2-08.魔法(法術)使いになりました
目が覚めた時、日はだいぶ傾いていた。
いつもの安息日、三人でニートナル屋敷の俺の部屋に来て、魔法ができて、それで、このザマだよ!
俺たちのおまたはぐっしょりと濡れ、床には水たまりができている。
はしゃぎまくって魔法を放ち、つまり魔力を消耗し、気絶と。
惨状にダウンな心情とはまた別に、イヤンな脱力感が全身を支配している。調子こいてるとこの魔力切れの前兆を見逃すんだ。はぁ。
ほどなく目覚めたミナヅキ、ハヅキともども俯きながら井戸におもむき、ズボンの洗濯。のち部屋の後始末。
「オイは恥ずかしかっ! マリアさんに笑われてしもた」
「ウヅキどん! 介錯しもすから介錯してたもれ」
俺の小芝居にミナヅキものっかるが、マジで恥ずかしい。
外見が七歳児でなかったら、笑われるどころじゃ済まないよ本当に。
「マリアさんって、さっきすれ違った後ろ髪のキレイな美人さん?」
「ウヅキには見る目がありますね」
俺たちは固い握手を交わしたが、惨劇がなかったことにはならない。
ニートナル家の使用人の間で俺たちは、遊び疲れて昼寝し、そろっておねしょを漏らした仲良し三人組という、実に不名誉な認識を持たれてしまった。
夕べが迫っていたのでその日は解散。翌週、改めて三人で額を寄せ合う。
「なあ、マリアさんって本当に美人やなあ」
「春になったら嫁に行っちゃうんだけどな」
「クソッ、僕らは生まれるのが十年遅かった」
下女だの女中だの小間使いだのメイドさんだの、呼び名はともかく女性使用人の身の振りは雇い主の責任でもある。
婚期を逃すわけにもいかないので、いろいろと大変であるらしい。
それはさておき、だ。
「結局、呪文やら発動語ってのは、魔力制御や発現イメージを助けるもので、それ自体に謎パワーがあるわけではない、ということでいいか」
「ないとは言い切れないけんど、結果イメージ第一なのは確実そうやな」
「イメージと、確信でしょうかね。できる、と心から魂から信じ込むことがキーになっていそうです」
「最後に発現させるための魔力量を追加と」
魔法とは、イメージ、確信、魔力制御と魔力量。
俺たち三人の中ではとりあえずそういうことで結論付けた。
実際に、この世界で魔法がどのように教えられているのか、比較検証しないことにはこれ以上どうしようもない。
だが、光の術を発現させることに成功したミナヅキは、養成院の法術コースにすぐには入りたくない、いましばし魔法こと法術が使えるようになったことを伏せておきたいという。
「この一週間はわざと失敗させてきましたが、失敗するのは簡単なんですよね」
「そりゃまあ、魔力供給しなければ発現しないわな」
「なしてミナヅキ、すぐにはイヤなん?」
「どんどん先に進みたいという気持ちはもちろんあるんですが、組織の中で、周囲から浮くというのも避けたいところなんですよ」
「ああ……。まあ、自分らまだ七歳やしなあ」
「孤児院あがりのフィルとヒルも七歳。いくらミナヅキが一年先輩とはいえ、内部組より若いってだけでも目立つか」
どこかのコースに入らないと何年経っても基礎候補生扱いで、宿舎や養成院、教会関係での共同奉仕作業、生活雑事一般をこなさなければならない。
もちろん無制限に在籍できるわけではないので、通常、二~三年やって目が出なければ、法術以外のコースを勧められたり選んだりするのだとか。
「孤児院からの内部組は、やはり『そういうもの』ってイメージが強固なのか、あっさり光の術使えちゃえる子もいますが、僕のように外部組だと一年二年はかかるのが普通みたいです」
「一~二年でできるなら、『才能』があったいう話になるんやろしな」
養成院では、俺たちの推測だと魔力量を増加させるのに効果がある錬気瞑想を、闘気術の基礎として行わせているが、この訓練と法術とを結び付けている様子はない。単に、結果的に魔力量増加に寄与しているだけと考えられる。
法術(魔法)は『才能』の一言で済ませてしまうことが、当たり前なのだ。
俺たちはこの『才能』を、個体差はあるけど伸ばせる能力だと判断している。
魔力量と魔力制御は錬気瞑想と魔石チャージで鍛えられるものだと。加えて、イメージと確信については、思い込みの力も作用しているのは間違いない。
だって、魔法のあるファンタジー異世界に転生したら、自分だって魔法使えると思うやん。発現イメージなら前世各種メディアで予習ばっちり状態だし。
「魔力量は、若いうちは伸びるけど、歳とともに成長率が落ちるなんてのも異世界ファンタジーの定番ではあります」
「身体能力と同じようなものととらえると、わからなくはない」
魔法使いをアスリートになぞらえるなら、身体能力こと魔力量そのものよりも、経験に基づく技術や理論理解の領域が重要な競技種っぽいかも。
「それと、いずれ法術を修めたいのとは別で、エンダー村に関わりたくないから除外していた祭祀職コースも、視野に入れていこうかと思うんです」
「俺たちを売り飛ばしたくせに、『司祭になって村に教会を』なんて言い放ったカイアスの思惑に乗るのか?」
もちろんそれはない、とミナヅキ。
事情は理解できるが、口減らしで売られた時点で、エンダー村とも今生の両親とも縁は切れたというのが俺たちの思いだ。
「放浪司祭、正式には祭祀職巡礼行というのが、世界を旅するという僕の目的によさそうなんですよ」
教会の祭祀職の序列において、助祭や助祭捕が司祭級に昇階するための修行のひとつだという。
本来は、各地を見て回り民草に教えを説き、またその経験を糧に己を磨き、もって司祭たるに足る人物となる云々。
世界には神権政治を行う地域もあるようだが、聖なる宗教界と俗なる政治界の分離はおおまかなトレンドとしてあり、教会は、世俗の権力、領土争いとは一線を引くという建前を持つ。
つまり教会所属の祭祀職は、わりとどこででも第三者面できる特権階級なのだ。
また、同じ神々と神話・歴史を共有する教会という組織は、どの種族の勢力圏であっても存在する。
人間種のミナヅキであっても、巡礼修行の一環として他種族の勢力圏に入っていけることになる。
「なるほど、世界を旅するのにうってつけなわけだ」
「なかなか面白そうなジョブですね」
「そのあたりも踏まえると、あまり『優秀』な『才能』に恵まれていると誤解されるのも困る、というわけでして」
「常識的に、囲い込まれちまうもんな」
「一年は過ごしたわけだし、二年目くっきりもアレだから、来年中のどっかで『できました』カミングアウトで法術コース、さらに祭祀職コースやね」
そういうわけで俺たちは、魔法に関してもそれぞれの職分に関しても、地道な訓練や学習に励んだり、フィルとヒル子がチャージできたと嬉しそうに持ってきた魔石を換金したりしながら七歳の秋冬を無難に過ごした。
迎えた八歳の春のぽかぽか陽気のある日、うっかり寝ぼけて光の術を成功させてしまったミナヅキは法術コースを課されることになった。
一応二年弱の下積み生活あっての『できました』なので、『才能ある』者たちのなかでは普通枠に納まったらしい。
才能を開花させた法術師の卵を祝うのだと、ミナヅキの同室のハイラル様が伯都でも名の知られた料理店で個室を押さえた。さすが男爵家の四男坊様!
ご相伴にあずかろうとホイホイ呼び出された俺たちが目にしたものは、もうちょっと、肉をつけてあげたいなあというお尻二つであった。
「フィルとヒルの土下座って、なにがあったのさ」
「いやー、二人は僕と違って即物的な対価を提供できないから、せめて誠意を見せるんだとかで」
「俺は、いや男としては、なんとも困る」
こちらもミナヅキの同室、ヘンドリック君の意見に俺とハヅキも完全に同意する。
で、ミナヅキはというと、こちらも大弱りといった風情である。
しかしまあ、土下座ってあるんだな。過去に間違いなく存在したであろう転生・転移者から日本文化も入っているにしても、まさか土下座を見せられるとは。
「話が進まんから俺が仕切らせてもらうが、要するに、四人とも法術コースに入りたいと?」
「うん」
「で、ミナヅキのご教授を願うが、対価の払えないフィルとヒルが土下座と」
「ええ」
「対価や誠意という心がけは買うものの、ご教授求められても困ると」
「そうなんだ」
せっかくの料理を待たされるなど許せない……じゃなくて、ここはひとつ第三者である俺に裁定を任せて、とりあえず料理食いながらの談笑しつつ事情説明しろやとの説得が功を奏し、俺は祝いの料理を堪能することに成功した。
男爵家産のハイラルも、騎士家産のヘンドリックも、いわゆる武闘派ではない。なので聖騎士コースは論外。
組織内出世を狙うのに祭祀職コースはもちろんだが、できることならば法術も修めたい。なんといっても『才能』の証だからな。
教授といっても、法術に役立ちそうなこととか、光の術を使ったときに感じたこととか、そういう感触を教えてもらうだけでもいいという立場。
対して内部組の女子二人はもうちょっと深刻だった。
「私は、聖女に、なるの!」
「聖女はさすがにアレだけど、女だと祭祀職につけないから、そうなると、法術師が一番待遇がいいんだよね」
非祭祀職でのテッペンを獲ると豪語する残念ヒル子はともかく、フィルの言い分は理解できる。
あるいは養成院に入れられなければ、どこかの下女として勤めあげて結婚という道もあったろうが、養成院の候補生になってしまった時点で、特別な才能がなければ修道女コースがほぼ確定なのだ。
修道女が悪いわけではない。寝食は保証されるわけだし。
ただし、まず目指すのは薬師や施術助手。ジョブとしての地位もあるし、教会本体ではなく外郭団体の位置づけなので世俗結婚も可能だとかなんとか。
だがやはり、一番は法術師となる。
教会のいう法術、つまり魔法は、なんといっても『才能』の証だからなあ。
養成院では光の術の時間を設けて、術を発現できた『才能』ある者をピックアップすることで人材を確保している。
これは繰り返し手本を見せたうえで、さらに二~三年の期間、定期的継続的に機会を与えるという実に恩情的な採用法になる。教会という組織だからこそできるともいえる。
俺の敬愛する上司ネイトナル様によれば、一般の魔術師が弟子を発掘するのは、ほぼほぼ運任せだそうだ。
「ウヅキ、俺に任せろなんて言ってたけど、どうするのさ」
「そうだな。やるだけやってみて、それでダメなら諦めもつくんじゃないか?」
「どうせ最後は『才能がない』って言うつもりなんでしょ、法術師でもないウヅキのくせに!」
クソ生意気なヒル子の顔面をシャイニングでハンドしてやると場の空気が変わった。
誰が言ったかではなく何を言ったかで判断すべき、という意見はもちろん大事なことだ。だが、誰が言ったかで説得力はまるで異なる。
俺があえてシャイニングして見せたのはそういうことだ。
「特訓だ!」
「特訓か!」
打てば響く返事をしてくれたのはハヅキだけだった。すこし、寂しい。
【メモ】
ウヅキのシャイニングなハンドは、ただ眩しいだけです。魔法的なダメージはありません。




