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ドア閉め幽霊(上)

「開けてッ‼ 開けてぇ‼」

 戸を叩きながら、声を裏返して泣き叫ぶ。

 もう焦げ臭いなんてものではなかった。この戸の向こうからバチバチと炎の爆ぜる音がはっきりと聞こえる。

 まだ今年やっと五歳となる美優に、地獄のような熱が容赦なく襲い掛かる。煙と熱で喉がいぶされ、せき込むたびに焼けるような痛みを感じ、彼女はパニックと恐怖の虜となってひたすら痛々しく叫び続けた。

 この暗闇の支配する狭い空間では何も見えず、ただ、熱と煙、そしてさらにもう一つ別の自分に迫っている何かを為すすべもなく待ち受けることしかできなかった。

 パニックに陥っている五歳児といえども――いや、むしろそれこそが恐怖と混乱の源泉であったが――、自分にその得体の知れない何かが訪れることは、自分にとって最も不幸なことであることを明敏なまでに理解していた。

 ――出してよ、お兄ちゃん……

 自分をこの狭き牢獄に閉じ込めたいとこに、心の中で懇願する。

 先ほどまで聞こえていた沸騰するやかんの立てるサイレンのような音は、もう家中に燃え広がっているであろう炎の爆ぜる音に取って代わられていた。

 美優は出掛けの母親に、キッチンのやかんが沸騰したらガスを止めるようにと頼まれていた。だが、そこへ突然遊びに来た二つ上の意地悪ないとこが美優をこの狭き方形の牢に閉じ込めた。

 もう、やかんの沸騰する音は聞こえない。

 ただ、地獄のおぞましい何かが熱と煙を伴って自分に迫ってくる足音が頭の中に聞こえてくるだけだった。

 ――お兄ちゃん……

 苦しみに意識が遠退き始めた少女の心の中には、いとこの少年への懇願の思いの他に、諦念と共に舞い降りた未だかつて抱いたことのない感情が、濃く、重く渦巻きつつあった。



 佐々山太一は教室に入るなり、親友の小野の首に右腕を回して絞めた。

「おっす、武彦」

「おっすじゃない。邪魔だ、さっさと離れろ」

 小野は苛立ちを内包した静かな言葉で返した。

 佐々山が隣の席に腰を下ろすと、小野はメガネを直して再び読書に戻った。

「最近、つまんねえよなー。何もやることねえし、何も起きねえし」

「来年受験だろ。今の時期が一番大切なんだ。お前もいつまでもふざけてないで、そろそろ勉強する癖をつけておいたらどうだ」

 小野はまるで他人事のように本から目を離さないが、佐々山のことを気にかけているのは彼にもわかった。昔からこの生真面目な親友には、佐々山のことを気にかけながらも体面を保つためにそれを隠す癖があることを知っている。

「はいはい、わかってますよ。あー、何か面白いことねえかなぁ」

 日々の退屈さを裏付けするように、今朝もまた佐々山の口からあくびが漏れた。

 小野が冷たく刺すように呟く。

「また一日中ネットの中を彷徨ってたのか。随分な暇人だ」


 ――佐々山が最初にそれを見たのは、その日の深夜のことだった。



 キィィィ……


 まどろみの彼方から、ドアの軋むような音が聞こえた。


 キィィィ……タン。


 同じ音が繰り返し聞こえてくる。

 佐々山は寝返りを打ち、無意識のうちに両耳を枕と布団で塞ぐ。

 少しの間、その音は聞こえなくなった。

 しかし、すぐにまた遠くから同じ音が聞こえ始めた。


 キィィィ……


 頭の中を引っ掻くような、不快な音だった。


 キィィィ……バタン。


 ドアの開閉の音だった。一定のリズムを刻みながら、繰り返し繰り返し彼の頭の中に響くその音は、少しずつ大きくなっていた――いや、近付いてきていた。

 次第に佐々山の意識が夢の中から現実へと引き戻されていく。


 キィィィ……バタン。


 決して途絶えない。


 キィィィ……バタン!


 今や彼の身体がピクリと震えるほどに音は大きくなっていた――もうすぐそこまで迫っている。


 キィィィ……バタン‼


 佐々山は瞼を開いた。

「あー、もう何だよ!」

 部屋のドアに目を向けるが、ドアはしんと静まり返っている。明らかに最後の音の大きさは彼の部屋のドアでなければ説明がつかないほどだった――のだが、あまりの静けさに、彼は気のせいだろうかと思い始めた。

(誰か窓でも開けて寝てんのか?)

 目をこすりながら、身体を起こす。デジタル時計の明かりをつけると、まだ午前3時過ぎだった。

(いや、窓を開けただけならドアは閉まって終わりだ。もう一度開くはずがねえ。それともあれか、家中のドアが全て順番に閉まっていったのか?)

 非現実的だと、彼は己の知能に乏しい考えを一蹴した。

 のそのそとベッドを降りながら考える。

(じゃあ誰かがドアを開けたり閉めたりしてんのか? いや、それこそ意味がねえな。ってことは……夢か?)

 夢にしては随分奇妙な夢だと、心の中で笑う。

 だが、事実としてはそれが最も信憑性が高いように思えた。実際、彼が目覚めてからはドアの音も聞こえなくなっている。

 それでも確認だけはしようと、彼はドアに向かった。

(これでもし加奈が悪戯でやってたんなら、きつく説教でもしてやんねえとな)

 ドアを開ける。

 すぐそこに、真っ白な細い足が闇の中に浮かび上がっていた。

 時が止まったように、身体と思考が硬直する。

 凍り付いた身体でその全容を確かめることなど到底叶わなかったが、視界の上部には長い縮れた黒髪が映っていた。

 そして彼にただ一つだけ本能的に感じ取れることがあるとすれば、それは恐ろしいほど白くほっそりとした誰かが、遥か頭上高くから自分を見下ろしていることくらいだった。

「アケルナヨ」

 女の低い声がすぐ耳元で聞こえた気がしたその瞬間、彼の身体が風圧で押されるほど猛烈な勢いでドアが閉められた。

 轟音が響いたはずだが、もはや彼の耳は何の音も捉えていなかった。

 どれくらい唖然としたまま突っ立っていただろうか。

 視界が変化していることに気付き、佐々山はゆっくりと視線を上げた。

 もう何にも驚くまいと心の奥底で思っていた彼だったが、気付くと目の前の光景に文字通り驚愕していた。

 ドアに、赤黒い歪な血文字でこう書かれていた。


『次にこのドアを開けたら、声を失う』



「それで、ドアを開けたら本当に声が出なくなったって?」

 佐々山は大きく二回頷き、小野に文章を見せるため突きつけていた携帯を戻した。

「悪いけど、俺はお前がネットで見つけたオカルト話になんか興味はないし、そういう遊びはオカルト研究部の奴らとしてくれ。確かうちにもそんなのがあっただろう」

 小野はどうあっても佐々山の昨晩の話を信じる気にはなれないということが佐々山にも察せられた。

 佐々山が抱いたのは、憤りよりもむしろ孤独に近いものだった。

(こんな話、いきなり言われたら俺だって信じない……)

 彼の自室にはそのドア以外に出入り口はなかった。窓はあったが、部屋は二階だった上に、窓から出たとしてもその後の家族への説明などの一切が面倒極まりなく思え、結局あんなものを見てもまだ何かの夢だったに違いないと思い込む現実逃避的な思考が勝る始末なのだった。

 そしてドアを開けて部屋を出ると、血文字の言葉は現実となり、彼は声を失った。

(どうすれば声を取り戻せるんだ……)


 佐々山は半信半疑の思いで、しかし他にすがるべきわらがどこに落ちているかもわからず、一縷の望みを託すようにそのドアを押し開けた。

 開けた瞬間、彼は思わず鼻を袖で覆った。

(聞いた通りの部室だな)

 物置として使われているらしい埃っぽいその一室は、窓が物を満載した棚で隠され、蛍光灯の白い明かりだけが病院のような無機質さを醸していた。

 奥のテーブルで、一人の小柄な男子生徒が埃をかぶったファイルをぺらぺらとめくっていた。

「誰ですか?」

 男子生徒は鬱陶しそうな表情で顔を上げた。

 佐々山はずかずかとテーブルに歩み寄り、携帯の文章を見せた。

〈ここがオカ研部か?〉

「埃っぽすぎて口を開くのも嫌ですか。随分と失礼な方ですね」

 佐々山は相手の無愛想な態度に眉をしかめた。

「それと、ここは見ての通りただの物置です。残念ながらオカルト研究部という部活動はこの高校には存在しません。僕の名前が岡田研一というだけです――もっとも、一部では略してオカ研などと呼称されているようですがね」

 佐々山は再び携帯に文字を打ち込み、岡田に見せた。

〈ここにいる奴はオカルトに詳しいって聞いた。助けてもらいたい〉

 文章を読んだ瞬間、岡田の目が爛々とした輝きを放った。

「もしかして、口を開かないのではなく、声を出せなくなったんですか?」

 佐々山は頷いた。

「詳しく話を聞きましょう」

 そう言うと、岡田は携帯では時間がかかるだろうと、どこからかノートパソコンを取り出し佐々山に貸し与えた。

 佐々山は昨晩経験し未だその恐怖が鮮明に脳裏に焼き付いたまま離れてくれないオカルト現象を、子細に渡って伝えた。

 ドアの前に現れた女の幽霊らしき何か。

 その直後にドアに書かれた血文字。

 そしてその血文字が現実となったこと。

「ヒヒ……」

 岡田は佐々山がパソコンに打った文章に目を通すと、薄気味悪い声を上げた。

 訳知りげなその反応に、佐々山は目をぎらつかせた。

「まさかこんなレア物に出会えるなんて……」

(レア物……?)

 佐々山は激しくキーボードを叩いた。

〈詳しく教えてくれ〉

 岡田は興奮による笑いを何とかこらえるようにして辺りをうろうろし始めた。

「あなたが遭遇したのは、『ドア閉め幽霊』ですよ」


 ドア閉め幽霊は人に取り憑き、ドアのある場所にのみ現れる幽霊だと言われています。多く、髪の長い女性の姿で、背丈は出現するドアと同じ高さ。

 家の人間がみな寝静まっている時、もしくは一人しかいない時、どこかのドアをほんのわずかだけ開けては尋常でない速度で閉め、また開けては尋常でない速度で閉める、それを繰り返します。

 ドア閉め幽霊が現れ、そのドアを閉められると、ドアに血のようなもので呪いの内容が書かれます。ドアが開けられることなく血文字が書かれている間は、ドア閉め幽霊がそのドアに出現することはなく、呪いが効果を発動することもありません。しかしひとたび血文字の書かれたドアを開ければ、そこに書かれた呪いが現実となります。

 先ほど説明した、ドアの開閉による「呼び」という行為は深夜に行われますが、深夜でない時間にも、ドアを開けたタイミングで出現することがあります。つまり、さっきこの部屋のドアを開けたタイミングでドア閉め幽霊が現れる可能性もあったということです。安心してください、今後は常に開けておきますから。


 ドア閉め幽霊の概略を聞いたところで、佐々山は肝心なドア閉め幽霊の祓い方を尋ねた。

「残念ながら、このドア閉め幽霊はレアな幽霊である分、一度憑かれれば逃れる術はありません。諦めてください」

 佐々山は部屋の空気が一気に抜かれたように呼吸を止めた。

 鼻息荒くキーを叩く。

〈じゃあこれから一生その幽霊と過ごせってことか〉

〈呪いはどうなる〉

〈まさかこのままずっと声を失ったままだなんて言うんじゃねえだろうな〉

 目の前の人間が恐ろしい霊に憑かれているというのに、岡田は面白そうに微笑を浮かべていた。

「何を言ってるんですか? むしろあなたは、声を失っただけで済んで幸運なんですよ」

 佐々山は寸の間考えた後、彼の言わんとしていることを悟って絶望した気持ちになった。

「気を付けてくださいね。僕の知る限り、ドア閉め幽霊に憑かれて一か月以上生き延びた人間はいません」


 夕刻、佐々山は顔面蒼白になったまま家へと自転車を漕いだ。

 いっそのこと、この辺りで野宿でもしたいと思った。だが、結局今のご時世そんな生活で生きていくことなど到底不可能だということもよくわかっている。それでも、彼はドアのない原始的な生活ができればどんなに幸せかと考えずにはいられなかった。

 とはいっても、岡田からドア閉め幽霊への対策を与えてもらわなかったわけではない。この幽霊に対抗しうる一番の策は、すなわちドアを自分で開けないこと、この一点に限るという。

 佐々山は家に着くなり、インターホンを押して先に帰っていた二つ下の妹、加奈に玄関のドアを開けさせた。

「はぁ? お兄ちゃん? 鍵開いてるんだから自分で開けてよね」

 彼は携帯の画面を妹に見せた。

〈悪いが、これからうちのドアはどれも閉めないでほしい。俺がドアを開けて欲しいと言ったら、素直に開けてもらいたい〉

「はぁ……? お兄ちゃん、頭大丈夫? 何で私があんたの言うとおりにしないといけないわけ? っていうか何で喋んないの? こんなくだらないことして何になるんだか、バカみたい」

 加奈が階段を上がっていくと、佐々山は一人玄関に立ち尽くしたまま、幾粒かの涙をこぼした。

(本当に、誰も本気にしてくれないんだな……)

 だが、たかが数滴の涙で状況が好転するわけではない。

 佐々山は岡田に言われていた通り、家中の全てのドアに「絶対閉めるな、もし閉まっていたら開けておいてくれ。太一」とマジックで書いた紙を貼り付けた。

 ――ばかばかしい方法かもしれないけど、あなたの場合は声を失っています。血文字の書かれたドアの向こうに閉じ込められたら、悲鳴を上げることも助けを呼ぶこともできません。とにかく大事なのは、徹頭徹尾ドアを自分で開けないことです。

 佐々山は、貼り付けたただの紙がまるで聖書の一ページであるかのように額をこすりつけ、自分の身の平穏無事を祈った。

 その晩、佐々山は両親から呼び出され、ドアの紙は何事かと問い詰められた。彼はマスクをつけ、声が出ないほど風邪で喉を傷めているふうを装った上で、紙面にマジックの先を走らせ、説得させることはできなくとも、何とかその場を切り抜けることには成功した。

 災いが訪れたのは、佐々山が入浴中の時のことだった。

 湯船に浸かることで彼の心は安らぎ、疲弊し切った精神を束の間休めることができた。

 遠く、居間の方から癇癪を起こした加奈の怒鳴り声が聞こえた。

(また喧嘩してんのか。相変わらず、思春期の女子は大変だ)

 そんな呑気なことを考えていられることに笑みを浮かべていると、浴室の連なる洗面所に憤然とした加奈が足音を響かせて入ってきた。

「兄ちゃん、今から歯磨きするから」

(おう)

 心の中で答えたその時――。

「ちょっと、お風呂のドアくらい閉めてよ、この変態‼」

 未だ怒りの冷め切らない加奈はそう怒鳴りつけると、あろうことか半透明のアクリル板を大きくはめ込んだ浴室のドアを思い切り閉めてしまった。

 途端に佐々山の胸中に抑え難い怒りがこみ上げた。

(ふざけんなよ、加奈……)

 浴槽から出るなり、彼はドアに拳を打ち付けた。

(開けろ、加奈‼)

「きゃっ! やめてよ、見えるでしょ‼ マジで変態なの!?」

 加奈はきゃんきゃんと黄色い声を上げ、歯磨きを手早く済ませ、逃げるようにドアの向こうから姿を消した。

 佐々山は初めて心底から妹に対して舌打ちをした――むろん音は出なかったが。

(仕方ねえ。別にドアを開けたら必ずアレが出るわけでもねえんだし、むしろ確率としちゃあ低いはずだ)

 何とかなるだろうと高を括り、佐々山は気持ちを切り替えるべく頭を洗うことにした。

 しかし、シャンプーを流して何気なく目の前の鏡を見た瞬間、彼はシャワーの取っ手を取り落とした。

(嘘……だろ?)

 アクリル板の半透明なドアの向こう側に、ちょうどドアと同じ背丈の大きな白い女が立っていた。

 何度も瞬きし、目をこすった。だが紛れもなく、それはドア閉め幽霊だった。

(どうする)

(どうする)

(どうする)

(どうするッ!?)

 ドアの反対方向に身を押し付けるようにして小さくなり、震える頭で考えた。

(誰かに開けてもらうのを待つしかない。ずっと風呂にこもっていれば母さんか父さんのどっちかが心配して開けてくれるだろう。そしてドアを開けてもらったら……開けてもらったら……)

 ふと、気付いた。

(ドアを開けてもらって、もしアレが消えてなかったら……俺は、アレを押しのけてここを出るのか?)

 考えただけでも失神しそうだった。

(無理だ。無理に決まってる。それに、あいつの傍を何事もなく通過できる保証はない。こいつは人を殺す化け物だ。そんな危険な真似はできない……なら、とりあえずあいつを消させるしかない)

 佐々山は早まる呼吸を落ち着かせることも忘れ、満身の勇気を振り絞ってレバー式のドアの取っ手に手をかけた。

 アクリル板を挟んだたった数十センチの距離に、取り憑いた人間を殺す凶悪な幽霊がいる。その存在を意識するだけで、全神経に冷たい痺れが走った。

(やるしかない。岡田の情報が正しければ、ドアを一度開けて血文字を出現させればこいつは消えるはずだ)

 そう自分を鼓舞するが、震える佐々山の腕には微塵の力も入らなかった。身体は冷たくなり、すでに恐怖に完全に支配されているのが本人にもわかった。

(今の俺にできる最善の方法はこれ以外にないんだ……)

 彼は全体重をかけ、重力を使ってレバーを下げた。

 ドアが軋みながらゆっくりと開く。

 何かがぐいと眼前に現れた。

 髪で顔を覆い隠された幽霊の頭部だった。

 その一瞬、口元の髪が息でふわりと持ち上がった。

「アケルナヨ」

 すぐ鼻先から身体を芯まで凍てつかせるおぞましい声が発せられると、ドアは怒涛のごとき勢いで閉められた。

 佐々山は視線を外すこともままならぬまま、背後へ倒れるように尻餅をついた。

 彼を襲ったものの正体は、もはや恐怖ではなかった。言うなれば、脳の全容積を完全に支配し、自分がビルの屋上から落とされたのだと錯覚するほど強烈で圧倒的な「死の気配」だった。

 ドアに赤い血文字が浮かび上がる。

 一拍遅れて胃から何かがせり上がってくるのを感じながら、佐々山は半ば反射的に血文字を流そうとシャワーのお湯を当てた。

 初めからわかってはいたことだが、血文字はまるで別の次元に存在すると言わんばかりにお湯の影響を受けてはいなかった。

 ドアにはこう書かれていた。


『次にこのドアを開けたら、友を失う』


 佐々山は浴室のタイルの上にうずくまり、我が身を呪うように頭を垂れた。

(どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……)

 嗚咽の声も出せず、彼はただ丸めた身体を悲しみに震わせた。

 その夜、佐々山は悪夢にうなされながら、ドアが繰り返し開閉される軋み音を聞いた。


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