年十四か十五か。
騎士見習いの一環として試練の迷宮に潜るからポーションを融通しろと、どうもそういう話であるらしい。
「卸先の商店か魔物狩り組合でお求め頂けると思います。それとも、工房長をお呼びしますか?」
買いに来たって話なら、従業員割引、身内価格でのご提供も一応は考えなくもなかったが、初っ端からよこせはないだろう。
ていうかさあ、工房の物品を私的流用や横流しって、それ業務上横領やん。役得という概念もあるけれど、限度があるわい。
……そのへんの倫理観、ぐだぐだなのが今生の普通なのか?
じゃあ俺たちの倫理観って、魂レベルで刻み込まれてることになるのか。にしては殺しだの自己中OKだの、わりとゆるゆるな気がするんだけどなあ。
「ウヅキもつっかえないわねー。ミナヅキもせっかく法術師になったっていうのに同行できないとかゴネるし、ハヅキはいなくなってるし。なに、あいつ死んじゃったの?」
「ミナヅキはそもそも養成院で修行中の身、勝手に外出できないでしょう」
ハヅキの件まで言う必要はない。余計な情報をくれてやることはない。
売られた時点で村との縁は切れている。まして、同じ伯都に居ながら、事件に巻き込まれて死んだホセの件以外で接触もないような連中だ。
「そうえいば、システィナは末姫付きなんだよな。なんでチビ若の用件で動いてるんだ?」
「あんた不敬よ。セオルド様はもうチビじゃないわ」
おさげの悪魔は俺の質問には答えず、ただ「どいつもこいつもクズばっか。つっかえない連中」との捨て台詞を残して去っていった。
ま、質問のかたちはとったが、話題を変えることが狙いだったし、理由の推測もできる。
もうチビじゃないセオルドも末姫ソウニャも同じ家の出で同じ伯都、同じ伯爵家内で仕えているのだから、接点があること自体はむしろ当然。
エンダー家の二人が伯都内で自由に動かせる手駒がセオルドの従者かシスティナか、そんなところだろう。
次の安息日のいつもの集会でミナヅキ側の確認も取れた。
こちらも、もうチビじゃないセオルドが自分のパーティに法術師を組み込もうと、ちょっかいをかけてきたというだけの話だった。
「システィナは自分の正しさを信じ切ってるからね。正しいから正しい。自分が正しいから、間違っているのは僕」
「そりゃあ神だな」
「あんな神いらないわよ」
珍しく、フィルが不快感を隠そうともせずに吐き捨てた。
幸いというべきか、あれは教会のあがめる神ではない。ただのおさげの悪魔である。
そして教会の養成院は組織なのである。組織とは、外部の都合よりも構成員の保護を優先する。
当たり前の話として、法術師の卵でしかないミナヅキを、特に実績も献金もない騎士見習いのパーティに引き渡すなんて真似はしない。
「十分なツテと献金があれば、若い術師の一人や二人平然と売り飛ばすのも教会だけどね」
「怖いこと言うなあ」
男爵家四男のハイラルの言葉も本当なのだろう。
とかく世の中金次第。ああ、世知辛い世知辛い。
「それにしても、試練の迷宮かあ。僕もいずれは行って、恩恵を得たいなあ」
「いいわねえ。【安産】なんか鉄板だし」
「ん」
そういやエンダー村にいたころ、『試練の迷宮攻略記』とかいう薄い冊子を読んだこともあったな。ミナヅキが。
神々からの試練として与えられた迷宮で条件を満たすことで、恩恵が得られるという。
俺たちも、いつか狙ってみるのもいいかもしれない。
システィナの件は、師父ネイトナル様にも報告した。ホウ・レン・ソウは社会人の常識だからな。
「俺の所有者というか管理者って、ネイトナル様でいいんですよね。弟子とかそういうのを抜きにしても」
「契約上は年季明け、おまえが十四になり成人させるまでは私の管理下だ。ニートナルの名を与えた弟子であればなおさらだ」
俺は、俺を売り飛ばした奴らに仕える気などない。ビジネス以外の関係は願い下げだ。
しかし、現状の俺にはエンダー家と全面対決などしても勝ち筋がない。貴族と平民というのは、それだけの差がある。
そもそも俺たちの側に対決する必要性もない。あっちが手を出してこなければ。
ネイトナル様も憂い顔になられた。
「縁故をたてに強請られる可能性か……。しかし、貴族と正面からぶつかるのも得策ではない。何か、考えなければならないな」
ホウ・レン・ソウの何がいいか。
報告してしまえば、あとは相手が考える、相手の案件になるということだ。
この件はひとまずここまでとし、俺はポーション製造工程カイゼン計画のプレゼンに移った。
「つまり、温度と時間の管理がキモなのです」
「薬草を煮すぎて薬効成分を揮発させたことへの反省と対策か……」
現状では、生産工程で経験と勘に頼る割合がどうしても多い。
なぜかといえば測定器がないからだ。測定器がないから客観的な指標がなく、指標がないからノウハウという曖昧な言葉で経験と勘に頼らざるを得ない。
時間の管理は砂時計でやるとして、温度計が欲しいと俺は訴えた。
「というわけで、温度を測る温度計をつくるのに、水銀がいいかと思ったんですよ。もちろん、温度計がすでにあるならなおよしで」
「湯の温度なんて、てめぇの指でもつっこみゃわかるだろうよ」
ところ変わって今度のプレゼン相手は魔導技師のメセドリウスさん。
師父とは旧知の間柄であり、半年ほど前には半自動クズ魔石製粉器を製作して頂いた職人さんである。
「それでは客観性と一貫性が保てません。経験による感覚、職人芸です」
「おいおい、職人っちゃそういうもんだろが」
そりゃねえ、鍛冶屋さんが炭や鉄の温度を色で測るという事例は知っているし、熟達の職人の凄さも知ってはいるよ。
でもね、それはあくまで芸なのさ。
一定の品質を保ちつつ量をこなすには、客観的な基準が必要。感覚に頼る官能検査なんてのは最後の品質チェックだけにしたい。
また、俺以降の工房の小間使いに対するマニュアル化という使命もある。マニュアル化しないと、教育係の俺が死ぬ。
生産工程の作業棚卸と整理は済ませたが、まだまだ甘い。
レシピに散見される詩的な表現や、『湯気の量を見ながら』なんてあいまいな記述は許せない。湯気なんて、気温と湿度で変わるやん。
こちとら窓口で面合わせ患者個々に様子見ながら調剤してる薬剤師じゃなくて、一定品質であればいい、一定品質を保たなきゃならんポーション製造工房なんじゃい。
道具っちゅうもんは所定の性能を発揮するのが第一。劣っちゃいけないし、とんがり過ぎてもダメダメ。
「お、おう。そうだな。道具っちゃそういうもんだな」
「わかっていただけますか!」
そういうわけで、温度計なのである。
透明容器に入れた液体の熱膨張に伴う液面の位置の変化を利用して温度を測定する計器である。
液体温度計といえば水銀かアルコールという知識が先にあり、アルコール系は一定品質のモノを確保できないので水銀をセレクトした。
裏付けとして、師父の蔵書から『温度によって体積の変わる液体』という記述を探し出し、説得材料とした。
記憶のまま、ガラス製の液だまりから細長い管を伸ばしたものに、水銀を密封しただけのラフ画を示す。
「デザインはこんな感じです」
「しかしなあ、ただのガラス管に水銀詰めただけだろ。そいつは魔道具じゃあない。俺は魔導技師なんだがな」
「魔導技師とは、道具職人や細工職人を高度に融合させた知識と技量が必要なはずでは?」
「小僧が言いやがる。……お代はネイトナルに請求でいいんだな」
「一本当たり銀貨三枚以内、六本で金貨一枚までと、お言葉を頂いております」
「わかったわかった。来週までに届けてやる」
ぶっちゃけ、職人としての腕ではなく、各職人を手配しすり合わせるコーディネーターやインテグレーターとしての役割が欲しくてメセドリウスさんを訪ねたのだ。
そしてメセドリウスさんはさすがである。いい仕事してますね。
納品された六本の水銀温度計を俺のつくった木枠にはめ込み、一つの鍋で煮て百℃を校正する。
もっと寒くなって氷が手に入ったら、氷水で零℃……あれ? マイナス四℃だっけ?
まあどっちでもいいや。摂氏温度じゃなく、ニートナル式では氷水で零度ということにすればいい。
温度計ができれば次は薬草からの成分抽出工程における適切な温度の把握。
その次に、適切な温度を出すようにコンロを改造。
当工房は煙を出さない魔導コンロを用いている。薪をくべて火加減を調整しているわけではないのだから、出力は魔導回路で定められた一定の温度に固定されている。
つまり、回路設計・設定を弄れば、望む温度に固定することができる。はずだ。できた。
発熱刻印への魔力供給量の問題だけだったわ。俺のやったのは導線の長さと太さの調整だけ。
改造魔導コンロでつくったいろんな温度で温度計を逆校正して目盛そろえ―の、抽出鍋に入れる水の量と季節ごとの薬草の組み合わせと量も計量して明確化しーの。
煮込み時間も砂時計の砂の量を調整して、専用化して計測。キッチン・タイマーみたいなものだ。
「この温度計の示す八十三度が、抽出温度なのか」
「俺の工作精度の問題があるので、プラスマイナス二度はありうると見ています」
「しかし、これはもしかして大発明なのではないだろうか……」
「ただの湯の温度を測る道具です。しかし、従来は経験で得るしかなかった勘所を数値化、可視化できるものでもあります」
「ふむ……」
温度計はこれでよしとして、時計にももう一工夫……いっそピタゴラスイッチ的に、砂が落ちきったら音が鳴るような仕掛けでも考えてみるか?
いやしかし、ひっくり返すだけという砂時計の単純明快さも捨てがたい。
機構の複雑さは往々にして設計者の自己満足だからな。
あれこれと妄想広がる俺の隣で、師父ネイトナル様も思案顔であられた。
俺が楽をするために工房オペレーションのカイゼンに精を出している間に、ハヅキは今年最後の行商旅を終えて伯都に戻ってきた。
これから冬至祭、そして春分の新年祭までを伯都ですごすため、また顔を会わせる機会も増えるだろう。
「そいでなウヅキはん。お安めのポーション、卸してもらえへんか?」
あれ?
行商には春まで出ないんだよな?
【メモ】
・温度計:歴史上の温度計は、1592年ガリレオ・ガリレイ製が初出のようです。ただし目盛りはなく、温度変化があったことのみを測定するもの。
・水銀温度計:沸点357℃、融点-39℃の水銀を用いることで、おおむね300~-30℃を測定範囲とするもの。




